パヴェーゼ『月と篝火』

を、読みました。

パヴェーゼは岩波が文庫化を推進してくれて初めて知った作家でして、かつ言ってみれば川端のような澄み切った郷愁とでもいうんでしょうか、そういうのが(文学のモチーフとしてはしゃぶり尽くされているし、ある方面ではそういうノスタルジーを作家自らの甘やかしであるかのような風潮があって、文庫本の表紙に書いてある「梗概」を眼にしただけで「ケッ」とか思う本読みもいるのでしょうがそれでも)すごく個人的にはぼくの心にフィットして、新しく文庫化されるたびに買い求めては感嘆していました。

本書はパヴェーゼが自殺する前、最後の著作ということで、中編というべき長さを持っているのですが2ヶ月で書き上げられたということです。いろいろなストーリーラインが交錯して、かつ時系列も現在と過去を行ったり来たりするので、いままでの作品の中では一番読みづらいかもしれません。政治的歴史的背景については不勉強でなかなかわからない所も多いのですが、戦争を挟んで故郷に戻ってきたある男の回想と目にする現実、耳にする現実には沢山の死ぬべきではなかった人が死んでいった暗い影が、張り付いています。

それでも

この谷間に、またこの世界に、どれだけたくさんの人びとが生活しなければならないのか、ぼくはついそのことを考えてしまう、そしてたったいまもあのころのぼくたちに降りかかっていたことが、人びとの身に起こっているのだ。〔中略〕別のヌートがいる、別のカネッリや別の停車場があり、ぼくのように外へ出て幸運をつかみたいと願う人間がいる──〔中略〕何もかもぼくたちのときと同じことが起こっている。そうならざるをえないのだ。子どもたちも、女も、世界も、何ひとつ変わっていない。〔中略〕それでも生きることは同じなのだ。いつか自分たちが振り返ったときに、いっさいが過ぎ去ってしまった日の来ることを、人びとは知ろうとしない。

この箇所は胸を打ちます。諦めと、強がりのあいだをものすごい振幅で「ぼく」は揺さぶられています。一つの答えが必要なのではなくて、こういう文章が、一冊の小さな本の中で光り輝いていたということを発見する喜び、悲しみが、ぼくたちを読書に向かわせるのだとつくづく思わされます。

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