「ただいまございます」

昨日の深夜、NHKでCoccoの復活ライブの様子が流れていました。

うう…、やっぱりいいなあ。彼女の歌だけはやっぱりまだ現在の問題として聞いてしまいます。ぶっ飛ぶくらい先の方へCoccoは行ってしまったけれど(その事実が一つの救いなのですよ)、ぼくなんてまだまだ「もう歩けない」とか叫んでいるような段階ですから。

自分もがんばらねば…。

『シュウカツ』、10/27の読売新聞朝刊に広告が出るそうです。こういう費用も入っていたのね。図書館なんかで見られる人はのぞいてやってください。


二年目は青春のただ中か

いろいろと新しい仕事を任されてきて、いろいろな意味で余裕が無く、なかなか更新することができませんでした。

ここまでのぼくの会社員生活を総括すると下のようになると思います。

・仕事のイロハをおぼえる
  ・電話取るの怖い
  ・先輩に嫌われないかな
  ・上司に嫌われないかな

・実務をおぼえる
  ・経理なんて興味ないよ
  ・ぜんぜん面白くないよ
  ・残業多すぎだよ

・工場の人としゃべれるようになる
  ・ぺーぺーなのに工場長に何を語ればいいんだ
  ・人に見せられる資料じゃないな

・慣れるまでしばらくルーティンに徹する

・予算
  ・人様が苦労して作った数字をいじってるだけじゃんか
  ・来年のことなんて全部わかんないよ
  ・言ったことが全部実現するわけ無いじゃないか
  ・っていうか残業おおすぎ

・同期辞める
  ・自分はこのまま経理でいいのか
  ・なんで働いてるんだ
  ・お金ってなんだ
  ・人生ってなんのためにあるんだ

・特命調査(一年目論文とか)
  ・だれに何を聞けばいいの
  ・知らない人に電話とかしたくないなー
  ・なんで土日出てこないといけねーんだ
  ・優しい人もいるんだなあ

・後輩が入ってくる
  ・後輩だけど年上なんだよな
  ・あいつらには自分の味わった苦労させたくないなあ
  ・知らないこと人前で聞かれるとつらいなあ
  ・自分もまだまだだ

・仕事内容の拡充(今ここ)
  ・上司に数字丸めて報告することが仕事なのか(懐疑)
  ・理解してないのに報告なんてできないよ
  ・ぜんぜんおもしろくない…

まさに絵に描いたような二年目。悩むべくして悩みまくっている二年目。最初は本の出版資金を貯めたくて仕事して、でもそれが叶ってしまったいま、ちょっとまた揺らいでいます。もちろん本を売っていくことを第一優先に考えていかなくちゃならないんですけどね。

社会人になって一番大変なのは目標設定を自分でしなくちゃいけないっていうこと。もう、これに尽きます。仕事においても遊びにおいても。

日々をただなんとなくやり過ごすっていうことがあり得ない。今日の怠慢は明日の忙殺につながる。スケジュール感を持ちながら自分の目的地までの距離を測っていく。息を抜くこと、遊ぶこと、それすらも計画的になされなければどこかにひずみをきたす。だって極端な例だけど日曜日の夜にもう飲んだりしないでしょ。金曜日だって、翌日の土曜日を二日酔いでつぶすのがもったいないからセーブするようになりましたよ。お酒についていえば、本当に我を忘れてべろんべろんに酔っぱらったのは、配属前の懇親会が本当に最後です(いや、やっぱりこれは嘘だ)。

オレンジデイズ DVD-BOX
オレンジデイズ DVD-BOX

最近お馬鹿なことに『オレンジデイズ』のDVDボックスを買ってしまい、延々と見ていた。やっぱりここに描かれている青春群像というのは本当に典型的ではあるのだけど、それだけに自分のスタンダードの部分を見るたびに思い出させてくれるというか、太宰治『正義と微笑』もそうですけどああいう青春バリバリの物語って、自分が青春のただ中にいるときは直視できないくらいの力を持っていたのだけれど、それを過ぎてしまうと自分の心の若さを保つための道具にしかならなくなってきてしまっている。それは決して悪いことではないとぼくは思うのだけれどね。

