エチュード幸福論(猫たちによる)

 片足の動かない猫を二匹飼っていた。
 彼女たちは一向に自分の名前を明かしてくれなかったから、「タルホ」「マホロ」とぼくが勝手に名付けた。もしかしたら猫同士で呼び合う、人間にはわからない名前があるのかもしれない。あるいは最初から名前なんて無かったのかもしれない。その方が文学的な効果をより多く持っていると言えそうだ。だからもしこの物語が小説として書かれるとしたら、思い切って名無しの猫の視点によって「吾輩は猫である。名前はまだ無い」などと始められることだろう──と、冗談はともかく。いずれにせよぼくの付けた新しい名前を彼女たちは特に抵抗もなく受け入れてくれた。すぐに気に入ってくれたようだった。ぼくたちの関係はまだ始まったばかりで、だからこそ新しい名前が必要だった。そんなふうに考えてみるのもいいかもしれない。
 二匹の猫はそれぞれにライフワークを持っていた。
 左手が動かないタルホは写真を撮ることに余念がなかった。
 一見するとずいぶん重そうなデジタル一眼レフカメラを器用に片手で持って、色々な角度に体を傾けては一日中家の中か庭先でシャッター音を響かせている。放っておけばけっこうな容量のあるメモリカードをすぐにいっぱいにしてしまう。彼女はパソコンを持っていなかったから、カメラの背面についている小さな液晶画面で撮ったものを確認しては時々ぼくのところに擦り寄ってきて、自分でよく撮れたと思う一枚を見せてくれる。ぼくはそれに対していくつかのコメントを述べる。そうすると彼女は非常に満足そうな笑みを浮かべ、その日の収穫をすべて消去してしまう。そしてまた新しい一日に備える。
「もったいない。ぼくの原稿書き用でよければパソコン、貸すけど?」
 ある時ぼくは申し出た。
「別にいいの。私は残すために写真を撮っているわけじゃないから」
 彼女はピンとひげを伸ばしてダイニングテーブルの上に座っていて、ぼくは畳に寝転がりながら本を読んでいた。
「外付けのハードディスクを買ってくればいいんだ。そこにどんどん貯めることができるし、あとで見返す楽しみもあるじゃない」
 ぼくはタルホなりに強がっているか気を遣いすぎているんじゃないかと思って、ページに視線を落としたままもう一押し言葉をかけてみる。けれど、返事がないので彼女の方を振り仰ぐと、一心不乱に自分の体をなめて毛づくろいをしていて、全然話を聞いていない。彼女の写真哲学がどこまで本当なのかはわからないけれど、とにかくシャッターを押しているその顔がいつでも真剣そのものであることは疑い得ない。
 一方で右手が動かないマホロはピアノを弾くことに情熱を燃やしていた。
 毎日午前中はアップライトピアノの前に座ることを彼女は日課としている。このピアノもタルホのカメラと同様、最初から当たり前のように彼女たちの持ち物としてこの家に存在していた。ピアノの上にはずいぶん色あせた楽譜が積んであって、中を見れば鉛筆の書き込みが沢山あった。
「小さい頃からやっているの?」
「もう十年くらい。でも弾きたい曲は沢山あるから、まだまだこれからよ」
 世の中にはぼくたちが思っている以上に左手だけで弾くことのできる、それもひとつの作品として演奏されるに足る曲が存在している。ラヴェルによる「左手のためのピアノ協奏曲」、プロコフィエフのピアノ協奏曲などは良いとしても(それにしたってずいぶん難曲なのだろうが)、ショパンのエチュードが左手のために編曲し直されたものもあった。
 それにしても猫の十年は人間で言えば四十年以上に当たるはずだ。実は彼女はもう結構な齢なのではないかといぶかしみながら、横になったそのお腹をさすってやる。気持よさそうにゴロゴロとのどを鳴らして甘えてくるのを見ていると、そんな歳には見えない。あまり深く考えないほうがいいかもしれない。

 一緒に暮らし始めてそろそろ一ヶ月になる。もちろん彼女たちの深い部分にまで理解は行き届いていない。起きる時間も寝る時間もバラバラだったから、せめて夕食を取る時間だけは三人合わせるようにした。これは暮らし始めて一週間たったときにぼくが提案した。そうやってルールを一つずつ決めていく段階だ。彼女たちの名前が最初のルールと言ってもよいだろう。
 なんの必然性もなく一緒にいるにもかかわらず、いや、だからこそなのか、ぼくたちは不思議と喧嘩をすることがない。今のところ一度もない。お互いがお互いに妙な期待を持っていないからかもしれない。それが人間関係として充分かどうかはわからないけれど、そもそもぼくたちが「人間」関係など取り結ぶことはできない以上、なにが「充分」でなにが「必要」なのかは全く新しく設計しなければならないだろう。彼女たちは彼女たちの倫理と規範とで行動する。ぼくにおいてもまた。最初から家族のような関係だったとか、そういうロマンチックな話ではないのだ。
 ところでぼくの名前は椎名と言い、二十八歳で、五年間勤めた会社を辞めたばかりだった。貯金がちょうど一千万円たまったので、かねてから作家になりたいと思っていたぼくは、どこか郊外に小さな一軒家でも借りてのんびりとその準備をしようと思っていた。月に二十万円使ったとしても(実際そんなに使わないけれど)、四年間は好きに暮らすことができる。
 もちろん人から見たらずいぶん楽天的なのだろうと思う。ぼくとしても綿密な人生設計を準備していたわけではなく、五年間一生懸命働いていたら、たまたま会社の方がつぶれそうになっていたのだ。ある日の夕方、突然社内放送が入り全社員が大会議室に集められた。もちろん「大」とは付いていても全社員が入ることを想定した会議室ではない。ぼくたちは朝の通勤電車かと思わんばかりの立ち見盛況で、一体なにが発表されるのか口々に憶測を飛ばしあった。「いよいよボーナスがなくなるのか!」「社長が痴漢で捕まったか!」「総務のミキちゃんがついに結婚か!」
 マイクの用意された壇上にのそのそと歩いて上がってきたのは、副社長だった(末端社員であるぼくはその時初めて顔を拝むのだったので、周りでそうささやき合っていたのを聞いて知ったのだけれど)。そうして、業界トップからの吸収合併について手元のペーパーが淡々と読み上げられた。列の前の方から同じものが配られているようだったけれど、とてもぼくのところまで回ってくるようには見えなかった。深いしわの刻まれた壇上の顔は、もう一切このことには関わりたくありませんと、語っているかのようだった。
 人員整理が行われるなんて具体的な話が出ていたわけではなかったのだけれど、いい機会だと思ったので一週間後に退職願を上司に提出した。五年間しか働いていない自己都合退職なのだから、精神論を持ち出されてずいぶんと諌められたし、退職金だって雀の涙だ。あの場所に残り続けて四年後にどうなっているかわからないけれど、それよりも、常に別のなにかのために時間を費やし続ける毎日を変えることのほうがよっぽどぼくにとっては重要だったのだ。
 室長とは退職する最後の日の夜に、新宿で酒を飲んだ。
「三島由紀夫は大蔵省に九ヶ月だけ勤めた。その後、小説家に転身する。それは大きな賭けであったはずだ。でも彼の九カ月ときみの五年間の違いがどれほどのものなのかはよくよく考えてみたほうがいい。良い意味でも悪い意味でもね」
「この五年間で学んだのは、自分の能力を過信しないほうがいいということだけです。それだけのことを知るには長すぎたということだけは認めますが」
 自分の選択が正しいかどうかなんてわからない。後で間違っているとわかったところでその場に戻れるわけではないし、正しいと信じるしかない。作問者は故意に選択肢を隠蔽し、解無しを正解としているかもしれない。それでもぼくたちは何かを選ばなければならない。
「能力? そんなものは関係ないんだよ。誰にそんなものがわかる? 俺達だって、好きで室長やってるわけじゃない。辞める君にだから言うけれど、室長っていうのを演じるのが俺の仕事だ。紙切れ一枚で管理職を命ぜられればその通りやるんだ。いい加減な部下には平手を食らわすし、辞めたいとかほざいている奴には喝を入れる。それが俺の仕事だよ。俺の能力とか、やりがいなんて誰も知ったこっちゃ無いんだ。やるんだよ、それを」
「わかります、と言ったらおこがましいかもしれませんが」
 そもそも、この自分が選択した、なんていう意識さえ疑ってかからなければならないのかもしれない。押し付けられたたったひとつの選択肢を恐る恐る指さしただけで「あなたの主体性に幸あれ!」なんて言われた日には、たまったものではない。歴史修正主義者たちは言う、過去の過ちだって、今の瞬間が報われていれば「正しい過ち」として認識される。結果オーライ。終わりよければすべてよし。ぼくはそういった態度には与しないつもりです。そう言って、理解される相手だったらどんなによかっただろう。飲んでも飲んでも酔えなかった。

 住んでいた会社の独身寮を出なければならないので、ぼくは早急に新しい住処を見つける必要があった。できればアパートやマンションのホワイトキューブではなくて、小さい下宿でもいいから一軒家に住みたかった。ほこりっぽい庭があって、ひび割れたコンクリートで足場を固めた物干し台があって、瓦屋根の上では毎朝スズメたちが整列していて、ちょっと口うるさいくらいの近所付き合いがあって、電柱のところに緑色のネットでおおわれたゴミ捨て場があって、そういう場所に住みたかった。
「そんな物件はないね。学生ならともかく、三十にもなんなんとする無職の男を世話してくれる大家なんて今時いないよ。ハイハイ、出てった出てった!」
 全く同じセリフを何度言われたことかわからない。世の中というのは聞いていたよりもずいぶんと働かざる者に厳しいらしかった。
「お金の心配ですか? ぼくはなにもお金をくださいと言ってここに来たのではありません。お金はあります。お金は出すのだから家を貸してくれと言っているのです! ほら、ここに、このぼくの預金通帳の残高を見てください。たしかにフローとしてのキャッシュを永続的に得られると見なされる一般サラリーマンの方がリスクは低いでしょう。しかしながら一般的な彼らの預金残高をご存知ですか? ぼくと同じくらいの年齢の男の貯金なんて百万円あればいいほうです。彼らはたぶん職場の上司や恋人の女性に『若い頃に自分に投資できない男なんてまったくもって駄目だ』とか言われ続けて、すっかりその毒気にやられて浪費しまくっているのです。そんな自己管理もできない連中とこのぼくとを比較してみて、どちらが低リスクかなんて一目瞭然でしょう? それに企業のゴーイング・コンサーンなんて建前ばかりのものです。会社なんていつなんどき潰れるかわかりませんよ。そうでしょう? 新聞を見ていればわかるじゃないですか。つぶれるわけないと思っていたあの大会社まで! なんて記事ばっかりじゃないですか」
 五十三軒目の不動産屋の扉をノックするすると、腰を九十度に曲げたおばあさんが杖をついて中から出てきた。あわててこちらから扉を開けると「お探しかな?」と、ぼそぼそと小さな声で言いながらぼくのことを見上げてきた。そして彼女はぼくがどれほどの罵詈雑言を浴びせられ続けてここにたどり着いたかを瞬時にして把握したらしかった──などと、見ているこちらが思ってしまうほど神々しい笑みを浮かべるのだった。
 中に通されると、わざわざ出されたあたかいお茶を飲みながらしばらく部屋とは関係の無い話をした。大抵の大人たちが話題にするようなこと、例えば今どんな仕事をしているのかとか、いくらお金を持っているのかとか、今後のことはどう考えているのかなんてことは一切聞いてこない。子供の頃、夏休みはどうしていたとか、学校から帰ったらどんな遊びをしていたのかとか、あなたの父親と母親とはどこでどうやって知り合ったのだとか(そんな生まれる前のこと、知らないのだけれど)、あなたの実家はどんな間取りなのかとか、デイヴィド・カパフィールド的なあれこれだった。
「ぼくは東京とは言っても西多摩の田舎で生まれ育ちました。小学校の周りは畑だらけで、肥やしが撒かれる夏にはその臭いが通学路に充満します。家が農家をやっているという同級生はクラスの半分はいました。代々、製麺所や養蚕をやっている古い大きな家もあります」
「ぼくたちはコンクリートの上ではなく、もっとやわらかい土の上を裸足で走り回っていました。もちろんテレビゲームもありましたが、ぼく自身はあまりそういったものには興味がなくて、マンションが建つ予定地のただただ広い空き地で自転車を乗り回したり、ペーパークラフトの紙飛行機を飛ばしたりすることのほうが楽しかったのを憶えています」
「うちは一軒家でした。二階建てで、庭には梅の木があって、自家用車が一台止まるスペースもありました。父親はメーカーの研究者で、毎日決まった時間に帰ってきました。おかげでぼくはサラリーマンというのはそういうものだと思い込んで育ったようにも思います。とんだ誤解ではありましたが」
「間取りを口で説明するのはなかなか難しいのですが玄関を上がるとすぐ左手に客間があって、そこには母親が学生の頃に使っていたアップライトピアノが置いてあります。廊下を進むと和室の続きに台所があって、白いテーブルを置いていました。ですが、家族三人で座るにはあまりに小さいものでしたので、土曜日や日曜日にはテレビを見ながら和室でご飯を食べました。二階には二つの和室と洋室が一つあり、それぞれがベランダで外側からつながっていました。ぼくはその真ん中の洋室を自分の部屋としてあてがわれていました」
 正直に、なるべく丁寧に彼女の質問に回答をしていくと、ついにこんな言葉を聞くことができた。
「……あんたなら、信用できそうだ。私が今から指定する家で二匹の猫を養ってもらえるのなら、今日からでも入ってもらってもいいよ」

