森鷗外『伊沢蘭軒』(青空文庫)

ようやく読み終わった。渋江抽斎と同じノリで読み始めたらずいぶんと違った。ほんと、よくこんな新聞連載が許されたもんだ。鷗外自身も最後の最後でいよいよと作品に対する毀誉褒貶があった(どっちかというと”貶”の方ですが)ことを告白しているけど、まああの時代であっても読者を選ぶ作品であることは間違いなかったのでしょう。分量的にも「歴史そのまま」を体現した純粋客観の史伝を目指した労作と言っていいのでしょうが、これを読了して蘭軒の人となりがおぼろげながら読者の心に思い浮かぶか? 正直、一読しただけではわからない。蘭軒が亡くなるのが全体のちょうど半分まで来たところで、そのあとも子供たちが亡くなるまで、あるいは門人たちの動静の微細まで描き出すのを読むのは本当にしんどかった。漢詩、漢文の手紙はほとんど読み飛ばしてもまだしんどい。鷗外はまだ同じ医者として医学的な観点からの面白さもあったのかもしれませんが。石川淳が激賞しているようですが、もうほんと玄人中の玄人の世界でなかなかついていけませんでした……。


三浦佑之『古事記を読みなおす』

を、読みました。

それにしてもキンドルの月一セールでは往年の筑摩新書の名著が安く手に入るので毎月楽しみにしています。今月は本書を読みました。

口語訳古事記がベストセラーになったのは記憶に新しいですが(と言っても10年以上前のことになってしまいますが……)同じ著者による、いわば研究の最前線を論文という厳密性の世界では書けないやわらかい状態で差し出してくれる、新書ならではの内容です。

よく日本書紀と古事記とが「記紀」としてひとくくりにされてしまうことに絶対反対の立場で、この二つは似て非なるものであると。体制側が自らの正当性を証明するためのいわば人工的に生み出された歴史記述が日本書紀だとすれば、古事記は戦いに負けた側の思いを後世に伝えるための「語り」の場である、と。その二つを都合よくミックスして「記紀」にはこんな風に書いてある、などと言うな! というのが著者の主張です。まさにその通りなんでしょう。

実はぼく自身はまだ古事記を読んでいないのです。いま10年がかかりで通読をかんばってる新潮日本古典集成もまだ古事記の巻を読むのは先になりそうですが、まあそこまでのお楽しみの予告編ということで本書は楽しく読ませていただきました。それにしても古事記のような古典の決定版のようなものもまだまだ研究の余地が多いというのは驚き。もちろんそれは戦時中の国策に乗せられてしまった研究史としての「哀しみ」もあるんでしょうけど。ぼくは国文科出身ながらも怠惰な学生でしたので、津田左右吉も、真っ茶色になった古い岩波文庫の『文学に現はれたる我が国民思想の研究』を図書館でぱらぱらめくるのが精一杯でしたが、古事記の研究史自体もこれは一つの研究のテーマになったりするんでしょうね。


小日向京『考える鉛筆』

を、読みました。

しかしこの、実家に帰るとなぜか学生のころ使い切れずにため込まれている鉛筆が大量に見つかる問題はどう解決したらよいのか? それはもう、会社だろうが何だろうが「使う」ことにしかありません。でもたぶん10年くらいは筆記具を買わなくて済みそうなくらいなんだよな……。せっせと原稿用紙を埋めるのに使いなさいっていう天啓なのかもしれません。

本書は、まさに鉛筆というモノに対するフェティッシュなまでのこだわりが爆発しています。より正確に言うと、このモノを使うことに対する異様なこだわりというか。でも読んでいて何となくわかります。これくらいこだわっていると一本一本しっかり使っていこうという気になります。とりあえず実家鉛筆問題のためにたまに読み返すことになるでしょう。

