外山滋比古『忘却の力』

 

みすずのエッセイ集は高くつくのであんまり買えないのですが、題名が魅力的だったので思い切ってみました。「忘却」というテーマに必ずしも寄り添ったものばかりではありませんが、著者近年の連載エッセイをまとめたもの。

この本で繰り返し主張されるのは距離が価値を生む、ということ。それは空間的にも時間的にも。

たとえば歌枕なんて訪ねてみるもんじゃない──現代で言えばテレビのロケ地なんて訪ねるものじゃない、遠くでイメージをふくらませることが喜びなのだ、という内容は何度か繰り返し出てきます。あるいは本も、自分とは遠い境遇にある著者のものが面白い──現代小説よりも外国の古典に心引かれるもの、といったような。

一方でサラリーマンが読んで面白い内容も。人間にとっては生活のリズムが第一であるからして日曜日の過ごし方を真剣に考える必要がある、とか、激務の人ほど定年後すぐ死んでしまう、その人生を急停止させることの恐ろしさであるとか、なかなか多岐にわたる内容です。

この著者級レベルになってくると書くもの一つ一つが衒学趣味から脱しきっていて、時にわがまま放題だったり怒りをあらわにしたり、そのあたりの直截さが読んでいて爽快です。言うだけのことは言うけど、あとそれを受け取るのは読者の好きにしてください、とでも言いそうな感じがとても良い。

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