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物語中毒者の記 〜スタイル再説〜

 ある人に言われたのだ、「ドラマの見すぎだ」と。 ドラマを見るのは良い、けれど、そのことがぼくをもってバカで幼稚な妄想に駆り立てたことの罪は大きかった。 ぼくは、しょせん、その人と「出会う」ことをしていなかった。 ぼくのフィクションの中で、それもかなり安っぽい台本の中で、ぼくは一人相撲をしていただけだった。

 のっけから否定的だけれど、ぼくはかなづちで頭をガーンとやられたような気分だった。 一体自分が何にこだわっているのか、こだわってきたのか。 卑しくも文章を書いてきた人間として、何か頭の裏側でガラガラと音を立てて崩れ落ちる気がした。
 再び、戻るとしよう。

 小説は物語という文脈を外れる行為=現実を通して初めて物語でなくなる ことがで きる。 無定型なコミュニケーションは言語化できない。 言語そのものが最初から文脈という関係性の中にあるから。(中略)/ 僕らは現実に似せて小説を読むのではない。 小説に似せて現実を見る目を持つのである。(霜栄『生と自己とスタイルと』曜曜社1994)

 物語とは、しょせん語り手のための枠であり、そしてそこで物語られるものは全てが語り手を光源とする遠近法によって整理されたフィクションでしかない。 不幸の後には幸福があり、幸福の後には不幸が必ずやって来る。 成功と失敗とを繰り返し、主人公は美しく、成長していくだろう。 そうだ、「成長」という遠近法こそ全ての欺瞞の源であり、そう考えると、ぼくたちは年をとり経験を積みさえすれば立派な大人になれると当たり前のように 思っているけれど、それさえ嘘に思えてくる。 小学生のとき友達と校庭を走り回っていた充足感を、ささいなことで教師に叱られたときの涙を、もうぼくは忘れている。 そしてしばしば、「あの頃は良かった」とつぶやく。 いや、それさえ、回帰という名の遠近法であり、欺瞞であり、虚偽であり、物語なのだ。

 物語! なんという呪縛!

 これが、かの自然主義の作家たち、それも創作と実生活との間に一膜をも隔てることを潔しとしない作家たちの叫びであったのか。 善蔵を思え。

 ぼくは、結局現実を見るときに物語に依存しきっていた。 それもかなり質の悪い物語に。 きっと、困難にあるとき、ぼくたちは物語によって自分を慰めることをするだろう。 悲劇の中のヒロイン、困難に立ち向かうヒーロー。 だが、ぼくは自分で言ったはずだ、シンデレラは最後まで自分が「シンデレラ」であることを知らない。 無残な叫び。 「私がシンデレラなんだ! どう考えても、私がシンデレラなんだ!」 ぼくは何度それを繰り返してきたことか。

 ぼくは物語という枠からはみ出すことを恐れて、その中に安住し、傷つくことをやめていた。 人は、傷つくまいとすればいくらでも傷つかずにいられる。 物語という麻酔薬によって痛みを忘れることができる。 けれど麻酔薬の中毒にかかったが最後、なにかあるたびに本屋に走り甘ったれた恋愛小説を買い込み、甘ったれたポップスをエンドレスで一日中かけつづける。 自分にぴったりの物語を血眼になって探し回り、そこに慰安を求める。 そして、物語なしでは生きられなくなる。 自分は選ばれて生まれしものぞと、死ぬまで信じ続けることだろう。 そうなったときには人生をじかに体験したときの痛みはもはや感得されない。 聖書を手放せないキリスト者。 自分を最後は神と信じた民俗学者。 更級の少女。

 人のことなど言っていられない。 いつしかぼくは酔い始めた、安酒に。高い酒の味など知らないのだ。 甘い幻想、街にあふれるお座なりのストーリー。 かつてそれは、ぼくがもっとも憎悪したものであったはずだ。 しかし、ぼくは負けたのだ。 小説という無意味さの中心に立ち続けることができず、ついに物語の甘い誘惑に負けたのだ。 そしてそこからもう、一歩も外に出ることをしなくなったのだ。

 ぼくの人間関係は限定されていった。 ぼくを否定するものをすべて排除していった。 ぼくは王国を作りたがった。 なんという傲慢さ、意地汚さ、シロップの如く滴る自己愛、煮詰めたジャムの如くのどを焼く自己憐憫。 物語は既にそこにあった。 あとはそれを埋める作業をするだけだった。 ぼくの口から出る言葉は薄ら寒くなった。 パブロフの犬のよだれのように、ぼくは何かを言われれば何かを言い返した。 ただそれだけ。 そこになんのコミュニケーションがあったというのか。 物語中毒者は世界を殺す。 死んだ世界だけが目の間に広がる。

 世界は止まることがない。 止まったように見えるとしたら、それは僕らがほんとには生きてないから。 日常という幻想の中で死んでいるから。 (霜栄「世界はぼくらを誘惑する」『大学デビューのための哲学』はるか書房1992)

 ぼくは、死んでいた。

 物語を通して人生を眺めたときに、いいことはないと言っていい。 語られるということはその体験が既に自己対象化されたということであるが、そんな高級な作業が一瞬にしてできるわけがない。 逆である。 全ての体験はあらかじめでっち上げられ、物語の構図の中にすっぽりはまるものだけが記録される。 そしていつしか、語られるものの範囲は既に起ったことだけでなくまだ起っていないことにまで及ぶ。 そうなったとき、そこでは全てが予見されており、全てが予定調和であり、ぼくたちは物語の足跡を辿ることしかしない。 それが恐らくは、物語の最大の弊害である。

