鉛筆23本目

男の子であれば誰しもが持っていた新幹線鉛筆。しかも、濃さはB! いまでは小説のプロットを書くのに使われてきました。鉛筆は古くても削ると、昨日できあがったかのような木の香りかすぐにぷんと漂うのが素晴らしいタイムマシーンだったりします。

梶井基次郎の『檸檬』を最近読み返したのですが、お金が無い主人公は丸善に行くと良い鉛筆を一本だけ買って帰るという「贅沢」をするという記述に、なんだか胸を締め付けられる思いがしました。お金のかからない贅沢。どうせ無くなってしまう消費財の「高級品」なんて値段にしてしまえばたかが知れている。それでも、一等高級な一本の鉛筆は、それがささいなものであるだけによりいっそう、生活を確かなものにしていく一つのきっかけとして大きな存在感を放つのでしょう。その気持ちは、なんとなくわかる気がします。

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解題のようなもの:『昭島のころ──ぼくの一九九〇年代』

たぶん、ぼくはなるべく正直になるように自分に言い聞かせたことと思う。けれど、実際のところここに書くことができなかったこともたくさんある。それらはあまりにも個人的なことだからだ。もちろんこのエッセイには可能な限り個人的なことを書き込んだ。プライバシーに関してなるべく配慮はしたけれど、自分に関してはもはやそこに住んでもいなければ住んでいた痕跡もほとんど消えてしまっているので、昔話として隠すことなく書き込んだつもりだ。しかし、それでもなお、書けないエピソードというものはある。つまり、30年以上経っても消えない生々しさというのは、実際のところあり得る。

8月は、ぼくの勤め先はいくつかの有給奨励日を設けていて、そのたびにぼくは中央線に飛び乗って昭島から武蔵村山、あるいは南の多摩川近辺までの土地を汗だくになりながら歩き回った。この小さな本はもう既に出来上がっているというのに、なおまだ見落としている地図の空白がないか、その確認をするかのようにぼくは歩き回った。もう何年か前にも同じような試みをしようとしたこともあったのだが、夏の暑さに負けてとても二万歩に及ぶ距離を踏破できると思えず、駅前で涼んで帰ってきてしまったこともあった。けれど、今回はすこし、いままでよりも切迫したものがあった。いよいよもう、この先年を取って体力が落ちていったときに、もう自分の生まれ育った土地を自由に見てまわることはできないかもしれない──そう思った。ぼくも、四十代半ばに差し掛かろうとしている。

年を取るということはそういうことなのだろうか。エッセイの中にも書いたが、かつては実家に帰りたいなんてことはまったく思わなかった。懐かしいとも思わない。すべてかなぐり捨てて、二度と思い出したくない、二度とあの場所には戻るまいと思っていた。それが若さというものだったのだろうか。正直に言うと、自分の中にある正確な動機というのはいまを持ってもわからない。あの場所に行ったところで、あの場所にかつていたもの、人はいまでももういないというのに。同級生の家は、あるものは全然違う表札に架け替えられていたし、遊びに行った家もまったく別の家に建て替えられていたりした。けれど、大きな農家であればときどき懐かしい苗字がそのままになっているところもあった。でも、かつての同級生がそこにいるわけではない。通学路を歩いているのは、いまの子供たちだ。

あるいは、行くたびにGLPに買収された昭和の森ゴルフコースは様変わりしていった。かつてゴルフ場だった場所を東西に貫く新しい道路すら出来上がって開通を待っている。それまで丁字路だったところが十字路にならんとしている。フォレストインも、解体現場を囲う鉄製の高い塀の向こう側にその威容をまだ誇っていた時もあったが、しだいに上から削られ最後にはほとんど更地に近い状態にまで戻された。駅前では開発への反対運動をする市民団体がビラを配っていた。しかしそうした短期間の変化は、もはやぼくには関係の無いことだ。残念ながら。

