村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』を読みました。

を、読みました。

短編集ですね。新潮のこじゃれた二冊組のアンソロジーもよいのですが、もともとの単行本の組み合わせで通読するのもよいものです。もはやここに出てくる主人公たちも、かつては少し年上で、30代から見える20代というの時代の「過去性」みたいなものに思いを馳せたりしていたものですが、もはやそんなことをしていたこと自体がぼくにとっては過去になってしまい、解けないまま問題を抱えつつ、解けないままにして胸の奥にしまっていくという人生に対する一つの態度すら学習してしまった今のぼく自身というのが、この小説に登場する30代の男たちの行く末として正しいのかどうかすらわからない──それこそ判断保留のまま生きていくということなのですが。

「土の中の彼女の小さな犬」がよかった。シーズンオフの静謐な海辺のホテル。雨の降り続く図書館。そこで出会った女から語られる、およそ「静謐」とは言えない、けれど音ではなく、臭いがむせ返るような物語。静けさと臭いが、黙読を前提とする現代小説の字面から立ち上がってくることの不思議さとでも言うんでしょうか。黙って読んでいるはずなのに、聴覚と臭覚とが研ぎ澄まされてくる不思議な小説です。むろん、それをこそプロの技術というべきなのでしょう。


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