黒川祐次『物語ウクライナの歴史: ヨーロッパ最後の大国』を読みました。

もはやこの本は現代の必須教養ですね。

世界史的な変遷を丁寧にたどりつつ、結局のところウクライナという国は地理的な問題もあり、常にロシア側とヨーロッパ側から分割と侵略の歴史を繰り返してきたということがよくわかります。つまり、当たり前のように、たとえば島国として他国との境界線が否応なく確定される国とは異なって、自らの領土を自らの力でしっかりと内側から支えなければ国の存続すら危ういという歴史観が、ウクライナの人々には根深く記憶されているということなのでしょう。実際に、ウクライナという国は消滅と再生を繰り返しているわけです。そこに住む人々の人工的な大移動なども含めて。

特にポーランドとの関係は、ドイツやフランスと言った純ヨーロッパ諸国との緩衝地帯として共にあるため、ユダヤの問題も含めて大変に複雑です。決してポーランドと共に被害者面をしていられません。ポーランドだってウクライナに攻め込んだ時期もありましたし、オーストリアやハンガリー、チェコなどの周辺諸国との関係も常に、きれいに善悪に色分けのできないものです。

一般的にはウクライナと言えばケンカの強い「コサック」がイメージされますが、やはりコサック的な下からの団結による強力な軍事力というイメージは、日本でいう「侍魂」ではないですが、そういう土地に根差した強さが、ウクライナの人々が粘り強く自国の独立を今もなお勝ち取ろうと戦い続けているセルフイメージの根幹にあるのではないかと思います。そう簡単には大国には屈しない、コサックの名にかけて、という感じでしょうか。もちろんそれだけで語り終わってはいけないのですが。

地理的な重要性はウクライナの中にもあって、ヨーロッパのパン籠と言われるほどの金色の穀倉地帯、そして鉄鉱石と石炭を産することが発見されて以降の大規模な工業化、そして工業化・都市化に伴ってひっ迫する電力需要に対する水力発電や原子力発電の設置(もちろんそこから悲しい事故も発生するわけですが)。なにより、クリミア半島を有するがゆえに戦略的な要所として常にロシア側からつけ狙われてきたわけです。みんなウクライナの国力を欲しがるわけです。一つの独立国家のはずなのに。

日本との関係は、遠いようで所々で交差します。ウクライナ人の「入植」としてロシア極東に19世紀にかなり移民をしているようなのです。なのでウラジオストクなどにはそのころのウクライナ人入植者の末裔がいまも生きているはずで、そう思うとかなり身近に感じます。あるいは、政治・文化史の中で「ああ、この人もウクライナ出身だったのか」と知ってびっくりする人もかなり紹介されています。かつウクライナ出身のユダヤ系の方々で、思想・文化に名を残している人も数多くいます(トロツキーも…)。個人的には我らが茨城出身の画家、中村彜が描いた「エロシェンコ氏の像」のエロシェンコ氏もウクライナ出身の盲目詩人として名高いですね。

遠い国の戦争は決して遠い国のお話ではありません。毎日そのことを強く思いながら、せめて歴史についてだけでも、学び続けています。

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