吉本ばなな『ハチ公の最後の恋人』

再読。

新興宗教を舞台としていますが、基本的に恋愛小説です。ただ、吉本ばななの恋愛小説って必ず家族的な愛と直結しているところがすごくいいといつも思います。逆に家族という形式にもともとあった人間がいちばん家族らしくなくて、友達やふと知りあった人が擬似家族としてしっかり機能しているところが、この小説でも著者の独壇場としてぞんぶんに表現されています。

で、殊、この小説は、自分との和解というのがすごく大きなテーマである気がします。親が誰なのかもよくわからない、自分の家も他人が出入りしていて(これは吉本隆明がそうだったらしいんですが…)落ち着けないという主人公。そんな自分が一番自分らしくいられる相手が、ハチだったし、そういう関係を家族関係とすればいいんだということをハチとの付き合いの中から学んでいきます。ハチが最終的な相手ではなかったけれど、ハチのような存在を見つければいいのだと決心できたところが、この小説のラストシーンと言っていいでしょう。けっこう、最後の最後は去る者は追わず、みたいになっているし。そういう始まりの終わり、みたいな感じで終わるところが爽快で、本当に文章と文章のあいだをびゅうびゅうと爽やかな風が吹いてくるのを感じる、そんな小説です。

だって「私の最後の恋人」がハチだなんて、誰も言ってないのだから。
もっといいことがたくさん私を待っている。誰も予言したりしないから手探りだけど、最高にすばらしいこと。ハチといたときみたいに面白くて仕方ないことが。
目の前にいない人のことなんか、知らない。
ハチを愛したように、誰かをいつか愛するけど。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA