投稿者「l32314」のアーカイブ

『日本の小説101』

を、読みました。

青空文庫で読みたい作品探しも兼ねて再読。しかし自分もアラフォーになると、遥か手前で亡くなってとんでもない作品を残していった作家たちがたくさんいることにあらためて驚くとともに感じ入ってしまいます。若いころにしか書けない作品というのもあるのでしょう。でもその作家が老齢に達した時になお、さらに書き続けていたらどんな作品がこの世に残されていたのかを想像すると、少しだけやるせない気持ちになってしまいます。あれだけ読み返してきた太宰治もなんだかんだで38歳で没。ぼくはもうその年齢を越えてしまっています。中島敦も33歳で亡くなっているんですよね(病没)。いやはや・・・。

国立科学博物館

最近子供が恐竜好きなので自分も子供のころ一度行ったきりでしたがうん十年ぶりに行ってきました。自分の記憶だと入口入ってすぐのところにタルボサウルスの骨格標本が出迎えてくれるというはずでしたが、帰ってきてからウィキペディアで確認するとそれはずいぶん昔の話で、やっぱり建物や展示スペースもぼくの子供時代とはほとんど何もかも変わっているということでした。

地球館と日本館と二つあって、地球館を一通り見て回るだけでも二時間かかりそれだけでくたくたになったので今日はここまで。まあしかし、実物を見るとあれだけおおきな生き物が本当に大昔いたというのはものすごいロマンだなあとあらためて感じ入ってしまいました。考古学者も科研費の申請にきゅうきゅうしたりするんでしょうか。彼らの時間感覚を知りたいと思ったりもしました。100年単位で物事を考えられるサラリーマンになりたいものですね……。

あとは子供が「わたあめ」というものを食べたことがないので上野の屋台に売っているかと思って探しに行ったのですが出ていませんでした。初詣もソーシャルディスタンスですし、なかなか昔のような「にぎわい」が戻ってこなくて寂しい限りです。

Kindle Direct Publishingをやってみた その4

これでとりあえず書き直し作業含めてすべてアップロードしたことになります。まあこれがどう転ぶのかわかりませんが、自分個人としては電子書籍というフォーマットできちんと残るというのは(アマゾンがサービスを中止しない限り)、単にHTML上に表記の揺れを残しながら置いておくよりは精神的にはよいものです。特に動的なサイトと長文(しかもアイキャッチもくそもないという)っていうのはとかく相性が悪いものなので。

「linguaskill business speaking」私の勉強法

1.最初に

ひとまず一連終わったので記録として残しておきます。

一か月前会社で受けろと言われたものの、まずもって本屋に行ってもネットで検索しても既存の対策情報がほとんどなくて、途方にくれました。唯一(「note」などで有料公開しているものは除くとして)「現場感覚」を大切にした有益な情報はLinguaskil リンガスキル スピーキング対策・勉強法でした。これはぼくも大変参考になりました。個別の対策はそちらを参照いただければ。

いずれにしてもネット上の対策情報が少ない中で少しでも参考になればと思い、「まずはこうやって見た」という個人的な勉強方法を記しておきます。これが対策になっているかどうかはまだ一回しか受けていませんので正直わかりません。ぼくの場合、オンライン英会話などにまで手を出すモチベーションがあまりないため、あくまで独学独習が性にあっている人向けです。

2.傾向と対策

これまでのTOEIC対策も踏まえると何はともあれ「公式」の情報があるのであればまず第一優先でそこにあたるのが定石であり王道です。短期間で対策が必要な場合いきなり裏技的なものを求めがちなのですが、それは最後の5分でよいとぼくも考えます。竹岡広信も言っていますが、とにかくTOEICであれは公式問題集を何回もやること(それだけでも結構なボリュームなのです)。それが飽きるくらい終わって初めて、最後の最後にやることがなくなって手慰みのために金フレなどをぱらぱらめくってみて最後の5点をかさ上げする、その5点で泣かないように、そういうことなんだと思っています。

ではリンガスキルにおいて公式の情報は何か?

リンガスキル公式オンライン学習コースのご案内

お金はかかりますがまずこれ。なにはともあれ模範解答を仕入れないことには傾向と対策を考えられません。当該コースはスピーキングの対策ではありますが、あくまで試験の内容に慣れてもらうことが主眼に置かれています。基本はパート別に模範解答の後、そのテーマに沿った単語や表現を穴埋め式で勉強するもの。穴埋めにパーフェクトに答えられたからと言って話せるようになるわけではありません。各パートの最後に自分の回答を吹き込んですぐに聞き直せるのがついていますが、これはそこそこ使おうと思えば使えます。

いずれにせよ模範解答を聞くことで「この問題はこの程度の回答でいいと公式が言っている」という「この程度」がわかるのと、「この問題に対してここまで回答を広げることができるのか!」というある意味で「上限」も知ることができるので、できるできないは別にして自分の回答がどの程度のレベルにあるのか目安になります。

