ブームは続けるもの

同期のI川君と韓流ブームを継続中です。最近二本、映画を見ました。
よし、アウトプットとして早速感想を書こう。


永遠の片想い

出演者は、どっかで見たタラコ唇だな~と思っていたら『猟奇的な彼女』のキョヌ君(役者名を未だに記憶しておりません)と同じ人でした。役柄もやっぱり典型的だめ男で、ハマっていました。

話自体はかなり複雑で、途中で上の写真の両脇にいる二人の女の子の名前がわけあって入れ替わっていたことが明かされたり、構成自体も過去に行ったり現在に行ったりするのでストーリーを追うのにかなり頭を使います。わかってしまえばなんてことはないんですが……観客に左脳的思考を強いる映画はいかがなものかと

それにしてもイ・ウンジュ、です。この前自殺した女優さんですね。映画の中でも死んでしまう役なのでリアルでへこみました。

つぎ、これは最近の映画ですが。


誰にでも秘密がある スタンダード・バージョン

これはヤバい、源氏物語だ、これは。ビョンホンが婚約者の姉妹を次々と奪っていくというコメディーなんですが、編集が巧み、演技はもっと巧み、そしてセリフが最高によくできています! 日本人に言わせたらシラケてどうしようもないセリフのオンパレードです(なので吹き替えで見てはいけません)。いやあ、これは素直におもしろかった。チェ・ジウもきれいだしね(他意はない、関係者諸君)。


自分の成長のために~アウトプット

一つ前のエントリーで紹介したよしもとばななとパトリス・ジュリアンの往復エッセイ集『News from Paradise』ですが、読み終わりました。とてもいい本です。読んだら生きようという強い意志(ああっ、そんなものはこの季節には暑苦しい)がむらむらわいてくるわけではありません、ただ、ちょっと現状に不満があってもがんばってみようかな、ちょっとていねいに暮らしというものを見つめ直してみようかな、という気持ちにさせてくれる本です。

よしもとばななさんは言わずもがなですが、パトリス・ジュリアンという人は本を読む限りではレストランをやったり禅をやったりしているフランス人さんのようで『物語の主人公になる方法』という非常に魅力的なタイトルの本も書いてらっしゃいます。


物語の主人公になる方法―Special Edition

これは既にアマゾンに注文してみました。

さて『News from Paradise』ですが、この中の記述で自分なりに引っかかったところが二つあったのでそれについて書いてみようと思います。

 私が小説を書くとき、もしも「読者のために書こう」と思うと、ろくなものになりませんからね。〔中略〕
 自分のために、自分が成長するために、なにもかもをするのです。そして、それが周りの人のためにもいちばんいいことなのです。(よしもとばなな)

もちろん仕事の内容は違うから一概に自分と重ね合わせることはできないかもしれないけれど、でも、今やっている(と、能動的に言い切ってしまっていいのかちょっとまだ不安)仕事がとにかく自分のためなんだ、自分の成長のためなんだと思うことで、どんなにつまらない仕事からもなにか成長の種を見つけることができるのかもしれない。

いいんだ、無理に社会のためとか会社のためとか革命のためとか(笑)ふわふわしたことを考えなくても。いいんだ、先輩や上司に怒られないためとか食っていくためとかぎちぎちしたこと考えなくても。

自分のために、自分が成長するために。

自分という枠をしっかりと認識して、そこを出発点にする。いい意味でそこにとどまる。固執してみる、執着してみる。

考えてみれば、近ごろ自分を大事にしてなさすぎです。悲しい音楽を聴いて、やたら活字の大きな自己啓発本で脳を疲れさせて、ジャンクフードを安いお酒に浸して体に詰め込んで! だめだめ、朝はちゃんと起きておいしい朝食を食べて、洗濯物はきちんとたたんで、時間がある時は小説を書いて(今日は三枚も書いたよ)――そういう、「暮らし」にもっと目を向けなくちゃ。

これがまず一つ目。

 日本の消費者は、“インプット”することの充足感にばかり目を向け、“アウトプット”を管理する責任も、この社会は引き受けなくてはいけないことを、次第に忘れてしまっているように思います。〔中略〕
 僕の本の読者は、僕の生き方に好感をもってくれています。ところが彼らにしても、それをインプットすることにしか興味がないんだな、と気づかされることが多くなってきました。(パトリス・ジュリアン)

この引用は、ゴミの問題から派生してきているものです。インプットにばかり目を向けてアウトプットに気を配らないのは悪名高き「消費」でしかないということ。口から入れたものは必ず出る。新しくものを買えば古いものを捨てることになる。その、出口にもちゃんと目を向けましょうということなのだけど、ぼくはやっぱりなにか本を読んで(インプット)感じたことをこうして書く(アウトプット)ということが日常になっているから、どうしてもその意味でも拡大解釈してみたくなってしまう。

要するに、これからは本は読みっぱなしにしないぞ! ということ。やっぱりこうして引用しながら色々と考えてみる時間を持つとその本が自分の血肉になったような気がする。一冊本を読んで、ちゃんとその内容を自分なりに理解したぞ、という充実感。これを経なければその本は読んでいないのと一緒。

インプットしたら、どんなかたちでもいいからアウトプットすること。インプットをするならアウトプットするところにまで責任を持つこと。それはむしろ自己啓発本について一番当てはまるのかもしれない。思索のための本もあれば行動のための本もあるからね。

これが二つ目です。

そんなわけでこのブログもうまく利用しながらアウトプットを模索していきたいと思っています。そう、この自分のために!