 こうして東京は新中野にある一軒家にぼくは住まうことになった。地下鉄の駅から十五分ほど歩いたところにあるその平屋を見たとき、あまりの似つかわしさにぼくは声を上げて笑ってしまった。まるでそこだけ時間の流れに取り残されているかのようなのだ。どこかの時空間から、はさみできれいに切り取られてきたかのようなのだ。つまり、ぼくが子供の頃両親と住んでいた一軒家にそっくりなのだった。
「漫画みたいだな」
 ぼくは敷地に足を踏み入れる前に、ゆっくりと周りを歩いてみる。敷地の外側はブロック塀がぐるりと囲う。雨水が澱むのだろうか、ところどころ黒く変色しているけれど総じてカラッと乾いて清潔な印象だ。ぼくはよくその壁に向かってひとりサッカーボールを蹴ってはブロックの一部に白く削れる痕跡を広げていくのを楽しみとしていたものだ。塀の内側からはかなりの勢いで木の枝が伸びていて、道路側の電柱におおいかぶさっている。先端の方にある葉群は電線に届きそうだ。ああいうのはやっぱり所有者自らが手入れをしなければならないのだろう、お金のある家なら庭師を呼んだりすることもできるのだろうけれど。ぼくより前に人が住んでいたのがずいぶん前のことになるのならば、ご近所に迷惑のかからない程度には刈りこんでおいたほうが良さそうだ。我が父親もうっかり通信販売で買ってしまった枝切りバサミと脚立とを担いで晴れた土曜日の午後なんかに家の外へ出ていった。暑い季節だった。子供のぼくは脚立の足元で、上から降ってくる枝の切れ端を振り回しては蟻の列を乱して遊んでいたかもしれない。天板の上に座る父親は一方向に向け続けていた首が痛むのかときどき軍手の甲で額の汗をぬぐいながらひと休みする。その時だけ規則的に続いていたハサミの音がやみ、近くの木立から流れてくる蝉の鳴き声が一際大きく耳に響く。そんな光景を、これから住むという家の壁と庭の木だけからぼくは受け取る。記憶の底をくすぐられるような感覚。スナップショットのように不意をついて子どもの頃の自分の姿が掘り起こされる。
 一周してぼくは元の場所に戻ってくる。あらためて木々の間から家屋自体を眺めると、意外ときれいな白い色を残す家の外壁と、赤みを帯びた瓦をいただく屋根が印象的だ。塀と家の外壁との間にだいぶ距離があるように見えるのはそれなりの広さを持つ庭があるからだろう。郊外と呼ぶにはあまりにも都心に近いこの地域には少し贅沢なくらいだ。ぼくの「記憶」に間違いがなければ、小さい縁側があって、父親は天気の良い日などには足を投げ出し、広げた新聞紙の上で爪を切っていた。母親は二人分のお茶を入れて縁側に続く和室の、布団を取り払ったこたつの上にそれを置く。図書館から借りてきた主婦向けの雑誌、それもずいぶん古い号のものを見るともなく広げている。「個室」という概念が無い世代の家の使い方だ。ぼくは庭の隅で石をひっくり返してはダンゴムシを追い出していたかもしれない。
 道に面した一角に取り付けられている黒い鉄柵には蝶番が付いていて、そこから敷地の中に入ることができる。扉は音を立ててきしむかと思ったけれど、油がよくさされていてスムースに開いた。
「ただいま」
 なんて、新しい住処なのに、自然と口をついて出てくる。
 玄関までのアプローチには人の足がちょうど乗る大きさのタイルがテンポよく配され、その間からは少し伸び過ぎた芝生が顔を出している。ぼくはそのタイルの上を一歩一歩進んでいく。足の裏を石の上にぴったりと合わせるようにして。視線は次のステップを探るべくつま先の少し先を同じ速度で進む。そして間もなく玄関の前に座る「彼女たち」の姿をぼくは認める。ここに住むことの交換条件を思い出す。
 一匹は黒と茶色の毛に顔も体もおおわれたいわゆるサビ猫。もう一匹は白いところがもう少しある三毛猫だ。そこが冷たくて気持ちがいいのかわからないが、玄関の前にちょこんと二匹並んで座っている。新しい主人をわざわざそろって出迎えてくれたのだろうか。
「やあ、はじめまして。今日からきみたちと一緒に暮らすことになった。よろしくね」
 と、ぼくは一応取り繕ったような笑顔と言葉とで彼女たちとのファーストコンタクトを演出しようとする。しかし猫の考えていることはわからない。その無表情から、だらしなく伸ばされたしっぽから、時々痙攣したようにくるくると動く耳から、ぼくはなんの情報も得ることができない。闖入者の様子をうかがっているのか。「どうやって追い返してやろうか」と早くも作戦を練っているのか。
「これから仲良くしていこう。ぼくたちはしばらくの間一緒に住むことになるのだから、そのことはまず生活の前提としてお互い引き受ける必要がある」
 ぼくは預かった家の鍵を鍵穴に挿し込む。スルスルとそれは受け入れられる。つい昨日までここに誰かが住んでいて、毎日扉の開け閉めをしていたかのようだ。
「きみたちがよく留守番をしてくれているから建てつけが良いね。猫は人じゃなくて家になつくっていうのは本当らしい」
 ぼくは彼女たちが通れるように玄関の扉を大きく開いて通路を作ってやる。そして「入るかい?」と言って振り向いたとき、ぼくは気が付く。彼女たちが肩を寄せ合って互いが互いを支えるようにして座っていることを。前足の片方がそれぞれ、全く地面に突っ張っていないということを。

 例えば、ルールの話。
「最近、前髪がどんどん抜けてきているの」
 ある日お昼ごはんを食べながらタルホは唐突に前髪を手でかきあげる。猫の前髪がどこからどこまでを指すのかわからないけれど、目で見てもわかるくらいハラハラと短い毛が手の隙間からこぼれ落ちていくのだ。お昼ごはんはカレーだった。食卓の上の、まだ半分近く食べ残しているカレー皿の中へそれらは落ちていく。
「ちょっと、やめなよ……」
 ぼくは自分が作った料理が反故にされているかのような感覚と、タルホ自身に対する心配とが相まって、わざと髪の毛を抜こうとするその腕を力まかせにつかんでしまう。すると彼女はビクッと肩を震わせ、石のように硬くなる。彼女の腕は、ぼくの手を振り払うでもなく自分の前髪へと伸びるでもなく、中空で固まったまま動かなくなる。
「ごめん、つい、反射的にやってしまいました」
 形ばかりの謝罪をする。ぼくは彼女とついこのまえ協定を結んだばかりなのだ──タルホから良いと言わない限り身体的接触を持ってはならない、という。彼女は不意に身体を触られることを極度に嫌うのだ。自分のコントロールを超えたことを予告もなしにされるのがどうしようもなく我慢ならないらしい。確かに野良猫だってこっちから触りに行っても平然としている個体もいれば気配を察しただけですぐに車の下に逃げ隠れてしまう個体もいる。タルホも立派に猫だということか。
「最近は、ちゃんと眠れてるの?」
 ぼくは手を放して前のめりになっていた自分の身体を元の位置に戻す。きちんとイスに座り直し、姿勢を正してカレーの続きを食べる。
「自分では眠れてると思ってる。でもさ、毎日二時間の睡眠でこれほどピンピンしているのはどこか体がオカシイってことだと思うけど」
「それなら、食べるよりまず眠ったほうがいい。マホロなんか午前中のお勤めを終えてしまえば午後はいっつも畳の部屋で気持よさそうにごろごろしているじゃないか」
 当のマホロの姿は見えないが、そろそろ食後の散歩からもどってきて「家の中に入れろ」と言うかわりに網戸をガリガリひっかくはずだ。そのうち引っ掻いたところが真ん丸く穴になってしまう。猫は鳴く動物なんだからそういうボディーランゲージじゃなくてきちんと鳴き声を上げろ、とぼくは何度もマホロに言い聞かせたのだが、ルールとして成立する気配は一向に無い。そもそも両者の合意がなければ成立しないなんてことはルールを作るに当たって必要条件なんだろうか? 結果としてぼくたちが気持ちよく暮らしを営んでいくにあたっては必要悪だってあるだろうし、意のままにならず我慢しなくちゃいけないことだってあるだろう。それでも時々どうでもいいようなことにこだわって、時々全然こだわらないふりをして、そして今さっき自分が無知であることを発見したかのように「それっておかしいです!」とわなないて見せる。マホロならやりかねない。
「一緒に昼寝でもしたらどうだ。昼寝のコツくらい教えてくれるかもしれないぞ」
「猫は群れて眠ったりしないの」
「そういうところは猫を主張するんだね」
 皿の中のカレーが余ってしまったので、もう少しご飯を足そうとぼくは席を立つ。
「二人で無防備な格好してたら危ないでしょう?」
 炊飯器を開けてメガネを曇らせながらしゃもじでご飯を皿に移す。今度は相対的にカレーが少なくなったような気がする。ぼくは一歩横に移動し、カレーの鍋を開ける。閉じ込められていた水蒸気が顔面に向かって立ち上ってくる。メガネを拭うためにぼくは手に持った鍋の蓋を、シンクに渡したまな板の上にひっくり返して置く。
「危なくはない。ぼくがきっと守ってみせる。そういう役割なんだから、そこは信用してもらっていい」
 空いた手の指でレンズをぬぐうと、おたまいっぱいに掬い上げたカレーを白く光るご飯の上に投下する。スパイスの匂いが鼻腔に向かって吹き上げてくる。それに乗じていい気持ちになったぼくはいささか自信過剰な発言をしてしまったのかもしれない。タルホの座る前に戻ってくると、彼女は左右のヒゲをぴんぴんに突っ張って「ふん、どうだか」と言い放つ!
 でも、それと同時に固まっていた片腕を彼女は下げた。下げることができた。そしてぼくたちは皿の上をきれいにすることに専念する。タルホは右手に握ったスプーンで落ちた髪の毛を器用によけながらせっせと口に運ぶ。
 身体のことは心配だ。自分のこと以上に気を遣う。なにしろぼくがここに住んでいられるのは、彼女たちに健やかな日々を送らせることを大前提としているからだ。でも、最初それは条件であり義務であったけれど、いつの間にかぼくにとって生活の中の大切な一部分になっているのを感じる。比喩ではなくて、同じ釜の飯を食べるというのは、日々代謝されていく自分の構成要素を同じくするということだから、どうしたって猫とは言いながらも自分の分身としてついつい見てしまうというものだ。

