キミスイ=セカチュー=いちご同盟

「君の膵臓をたべたい」

映画を見ました。ながらくこの小説は学園ミステリーかなんかなのだと勘違いしていましたが全然違いましたね(だいぶ前に飛行機の中で映画のメニューにあったのに全く興味が無くて見なかった)。なんというか「セカチュー」って繰り返されるんだなあ・・・というだけで。もう二つくらいさかのぼると「いちご同盟」だったりするわけですが。

原作との違いはよく分かりませんが、どうせ死ぬのであれば病気で死なせてあげたかったなあ。なんで通り魔に刺される最後にしてしまったのだろうか。主人公志賀君の視点から「唐突感」を出すための設定のようにしか見えなかった。それこそ主題歌をうたっているミスチルがかつて揶揄した「簡単に命が捨てられていく」「駄目な映画」・・・とは言わないまでも、なんだか最後まで主人公の女の子がかわいそうでならない映画だったなあ。

なんて感想を書いてしまうあたりがもうオッサンって感じですが。

【読了】島崎藤村『家』

を、読みました。

かつて「私小説」なるものを仮想敵として見定めひたすら卒論にいそしんだころには考えられませんが、島崎藤村を読みました。登場人物がとにかく多い。しかも幼い子供たちが次々と亡くなっていったりするのは(漱石の掌編にもありましたけど)読んでいてなかなかつらい。藤村の筆致は、あくまで自然主義が「主義」として台頭する前史でもあるわけなので、なにかこうこれを世に広めなければ、という「力み」がまったくない。そこがすごい。読んでいて、よくこんなセリフをサラッと書けるな、と感心するところがいくつもある。場面の転換はあまりドラマチックではない。電車に乗ったり旅に出たりはするけれど、その過程はほとんどかかれず、あくまで屋根のある場所で一族の者たちが互いに会話し合うそれをひたすら淡々と描き続けている。もちろん三吉は主人公なのだろうが、三吉が何かするわけではない。三吉の目を通して見える両家の没落のあり様が、本当に会話だけで描かれていく。

自分を自分で書く、ということがどれほど難しいことなのかを藤村はわかっていたのかもしれません。田山花袋はあまりにも自分をドラマチックに仕立て上げすぎたのかもしれません(『蒲団』にしたって、最後の最後の文庫本で最終ページだけなんですけどね)。それはある意味で安易な方法論なのでしょう。藤村は『破戒』をだいぶ昔読みましたが、拍子抜けするほど教科書で読んでいた「あらすじ」から感じるものとは違う読後感でした。もっとドラマチックな話なのかと思っていたがそうではない、それはおそらく文体=スタイルなのだと思う。

それは藤村の限界だったのか? 『家』はもちろん旧家の没落というドラマをはらんでいるけれども、もっともっと何世代にもわたる女たちの話であるし、社会的には男に従属させられていた時代が変化していくその、その「家」という制度の下での女たちの世代間ギャップというのも(「おめかけさんみたいな恰好ね」といった)会話の中で色濃く表現されています。それを今に生きるぼくたちとしては見逃してはいけないんだろうと思います。

結婚10年

このブログの良いところは2004年から続いているところですが、たしかに2011年の11月に婚姻届けを出しましたというエントリーがあるわけなので、10年は確実に経過しています。そりゃあ子供の七五三もやってしまうわけです。

「文章を書いている自分」というのは、なんだかいつまでたっても学生のころ家のパソコンでカタカタとやり場のない思いをキーボードにぶつけているころとなんら変化していないような気もするのですが、最近は文章を書く時間を作ることでそういう自分の中の変わらない場所であったり時間の使い方であったりを確認するようにしたがっているのかもしれません。同じ場所をぐるぐる回り続けるような・・・。

11年目なのでwindows11にバージョンアップしてみましたがネット上の評価はよくわかりませんが意外とサクサク動いてなかなかよろしいです。vistaのあたりはほんとうに使いづらかったのとUIが自分好みでは全くなかったのですがwin10からはけっこうもともとのwin95あたりの使い勝手に戻った感じがして好きだったのですが、win11はまた世代遅れでmac OSXに似せてきたような・・・これでタスクバーが透明になったら何も変わらないような・・・。

ちなみに写真はドングリの木です。

冬、きたりなば

ようやく衣替えをしました。ぼくの場合、夏or冬の選択肢しかもっていないため、春とか秋というのはちょっと暑いのやちょっと寒いのを我慢する変な季節でもあったりするのです。しかし服を買うこともほとんどなくなってしまった……。

コロナも落ち着いてきたのか、池袋に買い物に行ってもどこも混んでいますね。若い人たちは結構カラオケに並んでいたりするのを見ました。みんなカラオケ我慢していたんだろうなあ。同じことをしていても、時期によって国賊呼ばわりされるか、ようやくの”春”を満喫している平和な光景かに極端に分かれてしまう今のこの国のありさまも、非常に不安なところもありますが、「with コロナ」が今後も多かれ少なかれ続くのだとしたらまあ今のうちに少しだけ羽を伸ばしておくのも悪くないのではないでしょうか。

