『読むための理論』を読みました。

を、読みました。

これもまた小森陽一つながりですが、とにかく若い本。本自体は結構古くて、活字もたぶん写植ですらない? なんだか古き良き活版印刷を思わせる感じではあるのですが、素人なのでわかりません。しかし、巻末の著者一覧を見ていても年齢的には40手前で編んだ書物なんですよね。相互にやたらめったら著書を言及し合うノリも含めて、非常に勢いがあって、かつレポートの種本としても重宝した記憶があります(個人的には石原千秋の論説というのはその後も共感したことがあまりないので好きではないのですが)。

ここに紹介されているテクスト論的な「読み方」が今現在の近代日本文学研究の潮流でどう位置付けられているのかもはやわかりませんが、方法論として非常に期待されている部分はまだまだ現役ではないのかと思いたくもなってしまいます。ただぼく自身が卒業論文で物語構造分析を援用した際も教官からは「いらないんじゃない?」と言われた記憶も含め、オーソドックスなものには至らなかったのでしょう。たしかに職人技みたいなところはあるんですよね。でも作品論・作家論的な発想を異口同音に批難しつつもなかなか第三極が現れてこない。そうこうしているうちに「近代文学」なんてものをだれも読まなくなってしまうのでは? というのは杞憂か。

そういえば「この本、俺君が好きそうだよ」と教えてくれたあの子は元気にしているだろうか……。

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