堀江敏幸『彼女のいる背表紙』を読みました。

まさかのマガハ。というのも、婦人雑誌(という言い方が良いのかわからないのですが)「クロワッサン」に連載されていた一種のテーマ書評をまとめたものなのです。

よく夏目漱石の作品がそもそも朝日新聞の連載小説だったということを受けて明治の新聞読者の教養の高さみたいなことに驚いて見せる風潮がありましたが、本書もどんなかたちで雑誌の紙面を飾っていたのか非常に気になるところ。

女性誌ということもあって様々な小説に出てくる創作上の女性を経巡る、というのがテーマになっています。といってもそれこそ『虞美人草』の藤尾級の重要人物は現れず、あくまでも著者のこれまでの読書体験に基づくものなので、ある意味で非常に偏ったマニアックさがおもしろい。はっきり言ってクロワッサン読者のみならず一般的な読書人でもほとんど触れたことのない作品ばかりが次から次へと出てきますが、堀江敏幸の筆になると飽き飽きすることは全くなく、その未知なる作品の一つ一つに読んでいるこちらが触れてみたくなるような仕掛けに満ちています。

日本の作品も所々出てきますが、葛原妙子、網野菊、佐多稲子あたりはまだよいとしてもそれ以外の人々はおそらく大文字の文学史に埋もれていってしまいがちな陰の立役者たちばかりで、(国文学を専攻していたぼくですら、というとバカがばれてしまうのですが)著作もなかなか目にする機会がありません。アマゾンで検索しても青空文庫すら引っかからず、それこそブックオフではなく「古書店」を探訪しないと謦咳に接することも難しい。ましてや著者の得意とするフランス文学となるとお手上げです(パヴェーゼのすばらしさはあらためて確認できましたが)。

繰り返しになりますが、それでも、彼女たちの魅力は十分に伝わってくるのです。単なる書評ではない、しかし堀江敏幸の書評というのは必ず読者を次の、新しい読書体験にいざなってくれる力を持っているのは間違いないのでここでとどまってもよいし、長い人生の中でどこかでぼく自身も邂逅するときを楽しみにしながら一冊でも邦訳を探し求める旅に出るのもまた、「読書人」の豊かな楽しみであったりするのです。

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