校正こそAIにやらせよう!

小説を書くことにおいて、AIをどう使っていくかは実際に創作をする当事者にとってはなかなか難しい問題です。ぼく自身は単に、趣味の日曜作家なので、自分で書くことを一番大事にしています。良いプロンプトが書けるのであれば、小説のあらすじをあらかじめAIと対話して作り上げていくこともできるのでしょう。けれど、それは日曜作家からすると、純粋に「書く」ことの楽しみの半分以上を明け渡しているようにも思えます。

つまり、あらすじを作り込んでから書く小説というのは単に「作業」でしかなくて、それこそAIにやらせればよいようなことなのです。たとえば文章力はなくても、おもしろい設定やあらすじを思いつくことが得意な人であれば、自分のアイデアをAIに読み込ませてプロットから長編小説を生み出すことも可能でしょう。それは、その人の得意分野を形にする大きな武器としてAIが活躍する場面と言えます。

けれど、壁打ちも作文もAIと一緒にやることにどれほどの意味があるのか。そこにはぼくはあまり、というかほとんど興味はありません。むしろ、AIが出してきたプロットがもし面白いもので、それに飛びついてしまったりしたら、いったいそれは作者の著作と言えるのだろうか? と、不安になってしまいます。仕事ではないからこそ、自分ですべてを生み出すことが大事なのです。

一方で、日曜作家的創作にも「作業」と言える部分があります。それが校正です。もちろんワープロソフトにも校正の機能はあるのですが、あらかじめ「正しい」とされている表記や表現をワープロソフト側が辞書として持っていて、それと照合しているだけなので、誤字や表記ゆれは割と拾えるのですが、脱字が意外と拾えていないです。つまり、脱字していてもそういう表現が日本語として文脈関係なく存在していればエラーにならないわけです。

そういうとき、AIにファイルを食わせて校正をさせると、ほんとうに気が付かなかったところまでしっかりと拾ってくれます。ぼく自身はこれまで書きあがってから多いときでも赤ペン持って4回くらいは読みなおすのですが、それでも人間の集中力には限界があって何回やっても誤字脱字というのはなくなりません。正直、これはほとんどクリエイティブな営みではないので途中で嫌になります。

AIは、前後の文脈もかんがみて修正案を提示してくれるので、まさに「添削」に近い面もあります。わざと自分でそういう表現にしている部分は無視すればよいわけです。こういうのは、ワードの画面で波線のついた箇所を頭からお尻まで画面上でチェックしていくよりよっぽど楽ですし、精度も良いです。ということで、最近は校正マシーンとしてGeminiも使いながら原稿の完成度を高めていくことをやっています。

こういうのは、手書きからワープロに変わったときと同じくらいの、書き手としては革命的な転換なのではないかと思います。いつか、公募新人賞の応募作がAI生成に埋め尽くされても、自分だけは自分の領域を守りながら、そしてそれを守るためにAIを「便利な奴隷」として使いこなしていくことを心掛けたいなあと思っている今日この頃です。

ちなみにこのエントリーも誤字チェックしてもらって直しました。wordpressに誤字チェックAI機能があると良いのですが……、探せばありそうな気もしますね。

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