たとえば最初の名前やスペルを答えるところは非常にあっさりです。これはたぶん得点にならないのでしょう。回答用紙に名前を書くのと同じ行為なのだと思います。パート4のプレゼンパートもこうやって説明すればいいのだな、という要件が分かります。つまり解答例ですら書いてあることをただ説明するだけで時間いっぱい使っているので、何か自分の意見をそこから+アルファで述べることまでは求められていないのだな、というような(実際、in my opinion……とかやっていると時間はあっという間になくなってしまいます)。一方でパート3、5はこれでもかというくらいレベルが高い。いきなりこんな回答は無理だ……と、スクリプトを見てもちょっとやる気がそがれます。そんな感じで「傾向」はつかめます。

ただこの教材自体はあまりスピーキングそのものの練習にはなりません。「対策」は別ですね。

Speak & Improve

ある程度模範解答のパターンを仕入れた後はひたすらこれで練習しました。これが本番と同じ採点基準なのかはわかりませんが、いちおうgeneralバージョンの問題回答練習になります。終わるとすぐにCEFRベースの評価を下してくれます。AI相手なのでいろいろなしゃべり方を試してみて、判定基準を探りました。とにかくこれが無料で使えるというのが素晴らしい。個人的には、ぺらぺらと欧米人の真似をするよりも、噛んで含めるようにある程度は語と語との間をあけながらわかりやすくはっきり大げさにゆっくり(ゆっくりというのは与えられた時間ギリギリまで使うイメージ)しゃべるほうが評価が良く出るように感じました。

3.個人的な対策のスタンス

主にパート1については、個人的な対策というか、心がけとしてはまずは自分のキャラクターを決めておくと迷いがありません。「今の自分」をすべてリアルに当てはめようとするとけっこう苦しいものです。ややマニアックな表現に拘泥してしまう危険性があります。なのでしゃべりやすい設定を自分に役として与えて、それに沿って回答することにしました。パート3なども無理やりこの設定にこじつけて持ち込めば対策になるんじゃないかと思います。

一方であまり自分の現状とかけ離れていると(例えば会社員なのに弁護士とか医者とかの設定とか)、本当に自分がしゃべらなければならない立場に立たされた時に全く応用ができない=モチベーションがわかない、ということもあり得るので、そこのバランスは自分なりにアジャストする必要があります。

私の場合、下記のような人物像を想定しました。

・営業部門の管理職として何人もの部下を従えている。
・毎日海外のお客さんと英語で商談をしている。
 コロナが流行してからはビデオカンファレンスの機会が多くなった。
・海外に出張した際は商談の後でお客さんと現地の食べ物やアルコールを楽しんでいる。
・将来は得意の英語を生かして現地の事務所で働きたいと思っている。
・休日は子供と公園行って遊んだり買い物に行ったりしている。
 時々自分でも家で妻に料理をふるまうことを楽しみにしている。
・大学では日本文学を専攻したがファイナンスやアカウンティング、マーケティングも聴講した。その時の興味に基づいて今の職場を選んだ。

過去に似たような業務についていたことはありますが今の業務とは全く関係のない設定ですし、私はほとんど料理はできません。大学で経済の勉強なんて一切していません。ただ、なんかしゃべろうと思うと上記の設定に沿って、たとえば自分の勤めている会社の商材の実態を当てはめていけば結構応用が利くのではないでしょうか。

そのうえで、ひたすらノートの左側に自分がしゃべりそうな日本語の表現を書き出していって、それを和英辞典やグーグル翻訳などを駆使して英訳したものをノートの右側に書き出していきました。

これを写真にとってスマホに格納して会社の行きかえりにひたすら眺めて、会社から帰ってきたら夜中に家人が寝静まったのを見計らってspeak&improveとひたすら対峙するという……これを試験当日までひたすら繰り返しました。

このノートにグラフ説明の常套句、意見表明の常套句、あるいは接続詞の表現などを盛り込んでおけば大丈夫だと思います。

あとは四技能試験がいろいろある中でスピーキングの部分はほかの試験でも回答の仕方は参考になりました。「IELTS」などは学生が前提なのであまりビジネス向きではないですが、回答内容の構成の仕方などは参考になりました。ただAIにむかって「そいつはタフクエスチョンだね」とか言って得点になるかわかりませんが……。

ということで、上記の対策でとりあえず会社で求められている必要な点は確保できたのでほっと胸をなでおろしているところですが、次回に向けてどんな対策をしていけばいいのか引き続き勉強を続けていきたいと思っています。

それにしても自分の子供が大学入試受けるときはこういうのがスタンダードになっているわけですよね。TOEIC(もちろんL&R)の微に入り細をうがったマニアックな対策をひたすら続けるよりはよっぽど良い傾向だと思いますが、伊藤和夫方式で育て上げられたぼくのような世代のおっさんには生きづらい世の中です。やれやれ。

