『芥川龍之介全集〈6〉 (ちくま文庫)』を読みました。

晩年の小説作品を集成した第六巻。これも学部卒論の際に、「蜃気楼」などを参照したくて買ったのが本棚に眠り続けていました。芥川は初期の作品は好きなのですが、この晩年のアフォリズムのような作品群ははっきり言って好きではないです。もう、いいんじゃないか、こういうのをありがたがるのは、もうやめにした方がいいんじゃないか。そう思っています。ある種のアウトサイダーアートだろうし、薬の中毒や度重なる愛人関係の中で勝手に自滅していっただけなんじゃないの、という気がして、なんかまともに読めないんですよね。「歯車」とか、単なる症例にしか思えない。

どうしても一時代の文学青年は芥川を神格化していたし、それこそ今でも「芥川賞」という純文学の登竜門(これは菊池寛的には「」付きですが)に名を残していることからも、どうしても素足で踏んづけてはならないお札(ふだ)のような扱い方をされていますが、はたして晩年のとちくるった世界観をまともに評論している文学論って今現在に置いて存在するのだろうか? それこそ令和人文主義的にどうなのか、などと気になって仕方が無いのですが、もうそれは「ブンガク」が担ってきたなにかがもはやコンテンツ産業として映像化の元ネタくらいにしかなっていない現況においては役目をを終えたものとして静かにほこりをかぶっていく運命なのかもしれない……と、思う今日この頃です。

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