叫び声
叫び声
大江 健三郎
大江健三郎の『叫び声』もある意味ではオレンジデイズ的で好きな小説です。今読んでいるけれど、ぜんぜん暗くない。


ミーティングメモ

気が変わって第四稿はwwwから消し去りました。

とりあえず監督とのミーティングメモを残しておきます。

・ベースが抜けたらライヴできません
 →ギターなら抜けても大丈夫
・セリフが小説調だ
 →かたわらいたい指摘だぜ
 →声に出して読んでみよう
・キャラが互いに似ている
 →違う方向を向いている人が必要
 →ポリフォニックって言ったのに
・バンドの残りのメンバーはどうしたいの?
 →デビュー指向ならそれを明確に
・やさぐれツカダ
 →人物としての奥行き
 →「なんだよあいつシュウカツなんかしやがって」とくだを巻く
・ヨウコがたくましすぎる
 →人物としての奥行き
  (私のことなんてほっといてよ)
  (私のことなんてわからないのよ)
  (君には君のやることがあるでしょ)
・傷のなめあいよりは、現実もっと見ろ的な
・ヤスシのしっかりものキャラをもっと早めに出す
 →隠しておく必要はない
・題名ちゃんと決めよう

以上をふまえて第五稿を制作いたしまっせ!!


何者であったのか、あるのか、あろうとしているのか

彼は、司法試験の勉強に身を入れないまま、一五年の歳月をディベートとアルバイトに費やした。〈中略〉彼は、なによりもまず司法試験の勉強に専念すべきだった。〈中略〉怠け心の言い訳にドデカイ夢を語り、ピントのずれた現実を生きてきたのはなぜか? 自分がまだ「何者」でもないことを認めたくなかったからである。

もう何度も読み返した荻野文子『ヘタな人生論より徒然草』からの一節です。そしてこの一節も何度も読み返した。自分が、同じ穴に落っこちていないかを確認するために。

いったい、会社という組織にいる間は(=一日の時間の中で経理室員の名札をつけている間は)自分で自己規定をする必要がありません。必要がない、というよりはできないと言った方が正確でしょうか。

だから、たまに三連休が訪れてくると、どうしようもなく「何者」でもない、あるいは自分で自分をどういう存在にあるのか(過去現在未来の三点の中でどこへ向かおうとしているのか)を規定できていないことに、いらだつ。

かつてぼくは大学生であった。この言い方はこのエントリーの中に限っていえば正確ではない。「大学生」「会社員」「経理室」なんてものはただのカテゴリーにすぎなくて、やっぱり当時は自分のことを「とりあえず時間があるから小説を読んだり書いたりしている人間」としか思っていなかった。ときどき、試験の時だけ「世の中には勉強したくてもできない子供たちがたくさんいるんだ」なんてことを持ち出して「日本の大学生」というカテゴリーを無理矢理アイデンティティーにすり替える操作をしていた。それは今でもそうだ。好きでもない仕事をあたかも自分が必然的に選んだかのように錯覚させる。それは生きるための技術であり、あるいは、技術でしかない。

会社に入り立ての頃、悲壮ぶって「本当は小説家になりたいけれど今は会社員に身をやつし、組織の闇を暴こうとする侵入社員」とか、そんな風に自己規定をしていた。お金が入ってきて、欲しかった本をただただ買い漁った。土地と時間とがノスタルジーを喚起して、ここにいることに耐えられないこともあった。

きっと、アイデンティティーとカテゴリーというのはどちらが優れているとかそういう問題ではないのでしょう。きっと世の中の多くの人は周りのに人間がこうだと決めている自己像よりも自分がこうだと決めている自己像を尊重することでしょう。事実、ぼくもそう思う、思っていた。けれどアンバランスなんだ。人がこうだって言っているものに耳をふさいでしまうと、ピントがずれてしまう。だって、この世の中の現実はやっぱり人がこうだって言っていることの積み重ねで大半は成り立っているから。いくらぼくが「たばこなんて吸わないですよ」と人に言ったって、「オマエ今日吸い過ぎだよ」と飲み会の席で言われればそれはそうなのだ。この喩えはけっこうばかばかしく聞こえるかもしれないけれど、特に依存性のあるものに関しては自覚というものが本当に当てにならないものなのだ。依存性のあるもの——たとえば、夢を語ることとか大言壮語しちゃうこととか。