 マホロの話をしよう。
 彼女は質問をするのが好きだ。でも、不思議とそれは彼女の好奇心を源としない。と言って単なる社交辞令というわけでもない(そこまでの政治性を彼女が持ち合わせているならば、むしろ事態は単純なのだ)。ではなんなのか。ぼくは脊髄反応のようなものだと、勝手に思い込んでいる。
「その赤いものはなに? それをどうするの?」
「これはトマト。切って山菜と一緒にこれから炒めるんだ。むかし大学生の頃にね、キャンプによく行ったんだ。そういう時によくこれを作っていた。久しぶりに食べたくなってね」
「ちょっと待って、いまあなたが言ったことの半分も私は理解できなかった」
 たしかにそうかもしれない。猫の一生がどういうライフステージを経るのか知らないけれど、それはもっとずっと早く濃密なのだろう。少なくとも人間のように十年以上も学校に通わなければ独り立ちできないようでは種の再生産なんてかなわない。ぼくはもう一度、最初から単語の一つ一つを丁寧に説明を加える。
「トマトというのはナスの仲間で、こういう赤くて丸い形をしている。(そこでぼくは実物をまな板の上に載せ、包丁で真ん中から切って見せる)こういうふうに種が入っていて、酸っぱいんだ。甘いものもある。夏に食べるにはみずみずしくて最適な野菜だとぼくは思う」
「それはだいたい承知している」
「半分は玉ねぎやナス、こごみと一緒にフライパンの中に入れてラタトゥイユにする。半分はそのまま平皿に品よく盛りつけてしてアイスプラントを頂に載せる。これだけで立派な料理に見えるだろう?」
「大学生というのは? この前言っていた『書生』みたいなものかしら?」
「そうだね。人間はきみたちと違って大人になるまでに二十年近くかかるんだ。最近は三十年だという学説もある。とにかくそういう長い時間を費やして何をやっているのかというと、大人たちが寄り集まって暮らしている社会でうまくやっていくために、予行演習を繰り返すんだ。多少の失敗は多めに見られるし、電車も映画館も携帯電話も安く利用することができる。大学生というのは、準備期間という意味で言えばいちばん最終段階に位置する。と言っても、居残りみたいなものだけどね。ぼくにもそういう時期があって、その頃はとにかく仲間といろいろな場所に行っていろいろなことをするのが必要なことだと信じていたんだ」
 自分のことをこんな風に説明しなければならない関係って久しぶりだな、と思った。就職活動をしていたときは当然ながらナントカ大学ナントカ学部の誰々ですと名乗るところから面接は始まっていた。いざ会社が決まっていろいろな年齢のいろいろな出自の人達が集まる職場に配属された最初の日、わざわざ出身大学から自己紹介を始めることの滑稽さといったら無かった。世の中は四年制大学を卒業した総合職の男だけで成り立っているわけではないのだ、断じて。
 それからまた、ある日のこと。
「スナナスって聞いたことあります?」
 午前中のピアノの猛練習を終えて彼女が居間に戻ってくると、いつものように唐突な質問を投げてよこす。ぼくはノートパソコンを膝の上に広げて、今書いている長編小説の第三章に取り掛かろうと色々な出だしを書き連ねているところだった。もちろん第二章までしか書き継いでいないわけだから「長編小説」になるかなんてわからない。この第三章で急展開を迎えてシュリンクし、単なる短編小説を仰々しく章分けしただけの代物になるかもしれない。とにかくそういった重大な局面に立たされているときに、ぼくの耳に聞きなれない言葉をねじ込んできた。
「えっ? なんて言ったの?」
「スナナス」
「なんだろう。聞いたことないな。京野菜かなにかかな?」
 その言葉は頭の中で「スナ」「ナス」という要素に分解され「砂茄子」という漢字に変換される。八百屋でそんな野菜が売られているのを見たことはない。でも、もしかしたら砂地で栽培される特別な茄子が京都の山奥で採れるのかもしれない。東京に生まれ育ったぼくには京野菜にどんなものがあって全部で何種類あるのか、といったことについてまったくの無知だ。
「今、なんとかなく頭の中にひらめいたんです。どこかで聞いた言葉が勝手に再生されたのかもしれません」
「あっ……そう」
 ぼくは手元にあるコーヒーカップを持ち上げて、その軽さからもう中身が無くなっていることに気がつき、机の上にまた戻した。
「後ろから読んでもスナナスだよね」
 と、ぼくが言ってもマホロはもう自分の言い出したことから一切の興味というものを退散させているらしく、ぷいと首を傾けて外の様子をうかがっている。こういうところはタルホとよく似ている。猫の性分というものなのだろう。
「コーヒーでも飲む?」
 ぼくはソファから立ち上がる。もう少し彼女と話をしていたい気分だった。実のところ、キーボードの上に添えられたぼくの手はさっきからぜんぜん動いていなかった。気分転換に誰かと喋りたかった。こういう時、相手に困らないのはこの家に来ていちばん助かっていることの一つだ。
 と、マホロはぼくの手からコーヒーカップを取り上げると、台所へ入っていく。いつぞやのタルホのようにぼくの伸ばした手はそのまま、空中に取り残される。彼女は自分のマグカップを食器棚の中から見つけ出して勝手にコーヒーメーカーを操作し、二杯分のコーヒーを見事に作ってくれる。二つのカップから美味しそうな湯気が立ち上るのがここからでも良く見えた。マホロは振り返ってぼくの満足そうな顔を見ると、そのことに満足してか自分もまたニッコリと笑う。
 この質問好きも、理解を越えたプライドがある種の線引きをしているのだろう、コーヒーメーカーの使い方については聞いてこなかった。ぼくが毎朝やっているのを横からジロジロ見ていることもあったから、興味を持ったのだろう。彼女の行動原理は相変わらず謎だ。もちろん、なにか一つの法則がぼくたちを律しているという発想自体、批判されるべきものなのかもしれないけれど。確かなのは彼女は大抵の物事をよく観察している、ということだ。小さな顔の中の真っ黒な瞳で、じっとなにかを見据えている。微動だにせず。そういう姿を家の中でもよく目にする。一方でタルホは注意力散漫な猫だけれど、だからこそ色々な写真を撮ってくるのかもしれない。同じ猫と言っても様々だ。
 マホロの入れてくれたコーヒーは、それだけでずいぶん美味しく感じる。同じ豆を同じように挽いて同じようにお湯を注いでも、やっぱり違う人がやれば違う味が出てくる。不思議なものだ。
「なにかしゃべろうと思ったんだけど、コーヒーが美味しくて忘れちゃったよ」
「別に無理して話す必要もないじゃない。私たちには時間だけはたっぷりあるんだから。それにいつもなにか新しいことばかり話していたら大変よ。話すことが大事なのであって、話題なんて何度も同じことを持ち出したって構わないのよ」
 マホロはそう言って熱いコーヒーに息を吹きかけて冷ましている。
「なるほど」
 家族、というのは、みんなで黙ってテレビを見ていても特に気まずくなることがない関係のことだと思ったりもする。別にテレビにこだわることはないのだけれど、そのとき特に話すことがなくても、沈黙を恐れる必要が無いことが家族という関係性の一つの側面なのではないかと思う。マホロの言うように、それは同じ話を何度繰り返しても飽きないことと同じかもしれない。
 でも、例えば久しぶりに会う友達と酒を飲む。三年ぶりくらいとしよう。それくらい互いに別の時間を過ごしていたのだから半日くらいは話題がつきなさそうなものだ。ところが三年も離れていると互いの興味や趣向などどんどん変わっていってしまう。片方が学生で片方が社会人だったりすると、懸隔は広がるばかりだ。待ち合わせをしていたときの気持ちの高ぶりがこんなにも早くしぼんでいくものなのかと驚く。互いにわかっていてもそれを明らかにしてしまうのは、これまでの関係にひびを入れることになるのではないかと恐れ、ビールを飲み干す間にも次の話題を探る。
 あるいは会社生活で、取引先と一時間の会議をする。社内の会議と違って顔を合わせれば元々の訪問目的と全く関係の無い話から始まる。季節の話、業界のホットトピック、昨晩の野球の話、仕事上の共通の知り合いが今どこでなにをしているとか……そして四十分ほどそんな話で場が温まった頃にようやく「それでは価格の件ですが」と本題が始まる。
 沈黙は意味を持つ。
 別にぼくは家族という人間関係こそがぼくたちの目指すべきもので、それ以外の人間関係は実利でしかつながっていない表層的なものだなんて言いたいわけではない。家族関係にだって実利的なところがなければすぐにばらばらになってしまうだろう。会社で餅つき大会なんてやってる時、それは家族関係に似ているかもしれない。それらは別々のものでありながら少しずつ重なっている。
「時間だけはたっぷりあるってマホロは思っている?」
「それはそうよ」
 明日には終わるかもしれないとあくせくする必要がない関係。その一端として、無理におしゃべりをし続ける脅迫がないということなのだろうか。確かに家族というのは、始まりがあって終わりがあるような期間限定のものではない。それがもし意識されるとすれば、人間が永遠に生きることはできないというそもそもの条件を前景化させただけの話しだ。どちらが先に死ぬか、ということとはまったく違う話をぼくは今している。
「じゃあ、あなたは私たちのことを家族だと思っている?」
 マホロはコーヒーを半分くらい飲み干したところでやっぱりにがいと感じたのか、スティックシュガーの封を切る。
「うん。そう思うようにはしている。でも君たちは人間じゃないから、ぼくの考えをもう少し前提から解きほぐさないといけないかもしれない」
「それについて話してくれない? あなたたちにとって家族ってどんなものなの?」
 子どもからすれば「家族」というのは所与のものだろうけれど、ぼくくらいの歳にもなってしまえばその言葉に対する意味合いは百八十度変わる。それは全くの他人と一から築きあげるものになる。パートナーを選択し、然るべき社会的な手続きを経て、認定される。
 親は選べない。然り。「好きでこの世に生まれてきたわけじゃない」と、いくぶんミルクに似た精液の臭いを発散させて泣きわめいていた中学生も、ひるがえるスカートの端をいつしか追いかけ始める。追いかけて追いかけて、うっかり愛だの恋だのを見つけた気になる。自分の家族から離れるために全速力で走ってゴールしたと思ったら、一周してスタート地点に戻ってきている。そんな自分を発見する。汗だくになって息切れもしているというのに、あれだけ憎んだ家族という形式に、今度は一番はまりたがっている。自分が親父くらいの年頃にはもう俺が生まれていたんだよなあ、なんてことを、今度は少し酒臭い呼気を交えながらつぶやく。片方の手にはちゃんと誰かの細く白い手がつながれている。
 やがてぼくたちは子供を生むだろう。「親だって子供は選べないんだ」と、それがあたかもうまくできたブラックジョークであるかのように口にするだろう。そうして全力で遠ざかっていく子供たちの後ろ姿に、自分の過去を重ねあわせ、「この人と結婚したいんだ」と言ってはにかみながら戻ってくる姿をまた期待する。そうやって繰り返されていく。
「君たちとは一緒に暮らしているけれど、家族ではない。家族のようなもの、とは言えると思う。君たちと家族関係をこれから築いていくことは、できないと思う」
 さすがのぼくも猫とは結婚しない。
「でもそれは悪い意味じゃない。長い時間を一緒に過ごす、過ごすことができる関係がだんだん家族に似てくるのはごくごく自然なことだと思うし、ぼくもそれを望んでいるよ」
 マホロはぼくの言ったことを理解したのかしなかったのかわからないが、しっぽをゆらゆらと天に向かって振ってみせ台所を出ていってしまう。残ったコーヒーカップの中を覗くとまだ半分くらい残っている。戻ってくるのかと思ってちょっと待っていたけれどやがて外へ出て行くために網戸を開ける音がした。唐突な会話の終わりが猫にとって何を意味するのかわからないが、良くなくともタルホにとってはちょっと期待はずれの回答をぼくはしてしまったのかもしれない。

 午後は集中力を取り戻してパソコンに向かう。
 開け放った窓からは、セスナ機が遠く上空を通り抜ける音がかすかにする。時間はあっという間に過ぎていく。
 会社に通っていたころも、一日が過ぎ去る時間は速かった。例えば、朝から客先を回る。帰る道々で議事録を頭の中で組み立てる。本社ビルの外にある喫煙所でタバコを一本吸ってから自分の席に戻って時計を見ると、お昼ごはんを食べそこねている。もう社員食堂での昼食提供時間は過ぎているから、また会社の外のコンビニまで走って行って適当におにぎりやらサンドイッチやらを、一緒に買った甘ったるい缶コーヒーで胃の中に流しこむ。出ても出なくてもいいような会議に出て、つきあいのある商社がかけてくる無駄話の多い長電話(向こうはそれが仕事なのだ)に付き合っていると「お先に失礼します」という女の子たちの声が背中でする。受話器を肩に挟みながら、手では全く別の人から来たメールの返信を書いている。窓際に座っている部長が帰るさに窓のブラインドを上げる。ウォーターフロントとは言いがたいが、都市博が中止されたために未だになにも無い豊洲近くの埋立地に建てられたビルの一棟からは、鮮烈な夕陽が海の向こうに沈んでいくのが眺められる。ようやく受話器を置くと、少しだけ椅子にもたれかかって背伸びをする。渋滞する首都高。お台場のテレビ局。明かりを灯し始める高層マンションの部屋。「もう、五時過ぎてるじゃん。今日もなんにも仕事が進まなかった」なんてうそぶくとあらぬ疑いをかけられるからそんなことはしない……けれど、たぶん、人間は終わりを待ち望むとき時間の流れを遅く感じる。あるいは、時間の流れを意識すればするほど、その流れは滞る、と言っても良いかもしれない。だって、一日はあっという間に過ぎて行ったけれど、週末は果てしなく遠く感じ「まだ水曜日!」などと動静表の日付を毎朝書き換えるたびごとに本当に声を出して叫んでいたのだった。
 ここ新中野にも日が暮れる。引っ越してきた当初のままテレビも買っていないガランとした居間は、電灯をつけなければもう薄暗くて、たぶんいま誰かが入ってきたら、パソコンの画面の白い光がぼくの顔をぼんやりと浮かび上がらせているのを見て驚くかもしれない。タルホもマホロもどこかへ行ってしまったのか、どこかでじっとしているのかしばらく姿を見ない。ちょうどぼくの手は、何時間か続いていたカタカタカタという小気味良い小人の行進を止め、もう何度ゆすってみても動こうとしなくなったところだった。「仕事」は明日に再開されるべきだろう。そうあきらめがつくと、夢から覚めたかのような気分で、妙に汗ばんだ額を手の甲で拭う。タバコでも吸おうか、と台所まで立っていき、棚の上に置いてあるライターの山に手を伸ばすと、その身をかがめた姿勢がちょうど西日の通過点と重なる。眩しいオレンジ色がぼくの網膜を照らす。記憶の底をくすぐる。身をひねって光の通り道を開けてやると、台所のカーペットの上に同じ色のひだまりが揺れる。その夕陽の最後の残りかすを見ていると、全然関係の無い自分の子供の頃の──母親が台所に立って夕食を作っている後ろ姿を見ながら画用紙に向かってクレヨンを握っていたとか、まだ幼稚園にも上がっていない頃にその時はなぜか夕方に部屋の掃除機をかける音を聞きながら、畳の上の夕陽を探してゴロゴロと転げまわっていたとか、そんな瞬間をふと思い起こさせられる。この光は、前にも一度見たことがある、ずっと前に。
 この家に移ってからというもの、まだ小学校に上がる前の、物心ついたかつかないかの頃のことをよく思い出す。それは、かなり具体的な映像を伴う。当然家の中にいるのだけれど(子供の頃住んでいた両親の家だ)、部屋のあの場所、あの一角で、そばには誰がいて、どんな光がぼくの周りを包んでいたか……おそらくはこの家に流れる時間をぼくが独り占めしていることが、そうさせるのかもしれない。自分がそこにいてもいいという場所に一日中いられるということは、とてもじゃないけど普通の大人ができることではない。それができたのは最も人間にとって誰かに頼ることでしか生存を維持できない時期、言葉は悪いけどまるで誰かのペットのように……。
 あっという間に光はその暖色を失う。
 と、少しだけ開けてある扉の向こうからタルホがこちらの様子を伺っているのが眼に入ってきた。一応、彼女なりにぼくが「仕事中」であれば邪魔をしないようにしているのだろうか。でも、ここからでもその目が爛々と輝いて「私にかまって!」というメッセージを発信してくるのがわかる。こうやってちゃんと入り口で気を遣って立ち止まっているお利口さんな私を見て! と、その狭い額にめいっぱい書いてある。
 その点、マホロは超然たるものだ。ぼくがなにをしようが知ったことではない。自分の必要さえ満たされれば後は黙々と鍵盤に向かうかじっとピアノの上に正座して(正確な意味で正座はしていないのだけれど、そのぴんと伸ばした背筋を見れば誰でもあれが猫の正座だと納得するはずだ)外をじっと見ている。ぼくの理解する猫らしさという意味では、彼女の方が忠実だとは言えなくもないけれど。
「どうした? タルホ、お腹でも空いたか?」
 ぼくはタバコを挟んだ指を上下させて、もう仕事は終わっているよというジェスチャーをしてみせる。タルホは頭を隙間からくぐらせて扉を押し開けるとトコトコとこちらへやって来る。
「なにを書いていたの?」
「マホロもきみもいつもそう聞くけど、本当に興味があるの?」
「だって、いつも椎名さんは小説の第何章の中盤だとか、いま大事な書き出しだから黙ってろとか、そんな事しか言わないんだもん。私たちが聞きたいのは、もっと具体的なこと。例えば……」
 そう言ってタルホはぴょんとテーブルの上に飛び乗ると、キーボードの上に毛並みの良いお腹を乗せる。立ったまま台所から彼女の顔を眺めていると、目玉を上下左右に動かしてパソコンの画面上に並べられたぼくの文章をすごい速さで読んでいるようだった。マホロも含め、自分の書いたものを読ませることは滅多にない。ぼくはちょっと緊張しながら、タルホが次に言う言葉を待つ。
「まあでも、読む限りでは『こんなの』って明確に言えるものじゃないわね。別に人妻との不倫を描いているわけでもなければ、密室トリックで人が殺されるわけでもなさそうだし」
 小説を書いている、なんてことをうっかり酒の席なんかで告白してしまうと、どんなものを書いているの? と聞かれることはよくある。普通の人間なら、たとえいくばくか社交辞令が混じってはいても、そう聞き返すものだろう。でも、ぼくはいつだって言葉に詰まってしまう。ぼくはなにを書いているのだろう? 例えば「世の中にはいろんなディスクールがある。ぼくは、小説を書く言葉で論文を書きたい、あるいは論文を書く言葉で小説を書きたい、そんな風に考えてジャンル横断的な新しい言説をものしているんだ」とでも言ってペダンチックにテクスト論でもぶち始めるか、あるいは「ぼくは単純に、新しい物語を書きたいと、いつでも思っている。この世の中にはぼくにとってまだまだ知らないことがたくさんある。そういった前提に立って、文章は書かれるべきだと思っている。一冊の本を何度も読み返し、一枚のCDを何度も聞き返していたころのように」とでも言って、わざとらしい未熟さを永遠に維持していくことの愚かさをあえて指摘して欲しげな顔をするか。結局のところ、ぼくはぼく自身を必死に世界に向かって説明しつづけるというその営為を「小説を書いている」なんて風に言っているだけで、タルホが期待するような妙齢の奥方も敏腕刑事も猟奇的殺人鬼も一向に登場しない。はっきり言って、実際にお目にかかったことがない御仁に登場いただくほどぼくは語るべき内容に事欠いているわけではない。ある意味で、ぼくの立っている場所は「戦争映画は戦争行ったやつでなければ撮れない」という言辞を容認する。
 会社員だったころ独身寮の細長いワンルームで、たとえば昼間にやり残した仕事を持ち帰ってパソコンに向かう。そんな折、頭の中で色々な言葉たちがハエのようにブンブンと音を立てて飛び交い始める瞬間が決まってやって来る。目を上げて、目をつむり、耳をすませる。遠雷のような羽音が、近づいてくるのがわかる。深夜二時過ぎ、疲れ切った頭と体をベッドに沈める前に、日記でもなんでも良いから文章を書くことを自分に義務として課していた。鳥もちを振って飛び交うハエをノートの上に定着させることが、ぼくにとって「小説を書いている」ということなのかもしれなかった。ひと通りの作業を終えると腕はすっかりくたくたになり、頭の中は確かに静まった。静まりはしかし次のなにかを引き寄せる陰圧に満ちていた。その時感じていた疲労感から逃れることもぼくの選択の一つの大きな理由だった。もしかするとそれは「場所」の問題ではなくぼく自身の習性の問題であったかもしれない、もちろん当時はそんなことの判断まではつかない。今だってよくわからない。
「でもさあ、たとえば新幹線で大阪まで行くとするでしょ? ビールでも飲みながら軽く読める文庫本を買ったとする。それでいい気分で一ページ目を開いてみてこんな文章が出てきたら私、ちょっと困っちゃうな」
 ここでは鳥もちを振る必要はもうない。だから、ぼくは別の原理で白いページを埋めていく必要があった。
「でも、ぼくはそういう風にページを開く人に向かっては書いていないような気もするけど」
「作者は読者を選べない。読者だけが作家を選べるの。これは原理よ、鉄則よ」
「まあ、そうカリカリするなよ」
 ぼくはそう言って笑い、彼女の持ちかけた議論がそれ以上広がらないようにするにはどうしたら良いかと頭の反対側で考える。
「いまきみが言った……猫が新幹線に乗ってビールを飲む? そんなのも面白いじゃないか。猫がお酒を飲んで溺れ死んでしまう近代文学屈指の名作があった。車内で出張帰りのサラリーマンと酒盛りしてふらふらとトイレに入ったらそのまま流されたなんて猫がいたら、それこそ表象的存在としての猫に殉死する現代の乃木将軍だ。これは、きみの想定する読者にとっては非常に興味深い物語になるかもしれない」
「本当にそう思うんなら、書いてみることね!」
 タルホはしっぽを天に向けてピンと張るとテーブルの上から飛び降り、居間から出ていってしまう。彼女のコメントは時に厳しい。ぼくたちは互いの領域について最大限に尊重し、わからないことについてはわからないと言い、良くないと思うことについては良くないと言う。もちろん良いと思うところは良いと必ず明言する。
 写真と音楽と文学と。一つの家に住まうにはいささか味の濃すぎる取り合わせかもしれない。たぶん、ぼくたちは人生の中で最も幸福で穏やかで有害な時間を過ごしていたのだと思う。ぼくは初めのうち、片腕の動かない彼女たちをかわいそうだと思っていた。ぼくは彼女たちの間に入って、両側から支えてやる必要があるなどと考えていた。でもそれは暴力的な関係性を志向する大した自惚れであった。ぼくたちはお互いに自律し、その上で選び選ばれるという関係を保持しなければならない。結果として落ち着くべきところに落ち着いた姿が表面上は同じように見えたとしても、出発点を大きく異にすればその過程は自ずと違ってくる。それこそ家族のように見えたとしてもだ。ぼくなによりもプロセスを大切にしたい。
「ごはんは今から作るから、三十分後にまたおいで」
 冷蔵庫を開けると卵が余っていたのでピクチャレスクに三色丼にでもしようとぼくは思い立つのだった。