英語研修が始まる。

勤務時間内にやってくれるので、学生気分に戻れる貴重な二時間を週二回も味わうことができます。まあそれにしてもコルネット先生のテンションが高いこと高いこと、ぼくは好きですけどね、ああいう空気って。

授業ではさっそく部屋の中を歩きながら暗唱……って齋藤孝じゃないですか。ムービングイングリッシュですか。


からだを揺さぶる英語入門

そしたまたブログで日記をつけろと、もちろん英語でね。で、師曰く「オレがコメントつけちゃる」。来週の火曜までに登録してエントリーを一つ書くという宿題が出てしまった……まいったね。アドレスは恥ずかしいので明かしません、いや、たぶんそのうちリンクしちゃうかも。

昨日はツタヤで借りてきた映画「キッチン」を見ました。


キッチン

なんか自分が思い描いていた世界観とものすごいずれていて、いやもう、ずれすぎていて逆におもしろかった。そっか、時代はバブルだったんだ。90年代初頭のあるべき姿が垣間見られます。雄一の部屋ってあんなに豪華なんだ、あんなでかいキッチンはちょっと小説的ではないぞ、映画的だぞ。

この映画が今も見る価値があるとすれば川原亜矢子の初々しい姿ですかね。どっかで聞いたことある名前だなーと思って検索したらびっくりしました。最近はイトーヨーカドー「アイラブ生活」(変なキャッチフレーズだなあ)のCMに出ていますが、この「キッチン」がデビュー作のようです。見てよ、上のパッケージ写真の髪型!

卒論書いた時も思ったけどやっぱり吉本ばななはすごいよ、ぼくは好きですよ、吉本ばなな。最近こじゃれた往復エッセイも出て、さっそく買ってきました。


News from paradise―プライベートフォト&エッセイ

この本でむしろ出色なのは孫にでれでれの隆明の写真です。


ギリギリだ!

最近読んだ本。


フリーター・ニートになる前に読む本


希望のニート 現場からのメッセージ

自分への警鐘として読んでいるっていう時点で病んでいる証拠なのか。でもこの自分がどこに立っているのかをちゃんと確認しておきたかったのさ。それがあたり前なのだと思わないために、あるいは、それが全てだと思い込まないために。


たまには音楽の話でも

しばらく本や音楽とじっくり向き合う時間を持つことができていなかったのだけれど、最近友達にもらってよく聴いているCDがあります。フラフォアというバンドで、もう解散したみたい。以下、二枚のアルバムを出しています。


宙の淵


13leaves

聞いたことのないバンド名だったんで検索してみると、リアルタイムではCoccoとよく比較されいたようです。あらためて自分の趣向を確認させられますな……なによりこのCDをくれた友達は、ぼくが好きそうだからという理由でチョイスしてくれたということで、気がつけば我がiTunesには自意識系女性ボーカルばかりがあふれているという始末。しょうがない、好きなんだから。


ひさしぶりに東京に行ってきた。

サークルのかわいいかわいい後輩と、これから院試にのぞむ仲間とか、元クラスの友達と、一日でたくさんの人に会ってきました。

やっぱりいいね! 鹿島にいるとどうしても視線が内向きになっちゃって、自分の見えている世界が全てなんじゃないかと錯覚してしまってかるーく絶望に浸ってしまうんだけど、自分と違う環境にいる人と話をすると視線が外に向いてくる。

最近読んだちょっとしたポップサイコロジーの本にも「人間にとって大切なことは、『位置』ではなく、『向き』なのです」(たかたまさひろ『こころのおそうじ。』大和書房)とか書いてあって、むかし好きでよく聴いていたラジオ番組のパーソナリティーも「場所じゃないんだよ! いい大学に入ったって勉強しないやつはダメだし」みたいなことを言っていて、そしてそして最近自分の立っている場所に対する不満ばっかり言っていたのがすごくなさけないことに思えてきた。

このままじゃいかんよ、オレ! いろいろな意味でね。

外に目を向けよう。それがまず目標です。


いろいろ考えることはあるのだけれど

仕事そのものというよりは、毎日職場に行ってそれなりに頭を使って帰ってくるという一日を月曜日から金曜日まで続けるというのが案外体力を使うものだということに最近気がついた。