前も書いたかもしれませんが、外から帰ってきたら手洗いうがいってごくごく当たり前のことですしね。そういう当たり前の衛生観念の延長上に、コロナ予防があってまだよかっんじゃないか、という気がします。そんなことでうつるの? というようなものでなかった分、まだ共存の道はあるんじゃないかという気もします。

今日は自分のかけ布団カバーと家族の枕を買いました。この前自分の敷布団も中の綿が飛び出していたので買い換えたのでいろいろ新調。結婚して10年なのでいろいろガタが来ているところもありますが自分の体は大事にしなければ・・・(まだ足が痛む)。

ノート自作

B5サイズですぐに使い終わらない(最低100枚はシートがある)ノートというのは実はなかなかない。学生時代から会社に入って、Marksというブランドの分厚いリングノートを10年以上愛用していたのだけれど廃版になってしまって以来ノート難民になっている。

家にはこれもまた10年以上前に大量に買って使い切れていない原稿用紙が200枚くらいあり、とりあえずこれを切ってリングでくくって、お手製のリングノートを作った。都合三冊あり、もうすぐ一冊目が使い終わる。

原稿用紙なので書き心地は問題なし。むしろこれをスタンダードにしてもいいくらいだ。値段も手ごろで、表紙が丈夫で、分厚くて、場所を取らない理想のリングノート。どこかにないものだろうか。

足の負傷

公園で子供と鬼ごっこをしていたら足首をひねってしまった。とりあえずシップを貼ったけれど内出血がすごくて足がグロテスクなことに。見た目ほど痛いわけではないのですがもう一週間もたつのでそろそろ腱(?)がつながってきてくれないだろうか。

昔も一度これに似たようなことをやったことがある。友達と飲んだ勢いで酔っ払って多摩川に行って、結構高い堤防から飛び降りたんですが、翌日足の裏が全面血豆みたいな色になって結構びっくりしたことがあります。ちょうど飲んだ翌日が、学園祭の代表者の集まりがあって足を引きづって大学に行ったのをよく覚えています。

あれほどではないが、慣れないことに全力を注ぐのはもうこの歳になると危険だ・・・。

スマホ機種変

モトローラにしました。

ついでにフリー○ルからニューロモ○イルへ移転しました。日中は会社にいるし家ではワイファイ使えるし、なんとなれば通勤中はメトロのワイファイ使えるし、とにかく携帯代は安いに越したことはない・・・ということで、色々評判を見ると通信速度が遅いとか色々書いてありますが今のところ特段問題ありません。

そして、このモトローラg10のデカさ分厚さが却ってよいのです。電車の中でkindleを読む自分としてはしっかりグリップして大きな画面で大きな文字で読書できるというのは本当に助かります(画面の縦の長さがちょうど文庫本と同じくらいなのです)。

なぜかこの機種は最初からビニールっぽいケースが付いているため、これもニギニギし易くてgoodです。普段家で本を読むときは携帯性を気にしなくて良い単行本を読んでいますが、通勤時はkindleの安い洋書など嗜むというのが生活の中でなかなか良い句読点になります。

今年は腕時計も買い替えました。いろいろがたが来ている年なのかもしれません。

あまりに

仕事が忙しすぎて一ヶ月ブログを放置してしまった。自分の中ではもう少しパンクチュエイトに、ライフログ的に、超私的なことでも三行日記で記しておきたいとは思うものの、平日睡眠時間5時間で、土日は12時間寝ている生活が続いているため体力の補填に精神力が使われてしまってなかなか自分で文章を書くというモードに脳みそがなってくれない。つまり、日曜日の朝、今まさに今この瞬間が、一番文章を書く意欲を取り戻した状態にあるというわけ、ではある。

さて・・・

画面が割れて久しいスマホをそろそろ買い換えようと思っていたのですが、例のFREET○Lもいつまでサービスが続くかわからない&実はあの当時は安いと思ったけど今は他社でもっと安いプランが出ているのを知って、機種変更と乗り換えを決めました。ほんといまは店舗に行かなくてもなんでもできるから便利な世の中になったよ……。

ということで生存確認まで。

ユニット折り紙 その11

こりずに再開。

「バラ」。12枚の小規模ながら、「3~4回ねじってください」という指示が、ねじった状態を固定させるということなのか(それは実質不可能なのではないか?)、それくらいの回数ねじってクセをつけてくださいということなのか最後までわからなかった。本の写真のゴージャスさとは程遠いので多分間違っている気がする……。

「ダリア」。この本で最高の難易度だった。難易度というのは違う、単に手間がかかると言うだけか……。この複雑なユニットを30個も折らせて組み上がらなかったらどうしよう……という不安と戦い続けた。しかし出来上がりははっきり言ってごてごてしすぎていて、「なんかがんばったね」という感じでしかなく、ユニット折り紙としての美しさとずいぶんかけ離れているような気がする。

プラチナ

二箱めも使い切ったぞ! あとは鉛筆の山をなんとかしなくちゃ。。。ただし、会社に置きっぱなしの手つかずのインク瓶がひとつ、そして各種未使用リフィルも3本くらいあるんだよなあ~。これまで以上にメモ魔になって消費しなてくは・・・。