
著者は同い年ですか……は、さておき、ありそうでなかったユダヤ人の歴史について新書としてよくまとまっている良書です。これまで、ユダヤ人について体系的にその歴史を学ぼうと思うとなかなか手頃な本はありませんでした。
市川裕先生の『ユダヤ教の歴史』なども図版が豊富で良いのですが、じっくり通読するタイプの本ではないため、新書で、しかもある程度高校世界史の射程範囲を意識した網羅性もある本書はまさに待望と言って良いでしょう。
しかし、たんなる教科書的な可も不可もない記述でないことは、タイトルに反して読み始めるとグイグイ引き込んでくる、たぶん著者の義憤というか使命感のようなものがしっかりとトピックを取捨選択している筆致によってもしっかりと伝わってきます。あ、これはただの、なんちゃらの歴史シリーズの新書の一冊ではないぞ、と。
たとえばホロコーストについては他に数多の名著があるためか、記述としてはかなり大胆に削っています。本書では(読者から期待されるような)ホロコーストについて詳細に学ぶことはほとんどできないと言って良いでしょう、これはよい意味で言っています。ホロコーストにフォーカスしすぎてきたことで、ボヤケてしまっている歴史をしっかりとすくい上げています。
すなわち、ナチによるホロコーストを氷山の一角として捉え、ロシア、中東欧や戦後すら続いていた市民レベルのポグロムの方を注視すべき歴史的現象の背景としてかなりの紙数を費やして論じています。そこに、著者のバックグラウンドを感じました。
なにより、ここにもウクライナが顔を出すんですよね、歴史の裂け目に必ずと言ってよいほど。ウクライナの歴史は一度きちんと学ばなければならないと思っています。
現代アメリカにおいても、Jストリートなど、やや陰謀論にも傾きがちな微妙な話題までしっかりと書き込んでくれています。加えて、ジェンダー的な視点を要所要所で挟んてくれているのもまた、今風と言えばそうなのかもしれませんが、免罪符的なものではなく学問的な良心を感じます。
個人的には! ユダヤ思想家の列伝にももう少し触れてほしかったですが、それはタイトルがちがってしまうのかもしれません。現代の米ロの関係を理解するうえでも広く読まれてほしい一冊です。



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