どうすればいいのかがわからない。
どうしたいのかもわからない。
ただ、日々をやり過ごしているだけだ。
特に耐えられないのは、たとえば深夜の2時、ゴミダメのようになった頭を抱えながらひとり風呂につかる。ああ、こんな生活があと何十年も続くのか、と嘆息してみる。出発はついに訪れないのか、いや、「出発」というのは結局誰かの号令だ。この怠けきった体質を、ぎりぎりのところで自覚している。

都度、ベストの選択をしてきたことだけは自負している。しかしそれは帰属先をいかに探すかというレベルでしかない(幸か不幸か浪人も留年もしていない)。残った問題を、いかにこの先ポジティブな言説で探求していくかが、とりあえずの結論です。

もう少し、自分について正直に語っていきたい。


【短編小説】高炉とカーテンウォール[第二稿]

 昔はよかった。本当に昔はよかったんだよ。海は青かった。山はみどりにあふれ、人々は毎朝太陽が昇ると働きだし日が暮れれば家へ帰った。老いも若きも互いをいたわり合い、子供が生まれればみんなで祝福した。誰かが死ねばみんなで悲しんだ、涙を流さぬ者はなかった——なんてことを目を細めながら言う好々爺がいることを、ぼくはこの街に来てからひそかに期待していた。
 ここは北関東の海沿いにある工業地帯。
 たとえばそう、工場へ続く道には立ち飲み屋が軒を連ね、終業時刻を知らせるサイレンが鳴り響くやいなや一斉に労働者たちがそこへ駆けつける。屋台の太った女主人はがんこな親父と働いてもう三十年、この街のことならなんでも知っている。
「昨日も穴掘り、今日も穴掘り、明日もまた穴掘りだ。おれたちの班が終わると次のやつらが来てな、杭を打ち込んでいく、そんでもってまた次のやつらが穴を埋めていく。その繰り返しだ。おれもたまには人が掘った穴を埋めてみてえもんだな。気持ちいいだろうなあ。でも俺みたいなのは人様のために一生穴を掘り続けるのが関の山さね、最後にゃ自分の墓穴も掘らなきゃならないかもなあ、ハハハ」
「まあまあ、そんな気持ちじゃ明日も働けないよ。仕事があるだけでも感謝しなくっちゃ。あんたたちがいて、私らも商売できる。そうでしょ? さ、ほら、飲んだ飲んだ」
「や、すまない。このコップ一杯がないと最近は寝付けなくていけないや。ああ、心の内ぞあわれなる、と」
「今日は銚子からいいかつおを仕入れたのよ。どう、ちょっとあぶってあげるからつまみなさいよ」
 そんな会話が聞こえてきそうな夕暮れ。まるで大正時代のプロレタリア小説をもう少しだけ牧歌的に書き直したら現れてきそうな世界。陽気さと陰気さとが二元論的に交錯し、人々は互いに補完し合ってこの世界を成り立たせていた。
 でも、そんなものはやっぱりぼくの空想の産物でしかなかった。
「そのことをぼくは悲観しないし楽観もしない」
 なんて口に出して言ってみる。誰もいない海の見える丘の上で。もちろん海岸線に沿って視線を歩かせていけば突き当たるのは林立する巨大な煙突。今日は南風が強い。そのたなびきを眺めていたら、今あえて口に出して言ってみたわざとらしいセリフがぴったりとぼくの心にくっついてくる。なんであれ、ぼくの周りにあるあらゆるものは選ぶことのできない現実としてそこにあるだけだ。この波の音も、潮のにおいも。
 いまから三○年前、広大な海辺の土地が買収された。時あたかも全国総合開発計画によって地方へ金がどしどしと流れていった時代である。県知事と町長との対立、ブローカーの暗躍、「開発」の夢に踊らされる貧困層、公害問題を楯に愛町運動を展開する自称「進歩派」、彼らの血なまぐさい対立・抗争・闘争、時は六十年代、左翼運動家なるものもまだ現実の一角を敢然と占めていた——それらを言えば切りがないが、さまざまな艱難を経ておよそ二○○○ヘクタールの土地が買い上げられ、大資本へ買い下げられた。
 それからは早かった。
 港が掘られ、高炉が建ち、日本のあらゆる場所から労働者が集められた。彼らの中には炭坑が閉ざされた北海道の寒村に妻子を残してきた者もあった。あるいは都会の学校を出てふらふらしていた若者もあった。あと数時間声をかけるのが遅ければ一家心中も辞さなかった借金まみれの鉄工所経営者もあった(これを「皮肉なことに」なんて形容してはいけない)。
 いずれにせよ誰もが故郷を後にして、もともと人の住むところではなかったこの場所に突然発生した大量の雇用に応じた。さまざまな男たちが光の通らない立て屋に押し込められ、二十四時間三交代で汗をかいた。吹鳴するサイレン、圧延機モーターのうなり、高架クレーンが転炉を吊れば監督が待避を叫ぶ。
 ときどき死ぬ者もあった。なにしろ相手は時に二○○○度を超える溶けた鉄だ。自ら死ぬものも少なくなかった。その溶鋼のなかへ飛び込むのだ。それでも毎年彼らの代わりに、あるいはそれ以上の人員がそれぞれの故郷からかやってきた。男たちの中には子供を持つ者も出てきた。子供たちはきっと父親の仕事を憎みながらも、どこかで自分の将来をそこに認めているのだろう。
 やがて男たちを相手にする居酒屋、作業服販売店、下請け会社の事務所、病院ができ、バスも通るようになった。片側二車線の目抜き通りがその製鉄所の正門に向かって開かれると、今度はいくぶん生活に彩りを添えるような店が、たとえば大型ショッピングセンター、家電量販店、美容室、ファーストフード店、結婚式場、ホテルが建つようになった。そうして人工的に開発された田舎の風景というのは日本中どこに行ってもたいてい似たり寄ったりである。暴走を促す広い道路、購買意欲を煽るだけの看板、華美なだけの電飾、店舗の床面積に比してただただ広い駐車場。とにかく、そういうたぐいの風景。土地は余っているから建築物は決して高層化せず、平面的に横へ横へと広がっていく。
「そのことをぼくは悲観しないし楽観もしない」
 もう一度ぼくは言ってみる。今度は目抜き通りの四車線をまたぐ横断歩道を自転車で渡りながら。これからぼくは坂の下にある喫茶店に行こうと思っているのだ。かごの中には残業代で買い込んだ文学全集。平均的なぼくの休日の過ごしかだ。
 一年前の春に東京の大学を卒業したぼくは財閥系のその鉄鋼会社に就職し、この街をそんな風にした製鉄所に配属された。生まれて初めて東京を出て、会社の寮で暮らすことになった。

