ゴルフ練習

今日も打ちっぱなしに行ってきました。毎週土曜日の習慣になりつつあります。

しかし今日はなかなかうまく行きませんでした。すこし握り方を変えてみたのですが、これでまた身体かリセットされたような感じになって一向に打てず。結局もう一回直そうと思ったことを忘れて振り出しに。ドライバーは練習し過ぎるとよくないらしいのですが、最低レベルにまでまずは到達しなければ人として認めてもらえませんので、とにかく打つべし打つべしです。

先週は打席の左端、つまり左手にネットが近い場所で練習してスライスばかりしていたのですが、今日は逆に右端(つまりネットがすぐ右側)で練習したところそれほど右には曲がりませんでした。やっぱり気の持ちようなんでしょうか。飛ばそうと思う方向へ意識を向ければ自ずと身体が付いて来ると、そのはずだと信じたいものです。

まだまだ練習は続きます。


毎日新聞取材班『リアル30’s』

正直、あんまりピンとこなかった。少し前はワーキングプアの本とかかなり読んでいたんだけど、いつの間にか、そういう課題意識がどこかへ行ってしまった。たぶん、もうあんまり今の自分の置かれている状況より他の可能性をあまり探らなくなったのだと思う。いつまで言ってるんだろう、という割り切りでもあり、あきらめでもあり、この道しかないという覚悟でもあり。それは自分としてはいいことだと思う。大きなものに期待することもしない。自分でコツコツやっていって一生終われればいいんじゃないか。そんなふうに思う。この特集事態が少し、三十代に期待し過ぎだよ、残念ながら。


よしもとばなな『赤ちゃんのいる日々』

を、読みました。

2003年後半の記録です。著者39歳。30代最後の年ですが、「あとがき」にもあるように色々な人の死を、見送っています。一方で愛息「まなちんこ」との格闘の日々も活写されていて、子育て世代には心強い一冊。「王国」の二巻目や「海のふた」を書き下ろしたタイミングのようです。

「体は〜」にせよ「デッド・エンド〜」にせよ、たぶん短編の連作で一冊の本に仕上げるというのは、この時期に集中しているように思います。そして本書にも書いてありましたが、自分の知らない人であったり、異質な人であったりが「自分を書いてくれ!」と言っている声にいちいち反応して書いたのが、これらの作品だったのではないでしょうか(この辺りだいぶぼくの方で補っていますので誤解があるかもしれませんが)。それは、著者が異質なものへ小説を通じて理解をしようとしている試みなのかもしれません。

以下の2002年のインタビューにもそれは現れています。

 二年前に出した短編集『体は全部知っている』で初めてやってみたのは、「知らない人たち」のことを書く、ということでした。それまでは、自分が共感できる人、私が「知っている」ような人を小説のなかに呼び出して書いていたんです。自分で書きながら、お互いに自然にわかりあえるような存在を。ところが、ほとんどが書下ろしの短編集を一冊書くことになって、今度は自分の知らない人たちを書いてみようかと思ったんですね。知らない誰かを呼び出して、インタビューをするようにして、その人たちが言っていることやっていることを引き出して書き写す。その書き方で一冊書き通してみたら、知らない人のことも書けるんだ、というのがわかりました。面白い経験でした。
 それからは、私の小説には知らない人が次々と出てくるようになったんです。知らない人たちが、私の知らない場所で何かをやっている。そのうちに気がついたら、自分とは本来は共感できないような人たちについて書く小説が増えてしまって、なんだか彼らの生き方をつぎつぎと見せられては、それを追いかけて書かなきゃならなくなってきた。最近どうもそれが少しつらい感じ、楽しくない感じになっていたんです。
 そして、今度の小説『王国』を書くということになったとき、もう一度、自分にとっていちばん気楽でわかりあえる人たち、知っている人たちを書いてみたくなってきた、というわけです。(「波」2002年9月号 新潮社ホームページより)

『王国』でまた図太いストーリー性が戻ってくるわけですが、個人的にはこの出産前の連作集というのは、今思えば確かに「文学史」的にはかなり異質な光を放っているようにも思えますし、そしてそれは必要な迂回だったとも思います。

それから、もうひとつの大きなテーマが「体」。

 結局、人間の全ては「体があること」につきると思う。〔中略〕
 食べたり飲んだり笑ったり手をつないだりすることを軽く見る風潮があるが、それ以外の抽象的なことは死んだらいくらでもできるのだから、生きているうちはそういう喜びを大事にしたほうがいいと思う。疲れることだって、すごい、もう大変にすばらしいことだから。

本当に、「体は全部知っている」というタイトルが2000年に既に出ているというのがすごい。とにかくすべてを言い表しているような気がする。この日記でも「体」について今後も小説で何度も何度も書いていくと宣言しているけれど、「王国」にもそれが表現されているということです。