 昔つきあっていた女の子が子どもを産んだ。
 直接聞いたのではない。そういう話が回り回ってぼくの携帯電話にメールに乗ってやってきたのだ。そこに書かれてあった彼女の名前を思い出すのに一秒ばかりかかった。長い時間だ。もちろんぼくの記憶力が悪いからとか、そういう話ではない。
「苗字が変わっているから誰のことかと思っただろう?」
 電話の向こうの声が言う。
「結婚していることはだいぶ前に本人から聞きましたけど、変わった後の苗字をぼくは知りませんでしたから」
 けれど自分と彼女との間に過去なにがあったのかを思い出すのには、それから一秒とかからなかった。そのことを今さらここで書いても仕方が無いし、ぼくは自己を投影した同じモチーフで既にいくつかのバリエーションを書き終えている。そういう成果物は、あまり人様にお見せできるものではない。
「そうなのか」
 丸山さんは驚いたような、それでいて興味の無さそうな声を上げる。この電話は、メールを受信したその日の夜にかかってきた。他でもない彼が、ぼくにその知らせを運んできてくれたのだ。
「そうですね」
「で、亜矢はまだ国立の病院に入院しているから、来週の日曜日あたり同窓会も兼ねてみんなで行こうって思っているんだ。おまえも来るだろ?」
「丸山さんの言う『みんな』っていうのはどの辺りまで含まれているんですか? たぶんぼくは境界線のだいぶギリギリのところに位置しているような気もするんですけど」
「うん、ごめん。いま勢いでそんなふうに言っちゃったけど、俺とおまえだけだ。ハッハッハッ」
 丸山さん──というのはぼくが大学時代に所属していた演劇サークルで一年先輩に当たる人で、今に至るまで関係が続いている数少ない学生時代からの知人だ。入学してすぐの頃、劇団とは関係のない新入生の歓迎会かなにかでたまたまぼくの前に座っていて、三島由紀夫の『金閣寺』がお互いに好きだという妙な共通項から話が盛り上がり、出席する授業もだいたい重なっていたところから一緒に行動することが多くなった。そしていつの間にか彼が所属している演劇サークルにも引っ張りこまれていた。
 ずっと後で知ったことだけれど「丸山さんと意気投合してつるんでいたらいつの間にかここにいた」と言う劇団員は意外にも多かった。もちろんぼくも含めてそのことで彼を悪く言う人なんて誰もいない。みんな、なんだか得体のしれないポテンシャルを彼に見出されたと思い込んでいた。そのとおりになった人は劇団の仕事を彼からどんどん引き継いでいったし、その通りにならなかった人は「おまえには演劇以前にやるべきことがたくさんある」と言われて朝まで飲み歩きに連れ出してもらっていた。言うまでもなくぼくは後者に属する。
「でも、ちゃんと話すのって沙知絵さんの結婚式の二次会で会った以来──だったかな。OB会はもっと前だったか」
「子ども産んだって聞いてショックだったか?」
「さすがのぼくでも、そういう感情はもう沸かないですね。ただ、嬉しいかと問われれば、よくわからないとしか答えようがないのは確かですけれど」
「そんなこと言って、また小説と称したほとんど自分の追体験みたいな物語をメソメソと書きためているんじゃないか? おまえが最初に書いてきた脚本を読んだ時のむずがゆさを俺はいまだにはっきりと憶えているぞ。むずがゆさをはっきりと憶えている、なんてことはそうそうないことだ」
「二度も言わなくていいですよ」
 ぼくは笑う。
 亜矢さんとは丸山さんと飲み歩いていた頃、飯田橋のバーで出会った。その時のことははっきりと憶えている、たぶん丸山さんがぼくの脚本を初めて読んだのと同じ程度に。彼は最初、自分のおごりだから神楽坂でしこたま飲もうと言っていたのだが(彼のどこにそんなにお金があるのか、当時は事情をよく知らなかった)、ぼくがもっと学生らしいところに行きましょうと神田方面へ引っ張っていった途中に、その店はあった。とにかくお酒というお酒ならなんでも置いてあるという触れ込みのその店には、同じように世界中の女という女、男という男達が集まっていた。
「初めて出会ったときの亜矢は、店のステージでシンディー・ローパーのモノマネをしていた。飛び入りだったんだろう。酔っ払っているのか、ひどいものだったけどな」
 ただでさえ狭い店内にはドラムセットと、あと三人も人が乗ればいっぱいになってしまう小さなステージが設けられていて、誰でも好きなように演奏することができるらしかった。
「ぼくには充分、玄人のレベルに聞こえましたけどね」
「しかし彼女の立つべきステージはあんなしみったれた場末の飲み屋なんかじゃなかった。そのことを俺は立派に証明してみせた」
 結局亜矢さんも、出会った一ヶ月後には丸山さんの「才能を見出す才能」によって劇団に吸収される。彼はこの手のことにかけては天才的な嗅覚と技量とを持ち合わせているらしかった。確かに丸山さんの書く凝った構成の舞台はぼくたちの劇団の売りだった。そしてそれを支え続けるには、彼に見出された多くの「新進気鋭」の「フレッシュな才能」たちの力が必要だった、と思いたい。
「わかりました、わかりました。とにかく、来週ですね」
 二十八歳といえば子どもを生むには平均的な年齢かもしれない。まだ結婚もしていないぼくからすれば、自分と同じ年月だけ生きた人間が、自分では想像もつかない世界に足を踏み入れているのを見聞きするのは、驚くほかにない。情動的な身体反応が起こるばかりで、それに対する自分の考えや感じ方を言語化するのに時間ばかりかかる。「別に就職や結婚や出産に競争なんてないし、早ければ勝ちかといえばそういうものでもないし」なんて言いながらもどこかでそういう考えを偽善だと決めつけようとする、素直でない自分がいる。先を争って人生の次のステージに行こうとお互いの位置を相対的に眺めやる時期は、やっぱりぼくたちにもあった。今でもあるかもしれない。いや、ある。
 でも亜矢さんが子どもを生んだという話を聞いて、ぼくはなによりもまず、もう彼女となにかを競い合う必要はなくなったんだ、という妙な安堵を感じた。目の前にいなくても、もう何年も会っていなくても、じっとぼくの一挙手一投足に対して「それでいいのか?」と問いかけてくる目が居続ける。その目の持ち主ならこんな時どうするだろう? こんな時、どう考えどんな言葉を発するだろうか? 自分が困難に出くわしたとき、そんなふうに考えることがよくあった。亜矢さんの、ちょっと切れ長で黒目の大きな目。それが、ひと思いに無くなったような気がした。
 会社を辞めた時も、同じような感覚があった。どんなに仲の良い同期だって、会社で知り合った以上は容赦なく比較され、数値化され、競わされる。そういった態度を求められるからだ。そういった態度に対してぼくたちは対価を支払われているからだ。だから学生時代の友達に会社の同期を紹介するときに「会社で知り合った友達です」なんてことは絶対に言えない。「友達」とは一緒に仕事なんてできない。辞めた今なら、「会社で知り合った友達です」なんて説明も許されるのだろうけど。
 世の中には人間関係を表す言葉がたくさんある。友達、恋人、親、子供、先輩、後輩、それから、他人。でもその間にはグラデーションがたくさんあってぼくは亜矢さんのことをなんと呼んでいいかわからないし、丸山さんのことだって「先輩」と呼ぶにはちょっと遠いような気もする。かつての他人が友だちになり、恋人になり、もしかしたら妻となることもあるかもしれない。ぼくたちは日々変わりゆく関係性の中を、お互いに泳ぎ回っている。いつの間にか遠くへ行ってしまうこともあれば、一周してもう一度出くわすこともあるだろうし、いつまでもひとつの場所にとどまっていたら周りがすっかり様変わりしていることにある日突然気が付くこともある。
 亜矢さんと最後に会ったのはいつだったのだろう? まいったな、その時はそれが最後になるなんて思ってもいなかったから、きっと明日もまた同じように会える日が続くなんてのんきに考えていたのだ。だから、憶えていない。でもそれでいい。また会えるのだから、「最後」は更新されていく。