ぼくはその奥にさらに足を伸ばす。ふと角を曲がった路上に、坂道に、森の姿に、誰もいない公園の砂場に、まだ描き切れない記憶の断片はガラスの粉のようにぼくを刺激した。机に座って文章を書いていた時、それはたぶんエピソード記憶をひたすらうんうんうなって思い起こしては書き綴っていた。自分の頭だけを頼りに机上でつくりあげた思い出話だ。けれど、何回も何回も思い出の土地に足を運ぶなかで、エピソードにも満たない、スナップショットのような光景が、ふとした景色のなかから何枚も思い起こされた。それは仮に書くならば「ここをよく自転車で通った」「親に連れられてここに来たことがある」という、それ以上なんの装飾もできないくらい単純なものだ。そういうスナップショットもまたいまのぼくを作り上げている。

ひとつ補助線になるのは、いま書いたように、「このいま」を作り上げている自分の原点がどこにあるのか、という問いだ。それは「このいま」が揺らいでいるがゆえにいつでも相対的な問いになる。かつてのぼくは、自分の人生において一番負荷がかかっていた時期、それは大学受験と就職活動の時代のことなのだが、その二つを自分の原点と位置付けていた。今は、それは違うと言っていい。むしろ大学受験時代は勉強だけやっていればよかった幸福な時間であったと思っているし、就職活動もそれ自体をなにか自分のターニングポイントとして重視するようなバイアスからは逃れてきている。結局あれも、分かれ道の一つでしかなかっただけだ、と単純に感じるだけだ。もちろん人生を泳いでいく方法論として、その時代に身に付けたものはたくさんあるし、今でもそれらは極めて実利的に役に立っている。人間関係の作り方とか、本の読み方とか。

しかし、受験生だったり就活学生だったりした時代が原点なのだと思っていた時期と今とで一番違うのは自分が年を取ったこと、もっと具体的に言えば子供が生まれたことは、やはり大きいかもしれない。子供を育てるというのは、ある意味で自分の子供時代をいちいち追体験することだ。それは不可避的に、「自分がこの子と同じ年の時は……」というリフレクションを強いられる。だからこそいま、自分自身が子供時代に過ごした土地を原点として位置づけなおそうとしているのかもしれない。それこそが、この小冊子を書くという営為の因果なのかもしれない。はっきりとそう言えるほどの確信は無いのだけど、ぼくを焦らせた原動力の一端としては有力な仮説だろう。

さて、そろそろ長くなりそうなので最初に書いた、あまりに個人的な話について最後に少し触れてこの解題とも言えない解題を締めようかと思う。たとえば次のような写真たちに関するエピソードについては、あまりにも個人的であったり、あまりにも断片的であったため結局採用しなかった。あたらしくこの小冊子を書き直して盛り込み直そうとも思えなかった。自分の思い出を人に読んでもらえる様な形で書いても、それでもなお自分の心の中に隠しておきたいものが、(原点がどうこうとは別にして)本当の思い出なのかもしれない。それは人と最後まで共有されないもの。

もし何億ぶんかの確率でこれを見ているあなたが、同じ記憶をもし共有していたらぜひ教えてほしい。あなたがいまも生きているということをぼくは知りたい。それはもうあと何十年も有効なことではないのだ。いま、このいまでしか間に合わないことなのだ。

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Amazonリンク切れをすべて修正!!!

