小川洋子『凍りついた香り』を読みました。

単純に、物語として面白く読めました。もちろん「香り」が記憶とつよく結びついていることをしっかりと前提とした物語。でも、ミステリー的な面白さを除いたときに、けっきょくルーキーはなぜ涼子と付き合ったのかがよくわからない(ほとんど結婚のようなものだったはず)。盲学校を「みそぎ」だと思ったのか。調香師としての仕事を始めてから以降が自分にとって自分の人生を生きるということに一人静かに決めたということなのか。それでも、嘘の履歴書の中にある隠し切れない過去が、本当は彼はもっとやりたかったことがあったんじゃないか、数学なんて捨てて演劇でもなんでもやって、あるいは数学よりも生物学の方が好きで獣医師かなにかになりたかったんじゃないかと思わせる。でも、すべてが母親のせいだとも言い切れない。もちろん母親の精神病が「罰」とも言い切れない。弟の彰だってずいぶんと世間からすればずれた生き方だろう(子供部屋オジサンでドールハウスを趣味にしている程度には)。そこに、切っても切れないが故の家族の悲しみがしみこんでいる。

「記憶をめぐる旅」と言えば聞こえがいいかもしれないが、その実は地獄めぐりだろう。ルーキーは「博士の愛した~」でルートに昇華したのだろうか? 二回目の人生を。そればかりが気になるくらい、とても悲しい物語だった。

小川洋子再読月間はこれにて終わりです。本棚にあった作品はすべて読み返しました。ぼくが小川洋子の作品にはまったのはもう何がきっかけだったか忘れてしまいましたが、ロシアびいきだったことから「貴婦人A」を最初に読んだのではなかったか。それに加えて、2007年~2010年くらいにかけてぼくは「記憶」ということについていろいろと考えている時期があって、当時、「薬指の標本」あたりから広げていった気がします。なので、2010年以降の作品はほとんど読んでいません。その期間に文庫で出ていたのを集中的に読んだので。その後も「名作」と誉れの高い作品もいくつか出ているので、またいつか機会があれば読んでみたいと思っています。

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