と、思うとやっぱり「アムリタ」が20代の総決算だとすれば、30代の総決算はやっぱり「王国」シリーズなんだろうな。言ってしまえばそんなのファンだったらちょっと考えればすぐわかるだろ! という感じの結論ですが、やはり日記を通じて著者の30代のすぐそばを一緒に歩いてみて、初めて納得のいくものもあります。まあもっとも、週刊誌的な作家論的アプローチはぼくの最も嫌悪する「文学研究」ではあるのですが、今回のテーマ「三十代」については自分が三十代であるということも含めて、作品というよりは「この作品を三十代に書いた作者」をターゲットにしているので、仕方あるまい。

いやしかし「王国」シリーズは本当にぼくも好きな作品です。


ゴルフの練習に

土曜日、また行ってきました。

まあ、昨年の今頃に比べたら気持ち的にもだいぶ進歩はあるんじゃないでしょうか。去年だと、とにかく棒を振り回しても全くボールに当たらず、あたったところでとんでもない方向へ、つまり前に進むべきところが上に行って跳ね返って人のところへ飛んで行ったりとんでもない練習をしていたので、それに比べるととりあえず振り回せば前に飛んで行くのは確実、というレヴェルにまで来ているので、振り回すのが恐怖、というところからは脱せています。

なにより「打ちっぱなしとはいえ、素振りの練習をしたって構わないんだ!」ということに気が付き、狭いマンション暮らしのぼくにとってはあまりにもアタリマエのことながら目からうろこだったのです。毎週2000円使っていますが、存分に素振りもして費用対効果を上げています。

それにしてもドライバーがとんでもなく右方向へ飛んでいきます。打っても球が視界からすぐに外れていきます。これが「初心者のドライバーのスライスになりやすい」という、黄金律ですか。とにかくようやく「初心者です」と言えるところにまでやってきたということなんでしょうか……。

あと一ヶ月ですが、頑張ります。


よしもとばなな『子供ができました』

デッドエンド〜を書いている頃かな。

妊娠生活のあれこれ。体に対する意識がいろいろ変わるというか、敏感になっている時期。にも関わらず、精力的に旅行に行ったり外食しているのがすごい。まあ子供が生まれたらできないことを目一杯やっているというのか、今までの生活を変えずに頑張っているというのか。あんまり暗い面は書かれていないのでわからないのですが、まあいろいろ言う人も周りにはいたのでは? まあしかし不可抗力かもしれないけど、エンジンブレーキのように、人生のペースを落としている。そして自分の限界をよく知ったうえで、その中でいかに自由に、生き生きとするかが大事だと。特に三十代後半は!


よしもとばなな『ミルクチャンのような日々、そして妊娠!?』

妊娠発覚の巻。しかしこれ、週刊誌的な言い方になってしまうが元カレ&夫とハワイに行って、そこで子供ができている、というところまで書いてしまうのが、作家というか、この人ならではなんでしょうね(某巨大掲示板にもいろいろ書かれているし…)。

その他、メモ的に。

・親が年取っていくのは悲しい
・「アルゼンチンババア」を父に褒められる
・「王国」を書き始める
・妊娠発覚

この巻はQ&Aのボリュームがあるので日記部分はちょっと少なめです。


『練習場で確実にうまくなる!』

今日も今日とて打ちっぱなしへ。

ドライバーは下手くそながらだいぶましになってきましたが、アイアンがドヘタクソにまたなってしまい、なんか足元ばかり気にしていると全然飛ばなくて、「あのへんに打ちたいな〜」とおもって手元を疎かにするとよく当たる。よくわからん競技だな…。

この本は最後の最後で「言葉にとらわれるな!」と、ものすごい自己否定で終わるところがとても好きです。とにかく力を入れないことですな。。。


よしもとばなな『よしもとばななドットコム見参!』

日記シリーズ一冊目。2001年の記録なので作者37歳。結婚直後。ちょうど虹なんか書いている頃のようだ。そう思うと、三十代もだいぶ大詰めの頃なんだな。日記シリーズは最初なんだけど。

・親が死ぬときは一緒に居られないものだ
・刺青をいれた(その後の温泉事件など)
・それでも今年も海に行く
・貧乏な人も、お金を使わないで楽しめることが豊かさ。特に、お金をかけなくても美味しいものが食べられるのは人生で大事なことの一つ。
・人と比べないことが才能を生かすために必要なことだ。

このあたりがハイライトかな。


坂本真綾『満腹論』

ニュータイプ連載のエッセイ、七年分がいったん単行本化されたもの。七年って長いよな。。。本人も書いていますが、いろいろあった七年です。食をテーマにしたエッセイ集と言うわけでもないのですが、食べ物の話を中心に、「人生に満足するためには」みたいなところも「満腹」と掛けあわせながら、いつもながらにウロウロしている感じが良い。なにかこんな美味しいものがあった! とか、単なるお店の紹介では全然なくって、食べる、ということに対する極めて個人的な趣味嗜好が描かれているので、そこから坂本真綾という人となりがよく伝わってきます。しかしこの人文章うまいよなあ。ブログとかツイッターやってない方ですが、きちんとお金を出してこういう風に読めるというのは、本当はそういうほうがファンとしては嬉しいものだったりします。

しかしまどマギ以来、劇団イヌカレーをよく目にしますが、これはまどマギ以前からの連載なのです!