本書で感心したのは、一番最後に出てくる下敷きへの呪詛なんですよね。これは学校教育において実際どこまで本当かどうかわかりませんが、筆者が言うには、下敷きがあるからこそ子供たちはぎっちぎちに筆圧を高めて鉛筆を使わなければならないのだと。そうではなくて、本来、鉛筆というのは黒鉛を紙の凸凹に擦り付けて筆記するものなのだから、そんな不要な力を入れて使うものではないし、正しく使えばノートのページに裏写りするなんてことはあり得ないのだと。なるほどな~。これもたぶん2Bを普段使いするかHBを普段使いするかでも変わってくるかもしれないですね。あと、あえて言えば学校教育で硬筆の時に必要な下敷きというのはハードなプラスチックのものではなくて、デスクマットのようなソフトなものです。ぼくも今回、ソフトな下敷きを手に入れまして使用してみましたが、なかなかに使いよい。ただ筆圧問題は別かもしれないですけどね……。ぼくも筆圧が高すぎる方なので、メモ取っているとすぐにへとへとになってしまい、万年筆を使い始めた時も慣れるのにだいぶ苦労しました。

万年筆と言えば、あわせて我が家からはプラチナの万年筆インク(カートリッジの方です)も二箱見つかったので、いったんはこちらを使い切るべく1000円万年筆を新たに購入。いったいぼくの過去の人生でいつプラチナのインクなんて必要だったのかわかりませんが……とりあえず連休明けからの仕事に対するモチベーションはこいつでたたき起こす感じ。


清武英利『しんがり』『奪われざるもの』

思うところあり、読了。前者はドラマ化もされているようですが、山一證券の破綻の際にその原因の一つとなった簿外債務の調査にあたった社内チームの物語です。監査の部署にあった人間(しかも役員)たちですから、結局会社に非があることをつまびらかにすることは自分たちの業務を自己否定することになるわけで、既に店仕舞が進んでいく中でこれを並行して調査報告書としたことは並大抵なことではないと痛感します。その苦労は最後、少しだけ報われるわけですが、そこは人間として少しだけ救われる。組織の人間は自分の収支決算を見て仕事しているわけではないのでしょうが、それでも「義憤」というのでしょうか、そういうものが無給で人を働かせるというのはこれが最後の時代だったのかもしれません。かっこよく言えば、魂の収支報告というか、そんなもんじゃなかったと思いますが。

破綻した1997年は、ぼくは中学か高校生くらいだったと思いますが、横浜駅の西口の相鉄を出たすぐのところに山一証券のビルが確かあって、いつの間にか「メリルリンチ」という当時は全く聞きなれない名前にある日変わっていたのをよく覚えています。山一証券の旧社員の方は多くがメリルリンチに再就職できたそうですが、それも結局は山一の末端社員は優秀であったということのようです。

もう一冊の『奪われざるもの』はソニーの「リストラ部屋」についてのルポですが、こちらはあまり華々しい内容ではないものの、ソニーという何が本業かもはやわからなくなってしまった会社で「技術者」たちがもがき苦しむ姿を描いています。サンヨーと同じとは言いませんが、一つのプロダクトで食い続けるということの難しさ、あるいは家電業界の王道なきばくちさというか、世の中安泰という言葉は本当にないなあと改めて思い知らされる読書経験でした。

ある意味でこういう覚悟を持ちながらも、日々の業務に邁進するという悲哀。そしてその悲哀を決して面には出さずに、部下を鼓舞し続けていくことの管理職のこれまた悲哀。でも奇しくも1997年にヒットした『ビーチボーイズ』というドラマではいいセリフがあったんですけどね。


カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』

を、読みました。これはなんというか、SFというよりはあまりに残虐な人類史上の事件に立ち会った人間が、宇宙時間的な距離をもってしかそれを描き出すことができないという一つの「症例」のように思えた・・・。たとえとして適切でないと思うがエリ・ヴィーゼルの『夜』を以前に読んだ時の恐怖感と同じものを感じた。

戦争はよくないというのはその通りなのだけれど、それは一人一人の死が積み重なった「大量殺戮」という事態それ自体が、人間には捉えきれない、語り尽くせない、把握できない、耐えられない何かを持っているからなのかもしれません。