そこから逆算すると仕事と趣味とを両立するにはかなりのバイタリティーが必要という気がする。夜帰ってきても、それからなにかをしようという気持ちにもなれないことが多い。

体力的に余裕がないと気持ちにも余裕が出てこないってことなのかな。

・・・というようなことも、時間に余裕のある休みの日にしか気がつくことができないというのも、ちょっと不幸だよなあ。


やっと風邪が治ってきた

くすりは飲み過ぎてはいけません、ちゃんと用量を守った方が効きます。体調が少し戻ってきたので元気も少し戻ってきました。

愚痴ってないでがんばんなきゃなー。最近また齋藤孝を読みかえしつつあります。あの理論をサラリーマンの現場で体現してやると息巻いていたのをすっかり忘れていました。なんか、ほんと、忙しいあまりにいろんなものを忘れていたような気がする。


なにか忘れてない?

 たまには仕事について考えてみようと思う。まだ会社に入って四ヶ月しか経っていないけれど、いやむしろまだ学生気分を引きずっている今だからこそ考えてみることに価値があるのかもしれない。

 ただ、正直なにが問題なのかよくわかっていない。不満はあるけれど、どれも幼稚なものだ。少し深呼吸をして周りを見回せば自分はずいぶん恵まれていると感じるし。

 もちろん比較の問題じゃない。正直、途上国の「かわいそうな」子どもたちに思いを馳せてやっぱり日本に生まれてよかったと胸を撫で下ろすようなことはしたくない。

 最近思うのは、結局企業が人を雇うのは良くも悪くも企業のニーズだということ。就職活動においてはあたかもはじめに被雇用者の「やりたいこと」ありきのように語られがちだけどそれは違う。企業の採用パンフレットによく「きみのやりたい仕事がここにある」みたいなことが書かれているけど、それは違うと思う。

 組織に属するということは組織の要請にうまく応えることが期待されているのであって、大きく言えばそれがサラリーマンの仕事なのだと思う。

 もちろん非難をしているわけじゃない。それは組織というものが持つ特性だから。もし「やりたいこと」があるなら最初から組織に属しようとはしないはずだ。あるいは最初から「やりたいこと」に従属するものとして仕事をとらえ、いつかはそこから離れていくはずだ。

 事実、ぼくが配属されたと同時に辞めていく先輩がいた。彼は起業を志していて、最初から辞めるつもりで会社に入ったという。六月いっぱいという本当に短い間だったけどその人にはけっこうよくしてもらって、寮を出て行く夜も一緒にご飯を食べた(というかごちそうしてもらった)。

 なんかもう、すげえな、としか言いようがないのよ。あそこまで言い切れる強さが、そしてまた本当にそれを着々と実行に移していく姿が。要は、組織に属していながら、組織に属するということを目的化している。だから仕事に対しても決して手を抜かない人なのだったと思う。

 月並みな結論だけど、結局モチベーションをどれだけ大きく持つか、持ち続けるかということなのだと思う。

 能力は限られている、どんな気持ちでやったって結果はさほど変わらないのかもしれない。

 でも、やっぱりそれが自分にとってどんな意味を持つのか、それによって自分が何を得られるのかをはっきりさせていた方がつらくないと思う。だって、今ぼくはとても苦しい。

 職場の人に言われた、「お前はなんでも他人事だな」。

 昨日もご飯を食べながら「お前は何に興味があるんだ」と言われて即座に答えられなかった。「ブンガクですよ」と言う無邪気ささえなかった。

 このままじゃヤバい。

 自分にとって仕事とはなんなのか。エクセルのちっちゃいマスにケタを間違えないよう金額を入力しているのは、自分にとってどういう意味を持つのか。なんでもいいと思う、金のためでも車のためでも。でも平凡なモチベーションに飽き足らないぼくは自分でその答えを作らなくちゃならないようだ、あるいはその努力を惜しむ者が平凡さに甘んじていくということなのか。

 もう一度考えなくちゃならないのかも。でもこうやって書いているとけっこう考えがまとまってくる。そういう時間はやっぱり必要だ。とりあえず、ぼくにとって休日とはリセット、リスタートのための日。土曜日の夜っていいもんだ。


残業しすぎ

さすが季節労働者経理室、さっき帰ってきました。
やばいです、あとからあとからやることがあります。来月は自分でやらんといけないので教えてもらうと同時におぼえないといけません。ほんとヤバい、これはヤバいところに来てしまった。過剰な期待を背負っているととるか、客観的情報から能力を誤解されているととるか(ウワッ、持って回った言い方だ。ミスチルの「雨のち晴れ」の世界だね)、貧乏くじをひいたととるか、こりゃ微妙なところだ。とりあえず前向きに解釈していこう。
ジャスコの食料品売り場が24時間営業であることに感謝する今日この頃です。