アマゾンの書影リンクが、アフィリエイトの一方的な仕様変更によってすべて表示エラーになってしまい「おい! 20年分のブログ記事どーしてくれんだよ!」とぶちギレたのがもう何か月前のことだったのでしょうか……、もしかしたら年単位かもしれない。

それにもめげず、全ページの全リンクをテキストリンクに全て貼りなおしました。やっと終わった。ついでに若いころの日記を読んでいたら、毎日感情の揺れが激しくて、読みながらいろいろ思い出したりして逆にちょっと落ち込んだりもしていました。

あの頃が、本当に懐かしい……。気持ちが飛んだり跳ねたりしていた頃が……。

いまはもう、会社でも部下を持つ身になっていますし結婚して家族もいるのでブログに赤裸々に仕事のことなどは書かなくなり、ほとんど読書日記に毛が生えたようなものになってしまっていますが、昔は本当に何回も何回も「働くって何だろう?」「なんで毎日午前二時まで働かないといけないんだろう?」とぐるぐると思考が空回りしているのを書き綴っていたものでした。

今、ぼくは誰に向かってなにを書いているのだろうか?

もういちど、考え直してみるのもいい機会かもしれない。いまは、noteなどでいかにお金にするか? みたいな風潮が強いですが、もともとインターネットのいいところは市井の人々のつぶやきが無料で読めるところにあったはずなのです。ぼくは、小説は値段をつけていますが、ブログは今まで通り垂れ流していきたいと思っています。これは、純粋に自分のための場所なので。

まあ、そんなこんなで読書日記もだいぶさぼっているので9月にもなりましたし、ぼちぼち再開していきましょうか。あたらしいブックカバーも買ったところなので。

昭島の象徴であるクジラが箔押しされていてカワ(・∀・)イイ!!

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アサガオが咲いたよ

6月末に植えたので夏休みが終わる前に咲くかどうか? という感じでしたが、夏の間に咲いてくれてよかった。

今年は暑くて葉ダニが発生したのだけど、薬剤を買ってきてこまめに洗い流していました。日陰で育てたほうが良かったのかな。

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静音マウスは壊れやすい

ロジクールのM331を使っていたのですが、またボタンが効かなくなってしまった。買ってすぐに同じ症状になって無償交換してもらってから2年経つのですが、その代替品もだめになりました。一応サポートデスクに連絡してみましたが、さすがに保証期間は最初に買ったタイミングから2年間ということでした。

同じロジクールでもカチカチうるさいほうはもう5年くらい使っているのですがまったく壊れる気色なし。

やはり、静音用に作られたスイッチはすぐに接点がだめになるということなんでしょうね。なんとかしたいが押してるのに押しているのかどうかがわからないというストレスが半端ないのでもうあきらめます。ロジクールの静音マウスはおすすめしません。

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安部公房を立て続けに三冊読んでいた。

世間は村上春樹の新作で話題が持ちきりのようだが、ぼくは安部公房を立て続けに三冊読んでいた。『壁』『砂の女』『カンガルー・ノート』。

これらを最初に読んだのは二十年ほど前、二十歳前後のときだ。そのときは、こんな面白い作家がいるなんて! と思って、このまま読み進めてしまうと新潮文庫を全部買い終わるまでページをめくる手が止まらなくなってしまう、したがってカンガルー・ノートまで読んだらいったん打ち切りだ! と、いらぬお金の心配までして(いや、実際切実だったのだ)その読書欲を抑え込んだ記憶がある。

しかし、なんだ、いま読み返してみて、ちょっとしんどい。大人になってから寓話を読まされるのははっきり言ってかなりしんどい。同じような意味で、ぼくは伊坂幸太郎がまったく受け付けない。オーデュボンの祈りの最初数ページを読んで「かかし」が出てきたあたりでこれはもうダメだ、と思って以来一冊も読んでいない。

『壁』? ああ、なんか名前の方が実体にすり替わってしまう、現代の「自己証明」のありかたにメスを入れた代表作ね。名刺に会社と肩書があるからこそ成立する雇われ人としての自己定義。あるいは、マイナンバーカードが無ければ自分が誰だか国家に証明できないディストピアを戦後間もない時期に既に言い当てているすごさ。そして「壁」のメタファーは村上春樹にも引き継がれているのではないか…。