石野雄一『ざっくり分かるファイナンス』

題名に偽りなし。社内研修で著者の研修を受けたことがありまして、その時の副読本だったのですがこれはほんとうに「ざっくり」わかるのに最適の本です。こういうのって、確かにエクセルでIRRの計算なんかやってみたりするわけですけど、大本の概念が分かっていないと計算はできても「判断」ができません。あるいはぼくくらいの年齢になってしまうと部下に分かりやすく説明しないといけない場面もあるため、大いに参考になります。やっぱり人に説明できるようになるレベルになるまでいろんな本で何度も何度も吸収すべきですね、こういうファイナンスの理論って。ということで三読目完了。


スタニスワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』

『ソラリス』は中身に関係がなく思い出深い作品だ。ぼくが持っているのはもちろん沼野充義ではなく飯田規和による1977年版の方。奥付は1997年の24刷とある。1997年にぼくは中学三年生で、当時好きだった女の子がこの本を薦めてくれた。彼女もまた学校の教師にこれを薦められたのだったと記憶しているけれど、今となっては中学生にレムを推薦できる教師がいるあの学校のレベルはさすがとしか言いようがなくて──もちろんぼくの通っていた男子校とは訳が違うということだ。

まだまだいかがわしかったころの川崎駅の中に入っている有隣堂に行って、書棚を探したけれども目当ての本は見つからず、問い合わせのカウンターに行って取り寄せをお願いした。本屋で取り寄せてもらうということも初めての経験だったし、売っていない本も買えるという新しい楽しみを発見することができた。単純だがそれは一つの扉を開いたかのような感覚を15歳の少年に与えた。それでもそのころは文庫本一冊取り寄せるのにも二週間くらいは必要で、だいたい夜の変な時間に家に書店から電話がかかってきて「入荷したのでいつでも取りに来るように」という連絡があるのだった。アマゾンなんかまだ影も形もなかったころの話だ。

いずれにせよ、典型的な宇宙人の造形ではなく「海」という形態の地球外生命体=巨大な液状の脳みそのような──とのコンタクトという設定の斬新さと、このスタニスワフ・レムといういささか発音のしにくい特徴的な名前は当時のぼくの脳みそにしっかり刻まれることとなった。

次にレムの名前を目にしたのは、大学生になってからだ。2002年に、まさにこの『ソラリス』が映画化された(アマゾンの書影はその時の映画のポスターがもとになっているけれど、もちろんぼくが持っている表紙はもっと前のものだ)。その時には世間的にずいぶんとこの奇妙なSF作品が名作として紹介され、再発見される機会が多かった。ぼくはロシア語を第二外国語として学んでいたため、このポーランドの作家の存在は、あらためて身近なものとなった。キリル文字で書かれた「ソラリス」──発音としては「サリャーリス」に近いのだろうけれど──を見ては、ひとり悦に入ったものだった(もちろん原語はポーランド語だが、飯田訳はロシア語版からの重訳)。

そして本屋に行けば東欧、ロシア語圏の外国文学の棚に必ず足を運んでいた日々の中で、『虚数』といった他の作品が翻訳されてることを知り、2004年には国書刊行会から「レム・コレクション」の第一弾として沼野充義訳の『ソラリス』が刊行されたのを書架で見つけ、さすがに貧乏大学生の小遣いではおいそれと手が出なかったものの、その表紙に描かれている波の絵や、都会的な装丁は憧れさせた。渋谷のブックファーストでの話だ、あの巨大な旗艦店も無くなってしまった。そういえば沼野先生も一度だけたまたま研究室に足を運ぶ機会があってお見かけした。今となってはいい思い出だ。

レムの名前はぼくの中で、そのようにして確実に育っていった。特に『ソラリス』以外の作品に手を伸ばしたわけではないのだけれど、なんとなく、15歳でレムを読んだのだということが自分の中で埃のように誇りとして沈殿していった。ぼくの外国文学体験は、14歳の時に「レ・ミゼラブル」と「ジャンクリストフ」に圧倒されるところから始まったのだけれど、そういう岩波的文化圏の外にも豊かな世界があるということを早くに知ることができたのは、かつて好きだったあの女の子に感謝を述べるしかない。