堀江敏幸『魔法の石板 ジョルジュ・ぺロスの方へ』を読みました。

オシャンティーな博士論文……とでも言ったらいいんでしょうか。作者=堀江敏幸はまえがきとあとがきにだけすこし素顔を見せてくれるのですが、内容としてはジョルジュ・ぺロスというこれまた邦訳のまったくない作家の作品と生涯をめぐる割と硬質な書きぶりとなっています。

表紙を開けたところに、彼が生涯のほとんどを過ごしたフランスの港町、ブルターニュ地方のドゥアルヌネの地図が、さりげなく薄いインクで印刷されているところがにくい装丁。タイトルとなっている「魔法の石板」というのは、ぺロスが喉頭がんを手術して声を失った時に筆談で用いていた学童用の文字練習帳のようなもの(おそらく、粘着性の白いセロハンの上から筆圧をかけたところだけ下うつりして文字が見えるようになるもので、セロハンをはがしてもう一度台紙の上に浮かせると白紙の状態に戻る、日本で生まれ育ったぼくも子供のころ遊びで使っていたようなものだと思われます)。

二度目の手術の後すぐにぺロスは亡くなってしまうのですが、その残された数少ない著作の箴言集のようなものが死後、注目を集めるようになった……ということのようです。

こういう人もいた、こういう生き方もあった。いつも背景には漁師町の風光明媚な(なんかZARDのPVにでも出てきそうな……というのはぼくの勝手な妄想なのですが)風が常に吹いているような感じも伝わってくるのですが、決して経済的には恵まれていなくとも、あるいはその早い死を本人がどこまでどのように受け止めていたのかはもはやわからないのですが、それでも自らの思索をみずからのスピードをしっかりと守って成し遂げた一人の男の記録として耳を傾けるべきものがありました。

この正月休みは再読レースも保坂和志から堀江敏幸に移ろいつつ、この二人の著作は本当に読んでいて飽きないなあとあらためて噛みしめているところです。

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