『砂の女』? ああ、フェミニズム的にはいま読むとかなり問題だけど、現代人は結局みんな砂地獄におちいっているようなもんで、例えば会社のヒエラルキーや官僚組織に自分が取り込まれることでしかぼくたちはもはや生きていけない。「外部に欲望するな!」みたいな生き方の指南なんですかね。でもやっぱり、そこにたまたまいた女と都合よく懸想しちゃうのは時代の限界なのかなあ。

『カンガルー・ノート』? ああ、作者も死を意識したところで書いていたためにその死生観が反映された最後の長編だね。「オタスケ、オタスケ…」の呼び声はどこか、笙野頼子の『タイムスリップ・コンビナート』に出てくるマグロの「イラッシャイヨ…」に通ずる、異界の入り口にいざなう「境界」の文学的現象として意義深いよね。まさに三途の川のような、水、あるいは海のイメージが生死のあいだには必ず登場するらしい…。

なんて、そんなことをいちいち考えるのがもううすっぺらくて、嫌になったんですよ。安部公房の小説がどうとかいうわけではなくて、寓話を読んでいると裏読みをひたすら別の頭がひたすら考えながら「作者の寓意にだまされてたまるか! おれはすごい読者なんだ。おまえなんかに絶対だまされないぞ!」と勝負を挑まされるようなスタンスに、どうしても頭が(体が)臨戦態勢になってしまう。

伊坂もそうだが、これは平野啓一郎を読むときも同じで、あの人のあまりに器用な「詐術」にからめとられないように最大限意識を研ぎ澄ましていつも作品に接する。「バベルのコンピューター」事件を想起するに、平野というのはデビュー当時からひたすら手先の器用さを武器にしていて、昨今の「大衆小説」路線も映画化などで経済的にも大変な成功ぶりだ。しかしどうしても「これで本当に平野を読んだことになるのだろうか?」という意識が付きまとう。「バカな読者どもめ!」と舌を出している氏のしたり顔が浮かぶ。それで、ある時期から平野啓一郎は全く読まなくなったし読み返すことも無くなった。我々の世代のスーパースターではあったのだが。

閑話休題、安部公房の寓話もいまとなっては読んでいてただ疲れる。自分の読書体力が減ったというのもあるし、読んで「こういう意味があるんじゃないか?」とああじゃこうじゃ謎解きをするのが楽しかった若い時期というのはもうすでに過ぎてしまった。もう一冊文庫本を買ってきて(今なら文庫本をそろえるくらいの金銭的な余裕はあるのだが)読もうという気にもならない。

ということで、今回の読書記録は「感想」すら書くのもおっくうなのでここで打ち止めとする。

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まもなく、小説の新人賞というシステムは崩壊する。

まもなく、小説の新人賞というシステムは崩壊する。なぜなら、ひとすくいの砂金を手に入れるために4トンダンプ10台分の泥をさらっているわけにはいかなくなるからだ。いや、もちろん新人賞の受賞作が原稿用紙100枚分の短編であったとしても、一冊1万円で売れるというのであれば別だろうが、今ですらすべての新人賞作品が単行本化するわけではない中で、人が書いたかどうかもわからない「作品」を下読みがさばいていくのは、不可能になる。

それでいいのだ。それで、よいではないか。

「面白い読み物」は人工知能に任せて、メディアミックスするでもなんでもよいではないか。その時、作者なんてややこしいものがあるとかえって「原作を意図せず改編された」とかなんとかまた訴訟リスクを抱え込むことになる。企業が物語を売っている以上、それは次第に公共のものになっていくだろう。ついに、小説もオープンソースの時代だ。でも、多くの作家は、エディタで数式やプログラミング言語を打ち込むようにしてすでに小説を書いているのだろう。