 葉子とはよく幕張で落ち合った。
 夜の幕張はまさに人工の極北だ。やはり海だったその場所が二十余年前に埋め立てられ、高層ビルが行儀良く並べられた。メインストリートには最低限のレストラン街とアウトレットとJRの駅が添えられ、休日だけは用のない人間も黒山を成す。それでもそこに足音が聞かれるのは昼の間だけだ。夜のとばりが下りればオフィスビルが白い縞模様を夜空に浮かび上がらせる。
 ある階には二、三時間の睡眠で死にそうになりながらコンピュータ・プログラムを組むアルバイトの学生が、ある階にはこっそり休日出勤して月曜日の暗黒に少しでも光明を与えようとする新入社員が、ある階には妻子と別れたばかりで休日に家にいても何をしてよいのかわからず書類整理でもしようと朝から居座る初老の室長(おそらく彼はそれ以上の昇進をあきらめている)が、それぞれの夜を送っていることだろう。けれどもこの地上から見られる高層ビルの窓明かりは白く冷たい。その向こうで、生きている人間が本当に働いているのかどうかも疑わしいくらいに。ぼくの想像力はいささか古典じみたかもしれない。ぼくたちはむしろうなりを上げて決算処理を続ける巨大なハードディスクやその計算結果を吐き出し続ける高速プリンターの姿を、その窓の向こうに期待しなければならないのかもしれなかった。
 歩道にも人の姿は見られない。メインストリートを通る車もない。信号はそれでも自らの法則性にしたがって刻々と色を変えていく。それにある時はシーシュポスのむなしさを、ある時は毅然たる孤高さを感じた。その日のぼくはどちらかというと後者だったと思う。
 ビルの谷間にいた。手をつなぎながら、けれど身体は寄りそわずにそれぞれの歩幅で歩いていた。恋人という間柄ではなかった。
「また人が死んだわ」
 唐突に言う。
「自殺?」
「そう……、コンクリートがいけないのよ。あの色といい渇いた感じといい、まるで見ている者の生命力を吸い取っていくようだもの。砂漠にいるようなものだわ」
「いわゆるつくば症候群。でもそれはもうずっと昔の話だと思っていた。いまでも事情は変わっていないんだね」
「あそこには昔なんて言葉はない」
 語気が変わる。
「ねえ、あそこには歴史なんてないのよ、時間なんて感覚はないのよ」
 嘘のような話だが、ぼくは彼女と三度はこれと同じ会話をしている。幕張で会うようになってからの一年の間に三人の人間が一つの街の中、一人の人間の周りで自らの命を絶ったことになる。それがどういうことなのか、正直なところよくわからなかった。統計から導き出される「日本では十五分に一人自殺している」という事実からすれば、ラッキーなのかもしれない。けれど少なくともぼくはこれまでの人生でそういう人を身近に知らない。
 彼女はある独立行政法人に勤めていて、今はたまたま筑波の事業所に駐在していた。発展途上国から来た研修生に農業を教えるという仕事をしている。じつに成果の見えにくい仕事であり、また息の長い仕事だ。一日何トン粗鋼を生産しそれが予算値よりも多かったのか少なかったのか、あるいは限界利益の多いものを何トン売りそれが販売構成をいくら押し上げたのか、などということを日々計算しているぼくとはちがう。しかしこの違いを彼女の立場から考えてみることで、単調な日々の繰り返しにいくらかのなぐさめを見いだすこともまた事実だった。