 もう一度言おうか。 ぼくは、死んでいた。

 夜毎、ぼくは眠りに落ちるまでの間、その日の出来事を、そしてこれから起こるであろう出来事を自分に物語るのを楽しみとしていた。 それはつい最近始まった話ではない。 小学生のとき、ぼくは学校まで二十分近く歩かねばならず、黙々と妄想を膨らまし、友達に物語を作って聞かせていた。 そしてそれを、ぼくはいつしか紙に写すようになったのだけれど、甘い物語の糸は中学・高校生のぼくには何にも代えがたい玩具であった。 例えばここに「ドライ・フール」という作文がある。 「人は一日に一度の絶望と一度の微笑を体験しなければならない。 『苦労』ではなく『絶望』であり、『快楽』ではなく『微笑』でなければならない。 人はそんなに贅沢を望んではならないのだ。 だけどもぼくは微笑すらできない。」これが一体、十六歳の書く文章だろうか?  カンのいい人はすぐに気がつくだろう、ぼくが、あの作家のエピゴーネンになっていたことを。

 しかしこれ以上ぼくは自分の半生を語りなおすことを断念する。 ぼくにとって緊急の課題は、「息を吹き返す」あるいは「生まれる」ことだからだ。 先を急ごう。

 傷ついている、悩んでいる、悲しんでいる、感動している、「私」など写 生できる 余裕があってはならないのに(後略)(霜栄「ブラームスはお好き?」より)

 ぼくは、「日記」を書くことをやめたいと思う。 ここで言う「日記」とは自己言及であり、自己の体験の言葉による再構築であり(「余は如何にして住友金属 内々定者となりし乎」はその 際たるものである)、自己を物語の文脈に落とし込む作業のことである。 もうやめよう、そんなマスターベーションは。 「愛のために」「将来のために」「君のために」そんな文脈をでっちあげるのは、もうやめよう。

 物語るのを即刻中止せよ。無意味さの中心で体験せよ。写生の余裕を排せよ。

 その上で、初めてスタイルは語られるべきだ。 物語にスタイルは無い。 スタイルとは一つの様式、すなわち枠であり、物語において物語という枠がある以上スタイルは必要とされない(霜氏は「物語」と「スタイル」とは不可分だと 言っているが、氏の言う「物語」とは既成の物語ではなくまったく新しいオリジナルの物語のことであり、語り手は必ずしも行為者自身ではない、とぼくは解釈 している)。 スタイルのスタイルたるを発揮するのは無意味さの中であり、小説という、物語の枠を外した場所においてであり、そしてもしかしたら、ぼくはさんざんスタイ ルについて論じてきたけれど、結局スタイルは自分では意識されないものなのかもしれない。 スタイルは(広い意味の)行動において体現されるものであって、それ自体では存在しない。 そして行動は物語の中ではなく、小説的な生のフロンティアで起きるものであり、それを意識する余裕があってはならない。 スタイルをはじめからでっち上げて「よし、今日からあのスタイルで行動しよう」思ったとき、スタイルは物語に堕する。 スタイルはフィクションであってはならない。 それは絶えず生成し、死滅し、再生し、展開し、反転しなければならない。

 方法論として、齋藤孝氏は「あこがれにあこがれる」とか「先人のスタイルに学ぶ」とか言うけれど、意地悪く見れば、そこには前に引いたようなぼくの高校 時代の文章と同じ結果になる危険性が常にある。 すなわち、単なる亜流に、物まねになってしまう危険性。 そして厄介なことに、物まねほどしやすいものはないのだ。 物まねをして見せて、他人のスタイルを手に入れたかのような錯覚におちいることだけは避けたい。 スタイルだけをまねることはできない。 まねることができるのは表面上の行動であり、それをなぞっただけでは意味は無い。 自己のあらゆる行動に変奏され、応用され、関数として機能したときに初めてスタイルはスタイルと呼ぶことができる。 意識されないところにスタイルは表れる。 スタイルは語られても良いが、語られたスタイルは既に精彩を失う。 言葉ではないスタイルは、語ることではなく行動することで「身につく」。

 もう、方法は一つしかない。 物語を徹底して排除すること。 それしかない。 成熟という物語さえ排すべきだ。 スタイルは必ずしも成熟しない。 変化するのみだ。 その変化に成熟というベクトルがあってもかまわないが、そう語られることをもうぼくは求めない。

 スタイルは、物ではない。 止まっていることはなく、絶えず動き続けるものだ。 全てのスタイルの根元には、生きていく活力がある。 その活力をどのような形で吐き出していくのか。 そこの工夫にスタイルがあらわれてくる。 (齋藤孝『生き方のスタイルを磨く』NHKブックス2004)

 生きるしかない。 もう一度、物語の外へ飛び出そう、無意味さの中心へ。 意味という垢を洗い落として、人の言葉に耳を傾けてみよう。 生まれて初めて泣き声をあげる赤ん坊のように、世界に向かって言葉を放ってみよう。

 すべては、この世界と出会うために。

04/06/22

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