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マーケティングについて考えてみた

野暮用で即席の勉強中。グロービスと有斐閣の本はほとんど同じことを言っていたので、一応この世界にも定番と言われるようなセオリーがあるのは一安心したけれど、なんでその手順が定番なのかはよくわからなかった。

もちろん、環境分析をして、自分の強みを生かせる狙いを定めて、具体的法案に落とし込んでいくというのは誰もが思いつくようなオーソドックスさは備えているとは思うのだけれど、結局は成功事例から帰納的に最大公約数を導き出しただけのような感じもあって、じゃあ今から目の前にある大量の在庫を売りさばくにはどうしたらいいのか、みたいな実務的な観点はなかなか見いだせない。

だれもがベンチャー企業ではないし、いまある業種が生き延びるために既存商品も延命させなくてはならないし、そういう中で環境も次々と変わっていってしまうので、部分的には事業として成り立っていても、すべてがプロジェクトものになってしまって、それだけのために設備を持っているわけじゃないんだけどな……という現実には有効でなかったりするんじゃないか。まあできなければ滅びていくのだ、というのもマーケティング的には一つの正解なのだろうけどさ。

教科書に書いてあるマーケティングマネジメントプロセスとやらはやっぱり万能ではないし、何でも解決する道具ではないし、あくまでも物事を考えるための一つのヒントでしかないという謙虚さを忘れてはならないんだと思う──これは、教える側がね。

大学4年で学べる……は編集がクソなのかまったく頭に入ってこない本だった。ほかのシリーズもあるし、執筆者は悪くないはずなんだけど(宗教の島薗さんとか……)こういうタイトルをつけてしまうような出版社のものはあらためて手を出すべきでないと感じた次第。これもまたマーケティングってやつか、とほほ。

有島武郎『或る女』を読みました。

まあ正直、物語としてあまり面白いとは思えませんでした。今日性もないので研究者以外はだんだん読まなくなっていくんじゃないでしょうか。

しかし文体は頭から最後までとにかく緊張感が途切れない、素晴らしいものです。三島由紀夫でもここまでのテンションをこの長さで維持できないんじゃないかと思ったりもしました。それはたぶん、有島が本当にこの「或る女」のことを描き切りたかった、というその執念のような気もしてきます。

もう少しうがった見方をすれば、このモデルの女性が現実には高齢まで生きた事実とは違って、懲罰的に死を与える(作中では完全に死とわかるところまでは描かれないのですが、通説に従って)ということを作品として完遂したかった、その執念といいますか。それだけといえばそれだけかもしれません。まあしかし有島も自身、ああいう死に方をしておいて懲罰もくそもないような気もしますし、『虞美人草』を読んだ方がよっぽど時間の無駄にならんわ、と言いたくなる向きもあるかもしれませんが……。

正月も執筆

実家帰省中もノート持参でちまちま執筆していました。

2022年は自分にとってはKDP元年(正確には最初の上梓は2021年末なのですが)。もちろん思っていたほど売れていませんが、一方で思っていた以上にダイレクトな感想などにも触れることができて、この面白さ・奥深さはなかなかほかに代えがたい。少なくとも、単に自分のホームページ上に放置していた頃よりは書くことに前向きになれています。

あとはこのSNS全盛の時代において、いまを生きるぼくたちにとって共通するのはやはり「バズりたい」という、一攫千金的な、あるいはとてもとても刹那的な心性なのではないか、というのを時代の気分としてKDPを通じて感じています。もちろん本当に才能や筆力がある人はプロとしてやっていくのでしょうけれど、ぼくのような「その他大勢」はやはり起爆剤が何か欲しい、偶然の発火点が訪れるのをどこか待ちわびている、という姿勢が、小さな画面に向かって指を滑らせている瞬間瞬間に沁み込んでしまっているのではないかと思ったりもします。とにかく、この小さなスマホという機械にリーチできないコンテンツは今後死ぬしかないのでしょうし、ある業界はもうそこに賭けるしかないのだろうと思います。

ということで、いままた新しい小説を書き進めています。ここのところ書いた「新グッドバイ」「勉強垢」同様に伝統の三幕モノ。いまようやく第一章を書き終えました。遅筆なので年内にはアップロードしたいですね。