人工知能にできないことを人間がやるとしたら、それはもはや思い出を語ることにしか帰結しない。人工知能は体験を持たない。フィジカルAIたるロボットは、記憶を持つかもしれないがそこにはある価値基準をもとにした重層性というものは生まれないだろう。たんに、トライアル&エラーを繰り返す中で、エラーを徹底的にゼロにしていくことがロボットに求められていることだからだ。ロボットが時々風邪をひいて体調を崩したり、同じ作業の繰り返しでメンタルをやられてしまうことがあってはならない。それを防ぐためのロボットなのだから、調子が悪ければ同型の別の個体に置き換えられるだけで、

スピルバーグのそれこそ「A.I.」という映画が20年くらい前にあった。ぼくは大学一年生の夏で、女の子を誘ってそれを見に行った。ひたすら長くて退屈な映画だった。あの主人公の少年は、死んだ息子をかたどって作られたものだが、両親はそれを見ていろいろと感情を揺さぶられる。 揺さぶるようにプログラムされているのが人工知能だ。こうすれば人は悲しむ、こうすれば人は喜ぶ、それだけのことだ。そしてそれだけのことを「物語」に託すことに関しては、もはや人間はかなわないだろう。人の感情を動かすだけのソースコードを誰が書こうが、作者のことなどどうでもいいではないか。

それでも人は人が書いた物語を読みたいのだろうか?
人は、機械が描いた物語に感動することを恥ずかしいことと感ずるのだろうか?

わからない。でも、たぶんその手の羞恥心はいつか無くなる。あるいは、出版社側が無くすように作家を覆面にしてサイン会も何もやらなくなるだろう。逆に言えば、人がわざわざ書いた物語をわざわざ紙に印刷して本の形にして読む、ということはとんでもなくスノビッシュなある意味で特権階級にしか許されないサロン的な娯楽として囲われていくに違いない。街の本屋はつぶれていくだろう。それでいいではないか。あなたがさんざん馬鹿にしていた週刊誌のゴシップ記事や、それこそ誰が書いたのなんてどうでもいいポルノ小説、写っている裸が誰のだったかなんてすぐに忘れ去られるグラビア……そういったものが奪っていた時間を、別のなにかが埋めてくれているのだ。

人が書いた小説なんてもう、青空文庫だけでたくさんじゃないか!

柄谷行人が言うように近代文学は死んだかもしれないが、文学というものは小説とは別の形によって脈々と受け継がれている。ぼくはそれを確信しているので、本屋がつぶれたり本が売れないと嘆いている人たち(しかし新刊書店に行って、「おお、これは読みたい!」と思える本に出会うことが本当になくなった。それはだれの責任なの?)の気持ちはわかるようでわからない。近代文学が死んで、ゴシップ記事はYahoo!ニュースに置き換わって、あとなにをすればいいのだろう? 少部数出版のお高い自費出版本を細々と売って糊口をしのいでいく、あるいはインフルエンサーの「つぶやき」を1000パーセントくらいに薄めて300ページの単行本いっちょあがり、それを毎日初版5000部を売り切って、そんな毎日をちがうインフルエンサーがとっかえひっかえしてく。これもある意味でサロン的だ。大衆出版(という言葉があるかどうかわからないけど)は、役目を終えたのだ。人工知能は最後のとどめを刺したに過ぎない。

閑話休題。ぼくはいま自叙伝を書き進めている。村上春樹の小説の主人公たちがよく口にする「それ、あなたが自叙伝を書くときに使えるわよ」というネタやフレーズを書き溜めている。これは、人工知能に対する抵抗になるのだろうか。いや、抵抗ではない。住み分けだ。名もない中年の自叙伝を読む人がいるのだろうか。逆説的だが、もし人々がよくできた物語に食傷した時、はじめて人間の書いたものに価値が生まれるとしたら、それはやはり経験や体験を記述したものでしかないだろう。ロボットは記憶を「思い出」という形で想起することはない。「思い出」はデータではない。

