三島由紀夫『葉隠入門』

久しぶりに読み返す。三島はなんとなく武士と現代サラリーマンを対比させるように書いているけれど、サラリーマン指南書として読むととたんに底が浅くなるというか・・・これはたぶん三島一流の諧謔だったんじゃないかと今更なから思います。田中美代子の解説はいつも大真面目ですがきれいにその点はスルーされているのも清々しい。


『図説 ユダヤ教の歴史』

を、読みました。

市川先生編纂によるユダヤ教の歴史をビジュアルに概括できる良い本です。ユダヤ教は、宗教というよりはイスラームのように生活習慣に深く根ざしたもので、さらに事態を難しくさせているのは悲しい歴史にも体現されているように、それが一つの「民族」「人種」としての規定も含んでいるからなのでしょう。そのことをこのわずかなページ数の中に織り込むことはなかなか並大抵のことではないと感じました。それでもなお、カバラーについてなどトピック的な章立てもふんだんにあり、なかなか興味深いです。おそらく宗教としてのユダヤ教についての記述は抑えられているので、旧約聖書のあれやこれやなどについては実際に原典にあたるとかしないといけないのでしょうが、しかし意外とユダヤ教についてなんの偏見もなくコンパクトにまとまった本というのは、探しても本当にこれ以外見つかりません。ふくろうやとんぼのシリーズは昔から好きですが、これもおすすめです。


スマホ機種変

フリーテルが突然電池の持ちが悪くなったため、急遽購入。SIMフリーだとなんか機種変という感慨もないし、アンドロイドだと結局差別化できるのってカメラ機能だけだよな実際。

しかし先代の機種も、後でよく調べてみるとgoogle開発アプリがなにかの拍子に暴走することはよくあるみたい。しかしフル充電して突然午前中しか電池が持たなくなったら(しかもすごい発熱)さすがにビビるわ。このエイスースも初期設定がやたら難しくて、ほんとに疲れた。いろいろデータの節約設定があるのだけどやればやるほど本来の機能が制限されていくっていうのが、なんともはや・・・。しかも設定してもバックグラウンドで突然マイナーアプリが意味不明に通信量食っているし・・・もうしばらく放っときます。

ケータイのシンプルさからすると本当に、手元で何でもできるようにはなったけど、それにつられて面倒な設定に時間を費やされている気もしなくもない。まあ貧乏人なので、定額とかにできない身の嘆きではあるのだけど。

あとフリーテルが潰れてたくみに楽天モバイルへの誘導がなされるのだが、中身をよく確認すると結局電話番号持ち出したりしないといけないので実質他社に乗り換えるのと同じ手続きが必要なようで。しばらくはフリーテルを倒産に追いやった激安メニューを温存します・・・。


ロバート・D・カプラン『インド洋圏が、世界を動かす』

を、読みました。

ジャーナリストによる「インド洋」を起点にした歴史的〜現在世界に至る俯瞰図、とでも言うんでしょうか。けれどそれ以上に、なにか小説を読んでいるような書きぶりがとても学術書にさせない魅力を放っています。アジアと中東、アフリカをまたいでいるものこそがインド洋で、そこには海の歴史があり、陸の史観では捉えきれないダイナミックな動静が文化や宗教を混ぜ合わせているさまがよくわかります。

インドについては仕事で関わることもあり、いろいろな見方でこれからも勉強していきたいと思っています。今しかできないかもしれないし。


ゆくっり、あせらない

人生の折り返し地点を過ぎたからなのか、逆に、失敗することに対する言い訳が効かなくなったということもあり、なんとなく自分の殻に閉じこもったり、自分の過去にしがみついてみたり、そうして自分でも思いもかけないことが起きてしまうと慌てふためいてしまう。そして、自分の力で徹夜して間に合わせる体力ももはや残っていないので、とにかく部下への指示だけは間違えないようにしなくちゃならないと最近思う。そのためにはどんなに事態がまずいことになっても、慌てないこと。命を取られるわけではない、ユーモアを忘れないこと。これは実際に、ぼくが会社人生の中で学んだ貴重な教訓の一つだ。修羅場で人は強くなるのかもしれないけれど、それとは別に、どうしたって場数がものを言わざるを得ない世界もある。じっくり、じわじわとやっていくしかない。緩急自在。ただのんびりするのではない。コップの水があふれるまで、丁寧に時間をかけていくということだ。五分で資料が作れるわけがない。一日一万通のメールが返せるわけでもない。そういうことだ。


川崎昌平『労働者のための漫画の描き方教室』

を、読みました。

久しぶりに、心を揺さぶられる読書。そして、本書に書かれてある言葉から大きな勇気をもらった気がします。ぼくのばあいは漫画ではありませんが、考え方はまったく同じだなあ、としみじみと感じ入りました。飯のために書かなくていい、ということに感謝すべしという、ある意味で「逆転」の発想。あるいは、自分のアウトプットのために(漫画ですら)ゆっくり読んだほうが発見がたくさんあるということ。そして著者の「漫画ってそもそもなんなんだっけ?」という根源的な問いは、かつてぼくが韋編三絶読んだ保坂の『書きあぐねている人のための小説入門』にも通じる何かがあります。

考えるために書く。自分を掘り下げるために書く。それは、会社という労働環境からいまひとつ距離をおいたところで愉悦に浸れる唯一の時間。そんな「創作観」は、確かに「労働者」にとっては最高のモチベーションです。なぜもっと早く気が付かなかったのか? もちろんそれは、人と比べていたからなんだろうな。それに対する処方箋もしっかり書かれているあたり、本当に、「書きあぐねている人」だったサラリーマンにとっては読むところのある本です。


高橋久美子『いっぴき』

チャットモンチーは、ぼくが会社に入って最初の配属先にいた期間とほぼその三人組時代が重なっていて、ほんとうにドハマリしていました。チャットモンチーだけは「何回聴いても飽きない」と言っていましたし、実際そんな感じでした。それでも、東京に異動して、チャットモンチーも二人だけになってしまって、いつしかまったく聴かなくなってしまった自分もここにいるわけで、ほんとうに人は世に連れ・・・と言うんでしょうか。ただ、遅い青春のような時代があるのだとしたら、確実にあの五年間はそうで、いつでもぼくのとなりにはチャットモンチーの曲がつまったアイポッドがあって、どこにいくにもそれを軽自動車のスピーカーに繋いでは爆音で聴いていたものでした。

とくに高橋久美子の書く詞は、どこか学生時代を懐かしく思う気持ちを綴ったものが多くて、この本を読むとその背景がよくわかります。たぶん誰にでもあるようなだれにでもある学生時代。でもそれは誰にとっても唯一のもので。ノスタルジーを否定する向きとも戦ってきたのだけれど、ふとこの曲を聞くと「あの頃が大好きで思い出し笑いも大好きで」もいいじゃないかって思えて、泣けて来るんだよなあ。