ということで、2023年もよろしくお願いします。

仕事納め

なんとか今年も仕事は納まったが、ほとんど押し込んで逃げかえってきたような感じだ。ついでに言うと、最終日にまたたらふく酒を飲んでしまい休み初日は二日酔いでつぶれていた……ほんと四十になったのでそろそろ落ち着いて酒が飲めるようになりたい。もうそもそも体力回復に一日半くらいかかるようになってきてしまった。若くはないので無理は禁物と感じつつも酒は好きなのでなんとか上手に付き合っていきたいものだ。これはもう学生時代から長く続く課題。なんかこう……すこーしたしなんでほろ酔い加減で飲み会を終わる、みたいなことができるようになりたいものだ。やれやれ。

今年もゆず茶

寒いので今年も買った。なかなかドンキに行く暇がないのでネットで買ってしまったよ。夜寝る前にちょっとあったかいものを飲みたいときにちょうど良い。毎回コーヒー・紅茶飲んでるわけにもいかないのでね。

空港について学んでみた

こちらもとある経緯で空港について勉強してみました。

まずは空港というものの採算性評価の難しさですね。もし空港が無ければ、たとえば地方空港であれば観光客が落としていったお金そのものが空港によってもたらされたものだとも言えるのですが、それは空港そのものの収支にはまったく反映されない。下手をすればただ赤字を垂れ流しているだけとも言われかねません。いまいろいろ話題のJRの赤字路線も、もしそれが無ければもたらされなかった地域の収支を考えると、公金がつっこまれることをある程度良しとすることも冷静に受け止めなければならないのかもしれません(これはJRというよりは空港整備の話として)。

ぼく自身もなかなか知らない面はあったのですが、航空会社と空港運営とはまた違う面があります。JAL・ANAが儲かるほどの便数があればもちろん空港にも使用料などが落ちてうるおうわけですが、一方で空港施設にはイオンモール的な役割もあるわけですし、免税店の運営などもある。航空会社に頼らない収益源も必要でしょう。そこは、一つの不動産開発としての発想も必要でしょう。

もちろん飛行機が離発着することを直接の収入源としつつも、それだけにとどまらないインフラとしての役割──一方でしかしガスや水道ほどすべての人に関わるわけでもない、空港/航空という産業の難しさがよくわかりました。

これは先にも紹介したJAにも通じますが、「公共」「互助」ということと「営利」との両立の難しさ。それは本音/建前という二元論に単純に割り切れない世界なんだと改めて感じました。

休日出勤

あまりの疲労でコンビニでコーラばっかり買ってしまった。真山君がカップラーメンたくさん買っていたのを思い出すな……。

JAについて学んでみた

とあるきっかけがあり、JAについて勉強してみました。

講談社現代新書の方は、もはや新書とは呼べない代物ですが、もともと「中の人」だったにもかかわらず(あるいは、だからこそなのか)義憤に基づいて丁寧に取材されている内容です。ただ、やはりこれは点の話なので、そこに至る様々な歴史的経緯はほかの本で補う必要があると感じました。

とくに共済については民間の保険会社とどちらが「営利」なのかどうか? という問いはするどいものでした。取られた分取り返してやる、という思いになるのもうなずけなくはないのですが、これが本当ならずいぶんひどい話のように思いました。まあとにかく、いろいろと民間の常識がまったく通じない不思議な世界であり、かといって完全な自由主義に任せてしまうのも乱暴な話であり、なかなか難しい問題です。

両書を読んで思うのは、JA本来の農業に根差した団体である方向をつらぬくのであればもっと小さな組織でよいはずだし、もっと目的的に組織横断的に運営していくべきなんだろうと思います。JAナンチャラみたいな地区別ではなく、品種別とかね。

逆に、もはや組合員に農業やっている人の方が少ないのであれば、地域に根差したサービス業に徹する、もはや農業に関係ない部分までオールラウンドにカバーしていくことで、都市部ではなくて限界的な集落などで例えばJPグループと一緒になって地域のライフラインを担っていくことも一つの出口なんじゃないかと思ったりもしました。