決定版三島由紀夫全集第10巻

を、読みました。

所収は「美しい星」と「絹と明察」。このあたりの作品というのは新潮文庫にはラインナップされているものの、けっして「夏の100冊」などには選ばれない、いわば代表作と呼べるものではないのですが、けれど全集通読の中の一作品として読めば、そこには代表作も何もなく、一つ一つが大きな存在として相互に緊密な連関を持っていることが読み取れます。「美しい星」は一見、三島には珍しいSFをモチーフにした作品ですが、よくよく読めばほとんど「豊饒の海」シリーズを先取って自ら戯画化しているふうにしか感じられません。

「絹と明察」もそうですが、三島が好んで描くモチーフというのは繰り返し登場します。例えば「まぶたの裏に輝く朝日」──これなどは「奔馬」のラストシーンにたどり着くために何度も試行錯誤しているようにも思えます。あとは「侵すべからざるものに敢然と拒絶される喜び」とか「他人が俗世の喜びに打ち震える様を嫌悪する」とか。それはもちろん「金閣寺」などには絢爛たる修辞によって文学として相当の高みにまで登りつめていることは否定できるものではありませんが、案外とこういう代表作とは知られていない中長編にそれらの作品を解く鍵が、あらわになって落ちている可能性があったりするのです。それを見つけてホコリをフウフウ吹いてあげて発掘するのが全集を読む楽しみの一つでもあったりするのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA