待望の霜栄氏による小説講座。共通テスト対応と銘打っていますが、ここに収められた小説の霜先生なりの「読み」を堪能できます。
出典は太宗が実際のセンター試験そのものをもって来ているものもありますが、ただ全部がそうではなくておそらく村上春樹がセンター試験に使われるわけがありませんし、芥川の「おぎん」、川端の掌の小説も短いので試験に使いやすいのですが「ざくろ」は出ていないはず……ということで、オリジナルの問題か駿台の模試かなにかで使われたものなのかわかりませんが、一部そういうものも入っているような感じがします。
なによりも楽しいのは、問題文を読んだ時にわざわざ言語化せずに読み飛ばしていってしまう「なぜ?」を、問題解説としてしっかりと丁寧に解きほぐしてくれていること。特に三島の「剣」の解説は、本文さえ読めばなんとなくわかりそうなところを、「なんとなく」ではなく、解像度ばっちりくっきりに理解を促してくれるすばらしいものです。
この、「なんとなく」をしっかり言語化したうえで再読すると小説というのは何回でも味わえる、そしてそれでもなお汲み尽くせないものがあるものこそ名作だと気づかせてくれます。それは、霜先生がもうぼくが学生のころから繰り返しおっしゃっていたことです。
図式化すると小説を矮小化してしまうのではないかととらえる人も中にはいるかもしれませんが、図式化できるものなんてほんの一握りの部分です。そして、実は小説の作者は「図式化」を気づかせないように読者を導くことのプロフェッショナルですから、そこをあえて「図式化」することで作者の視点に遡及して一歩近づくことができて、ぼくのように実作もやっている人間としては「ここまで考えて書かれているのか……!」というユリイカが本当に気持ちよかったりもします。
ラインナップも素晴らしいです。鷗外や漱石といったいわゆる明治の文豪から、太宰・三島といった昭和のスターを経て、ハルキ・ばななといった現代のベテラン作家、そして江國、ラストに津村記久子を配するバランの良さも良いですね。本文も短編小説であれば全文収録のものもありますし、長編の一部の抜粋もそれだけでも十分に味わい深い箇所が選ばれています(そこはセンター試験の作問者の腕なんでしょうが)。
蛇足ですが、江國香織はぼくが学生時代に新進作家として結構流行っていて「デューク」所収の文庫本をぼくも読んでいました。そこにまさに自分が受けたセンター試験(2001年)の「国語Ⅰ」の方で出題されていたのでよく覚えています。試験の冊子をぱっと開いた最初のところに見覚えのある冒頭文が目に飛び込んできて「あっ!」と喜び勇んだのですが、しかしぼくが解かなければならなかったのは「国語Ⅱ」の方なので(こちらも津島祐子の小説だったので太宰好きの自分としてはこれも「おっ!」と思ったものでした)、問題を解くことができなかったのが惜しいと思った最初で最後の出来事ではあったのですが。まあそんなことなどもオッサンが思い出すのにちょうどよい参考書です。