「夕方には帰ってくると思うから、暑いしあんまり外は出歩かないようにすること。玄関の鍵はかけておくけれど、居間の網戸はちょっと開けておくから。あと、ガスは勝手に使うなよ。電気だけだ、電気」
 珍しく外出をするので、ぼくはタルホとマホロに事細かく注意事項を申し述べる。普段彼女たちはめいめい好き勝手に過ごしているから、ぼくが近くのコンビニに行くとかしていても別にそれで彼女たちに留守番をさせているという意識はない。
「たまに外で人と会うからって浮かれちゃって」
 と言いながらもタルホは、ぼくが久しぶりに襟の付いたシャツを着込んでいるのをスナップショットに収めてくれる。
「お腹が空いたら市販のキャットフードでもかじっておきますので心配ありません」
 マホロはカリカリのドライフードであればなんでもジャンクフードだと思い込んでいて、そしてたまに口にすることを楽しみにもしている。ヒゲをひくひくとさせながら彼女は玄関まで出てきて座る、例の猫の正座で。さっさとぼくを追い出したいのだ。
「わかった、わかった。でもなるべく早く帰ってくるからね」
 ぼくは玄関の戸を開ける。梅雨明けの大気はそろそろ本格的にやってくる夏の匂いを充満させている。湿度が明らかに違う。アスファルトの照り返し方が違う。タルホも、こういう季節の移り変わる機微を写せるようになったら、いっぱしの写真家にでもなれるんだろうけどな。
 ぼくは最近新しく買ったデッキシューズをカパカパと音をさせながら地下鉄の駅へと向かう。国道の走る鍋屋横丁の交差点までは昔ながらの迷路のような住宅街を抜ける。建物が密集しているから大通りの車の音も聞こえない。こういう、どっちに向かっているのかわからなくなる雰囲気もまた、自分の生まれ育った子供の頃の「家の周り」に似ていて、新宿の大喧騒から電車で一駅の距離であることを忘れてしまう。
 同じ東京都内ながらも二十三区外の、ずっともっと西でぼくは生まれ育った。たぶんどんな人にも路地の記憶や広場の記憶のようなものは絶対にあって、それがマンション建設予定地の資材置き場であるのか、ビルの谷間にあるコインパーキングであるのか、冬で休作中の田畑であるのか、郊外のショッピングモールなのか……そこに大きく深く超えられない溝があるとは思えない。世代論はつまらない。「都市と郊外」なんていう二元論もつまらない。「土埃の臭い」のような記憶は、子供の頃に見ていたテレビ番組なんかよりもずっとぼくたちの共通の記憶として重要な位置を占めている。それは人類が初源に持っている記憶と言ってもいいかもしれない。その土埃がアスファルトの上を舞っていたのか。畑や森の中から風で飛んできたのか、そもそも自分から飛び込んでいって泥だらけになって遊んでいたのか、そんなことに大きな違いを読み取ることに意味なんて無いのだ。
 国道に出て、地上から地下鉄のホームへと下る階段を降りていく。列車が発着するタイミングなのかわからないが、長く続く階段の先から風が時折強く吹き上げてくる。神楽坂に住んでいる丸山さんとは、荻窪駅のホームで待ち合わせることにしていた。丸の内線を使うぼくが乗り換える駅として、わざわざ彼が指定してきてくれた。妙に細かいところまであらかじめ決めておいてくれたのは、彼にしてはちょっと珍しいような気もした。
 発券機で切符を買って、改札を抜ける。通勤に使っていた定期券は現金をチャージするでもなく引き出しの奥に眠っている。単純に、外に出なくなった。電車に乗って目的地に行って帰ってくるということ自体が少なくなった。近所のスーパーで買物をするくらいだから、自転車もいらない。洋服だってなかなか買わなくなる。部屋着みたいな恰好で近所をふらふらしていてもだんだん平気になってくる。そのうち、近所からあの家に住んでいる男は危険人物なんじゃないかと噂される……のは、本意ではないから、どんなによれよれのティーシャツを着ていてもヒゲは剃って人に会えばにっこり笑って会釈する。一日のうちで一番長くいる場所を、その環境を、居心地の良いものにはしておきたい。
 地下鉄は轟音と共にすぐにやってきて、数えるくらいの人間を乗せるとトンネルの中へぼくたちを運んでいく。丸の内線の車内は冷房がよく効いていて、七人がけのシートは半分も埋まらないくらいの込み具合だったけれど、ぼくはドアのすぐ脇に立って、吊り広告を端から端まで読みながら終点の駅が近づいてくるのを待つ。世の中に溢れている情報は次第にぼくの記憶の端からも、ずいぶん遠くに行ってしまっているようだった。知らない芸能人が知らない芸能人と密通している。知らない政治家が知らない企業の社長からお金を貰っている。新しく考案されたダイエットの方法いかに優れているかがピンク色の字で喧伝され、次に株の下落が予想される業界がおどろおどろしい形容詞と共に列挙されている。しかしそれでぼくの生活が変わるわけではない。
 家のことをするのはさほど苦痛ではない。パソコンとにらみ合い、それが飽きれば本を読み、本を読みながら掃除と洗濯をし、時間になればご飯を作り、食べ終われば洗い物をする。気がつけば一言も言葉を発すること無く一日が終わっている時もある。自己完結した生活にずいぶん憧れもしたし、できれば今のスタイルを続けていきたい。そんなふうに思っていても、やっぱり丸山さんに誘われたことにぼくはどうしようもなくわくわくしてしまっている。自分一人のためだけに時間を遣うことを至上としているつもりでも、生身の人間と会って話をすることを完全にシャットダウンすることはできないものなのかもしれない。とにかく、今日ぼくは知っている人の顔を見に、話をしにこれから行く。冷えていた気持ちが温まっていくのを感じる。
 荻窪駅に着き、地上への階段を登ってジェイアールの構内に入れば丸山さんがプラットホームのベンチに座ってペットボトルの水を飲んでいる姿を見つけることができた。すぐに彼だとわかった。
「メガネ変わりました?」
 以前の、銀色の金属製フレームにブルーのカラーレンズを入れていたトレードマークがシンプルな黒いセルフレームに変わっている。メガネを掛けている人の顔というのは、メガネも込みで見慣れてしまっているから、ぼくはまずこの人ももうぼくの知っていた時の丸山さんではないのだということを、最初になんだか思い知らされたような気がした、大げさかもしれないけれど。それでも、相変わらず上質そうな生地の服を着て、ずいぶん高そうなヘッドホンを肩からぶら下げている。そしてそれらはよくよく見なければわからないという程度を忠実に守り続けているところは、変わっていない。
「そう。ぼちぼち俺も学生を卒業しようと思っているから」
「なんだかのっけから聞き捨てならないセリフですね」
 ぼくはそう言いながら彼の隣に腰をおろす。ホームの反対側にはこれから新宿あたりに買い物にでも行くのだろう、たくさんの人が立っている。
「おまえだって、会社辞めたんだろう?」
「丸山さんの情報収集能力の高さには脱帽します」
「だって、それ知ってなきゃ今日だって誘っていないよ」
 丸山さんは飲みかけのペットボトルのキャップを閉めると、足元においていたカバンの中に投げ入れる。ベコっと、ボトルが鞄の底にぶつかる音がする。あの重そうなカバンの中には今でも使い込まれたドイツ語の辞書が入っているのだろうか? 付箋だらけの『Die protestantische Ethik und der ‘Geist’ des Kapitalismus』を喫茶店の小さな机の上に広げてじっとノートを取り続けていた彼の頭の中には、今はなにが詰まっているんだろう?
「お父さんの会社、継ぐんですか?」
「そんな急には無理だよ。俺はまだ、宗教学会に対してもう二発くらいは爆弾を投げ込んでやりたいと思っているし」
 丸山さんはよく論文のことをそんなふうにたとえて言うのが好きだった。
「それに商売の勉強はからっきしこれからだからな。ただ、親父も大きい手術をしたし、ぼちぼち覚悟しないといけないのかもしれない」
 丸山さんはよく、語学のできない学生を罵倒していた。輪読の授業でも、他の学生がちょっとでも誤訳をすれば不機嫌そうな顔をし「これではいつまでたってもブーバーの思想に到達できない」というようなことをドイツ語でつぶやいた──というのは、我らが文学部で一時期猛烈に吹き荒れた伝説だった。そんな自信家が大手を振って切り開いてきた道は、ここで終わるのかもしれない。彼はまた一から工業簿記の習得を始めなければならないのかもしれない。
「丸山さんなら、きっと学者でも食っていけると思いますけど……あっ、ごめんなさい。こういう言い方は良くないですね。お父さんの仕事も、立派なものだと思います」
 なにかの価値判断を含んでしまっている言い方はしたくなかったが、うまい言葉はすぐには見つからない。丸山さんにはただ、単に、別の可能性がまだあるということなのだ。ぼくにもまた、と言い添えたいところでもあるが、まるで背負っているものが違いすぎて、軽々しく言えない。形式的なことだけを言えば、ぼくたちは鏡に向き合った鏡像同士なのかもしれない。ぼくは彼の方へ、彼はぼくの方へ足を踏み入れようとしている。
「お金を稼ぐことが生きることの至上命題ではないですし、大学以外の場所でだって学問は出来ると思います。ひとつの会社が潰れればたくさんの人が困るのも事実ですけど、哲学的な真理の発見が飢えた子どもを救えるとも思いません。でも、丸山さんはこういう慰めにもなっていない意味のないことを言われるのは一番いやですよね」
 他人のためを突きつめていけば自分のためになり、自分のためを突きつめていけば他人のためになる、なんて倫理を発明できればぼくたちは同じものの裏表であることを自覚できるのだろうか。
「いいんだ、俺の話はいいんだ。お前はお前の考えたとおりやったらいいし、誰かと比べる必要なんて無い」
 丸山さんはそう言って口元に少し笑みを浮かべてみせる。なんだか会って早々話すようなことでもなかったかなと思った矢先、立川方面行きのオレンジ色の電車がホームに滑りこんで来た。
 あっという間に赤い屋根をいただく国立駅に着く。電車の中でぼくたちはあまり話をしなかった。中央線の高架工事が終わって景色が変わったことや、線路沿いに見えた自動車教習所にぼくがかつて通っていたことなどをぽつりぽつりと話してみたけれど、彼の方からなにかを問いかけてくることはなかった。うん、うん、と頷いて見せながらも窓外のどこか遠くの一点を見つめている。
 改札を出ると、丸山さんはもう何度も通い慣れているかのように、地図を見るでもなくすたすたと先頭を切って歩いて行く。
「場所、知っているんですか?」
「一度地図を見れば、そんなもの忘れないよ」
 ぼくたちは駅前のロータリーを半周ほど回って脇道に入る。周りはすぐに瀟洒な住宅街に変わる。グリッド状に並べられているためか、一時停止の十字路が頻繁に登場する。アスファルトはぴっちりと地面を隅の隅まで埋め尽くし、雑草が生えるすきを与えない。落ち葉も、車が跳ね飛ばした小石も住人たちによってすぐに片付けられてしまうのだろう。乾いたコンクリートの排水溝が遠目からでも道の両そでを真っ直ぐに伸びていくのがわかる。その定規で引いたような直線に、ぼくは妙な居心地の悪さを感じる。
 大股で進んできた丸山さんの足があるところでピタリと止まる。ぼくは後ろ姿を眺めながら追いつき追いつき歩いていたので、彼の背中が急に迫ってきてはっと立ち止まった。「くにたち医療センター」と書かれた大きな看板が前方に構えているのが見える。彼は、ぼくの方を振り向かずにこう言った。
「いいか、今日呼んだのは、おまえが俺の劇団で役者としてもなかなかいいセンスを持っていたからだ」
 なにを急に言い出すのだろう? また彼一流の諧謔だろうか? しかしその声はいつもの、万人に開かれた声ではない。湿っている。毒気さえカラカラに乾ききってかえって清々しいくらいの罵倒が飛び出していたのと同じ口から漏れ出てきたとは思えないくらい。この響きは、まるで地球の反対側から電話をかけてきたみたいに、小さくかすかな波紋を無理やり増幅させているかのようだ。
「どういう、意味ですか?」
 たしかにぼくは丸山さんの書いたいくつかの舞台で端役を務めた。ピエロに扮して前口上を述べたこともあるし、誘拐犯の手下として爆弾を仕掛けに東奔西走したこともあれば、十五年後に再会した小学校の同級生の中で唯一結婚していないダメ男とか、主人公が夢見る幻覚の中で踊りまくる小人その五とか、設定からして一切参考にすべき前例のない役を見事にやってのけてきた。
「子供の父親のこと」
 はるか後ろでトラックが通り過ぎる音がするのが、高級住宅の高い塀にこだまする。
「それから、子供が元気に生まれたかどうか」
 大きなカラスが、どこかからか飛び立ったのか一瞬の影をぼくたちの上に落としていく。
「この二点については一切触れてはいけない。俺達は、そんなことに関係なく彼女を祝福しにいってやる。それだけだ」
 彼の言葉を耳で聞いて頭で理解するのに、一秒はかかっただろうか。繰り返しになるが、一秒というのは非常に長い時間だ。
「わかりました」
 ぼくの言葉を受け取るように丸山さんは軽くうなずくと、再び歩き出す。いや、ぼくはなにもわかってなんかいないのだ。すべてをわかっていて踏み込むべきでない場所を知っているのと、すべてをつかむことができないまま手を伸ばしてはいけない方向だけ指示されるのとでは違いが大きすぎる。ぼくはマホロのように質問をするべきであったか? でも亜矢さんを「当たり障りなく」祝福するためにはなにも知らない人間が必要だと感じたからこそ、丸山さんはぼくを連れてきたのだろう。ぼくの存在価値は、その欠落が故にある、ということのようだ。
 総合病院らしく、二重になった自動ドアをくぐると、長いソファーが何列にも並んだ待合室が見渡すかぎり広がっている。受付もホテルのロビーのようだ。既に診察時間のメインである午前中を過ごしているので、座っている人数はまばらで、彼らは診察を終えて会計なり薬が出てくるのを待っているようだった。
 ぼくたちは受付で二人分の名前を書き、手をアルコール消毒する。渡された使い捨てのマスクを着けて二階へ続く階段を上がっていく。真っ白な壁に真っ白な天井からぶら下がる真っ白な蛍光灯。白い光が床からも照り返す。すれ違う人たちは、訪れる家族やこの病院の職員だったりするのだろう。彼ら彼女らは一様に白いシャツを着て、白い制服を着ている。会釈してくる笑顔からは、うっすらと淡い光がその肌の内側からにじみ出ているようだ。病にかかったわけではない人々が集うこの「病棟」は、ぼくたちが「入院」に対して持っているイメージを少ながらず狂わせてくる。
 しかし丸山さんはただ黙々と亜矢さんのいる個室を目指して階段を上っていく。駅からその病室まで一本の直線で結ばれているかのように、その直線に沿ってしか彼の足は動かないかのように、迷いなく。
 「岩崎亜矢」というおそらく本人の手書きなのだろう、丸っこい字で書かれたネームプレートが掛かった部屋は階段を上がってすぐ右手にあった。曇りガラスのはまった扉の前で丸山さんはちょっとだけ立ち止まり、それから決心したように病室をノックする。すぐに中から懐かしい声で「はあい」という返事が返ってきた。
「丸山です。入るよ」
 スライド式のドアが開かれる。手前側にはおそらく今は使われていないのであろう、布団の掛かっていないベッドが置いてある。そして奥の窓側には天井のレールからカーテンが降りていて、その向こう側に亜矢さんの寝ているもう一つのベッドが置いてあるようだった。ベージュ色のカーテンが揺れると中から腕が伸びてくる。そしてそれはいとも簡単に、ぼくたちと彼女とを隔てている一枚の薄い布を取り去った。部屋の中は窓の外からの光に包まれて、ぼくたちの視界は鮮やかになる。
「久しぶり……」
 亜矢さんの顔はパッと華やいで室内に足を踏み入れた二人の人物を認めた。背中まで長かった髪の毛は肩先にまですっかり短くなっている。水色の患者衣の上から茶色いカーディガンを羽織って、ベッドの上に足を伸ばしている。
「椎名くんなんて、本当に久しぶりだねえ、本当に」
 広げていた雑誌を閉じて横に置くとひざの上にかけていたタオルケットをのける。そして足元にきちんと並べていたピンク色のスリッパに素足を入れて立ち上がろうとした。
「いや、そのままでいいよ」
 と、丸山さんは足早に彼女の近くまで歩み寄る。
「椎名には俺から連絡したんだ。亜矢が子どもを産んだって伝えたら、ぜひおめでとうって自分の口で伝えたいって言ってくれてさ。俺も少し賭けだったんだ、コイツを誘うのは。もっと、そういうことについては上手なやつがいっぱいいるからな」
 ぼくは彼女に最初にかけるべき言葉をいくつか考えてきてはいたのだけれど、いざとなるとなんにも出てこなかった。用意してきたどれも今の気持ちを代弁しているようには感じられなかった。かと言って実際に亜矢さんを目の前にして新しく沸き上がってくるものを自分の言葉にするには、ひとつの小説を書き上げるくらいの時間は優に必要だと思われた。
「例えば大体の作品においてメインキャストを張っていた早川は確かに演技がうまかった。声も良く通ったし、表情筋も訓練されていた。でもそういう上手さよりも大事なことが時にはあるんだと思ったときに、ピンと俺の直感が椎名を指名したんだ、卒業以来だっていうのにな。まあとにかく友達は大切にしようぜ。劇団は潰れちゃったけど、俺達が一緒に汗を流したっていう事実は消えないんだからな」
 ぺらぺらしゃべる丸山さんの横でぼくは馬鹿のように黙って立っているばかりで、そういえばどうしてこんな時に手ぶらできてしまったのだろうかと自分の手持ち無沙汰がまったくもって自分の責任であることに今さらながら気が付く。でも、忘れてはならないのはぼくは今日、興味本位で来たのではない、旧交を温めるために来たのではない、今の自分を誰かに分かってもらいたくて来たのでもない、丸山さんが期待する役割を演ずるためにやって来た、ということだ。その目的は明らかではないのだけれど。
「ぼくは今だって丸山さんの人選能力については信頼を最大限おいています。あの劇団は役者も裏方もごちゃごちゃでしたけど、作品それぞれにとっての適材適所という原則は丸山さんが貫いていたと思います。とにかくぼくは、今日ここにいられるということをすごく誇りに思っています」
 と、ぼくは一息に言ってしまってからなんだか自分が早口だったかなと思い直して一呼吸置く。
「まあ、ぼくのことはとりあえず置いておくとして……本当に、出産おめでとう」
 そんな言葉を誰かにかけることは、初めてだったかもしれない。誰かの幸福を祝うということ、言祝ぐということを、生まれて初めてぼくは経験しているような気がする。人生の節目とは、「おめでとう」の節目だ。お誕生日おめでとう、入学おめでとう、卒業おめでとう、入社おめでとう……かつて誰かに言われた言葉を今度は他の誰かに渡していく。
「ありがとう」
 彼女は簡潔に答える。ぼくは大人になった彼女の顔を見つめる。二十代の五年間というのは人の顔を変える。横溢した十代のエネルギーはよくコントロールされた端正さに整理され、感情と表情筋との間には精密な回路が組み上げられる。ある意味でそれはなにかを失うことではあるけれど、新しいなにかを受けていれていくための容積を整備する営みでもある。
 けれどそんな回りくどい言い方をしなくたってぼくはすっかり大人びた彼女の顔を何度ももう見つめてしまっている。入院中の薄化粧で表情が良く見える。笑うと、目尻の皺が増えた。こうやって笑うんだったかな。こうやって前歯をちょっと見せながら唇をなめたりしたのかな。首を傾けるたびに肩の上の髪の毛先が右へ左へ揺れる。窓からの光が、首筋に様々の陰影を映し出す。言葉は小難しく早合点をしてさっさと理解した気になりたがるけれど、本当のことはゆっくりと後からやってくる。
「これ、俺とこいつから」
 と、丸山さんはカバンの中に腕を突っ込む(ぼくはそれで彼女から視線を外すことができる)。中から出てきたのはリボンのかかった細長い箱だった。丸山さんのカバンの中には、自らを鍛錬し、人々を幸福にする始原がいつだってつまっている。
「開けてみてもいい?」
 彼女の指は器用に赤いリボンをほどき白い箱のふたを探り当てる。中から出てきたのは大きなスプーンだった。なんというものなのか知らないが、離乳食を子供に与えるのに使うのだろう。丸山さんのことだから純銀の、かなりいいものに違いない。あとでものすごい金額を提示してこなければいいのだけれど。
 亜矢さんは柄を持ってスプーンの重さを手になじませる。彼女の目にはもう自分の子どもの少し先の未来が見えているのかもしれない。腕の中に抱えた子供の口に食物を運ぶ自分の姿が。
「ありがとう。今度、落ち着いたらまたご飯でもごちそうするね」
 そう丸山さんに言いながら目だけはぼくの方を見る。
「いいんだよ。こういうことはあんまりお互い様だとか思わないほうがいい。変にお礼をしなくちゃとか考えなくていい。長い目で見ればたいていの物事はうまくバランスが取れているんだから」
 丸山さんはベッドの足元に立てかけてあったパイプ椅子を持ってくると、ベッドサイドに広げる。ぼくもそれにならって座ることにした。
「それより、今日はせっかく連れてきた椎名の話を聞いてやってくれよ。こいつ、ついに会社を辞めちまったんだ」
 丸山さんはなにをしようとしているのだろう。もしかして彼はぼくのような人間をあたかも自分ひとりだけが選ばれたかのように思わせて何人もここに連れてきたのだろうか。「今日は」なんて言い方にぼくはちょっと嗅ぎついてみる。それにしても、せっかく三人顔を合わせてぼくの話を聞いてもらうのももったいないような気がする。
「そうなの? どうして?」
「いや、ごめん、言い方が不正確だった。こいつの勤めていた会社が潰れそうだから辞めさせられたんだよな?」
「ちょっと、丸山くんそんな言い方して本当にそうだったらどうするのよ」
 亜矢さんが怒ったように言う。
「本当じゃないからこんな言い方なんだよ。椎名、話してくれよ」
 そこまで言われれば応えるしかない。
「タイミングとして結果的にはそうなったけれど、ぼくが会社を辞めたことと合併の話ははそこまで関係ありません」
 ぼくは何度繰り返したかわからないこの五年間の話をする。ぼくがこのことをきちんと語るには五年間という歳月をちゃんと相手に分かってもらわなければならない。それが長いか短いか、人によってはそろそろ現実として自分の可能性がどれほどのものなのかに気が付く年頃かもしれない。すっかり昔のことは昔のこととダンボールに詰めて厳重に梱包し押入の奥に隠して誰かと結婚でもし、子どもにはせめて自分とは違う人生を歩んでもらいたいなどと考え始める頃かもしれない。「次に自分の人生がスタートするのは、老後になってからだろうな」などと預金通帳を眺めながらため息の一つでもついているかもしれない。でも、そういった方向転換をするにはぎりぎりのタイミングだ。なにかを始めるには遅すぎるし、なにかを終わらせるには早過ぎる、なんてことを言い出すには少しだけ早過ぎる。なにか劇的なトリガーが引かれたわけではない。そんなことを話してみせた。
「会社でうまくやれている自分を保ち続けることに、エネルギーを使い過ぎちゃうんです。もちろんそれを継続することは可能です。代わりに多くのもの、多くの時間を差し出すことを自分に許すのであれば。世の中には朝早くから英会話教室に行って、仕事が終わったあとはスポーツジムに行って、休日も波乗りをしに房総あたりまで車を飛ばすような人間もいます。でも、ぼくの知っている後輩で同じような生活をしていた彼は、ある時帰りの高速道路で居眠り運転をし、危うく前を走るタンクローリーに巻き込まれて命を落とすところでした……あ、ごめんなさい。変な話をしてしまって」
 車椅子での通勤を余儀なくされながら、彼はいつまでも居残って仕事に没頭するようになった。電車が空いてからでないと帰るのが大変なんです、とさも気丈そうに言ってのけていたが、トイレでよく押し殺した様な彼の泣き声が聞こえてくるのを何度か耳にした。ぼくはそれを理解しようとも、慰めようとも思えず、感心しようとしてもできなかった。全く想像もつかない行動原理があることにただただ驚くばかりだった。しかしそんなぼくにでも教訓を得ることはできた。ずっとなにかを足し続けることはできない。なにかを足すためにはなにかを減らさなければならない。ぼくたちが一日三回の食事をし、一日の三分の一を睡眠に充てなければならないように。
「椎名はメジャーに乗れる能力はあるのに根がアンチ・メジャーだからそういう中途半端なことになる。でもそういうところを俺は評価するんだ」
 さも満足気に丸山さんは言うとなんども頷いてみせる。どうやら彼の期待には応えることができらしい。
「でも、単純にお金の問題だったりもしますよ?」
 ぼくは少し意地悪いことを行ってみたが、丸山さんは縦に振っていた首を今度は横に振って見せる。
「いずれにせよ、椎名にとってはこれが人生の新たなステップに進むためにどうしても必要な措置なんだ。他人と比べる必要なんて無い」
 今日丸山さんの口から「他人と比べる必要はない」という言葉を聞くのは二度目だった。ぼくが全くぴんと来ていないから彼がしつこく繰り返しているとは思えなかった。案外、いちばん比べたがっているのは丸山さん自身なのかもしれないと勘ぐってしまう。
「ぼくは今でもたまに思い出すんですけど、大学の卒業式の時にある先生が言っていたんですが、大学という場所はあまりにも特殊だということを忘れないでくれっていう──でも、ぼくはそうは思わないんです。どれがあまねきもので、どれがそうでないかなんてわからない」
「安藤が言いそうなことだ。そういう言辞を大学人が弄すること自体批判されてしかるべきだ。そんなエクスキューズをするくらいなら、なぜ文学なんて研究しても一円の得にもならないってはっきり言わないんだ。経済原理のまっただ中に飛び込んでいったお前のほうがよっぽど偉いよ」
 丸山さんはいきなり語気を荒らげて怒り出す。結果的にどうやらツボを突いてしまったという意味では、ぼくの勘ぐりもあながち見当はずれというわけではなさそうだ。続けてぼくは言う。
「会社に一歩でも足を踏み入れると話す言葉は変わります。語彙のレパートリーが転換されるというか、人とのコミュニケーションってもっといろいろな形があるっていうことを嫌でも知らされます。丸山さんも経営者になったら今以上にいろいろなことを考えなくちゃいけなくなると思います。亜矢さんも、子どもを育てることにおいてはぼくたちなんかよりもずっとたくさんのことを判断する機会がこれからあると思います」
 などと言ってから、というよりは言い終わる前に既にぼくは調子に乗ってしまったことを恥ずかしく感じてしまう。たまに人と会うからべらべらとどうでもいいことばかりしゃべってしまうのだろう。
「ごめんなさい、ちょっと偉そうに言い過ぎました。なにが言いたかったかというと、なにかを囲い込んで特殊とかそういうレッテルを張らないで、ぼくたちはもっと色々な領域を可逆的に往来できるんじゃないか、するべきなんじゃないか、そういうことを自分の身体で証明したかったんです」
「椎名の言うことはよくわかるよ。俺は金にならない研究なんかやめちまえと言うその同じ口で、たとえば重役会議でベンサムを語り出すくらいの人間でありたいと思っている」
「そんなこと言って、丸山君はただ、周りと同調するのがキライなだけでしょ?」
 ぼくたちの会話は久しぶりに会った仲間と旧交を温めるなんて類のものではなかった。言葉でこそ「久しぶり」なんて挨拶を交わしたけれど、それを過ぎてしまえば稽古場でボロボロになるほど使い込まれた台本を囲んで、ああでもないこうでもないと演出の方針について議論を闘わせていた時間が加速度的に蘇ってくる。それは今まさにここにある。
 亜矢さんの枕元に置いてある時計の長針はあっという間に一回転し、二回転目に入ろうとしていた。ぼくたちはもっといろいろな話をしたかった。ぼくは亜矢さんがここ最近どんなふうに過ごしてきたのかをもっと知りたかった。不意の一本の電話でつなぎ直されたぼくたちの関係は、危ういものかもしれない。きっとこの前、最後に会ったときも「またね」なんて言って手を振り合ったのだろう。同じようにして今日も「またね」と言い合うのかもしれない。次に会うのがいつになったとしても。
 あまり長居するわけにもいかないので、話が盛り上がってきたところで丸山さんは「そろそろ帰ろうか」と切り出した。外は少しだけ涼しくなってきた頃だろう。反対側の病棟との間に植えられている樹木のそよぎが、二階の窓越しには聞こえないけれど涼し気なざわめきを目に訴えてくる。新しい緑。
「赤ちゃんの顔、見て行ってあげて。私がいいって言ったって、看護師さんに言えば見せてくれるから」
「そうするよ」
 ぼくたちは病室を後にする。手を振って、音を立てないようにしてゆっくりと扉を閉める。姿が見えなくなる。「また」までの長い時間が始まる。
 廊下に出てからぼくは丸山さんに聞く。
「ぼくなんかが来てしまってよかったのでしょうか? なんだか自分の話ばっかりしてしまって」
「いいんだ、それでいいんだ」
 丸山さんはかばんを肩にかけ直す仕草をして、階段の近くに貼ってある病院内の案内図のところまで歩いて行く。
「いま、亜矢に彼女自身のことを誰かに語らせるのは難しい。誰かが面白おかしくしゃべっているのを聞いてもらうのが一番いいんだ。それも、テレビとかラジオじゃなくて生身の人間が」
 さまよっていた彼の指先が「新生児室」とある場所を見つける。
「一階の奥だ」
 階段を降りてその場所に行くと、通されたのは新生児室を入ってさらに奥に別室としてあった特別管理室という場所で、消毒液の中性的な臭いの濃さが、この部屋だけ産婦人科の病棟の中で特異な雰囲気を保っていることを訴えてくる。赤ん坊は少し大げさなくらいの保育器の中でおとなしく仰向けになって眠っていた。たくさんの管が、その機械に向かって取り付けられていて、同じものが、五台、この部屋に並んでいる。
「右腕が、動かなかったそうだ」
 出し抜けに丸山さんが言う。
「正確には、彼女のお腹の中にいるあいだ、右腕が動く気配がしなかったそうだ。未熟児というわけではないし、まあ、小児麻痺の一種かなにかだろうと亜矢は言っていた」
「だから、子どもの話はするなと言ったんですか?」
 そう言って丸山さんの横顔を見ていてもそれ以上なにも答えるつもりがないのが伝わってきたので、ぼくは彼の視線の先へ顔を戻す。亜矢さんの産んだ小さな命は、プラスチックのケースの中ですやすやと眠り続けている。仰向けになって、小さな手と足を天に向けて伸ばしている。その四肢はゆっくりと左右に振れ、またときどきびっくりしたように関節を曲げる。肌はまだ赤く、体中の妙なところにしわがよっている。まぶしそうに目をつぶっていて、お腹が派手に上下しているのを見れば、開けたままの口から呼気と吸気とが気ぜわしく入れ替わっている様子が想像される。この世に生まれ出て、世界と交歓している。その様子を見ていると、むしろ丸山さんが気を遣っていたような事も小さな問題のように思えてくる。もちろん他人だからこそそんな一時の感情で全てを判断するようなことを考えてしまいがちなのかもしれないけれど、丸山さんが急に黙り込んだその意図が、今ぼく自身が感じていることと同じであったらいいな、と思う。

