野口先生のこと

大学時代、書道サークルの顧問を務めてくださっていた野口白汀先生が亡くなられました。

サークルとしては合宿でのご指導や展覧会の講評をしていただいておりました。ぼく自身、部長だった当時は何回か熊谷のご実家にうかがって作品の受け渡しや、時には上がらせていただいて他の会の方の作品講評の様子や古墨など見せていただいたりもしました。

野口先生はいつでも颯爽と現れ、おしゃれで、上機嫌でした。ご予定を伺う際も、上着の内ポケットから小さな手帳を取り出して「この日なら大丈夫だ」と即決即断で、あれだけのキャリアをお持ちでありながらご自身で仕事のマネジメントをされているお姿に感銘を受けたりもしたものです。

謹んでご冥福をお祈りいたします。


新風舎文庫解説目録にて

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カラーで一ページ使ってもらえた。身内ながらまあこれは、ある程度実力と…見なせるんじゃなかろうか。

しかし自費出版してみて思うのは本が売れるっていうことはとにかく大変なことだと。出すのは誰でもできる世の中なので、それが一定数の読者を獲得するっていうことがどういう作用によるのか不思議でしょうがない。

買っていただいた方には本当に感謝しています。出版社から売り上げの明細みたいなものをもらったんだけど、ときどき地方の書店から注文が入っていたり(通常の配本とは別にね)、生協においてもらった大学で追加注文とかが入っているのを見るととても嬉しい。結果として新聞に載ったことや今連載しているコラム(『就活HACKS!』)がどれほど購買に結びついたかはわからないけれど、こういう経験はそれこそpricelessなので、いい勉強になりました、ホントに。

今後どうするかだな! ボーナスも合わせれば年に一冊のペースで出すことは可能なんだけど、それはぼくの望むところではないし、思い切り原価を下げてそれこそネットで販売という手もあるけれど、新人賞の取れないぼくのような人たちがどう折り合いを付けながら「文学を楽しむ」(←これも異論のある言い方だけど)のかってけっこう考えてしまいます。音楽だとライブとかあるけれど、小説って書くのにまず時間がかかるし、絵のように展示もできないし、でも文字情報だからこそ(ネットという環境も含めて)できることってもっとないのかなー、と。

次回作も実はもう構想を練り始めています。起承転結のある物語を、今度こそ書いてみたい。


「高炉とカーテンウォール」脱稿!

本家の方にアップしておきました。

長かったな…。
とりあえずしばらくは思い出に浸ることを自分に対して禁じます。

ちなみにtobacco juiceの「オレンジ」という曲がこの小説の主題をかなりいい感じで歌ってくれてます。別に意識していたわけではないのだけれど、最近のテーマ曲。ぜひ聞いてみて!


読書のルート

宇多田ヒカルにならって





の順番で読むとおなかいっぱいになる、と思う。是非おためしあれ。

本谷有希子は好きです。この前トップランナーに出ていたけれど、絵に描いたような文科系女子でますます注目です。とりあえず今出ている単行本をすべて購入。ちびちび読んでいこうと思います。

『問題のない~』は原作の小説(中学生が書いたらしい)と漫画と映画とあるのですが漫画で読んだのは単に絵が好みだっただけ。非常によく練られたストーリーになっていると思います。演劇にしてもいいんじゃないかな。

最後のドーリスは篠原なんとかのパクリ小説疑惑の現場を楽しむのもいいけれど、これはリスカをネタにしたあらゆる表現の中でももはや古典に類するものでしょう。

***

昨日は室の先輩らとバーミヤンで飲んだくれ、愚痴大会。けっこうみんな考えていることは一緒。変わらないと嘆いているのも不毛かもしれないけれど、たぶん、まずは認識の共有化を図れたとは思う。「有権者諸君、この室は腐っている!」


【小説】高炉とカーテンウォール[第四稿]

〈承前〉

 ぼくはなおも、同様のエピソードを紹介しなければならない。
 そうせざるを得ない自分をいささか不憫に思う。ぼくはなにも喪失の物語を描いては自ら感傷に浸りたいわけではない、などと言ってみたところで、その薄ら寒さは拭うことなどできない。しかし、あまりにも短期間の間にぼくの周りから人が去っていった、そのことをただ淡々と事実として書き記しておきたい、そう思っていることは確かだ。ノスタルジーに対して敵意をさえ持っていた。
 ぼくはここで二つの方策を探ることになる。ノスタルジーに対して積極的に好意的解釈を試みるか、それとも敵視したままそれを乗り越えるための方便を新たに生み出すか。
 この街に来て、しばらくの間ぼくは前者の試みを行ってきた。いくつかの文章をものし、あるいはそれを消しては書き足し、というようなことを繰り返していた。そしてそれらはことごとく失敗に終わった。それらはエッセイとも小説とも手紙ともつかない形式で、とても読み返すことのできる代物ではなかったのだ。
 そしてぼくは後者の試みに手を出すことになる。その現場がここだ。この試みは失敗するかもしれない。成功はあまり約束されていないかもしれない。いずれにせよ、これはぼくにとって大きな挑戦でありまた最後の挑戦になるはずだ。

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「東京23区の坂道」

大学のあった文京区というのは坂の多い地区で、お茶の水から本郷に至る界隈の起伏豊かな景色というのがとても好きだった。ときどき水道橋まで歩いて帰ったりするくらい、あのあたりを歩くのはぼくの学生生活の一画を敢然と占めていた(鴎外くさい言い回しになったな…)。

東京23区の坂道というサイトを見つけて、眺めていたのだけれど、あらためて区内というのは坂道の多いことに気づかされる。渋谷なんてまさに交差点のところは”谷”だし、谷中を歩くのも好きだったなあ。

なんてことを思い出した。