 死亡事故は一酸化中毒によるものだった。高炉から排出されるガスを集塵機へ集める配管のバルブ切り替え作業を二人の作業員が行っていた。通常は一酸化炭素の小型探知機を携行して作業しなければならない場所である。しかし互いが互いをあてにしすぎていた。前方で作業していた一人の様子がおかしいことに気がついたもう一人の作業員は無線で中央操作室にいる主任に連絡を取る。その際「いったん戻ってこい」と指示を受けた。指示にしたがっていったん操作室に戻った作業員に対して主任は「なぜ一人で戻ってきた?」と一喝し、自ら酸素マスクを装着して現場へと向かった。しかし、時は遅かった。
 死亡事故の場合、災害速報は全社員に回覧される。加えて所長による訓話が全所一斉放送される。ぼくの所属する経理室で、作業の手を止めてその放送に聞き入った者はだれ一人いなかった。回覧さえ自分の名前にチェックを入れるだけで次々とデスクからデスクへと回された。一番新人のぼくのところには最後にそれがやってきたのだけれど、「ラスト廃却」の指示にぼくはとてもじゃないけれど従うことができなかった。
 指示に、従うことができない。
 それも今だけだろう。遅かれ早かれ、ぼくだって一人で中央操作室に戻ってしまうようになってしまうのかもしれない。それが、ちょっとだけ怖いのだ。
 死はいつだってそばにいた。目をそらしさえしなければ、「ラスト廃却」に違和感をおぼえることを忘れさえしなければ、そのことを感じることができた。