 病院を出て、国立駅に戻ると駅舎の時計は午後四時を指していた。首筋に当たる強い西日が玉のような汗を浮き上がらせる。冷たいものでのどを潤したいところだった。
「中途半端な時間ですけど、もしよかったらうちで甘いものでも食べていきませんか?」
「そうだな。本当だったら付きあわせてしまった俺がなにかお礼でもしなければならないところなのだが……お前の引っ越し祝いに、なにか買っていこう。それでいいだろう?」
「だめです。さっきのスプーン代としてぼくが払います。折半額にもならないかもしれないですけど」
 ハハッと丸山さんは乾いた笑い声を上げる。ぼく自身は唐突に知らされたいろいろな出来事の整理がつかなくて、このまま丸山さんと別れてしまうと妙な消化不良を抱えこむことになりかねないと思った。少なくとも彼が知っている亜矢さんに関することだけはすべてぼくも知っておきたい。そして少しでも引き受けられるものがあるのであれば、喜んで受け取る覚悟はあった。ノスタルジーではなくて、新しい関係として、断じて。
 ロータリーの反対側に洋菓子屋を見つけたので、ぼくたちはぐるりと回ってそこへ入った。店の中は冷房がよく効いている。腰をかがめてショーケースの中を覗くと、定番のケーキの他にも涼し気な着色のされたゼリーなどが並んでいる。
「うち、猫を飼っているんですが、動物は平気でした?」
「かまわないよ」
 ぼくたちはめいめいに好きなものを選び、店を出た。
「ちゃんとしたお店でお菓子を買うなんて久しぶりです」
 ドライアイスを入れてもらった箱を、手提げのビニール袋の中で水平になるように調整する。
「あんなデタラメなフランス語の名前を付けておいて、ちゃんとなんかしているものか。俺が正しい冠詞と格変化で注文しなおしてやったのに、店員のやつ、ポカーンとしていたぞ」
 それからぼくの家まで戻る間、丸山さんはいかに世の中の言語表現が乱れているか、そして誰もそのことについて指摘をしないことについての害悪を滔々と述べ続ける。彼の話がバンヴェニストにまで及ぼうとした時に新中野駅に到着したので、中断をお願いすることができたのだけれど。地下鉄の駅から地上に出て、朝来た同じ道を引き返す。路地に入ってしまえば建物の間で光は遮られる。
「よく、こんなところに借りられたな」
「運が良かったんです。でも本当に断られ続けましたけどね。この歳で無職っていうのは、本当に肩身が狭いんだなっていうことをいやというほど知りましたよ。働いているうちから部屋を探しておいて、いざ見つかってから退職願を書けばよかったんですね」
民家の軒先や玄関のコンクリートでときどき野良猫が涼んでいる。ぺったりと冷たい地面に自分の身体の表面積を最大限に押し付けて寝そべっている。
「椎名の家の猫は買ってきたのか?」
「まさか。……ぼくよりも先に住んでいたんです。だから、形式上はぼくが彼女たちの面倒を見ているんですけれど、猫からしたら都合よくご飯をくれる人が来てくれたなっていうくらいなんだと思いますけど」
 もうすぐ角を曲がれば敷地が見えてくる。おとなしく留守番をしてくれていただろうか。じっとしていられなくてぼくの原稿用紙をめちゃくちゃに引きちぎったりしていないだろうか。お腹をすかせて庭の雑草なんか喰んでいないだろうか。
「ただいま」
 玄関の扉を開けると、タルホが奥からやってきた。目を真ん丸に押し広げて口の周りをその長い舌でぺろぺろとなめまわしている。
「ごめんな、待たせたね」
 靴を脱ぎながら腰をかがめて荷物を玄関の脇に下ろす。そして目の前にちょこんと座るタルホは閉じた目をつり上げて顔をさし出してくる。これはマッサージをしてくれという合図で、同時に触っても良いという許諾の印でもある。ぼくは彼女の小さな額を親指の腹で撫でてやる。
「おまえ、だれに話しかけてるんだ?」
 後ろから丸山さんの声がして、ぼくは自分の身体が影になって後ろからではタルホの姿が見えないのかと思い、「猫だよ」と言ってかがんでタルホの脇から手を差し入れて腕に抱くと、立ち上がって丸山さんの方に振り向く。けれど、なおも彼は目の前の猫の存在に気がつかないようで、ぼくの顔をぽかんと見つめてくる。
「猫? どこにいるんだよ」
 ぼくは今日、二回目の強烈なパンチを食らう。「見えないんですか?」という身も蓋もない返答がもう少しでこの口からこぼれ落ちそうになる。ぼくはこの瞬間、自分の理性を棚上げにすることを選択する。これは、全くもって直感的な、まさに非理性的な判断である。
「あれ? い、い、いま、いたような気が、したんだどなあ……」
 と、ぼくはくるりと丸山さんの方に再び背中を向けると、腕の中の重みを廊下に向かって解放してやる。ぼくの目には確かにタルホの小さなお尻が映っている。だらしなく垂れ下がったサビ色のしっぽが見える。しっぽに生えている毛の先の先の先までよく見える。ぼくは丸山さんがまさか趣味の悪い冗談を言っているのではないかと思って、もう一度振り返る。けれど彼の顔はなにも変わらずそこにある。ぼくが玄関に入ってからの一連の行動がまったく飲み込めていないような不可解さが顔中に満ち満ちている。考えるのは後だ。とにかく客人をもてなすという、元の流れへぼくは乗り換えなければなるまい。
「とりあえず、上がってください」
「ひとりで一軒家に住むなんてなかなか贅沢じゃないか」
 家に上がるとまだ一度も使っていない来客用のスリッパを、スリッパ立てから引きぬいて並べて置く。
「大家さんも、そうそう誰にでも貸しますっていう感じの人ではないんですよ。だいぶ値踏みされました」
「お前のほうが値踏みされてどうするんだ。借りるのはこっちだろう」
 居間まで丸山さんを案内して、ソファーに座ってもらう。
「しかし初めて来たのになんだか自分の家に帰ってきたみたいな感じがするな」
ぼくは冷蔵庫から作りだめしてある麦茶のボトルを取り出すと、グラスに入れて手渡す。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
 それから買ってきた洋菓子を箱の中から取り出す。ぼくたちは思っていたよりも今日の出来事に疲れていたのか、それからは無言のままものすごい速さで食べきり、お茶を何杯も飲み干した。全身を脱力させる開放感が声にならない声となって腹の底から漏れ出てきて、お互いに笑う。ぼくたちは後頭部をソファーの背もたれの上に乗せてほとんど仰向けになって座っていた。その間も、タルホはチョロチョロと台所を歩きまわり、物欲し気な視線をぼくに送るけれど、「あとで」と口の形だけでぼくは意思を伝える。でもたぶん、伝わっていない。彼女は口をとがらせてヒゲをぴくぴくと上に下に神経質そうに動かすと台所の隅に歩いて行き、首だけはあさっての方向を向けたままそこに座り込む。ところでもう一匹の姿は見えない。
「それにしても、先輩はいつぐらいから亜矢さんの子供のことは知っていたんですか?」
「うん……それでも、つい最近だよ」
 一転してあまり話したくないような表情になる。
「あ、この家ってタバコ吸える?」
「どうぞどうぞ」
 一人で使うにはいささか大きすぎるガラス製の灰皿をローテーブルに置く。彼は白いドレスシャツの胸ポケットの中からボックスを取り出すと、中から一本抜いて火を点ける。
「……不思議なのは、少しだけ体重が平均よりも少なかったということ以外は、生まれ出てきた時にはなんの問題も無くなっていたということなんだ。今日見たように、今のところは厳密な管理のもとに置かれているけれど、何度検査をしても問題が見つからない」
「それはそれで、良かったんじゃないですか?」
「そうかも知れない。けれど、少しも素直に喜ぶことができない」
 丸山さんは深い溜息を紫煙と共に吐き出す。そうかもしれない、とぼくは思う。生まれてこなかった子供たちや、腕が動かずに生まれてくる子供たちのことを考える。別に彼らが生まれてこなかったほうがいいなんて、決して思わない。でも実際に五体満足で亜矢さんの子どもが生まれてきたことを、ぼくたちは喜ぶ。その喜びは、生まれ出たことに対する喜びなのか、腕が動く姿で生まれ出たことに対する喜びなのか、その境界は極めて曖昧だ。本当は明確なのかもしれないのだけれど、本当のことを知るのが怖くて目を逸らしているだけなのかもしれない。
 隅に座っていたタルホがちょっと前に歩き出そうとする。左腕の動かない彼女はこてっと前半身が左側に傾いて最初転びそうになる。後ろ足のアシストがすぐに入って、彼女は次の瞬間にはまっすぐに歩き始める。見慣れた光景だ。彼女のハンディキャップは彼女がこれから先も生きて行く前提となっている。そういう種類の所与の条件というのは、たぶん見た目によらずどんな猫にだって、どんな人間にだって、あるはずだろう。ぼくだって生まれつき人付き合いが良くてお酒も飲めてスポーツ好きだったら、今こんなところでこんなことはしていないだろう。それぞれがそうする以外どうしようもない場所で、そうする以外どうしようもないことをし続けている。でも、こういう一見本当らしい裏をかいたような倫理、拡大解釈によって知らずのうちに視点を逆転させてしまうようなご都合主義、そういったものってもう既にそれが一つのパターンになっていてつまらないな、とも思う。
「今までだったら俺はこういう考え方はしなかったかもしれない。歳をとったのかもしれないな」
 厳しかった丸山さんの表情はふっと力が抜けたように緩む。
「悪いことではないと思います」
 ソファの足元をタルホは歩いて隣の和室に入っていく。日はまだ暮れる気配を見せない、と言える最後の時間になっていた。
「ごめん、来ておいて早速だけど、そろそろ帰らなくちゃいけないんだった。酒でも飲みながらいろいろ話でもしたいところなんだが、親父の会社の関係で今日は食事会があるんだ」
「ぼくと昔話しているよりはそっちのほうがずっといいと思います」
「なにを言っているんだ、昔話なんかしないさ」
 丸山さんからそんなちょっとした強がりのようにも響く言葉が出てくるのがちょっと意外で、そして嬉しかった。ぼくたちは変わらない自分を見せつけあって「おまえも変わらないな」と言い合うのを潔しとしない。けれど嫌でも流れていく歳月にただ流されて「俺たちも歳をとったよな」と言い合うことも、許さない。「むかし大学時代によく付き合っていた仲間」なんかじゃなく、もっと現在的な変化の中にありたいと思った。ぼくの知らない彼の周囲も変わっていっている。変化の中から変化を起こそうとしている。起こそうとしている変化に自分をなじませようとしている。ぼくにはそんなふうに見えたし、その点に置いてなにか共有できるものがあれば嬉しい。
 好きなことだけやって生きていけたらどんなにいいだろう。そう思うことはしばしばあるけれど実際のところそうするためには相当の犠牲を伴うだろう。丸山さんはこれまで好きなことを好きなだけ言ったり書いたりしてきた。誰かのためでなく自分の信念や愛する学問のために。そのためだけに。けれど死ぬまでそれを続けることは、かなりハードなことだろうと思う。無力感にさいなまれることだってあるかもしれない。誰も分かってくれないと、孤高を気取ることで自分を保たなければならない場面もあるかもしれない。それならいっそ、自分の能力を必要としている場所に身を委ねてみるのも時には有りだと思う。ぼくの話になるけれど、別に望まれてあの会社のあの部署で毎日電卓を叩いていたわけではないと思っている。でも誰かがやらなければいけない仕事だった。五年間働いて、体重は増え、ストレスは増え、しがらみも増えた。使う暇もなく貯金が増えたことだけは歓迎すべきだけれど、それだけのものを引き受けて自分以外のなにかに時間を費やしたからこそ、ある一定期間、自分のためだけに時間を使うことをぼくは許したのだ。許せたのだ。