でも、実はアマゾンの倉庫で仕分けをひたすらしているロボットの自叙伝を読んでみたい気持ちも、ぼくは実はひしひしと感じている。それは新しい奴隷物語だ。人間にはとても書けない、誰も思いつかなかった、まったく新しい文体がそこにあるような気がする。それがこの世に出てくるまでの少ない残り時間を使って、ぼくはまだ自分が人間であることを証明し続けていきたい。

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鉛筆22本目

ぼくが小学生のときって、サッカー全盛だったんですよね。ちょうどJリーグが始まったころで。サッカーキャラの鉛筆など、それで持っていたのかもしれません。持っていたことはよく覚えているんです。それで勉強していましたからね。本当に、勉強だけしていればよかったころの幸福というのは、もう戻れないだけにいっそう懐かしいものです。英語の勉強と称して毎日伊藤和夫の英語長文読解教室をゆっくり読み進めるのも、この頃のぼくには必要な一人の時間です。

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校正こそAIにやらせよう!

小説を書くことにおいて、AIをどう使っていくかは実際に創作をする当事者にとってはなかなか難しい問題です。ぼく自身は単に、趣味の日曜作家なので、自分で書くことを一番大事にしています。良いプロンプトが書けるのであれば、小説のあらすじをあらかじめAIと対話して作り上げていくこともできるのでしょう。けれど、それは日曜作家からすると、純粋に「書く」ことの楽しみの半分以上を明け渡しているようにも思えます。

つまり、あらすじを作り込んでから書く小説というのは単に「作業」でしかなくて、それこそAIにやらせればよいようなことなのです。たとえば文章力はなくても、おもしろい設定やあらすじを思いつくことが得意な人であれば、自分のアイデアをAIに読み込ませてプロットから長編小説を生み出すことも可能でしょう。それは、その人の得意分野を形にする大きな武器としてAIが活躍する場面と言えます。

けれど、壁打ちも作文もAIと一緒にやることにどれほどの意味があるのか。そこにはぼくはあまり、というかほとんど興味はありません。むしろ、AIが出してきたプロットがもし面白いもので、それに飛びついてしまったりしたら、いったいそれは作者の著作と言えるのだろうか? と、不安になってしまいます。仕事ではないからこそ、自分ですべてを生み出すことが大事なのです。

一方で、日曜作家的創作にも「作業」と言える部分があります。それが校正です。もちろんワープロソフトにも校正の機能はあるのですが、あらかじめ「正しい」とされている表記や表現をワープロソフト側が辞書として持っていて、それと照合しているだけなので、誤字や表記ゆれは割と拾えるのですが、脱字が意外と拾えていないです。つまり、脱字していてもそういう表現が日本語として文脈関係なく存在していればエラーにならないわけです。

そういうとき、AIにファイルを食わせて校正をさせると、ほんとうに気が付かなかったところまでしっかりと拾ってくれます。ぼく自身はこれまで書きあがってから多いときでも赤ペン持って4回くらいは読みなおすのですが、それでも人間の集中力には限界があって何回やっても誤字脱字というのはなくなりません。正直、これはほとんどクリエイティブな営みではないので途中で嫌になります。

AIは、前後の文脈もかんがみて修正案を提示してくれるので、まさに「添削」に近い面もあります。わざと自分でそういう表現にしている部分は無視すればよいわけです。こういうのは、ワードの画面で波線のついた箇所を頭からお尻まで画面上でチェックしていくよりよっぽど楽ですし、精度も良いです。ということで、最近は校正マシーンとしてGeminiも使いながら原稿の完成度を高めていくことをやっています。

こういうのは、手書きからワープロに変わったときと同じくらいの、書き手としては革命的な転換なのではないかと思います。いつか、公募新人賞の応募作がAI生成に埋め尽くされても、自分だけは自分の領域を守りながら、そしてそれを守るためにAIを「便利な奴隷」として使いこなしていくことを心掛けたいなあと思っている今日この頃です。

ちなみにこのエントリーも誤字チェックしてもらって直しました。wordpressに誤字チェックAI機能があると良いのですが……、探せばありそうな気もしますね。

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解題:椎名要『こたえあわせ』(KDP14冊目リリース!)