 五月だった。それも、ゴールデンウィークのさなかだ。
 ぼくは海浜幕張駅の改札で葉子を待っていた。十時十八分に到着する電車に彼女は乗っているという。
 互いの休みの予定が一致しなかった。葉子は仕事を終えてから幕張に向かっている。ぼくは彼女を迎えに二時間前にここへやってきた。
 ——なあ、俺たち、知り合って六年たつ。そのあいだに二回、きみには気持ちを伝えたと思う。一度目は大学二年のとき渋谷の交差点で、二度目は二人とも就職が決まってから銀座のイタリア料理店で。で、今日は三度目の正直ってことで、ほんとうにこうやって友達なんだかそれ以上なんだかよくわからないデートみたいなことを続けていくことになんの意味があるのかっていうことをはっきりさせたい。そうだろう? きみはかつて「わたしの気持ちが恋愛する気になるまで待って」とぼくに言った。もうそれからどれだけの時間がたったと思う? 確かにきみの両親は離婚した。そんなときにぼくがいろいろと言ったのは悪かったと思う。でも、もうそろそろ待ちくたびれたんだよ。……
 焦っていた。ぼくは頭の中の葉子に道化た芝居をえんえんと繰り返していた。彼女に恋人や親しい男友達がいる気配はなかった。ぼくのうぬぼれと言われればそれまでだが、彼女の釈然としない態度は彼女の性格に起因するものであって(あるいはぼくはそれを「幼さ」とさえ感じていた)待ち続けることには意味があるとぼくは信じていた。あるいはそれを逆にぼく自身の幼さでもあると感じ、一人その構図に満足をおぼえていた。なんとも救いようのない男なのである。
 やがてホームに電車の到着する音が響き、人々の靴音が迫ってくる。その中に葉子の二つの足もあるはずだ。寄りかかっていた柱から背中を浮かせると、彼女の姿が見えた。水色のキャミソールの上からスカートと同じ白のジャケットを羽織っている。ぼくは手を振った。
「ひさしぶり。ご飯は食べた?」
「こんな時間にやっているところもないわよね」
「県営駐車場が十一時までなんだ」
「それじゃあ、途中のパーキングエリアでなにか買うしかないわ」
 そうしてぼくたちは駅の階段を下りて地下駐車場へ向かった。夏も近いというのに冬のような光が、森閑とした路上に二つの影を長く伸ばす。横目で葉子の横顔を伺いながら、らちの明かないことをあいかわらず考え続ける。今日こそは口に出して言ってやろうか、とも思う。あるいは手の一つでも握ってやろうか。
 洞穴のような入り口から地下へ階段を下っていく。葉子のヒールが響き渡る。こんなにもたくさんの車が止まっているのにどうして人は一人もいないのだろう。
「品のいい廃墟だ」

 東関東自動車道で北上する車の中で葉子は口を開かなかった。ぼくたちが顔を合わせるのはおよそ一ヶ月ぶりだった。もし一年ぶりだったら会って三十分くらいは堰を切ったようにしゃべくりあっただろう。実際、そういうこともあった。
 幕張からぼくの住む工業地域まではおよそ一時間半。そのあいだ、唯一の会話といえばぼくが音楽でもかけようとCDをカーステレオに挿入しようとしたときの一幕だけだった。
「あのね、クラシック音楽をCDで聴く習慣が無いの」
 ぼくの手は止まり、瞬間、だったらクラシックでなければいいのかなと勘ぐってみたが、ぼくと彼女との間にかつて流行歌手の名前が交わされたことはないことを思い返してみてそれ以上なにかすることをあきらめた。
「ちゃんと前見て運転して」
 彼女はヴィオラをやっていて、そしてそのくせ音楽に心の内を波立たされるのが大嫌いだった。彼女は音楽を演奏する喜びは知っていても、音楽を享受する喜びを知らないようだった。
 再びの沈黙。ただエンジンの一定した回転数が響き続ける。
 流れゆく道路灯、頭上の橋梁、レーンマーク。
 そういう沈黙が心地よくなるほど二人は親しかったわけではない。いつだってぼくは気づまりで、なんにもない田園地帯に突然現れるラブホテルのグロテスクな色彩が近づいてくるたびに無意味に緊張した。目的地までの距離知らせる緑色の道路標示がハイビームに照らされて遠くから光るたびに、時速の百で割り算して残りの所要時間を計算していた。
「なんか、しゃべろうよ。今日はどうして、そんな、黙っているの」
 なんてことをもし言おうものなら——章司君がそう望んでいるから、かな——じゃあぼくが本気で願えば、楽しそうに笑ってくれる?——ふふっ、と葉子は鼻で笑う——なんて展開になりかねない。
 ぼくは葉子を恐怖していた。二人の関係が前に進んだり後に戻ったりすることを恐怖していた。もしも彼女もまた同じことを考えていたとしたら(その可能性は十二分にあるのだ)、ぼくたちは必死になって「時間なんて感覚」を排除しあっていたことになるのだろうか。いったい何のために週末をつぶして互いの顔を見せ合うのだろうか。それさえ、何ヶ月かおきに会うということそれ自体の変化を恐れるためだけだとしたら……。
 もう一度言う、ぼくたちは恋人という間柄ではなかった。

