梶井基次郎『檸檬』を読みました。

こういう言い方はよくないかもしれないけど、梶井の生涯と照らし合わせた時に、この短編たちはどうしても人間が社会性という、もしそれをとてもクダラナイものだとするのであれば、あるいはそれをクダラナイものだと断言できるくらいに社会性を身に着ける前の人生のほんのわずかな短いひと時を読者が過ごすのであれば、その時とても心に染み入る言葉が並んでいるものだと思う。

他人なんて、狭い世界の友達だけで、学校や集まりから家に帰ってくればしんとした自室で一人孤独になる。そういうときに、梶井の小説はいちいち優しい。

「檸檬」もそういう境遇の無職/学生的な、宙ぶらりんな境遇にぴったりと寄り添ってくると言って誰も疑問に思わないだろう。「ある崖上の感情」も大好きな短編だ。「城のある町にて」の冒頭の意表を突く表現も一度読むともう忘れられない。

でも、たぶん本読みはみんな、梶井を読んで感心していた頃のことをそっと自分の過去として忘れ去って行ってしまうだろう。ぼくたちは、本を買うために毎朝会社に行って仕事をしている。会社では、嫌いな上司とも笑顔でにこにこ会話しなければならない。そういう世界を梶井は知らずにいられたことを、文学史的には幸福な成果であったこととしてせめて信じておきたい。

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