「なあ、今日ぼくの先輩がこの家に来た。そのことは知っているかい?」
 雨戸を閉めカーテンを引き、明かりをつけた家の中でぼくはタルホに話しかける。
「もちろん」
「でも、彼には君の姿が見えていなかったみたいだね」
「そうね」
「そうねって……君は、なんだかこの件に関してはいつもの饒舌さがだいぶ薄まるようだね」
「あなたたちに説明してもたぶん分かってもらえないと思う。これは、私たち自身の問題でもないの。もっと大きな流れの中ではたらいている原理だから、私とあなたとの間の意思疎通を図る道具立てだけでそのことを説明するのは不可能なのよ。こんな感じでいい?」
 いいわけがない。なにを言っているのか全く分からない。ニャアニャア鳴いてくれていたほうがまだわかるかもしれない。
「ところでマホロはどこにいった?」
 話題を変える。しかしタルホはぼくの心を読んだみたいに「ニャア」と一声だけ上げると、いつも寝床にしている押入れの一段目の中に入っていった(そこには使っていない冬用の布団を積み上げているのだ)。
「ごはんはいらないのかい?」
 と、ぼくが聞こえるように大きな声で言っても、体を丸めたタルホは尻尾の先をちょんちょんと動かすだけで、それがぼくに対する「ノー」という意思表示なのかも定かではない。
 マホロはどこに行ってしまったのだろうか。普段はお互いがどこにいようと気になどしていないのだけれど、それは家の周りに必ずいて気配を感じられるからだ。声の届く範囲にいることが分かっているからだ。猫のことだから一日くらいどこかで夜明かししてもだいじょうぶだろうが、タルホはともかくとして几帳面なマホロが、ぼくが留守の最中に黙って姿を消してしまうなんてことはちょっと考えられない。これでも同居人として彼女の性格くらいはだいたい把握している。ぼくは家の中で猫が隠れていそうなところを見て回り、庭に出て声がしないとか耳をすませたりもしたけれど、もう日は暮れてしまい外を探すのも大げさかもしれないと思って家の中に戻った。彼女も軽い気持ちでどこからふらふらしているかもしれない。たまにはぼくを困らせたいという優等生的な反抗心がちょっと芽生えてしまったのかもしれない。楽観的に考えればそんなところだろうが、ぼくは久しぶりに一人での夕食をそそくさと済ませると不安な気持ちから逃れるように早々と布団の中に入ってしまった。
 しかし翌朝になってもマホロは帰って来なかった。これは本格的に家出したのかもしれない。ぼくは最後に彼女と交わした言葉を思い出そうと頭をかかえる。なにか気に障ることでも言ってしまっただろうか? そんなことはない。マホロはおいしいコーヒーを入れてくれた。ぼくはそれに対して「おいしいよ。いつもありがとう」とお世辞ではなくきちんとお礼を言った。それとも原因はぼくではなくタルホだろうか? 猫同士、ケンカでもしたのだろうか? 昨日のタルホの様子は確かにいつもよりよそよそしい感じはした。あれは、誰かに怒りをぶちまけたあとで急に冷静になって、感情的になってしまった自分の不甲斐なさを必死に処理しているときの顔つきだ──なんて人間的な推測をしてみたところで、なんの確証もないのだけれど。
「いや、待てよ……」
 ぼくは違う可能性もあるのではないかと思い至る。目の前でタルホは忙しそうに皿の中のミルクを舐めている。ぼくたちは朝食を食べている最中だった。
「マホロは実はいるのか? 見えないだけなのか?」
 そう問いかけると、タルホの動きが止まる。昨日から一言も自分から言葉を発しようとしないけれど、ぼくの言うことはどうやら理解しているようだった。少なくともぼくにはそう見える。タルホは首をもたげる。その両目はじっとぼくを見つめ返してくる。
「どうした? なにが言いたい? いつもみたいにしゃべったらどうなんだ?」
 ぼくはすこしばかり語気を荒らげていたかもしれない。急に彼らの声が聞こえなくなってしまったのは彼らの変化なのか、自分になにか変化が起きてしまったためなのか、そしてその変化が起きていたとしても自分で全く制御できない世界の出来事なのであればなすすべがないのではないかと、焦りと混乱の中に落ち込む。タルホはすぐに顔を皿の中へ戻すと、再び平皿の底がすっかり見えてしまうまで舌を器用に動かし続ける。食事が終わってしまえば動かない左腕の方に身体を傾かせながらもバランスを取ってテーブルから飛び降り、隅に片付けてあった座布団の上で背中を丸めて目をつぶってしまう。