 インターの最終駅は水郷地帯、田園のさなかにある。それも夜になれば天と地の境は消失し、都会の夜しか知らないぼくたちの目と耳を暗黒が圧する。水田地帯を縫うようにして通う国道を、ぼくの黒いワゴンは時速百キロで走った。午前一時を回っていて対向車も並走車もいない。いくつかの交差点といくつかの曲がり道を通過すると、車は北浦にかかる長い橋に足を踏み入れる。等間隔に並べられた道路灯がぼくたちの頭上に光の道を作っている。
「会社の寮の近くに墓地があるんだけどね」
 ぼくは思い出したように話をし始める。いや、「ように」ではない。本当にぼくはそのことをふと思い出したのだ。
「そこは寄り合い墓地と言ってお墓自体はもともと別の場所にあったんだけど、それが工業団地造成のために土地を買われ、移転を余儀なくされた。そういうお墓たちが集められて身を寄せ合っている場所なんだ。海沿いの道路と砂浜の間に土手が走っていて、そこには松がたくさん生えていてぱっと見た感じではわからないんだけど、松の林の下にたくさんのお墓が並んでいるんだ」
「それ、行ってみたい。見てみたい」
 急に葉子の口から「したい」なんて語尾が出てきたものだからぼくはびっくりした。誘うつもりでもなんでもなかったのに。
「ねえ、今からでも車回してよ。私はぜんぜん眠くないから」
 ぼくは往復三時間の運転でだいぶ疲れていたけれど、もうだいぶぬるくなってしまった缶コーヒーをホルダーから抜くと一気に中身を飲みほした。そして、アクセルを踏み見込む。
 松林は黒い海と見分けがつかなかった。海沿いの通りを折れて砂浜に直結している県営駐車場にたどりつくまで、海を感じさせるものは風の匂いだけだった。
 風化の激しい小さな墓石の隣には、鋭利に切り出された黒光りする大きな墓石が立ちはだかる。それはこの街の縮図のようだった。住宅地も商業地も人間関係も同じ構図を持っている。生きている間も死んでからも、同じ世界の中にありつづける。
「いいわね。ここにはちゃんと古いものと新しいものとの闘いがある」
 葉子が言う。
「かならずしも美しいものじゃない。そりゃあ——」
 ぼくが得意の都市論をぶちまけてやろうとすると、葉子はもう一つの墓の前にしゃがみ込むと深々と頭を垂れ、手を合わせていた。
「かわいそうなお墓たち……」

〈未完〉


発売日決定!

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ついに著者納品分50冊が送りつけられてきました。

拙著小説『シュウカツ』(新風舎文庫)は10月25日(水)発売です!

文庫にしては高い700円ですが、これから就職活動を控えているあなたにはきっと心の友となってくれることに違いありません。かつて就職活動をしたよ、という人はきっと甘酸っぱい気持ちになって初心に返ることができること請け合いです。

都内大型書店で新風舎文庫を置いてあるところにはたぶん配本されるはずです。
また私の方に一声かけていただければ対応しますので、よろしくお願いいたします。


三日月の歌

月立ちて ただ三日月の眉ねかき け長く恋ひし君にあへるかも

振りさけて若月見れば一目見し 人の眉ひきおもほゆるかも

とりあえず万葉集から。
好きな女の子の眉毛を思っているんですなあ。
一種目はダジャレですが。