小川洋子『やさしい訴え』を読みました。

ええと、これは非常になんと言うかトレンディーな不倫ものでした。そのまま二時間ドラマで映像化できるんじゃないかってくらい、ある意味で通俗的な物語です(もちろんそれがこの作家の振れ幅の面白いところで、ベストセラーの博士のナンチャラも道具立てとしてものすごく通俗的ですよね。一方で芥川賞をとる短編も次々と書く、と。)。

主人公は、夫に不倫をはたらかれている主婦。カリグラフィーを仕事にしているが、ある夜夫に嫌気がさして親の持つ別荘に避難。その別荘の近くに工房を構えるチェンバロ作家の新田という男と、その助手の薫と知り合い、この三人をめぐる三角関係がメロドラマのように展開されます。新田と関係しながらも結局は薫との絆に打ち勝てず、主人公は夫との離婚を選び取り、またカリグラフィーの業務拡大に自らを参加させていくわけなんですが、まあ1996年の作品とはいえ今ではフェミニズム的観点からしてもあまり受けない内容でしょう。女の自立……みたいな。

後半でようやくチェンバロに彫り込むネームプレートを主人公がカリグラフィーでデザインするという展開が出てくるのですが、もっとこの小説世界においてカリグラフィーというものが持つ意味合いというのを面白く展開してもよかったんじゃないかと思います。好きな男の名前を何度も書くことの狂気とか。あるいは主人公が写本している自叙伝も、内容ばかりが伝えられますが、あくまで本人がやっているのは文字を写すことだけなのでそんなに話の内容に立ち入っていいのだろうか? ということへの懐疑性というか、カリグラフィーという仕事に対する「なぜこれが金になるのか?」ということにもっと言及していいんじゃないかと思った。

なぜか始終読んでいて新田氏がローランドにキャスティングされて脳内再生された。なんかそういうつかみどころのなさが気になった。主人公も、夫を恨んでいるはずなのに新田の眼鏡が壊れると「夫のコネでよい眼鏡を作れる」とか突然言い出すのもなんかこう共感できない脇の甘さもあり、そもそも新田に対してズケズケ行ってしまうところもちょっとついていけなかった。加えて薫の変な慎み深さもわかるにはわかるけど、もっと主人公に怒れよ! 男取られてんぞ! というもどかしさが……恋人を殺されたという設定もよくわからないし、なんか人物がどれもつかみどころが無く、その辺がトレンディーに流れてしまった感じがしました。

あと最後の16章目はまるまる蛇足なんじゃないか? 書くにしてもプロローグに持ってきた方がいいんじゃないか。15章ですっきり終わってもよかったし、あるいは最後の最後にチェンバロを新田が弾こうとしているというシーンにして終わってもよかったんじゃないか。薫がたくさん曲を弾くのも「ノルウェイの森」のラストシーンに似ていてやや既視感がありました。

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