14冊目のKindle Direct Publishingです。無事にリリースいたしました。

今回は、ぼく自身の「裁判員」体験をもとに小説を書きました。タイトルは「こたえあわせ」

こたえあわせ

実際に裁判員を経験してみて、別に司法制度自体を高見から批判したいという思いは全然、本当にありません。ただあそこで行われていることも制度の中にある以上は一定の箱庭の中での出来事でしかないし、「真実」なるものを仮定してそれをすべて明らかにするということが法廷の目的ではないということだけは痛感しました。

もし、この世に正義があるとしたら、それはどこにだってあるのでしょう。被告人のなかにも、被害者の中にも、検察の中にも、弁護人の中にもあります。それぞれの正義をある時間的な制約の中で「調整」するのが裁判官の役割なのだとしたら、刑事裁判であっても、それは、最後はなんらかの結論を出さなければならない以上、制度の中で仕事をするしかないのです。

ぼくはそれを別に悪いこととは思わないし、「争点」の設定がテクニカルなものになるのは刑法に取り決めてある「量刑」なるものに相当のあそびがあるのが日本の特色である以上、それは結果として裁判官、ひいては裁判員の最良の大きさの中で「ゲーム化」しているという風に言い換えられるのもまた一面では真実なのかもしれません。もちろん一面的な見方であることは繰り返しておきます。

でも、別にだからと言って司法には限界があるとことさらそのことだけを言い立てたいわけではありません。ぼくが感じたのは、そういう制約の中で被害者を救済し、加害者を更生させるか、ということもまた同じように制度によって可能だし、そうしなければならないのだろうという現実的な解です。もし、今の司法制度に欠けているものがあるとすれば、などという言い方はしたくないけれど、もっと制度として一貫させることを求めるのであれば、やはり判決の後の人生の長さをどう救っていくか、ということに焦点が当たるのだと思っています。それは、当事者たち全員に当てはまります。

つまり、容疑者は犯人となり被告人となり、判決後は受刑者になっていきます。それで終わらないのが人生です。そのあと、刑期を終えて出てきたとき、その人をなんと呼べばよいのでしょうか。そして、その人が法廷で約束したことをだれが見届けてくれるのでしょうか。そこまでの責任を誰も負ってくれないのでしょうか、あるいはそれこそが自己責任なのでしょうか。被害者については言わずもがなです。

裁判を美しく終わらせることが、加害者の更生に直結するのであればそれは大いにそうしたらいいでしょう。けれど、その後のことは誰もわからないのです。最初から最後までを「出来事」として体験できるのはそれぞれの当事者でしかないのですから。あるいは、再犯者が再び法廷に現れた時に、そのこと自体を裁く前に、そうなってしまった結果に対して初犯時の関係者は無罪放免とせざるを得ないのでしょうか? 一方で、犯罪というのは本当にケースバイケースで、当事者間でしかわからない個別の事情というのがあまりにも多くを占めているということも、裁判員を通じて感じたことの一つです。

裁判なんてしょせんそんなもんだよ、罪を繰り返してしまうやつはもう、救いようが無いんだ。

そう言って世間に安住することも一つの態度でしょう。しかしそう言い切ってしまうほど、ぼく自身は割り切れないものが残りました。それを考えていたら、こたえあわせ、というキーワードが頭に浮かんで、そうして、裁判員と被告人が再会するという設定をこしらえて、そうなるように逆算的に物語を遡及していったら「こたえあわせ」という小説ができあがりました。これがこの短い小説の縁起です。

なお、体験記「4番さん、良心に従いましたか? 〈ある裁判員体験記〉」の方もリリースしていますので興味を持たれた方は合わせて作者としては読んでいただけると大変うれしいです。

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