バンビに行った

自分なりの今年の打ち上げということで行こうと思っていたバンビに行ってきました。ぼくが学生時代によく行っていたバンビは別の店で、そこは火事でずいぶん前に無くなってしまっていたのですが、複数店舗あるということを全く知らなくてふと近所にあるということを引っ越した時に知ってからいつか行こうと思いつつ、なかなか行けずにコロナになって、なかなか行けずに今日に至って意を決して行ってきました。

なんかもう、店の雰囲気とかメニューとかは変わらない感じでした。最初に出てくるスープも一緒。「どかん鉄板焼き」を食べましたが、こんな味の濃いものを好んで食べていたんですよね、学生の頃は。あとこれを頼むと箸を持ってきてくれるのも変わらぬオプションで笑けてきました。20年前と値段が変わっているかどうかもわかりませんが、あれを食べながらいつまでもしょうもない話をしていたころのことを思い出しました。でも店内に学生さんは全くいなかったですね。

ともあれ今年はとにかくたくさん仕事をした。

一週間しっかりとぐうたらしたい。

Kindle Direct Publishingをやってみた その3

引き続き旧作をサルベージ中です。一応通読して書き直しているのですが、ガラケーを前提とした描写はもういまさら書き換えられないですね。スマホ普及前のちょっとだけ不便だけど、まだまだ電話というものが魔力を持っていた時代の物語ということでしょう。

本の表紙デザインを考えるのも実に楽しい時間です。中身が伴っていないのはいったん置いておくとして……。

今年もあと少し

今日で納まらなかった。月曜日で仕留める。

今年もいろいろあったがコロナが落ち着いてきてだいぶ通常営業で、自分のスタイルで仕事がまた再開できつつあるのはありがたい。営業の時のようにもう少し外に出て1プレイヤーとして走り回る緊張感も懐かしく感じるようになってしまったけれど、まあまたどこかで巡り合えることを信じながら内勤に励む日々を過ごす。

クリスマスだが自分の物欲がほとんどなく、たまに万年筆を検索してみたり丸善に行って物色したりするが本物を見るとあんまりほしくなくなってしまう。それを使っている自分があまり想像できないというか。管理のめんどくささが以前はそれが楽しかったものだが、最近はそうでもなくなってきている。今のインク瓶がなくなったらしばらく普通のボールペンに戻るかもしれない。

まあそんな年末。

Kindle Direct Publishingをやってみた その2

旧作ですが、もういっちょ上げてみました。

なにごともいろいろ試行錯誤ですね。「腐臭の~」にあまりに時間がかかりすぎて、一個前の作品がすでに10年ちょっと前になってしまっているという……。さらなる旧作はもはや鹿島時代のものなので、もうちょっと今の感覚でリライトしないといかんだろうなあ。

Kindle Direct Publishingをやってみた

『腐臭の発火点』椎名 要(しいな かなめ)

を、上梓してみました(さすがにペンネームです)。

Wordの編集機能がそのまま反映されるので、DTPのソフトが無くても本当に手軽にできてしまいました。Previewソフトで事前に見た目も確認できるし、至れり尽くせりですね。表紙も今はオンラインでいろいろ商用利用可能な写真編集ソフト(しかも写真もフリー素材をあてがってくれるという)がいろいろあって、確実に10年前とは環境が整ってきているのを感じました。昔は自分で商用利用可のなのかをチェックしてペイントソフトでひたすらダサい感じのを作っていましたが……もうそんな必要はなくなりました。

まあアマチュアの「小説みたいなもの」にどれほどの「マーケット」があるのかどうかわかりませんが、投げ銭的に買っていただけるとてもありがたいです・・・。500枚くらいの中編なので、半人前ということで一枚0.5円の換算で値段設定してみました(アマゾンの最低指示価格的なものとの関係は、あくまでたまたまです)。

内容は……ここ十年前後の自叙伝とでも思っていただければ。

田山花袋『少女病』

を、読みました。

最後に電車に轢き殺されてしまうところも含めてこれはもう笑うしかない。日本初の「視姦」文学ということですが、後にも先にもこれくらいでしょうね。

鉄道というものが生まれて、初めて日本人は都会において満員電車の中で見知らぬ他人と体を寄せ合うという経験をするわけですが、そういった中で向かい側に座る見知らぬ少女を盗み見るという快楽を主人公は獲得していきます。それに乗じておそらくは各女学校の地理的配置と路線図との関係をフェティッシュに追及する快楽もまたそこに絡み合っていくわけなのでしょう。妻子もありながら、そういった全く見も知らぬ対象に欲情していくというその有様を「少女病」と称しています。

不惑になりながらも惑い続けることは確かにひとつの「病」なのかもしれませんが、ひたすら自らのやむにやまれぬ性向に対する解説を独語していく文章をそれこそ満員電車の中で読んでいると、この車内にも主人公がどこかにいるのであり、あるいはすべての中年男性はそうであるとも言えるのか……へんな気持ちになってくる小説です。