堀江敏幸『いつか王子駅で』

堀江敏幸二冊目読了。これは、小説なのか。「上質」という形容句がこれほど似合う文章も珍しいものです。保坂和志的な小説観をもってすれば、これもまた一つの小説の姿なのでしょう。彼ら二人の対談が存在するのかどうか知りませんが、あるのであればぜひ読んでみたいものです。

物語に起承転結はありません。途中退場した男とは最後まで再会することはなく、その不在感の中で逆に途中入場した女の子が最終ページを飾ります。

生活はこうして続いていくのでしょう。全ては出会い頭であり、因果関係は後付けです。それが故に現在進行で進む物語に脈略は求められません。それこそがリアルの根源。

混線した黒電話のように、ともすれば回復不能になる危険と隣り合わせのまま「待つこと」への憧れを捨てきれないからこそ、私の前には経済力と反比例して時間ばかりが堆積していくのだろう。わざわざタクシーに乗って借金を申し込みにいく百閒先生の顰みにならったわけではないにせよ、負のベクトルに向けて待つために行動を起こすというどこか間の抜けた暮らしが、どうやら身体の隅々にまで染みついてしまっている。

ぼくたちはこの小説を通じてもう一度意味にまみれた己の人生を見直す/語り直す必要があるのでしょう。そこには予定の入っていない休日のきらきらした価値や、会議が一日中つまっているある平日の朝のひとときを気づかせてくれるはず。

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