 それから一週間が過ぎたが新たな展開はなかった。
 生真面目なマホロがピアノレッスンを欠くことに耐えられず戻ってくるのではないかと、毎日午前中はピアノのある洋間で過ごした。さすがに猫がいなくなったことを不動産屋のおばあさんに知られるわけにはいかないから張り紙だの人に聞いてまわるだのといったことはできないが、午後はなるべく近所を歩きまわってマホロの姿を探し求めた。
 一方でマホロとの会話もまったく途絶えてしまった。なにか意思疎通を図るすべがないかと本屋に行ってポール・ギャリコの『猫語の教科書』や猫の気持ちを特集したペット雑誌などをひもといては鳴き声の口真似をしたり尻尾の振り方を熱心に観察したりもしたのだけれど、すぐにばからしくなってやめてしまった。たとえ言葉が通じていた頃だってわからないものはわからなかったし、逆に言葉が通じなくてもタルホは以前に約束したとおりちゃんと時間になれば夕食を食べに台所にやってきた。ぼくはメニューを日毎に変え、気温が高い日は水を多めに与えた。ときどきノミ取りの薬を首筋に垂らしてやり、勝手に床の間の柱で爪を研がないように切ってやったりした。それらのケアの道具を買うために何度か商店街にあるペットショップに足を運んだ。そんなところに行くのはほとんど生まれてはじめてのことだ。ペットショップにはたくさんの子犬や子猫がプラスチックの檻の中に入れられておとなしく飼い主ならぬ買い主を待ちわびている。そこでもう三十年以上務めているという店主に風呂の入れ方を教えてもらった。猫にたまねぎを与えてはいけないということも教えてもらった。
「ぼくはずいぶん猫たちにカレーを食べさせてきたけれど特になんとも無かったですよ」
「よくいるんだよ、猫を猫の形をした人間かなにかと勘違いしちゃう飼い主が。猫は子供の代わりじゃないんだよ。自分たちと同じ感覚を押し付けちゃだめだ。お兄さんがキャットフードを食べないように、猫もカレーなんか食べない。猫は猫、人間は人間だよ。君たちの陳腐な想像力なんて当てにしちゃ困る」
「陳腐な想像力?」
「そうだよ。そんなものがあるから猫たちの本当の言葉が聞こえてこないんだ。君が仕事で疲れて家に帰ってきたとき、猫もなんだか元気がなさそうに見える。逆の事もあるだろう。猫が擦り寄ってきて自分を元気づけようとしているように見える。でもそれはそう見えるだけのことだ。勝手な解釈をしてはいけない。ペットを飼うというのは自分を映し出す鏡を常に手元においておくことだ、なあんてどこかの訳知り顔の文筆家が書いていたがね、俺に言わせればそんなことをのたまう御仁にペットを飼う資格は無い。いいか、君が考えているほど猫たちは君たちのことなどいちいち人間みたいに考えてなんかいないんだ。そこにこそもっと想像力を働かせなくちゃ」
 年季の入った店主は真っ白なあごひげをなでながらぼくにそう言い残すとさっさと店の奥に戻っていってしまう。ぼくの手元には彼にレジ打ちをしてもらいたかったトイレ用の砂が残される。この感覚はよく覚えている。住む家を探していたとき五十二軒目までの不動産屋は、ぼくの素性について彼らが道徳的、倫理的と思い込んでいるものとの違いについてわざわざ説明してくれるのだった。ペットショップの店主の説教を聞くことが会計の代わりになるのなら、いっそ重い袋を抱えたまま店の外に出ることも充分に可能だっただろう。もちろん若いアルバイトの女の子がすっ飛んできてぼくが自動ドアをくぐり抜けるのを阻止してくれたけれど。
 マホロやタルホの行動原理は想像するにはなかなか難しいものだった。そこになにか規則性があるわけでもないし、むしろ人間が想像する範囲内で彼らを理解しようだなんて試みが既に傲慢なものなのかもしれない。猫は猫。極めてシンプルな命題だ。店主の言うことも確かにわかる。ぼくたちの想像力はあくまでもぼくたち人間の心や体が動きまわることができる範囲に限られている。その範囲をあくまでも発想の母体としている。宇宙に飛び出す前の人類が、地球をどんなふうに考えていたかを思い出せば充分だろう。
ぼくとタルホとの共同生活は、彼が沈黙の向こう側に行ってしまってからずいぶんと飼い主と猫らしくなったかもしれない。思えば今までが対等すぎたのだ。この家の空気を震わせていた饒舌さは失わたけれど、それは空気が抜かれて真空になってしまったということでは決してない。新たな平穏さを手に入れた、ということなのだ。

 本当は新宿にまで出て本屋巡りでもしようと思ったのだけれど、小雨が相変わらず降っていたので、止むか止むかと窓から顔を出して待っていたら結局午後三時くらいになってしまった。今から電車に乗る気分にもなれず、かと言ってまだ外は充分に明るい。窓を開けていても近隣は異様に静かで、人の声もしない。子どもたちが近くの公園で声を上げたり、大通りを大型バイクが走り抜けるのが耳を澄ませば聞こえてくるのがいつものことなのだけれど、軒先や枝葉から溢れる雨の雫が地面の水たまりに落ちるかすかな音がときどき響いてくる。顔を家の中に戻して網戸を閉めると、外から流れこんでくる空気に、まさに雨上がりと呼ぶにふさわしい清冽さを感じる(家の中がよどんでいる、とも言うが)。こういう時、家の中でじっとしているのは損なような気がしてくるのはぼくだけではないだろう。さっきまでぐっすりとソファーの定位置で眠り込んでいたタルホもいつの間にか気配を察して起き上がり、あくびをしては片方の腕で顔をこすっている。もとから出かける予定があって雨のために中止になってしまったという段取りを踏まなくとも、ぼくたち人間も動物的な勘で今こそ身体を動かさなければいけない時だと悟るのかもしれない、少なくとも猫並みには。
 運動がてらそう遠くもなく歩いて行ける場所としてすぐに思いついたのは、行きつけの喫茶店だ。コーヒー豆を買うのによく使っている店なのだが、家での手中力が切れて人の作ってくれるコーヒーを飲みたくなると、上着だけを羽織ってふらりと訪れる。ノートパソコンの電源を落とすと財布だけをつかんで玄関へ向かう。スニーカーを履きながら後ろを振り返るとタルホが背筋を伸ばして網戸の向こうを懸命に眺めている後ろ姿が見えた。変に首を伸ばしているから、気まぐれで窓の外を見ているのではなくてなにか見るべきものがあって顔を向けている様子だ。
「外にマホロでもいるのか?」
 ぼくは試しにそんなことを言ってみる。その問いかけを受け取ってくれたのか耳をくるくると動かして彼女は反応する。ぼくのところからはタルホの視線の先は見えないけれど、本当にそこにマホロがいてもおかしくはないような気がした。

 窓は開けっ放しにして玄関の鍵だけ閉めると敷地の外へ出る。喫茶店は近所と言っても大通りを挟んだ反対側の住宅街の中にある。この近すぎず遠すぎない距離感がなければ、わざわざ通ったりしないだろう。もちろんここのオリジナルブレンドの味がなかなか好みであるというのも事実なのだけれど。
 濡れた横断歩道の白線は洗い立てで白い。タイヤの痕跡もアスファルトの地面もあまり黒くて存在そのものを消しているかのようだ。まるで光の届かない底なしの谷の上に厚さ一ミリにも満たない紙のテープが向こう岸まで投げられたようなその上を素早く渡っていく。
 店のドアを開けるとカランコロンとベルが揺れて鳴る。店内はステンドグラスをあしらった照明が天井からぶら下がる。壁は一面真緑のタイルで敷き詰められ、椅子の革は赤で統一されている。せっかく大きな窓を通りに面した側に開けているのに、そこはブラインドで陽光を遮っている。そういう薄暗い中で、決してきれいとは言えないテーブルにはきれいに磨かれたガラスの灰皿が三々五々並ぶ。店が客を選ぶ典型的な個人経営の喫茶店。もちろんぼくは自分が選ばれているなどとは到底考えてはいないけれど、すこしばかり年の近い店主の姿を見るたびにこんな生き方もあるんだ、あるいはまだ自分にもこんな生き方を始めることくらいは許されてもいいのだと勝手な妄想をする。ダメならダメでいい。そういう結論が出るまで、徹底的に自分に時間を与えたかった。マスターとは店に通い始めて少し経てば顔を憶えられ二言三言会話もするけれど、酒を飲ませる店でもないし、ぼくもたいてい文庫本持参だからそれ以上つっこんだ関係にはならない。そういうわけで店の一番奥、スピーカーの真下でかえってあまり店内に流れる音楽が気にならない定位置に腰を下ろしたぼくは、あいかわらず生ぬるい水を運んできた店主にコーヒーとベーグルを注文する。そして灰皿を手前に引き寄せ煙草をくわえると深く深く、その煙を吸い込む。頭がクラクラとし、ニコチンが血流に乗って体中に行き渡る。その速度を全身で感じる。思考のざわめきが、自動筆記的な雑念が静まり返る。
 独りでいることは嫌いではなかった。もちろん誰かと一緒にいるときに「ぼくは独りでいるのが好きなんです」なんて告白はできない。それは相手との関係を損なうことになるからだ。だからぼくはそのことを誰にも言えず、誰にも理解されず、けれどその無理解を特に気にもせず今日までやってきた。そういう理解のされなさが好きなのかもしれない、などとも思う。けれど今は少し事情が違う。もうぼくの周りには理解をしてくれない人間さえいない。心を乱されることもないが心を掻き立てられることもない。孤独を感じることもない。
 新しい平穏さとはそういうことなのだろうか? ぼくは自ら選びとった境遇と、それに対するぼく自身の考え方を点検しながら時間をかけてゆっくりとコーヒーを味わう。

 喫茶店を出たあとでわざと遠回りして大通りに戻り商店街をぶらぶらと歩いていると、昔ながらの駄菓子屋が目に入って来る。道路側に小さなコインゲーム機を置き、深い軒下には駄菓子の詰まった箱を並べる。学校から帰ってランドセルを家に置くやいなや駆けつけてきたような男の子たちが道にしゃがんでカードをめくっていたり、女の子たちは割り箸の先に果物や飴が突き刺さったお菓子を同じような熱心さで口に運んでいる。互いに顔を知らないのかわからないが、不思議と彼らの間に会話はない。
 と、不意に店の奥から姿を表した人物にぼくは驚く。今の家を紹介してくれたおばあさんが、ビニール袋を手に提げてゆっくりとした歩みで音もなく出てきたのだ。ぼくはもちろん一匹の猫を行方不明にさせてしまったことを彼女に知られるわけにはいかないから、瞬時の判断でニコニコと顔をほころばせ会話の先手を打つ。
「こんにちは。なにかお買い物ですか?」
「これはこれはしばらくぶりですね。ちょっと雨宿りをしていたんですよ。ついでに甘いものも食べたくなって、奥でおまんじゅうを分けてもらったんですよ」
「そうですか、それは良かったですね。雨も上がったのでぼくもちょっと散歩をしたくなってしまって。それでは!」
 と、ぼくはさっさと踵を返して元歩いてきた道へ戻ろうとする。そういえば猫たちは元気ですか、なんて相手が言い始めたら、嘘を付くのが下手なぼくはすぐになにかぼろを出してしまうに違いない。けれど残念ながらぼくの背中は「そうだ、ちょっと待って」というおばあさんの呼び止める声を間もなく受け止めなければならなかった。立ち止まって振り返れば、ビニール袋の中からなにかを取り出してぼくの方へさし出してくる。見れば、シャボン玉のキットだ。シャボン液が入った入れ物に先端が膨らんだストローが付いている。ずいぶんとパッケージが色あせているのは長く売れ残っていたものを譲り受けたのだろうか。
「あの子たちはそれが好きでな」
 猫のことを言っているのだろう。
「短い命だからなるべく好きなことをさせて、楽しませてやってくれ。あんたにお金が少しだけ余分にあったら、美味しい物も食べさせてやってくれ。きっと私たちにとっても悪いことにはならないはずだ」
 彼女の口ぶりはとても猫のことを言っているようには感じられなかった。もっとなにか大きな物事について語っているように聞こえた。ちょうど猫の世界と人間の世界との間にぼくたちが立っているような、そしてこの蝶番が少しでもきしんだりしてしまえば彼らとの関係がとこしえにそこなわれてしまうとでも。ぼくはよっぽどおばあさんがマホロの行方を知っているのではないかと、その瞬間、なんの根拠もなく思った。でもそれを言うわけにはいかなかった。ふと口をついて出た「あの……」という間投詞は行き場を失ってぼくの足元にでも落ちたかもしれない。おばあさんはぼくに対する要件を全て終えたと判断したのか、ぼくがさっき渡ってきた横断歩道を伝ってさっさと行ってしまった。
 いずれにせよぼくはおばあさんの意向には基本的に同意する。血統証があって高値で取引されるような猫ではない。首輪もしていなかったから、いつからか勝手にあの家に住み着いた野良猫なのだろう。けれど彼女たちはぼくの門出と共に歩み始めてくれた大切な生活のパートナーだ。ないがしろにする理由はないし、お金のかからない生活スタイルを構築しつつあるぼくがすこしくらいの贅沢を彼女たちに分け与えることは意に反することではまったくない。

 日没まではなおも時間があった。あと数日で夏至なのだ。家に帰ってきて門をくぐると、タルホが玄関の前に座っている。まるでぼくが初めてこの家にやってきたときのように出迎えてくれている。鼻をひくひくとさせて、もしかしたらぼくの手の中にあるものに感づいて出てきたのかもしれない。彼女なりの古い記憶を蘇らせて。
「おいで」
 手を差し伸べれば近づいてくる。ぼくはシャボン玉のパッケージを開ける。少し錆びついたホッチキスの芯が厚紙の台紙と、埃だらけのプラスチックのカバーとを頑迷に結びつけていた。シャボン液の入ったどぎついピンク色のプラスチック瓶をようやく取り出すと、すっかり固く閉められてしまったふたを親指で思い切り押し上げる。しゃがみこんだぼくの膝小僧に、タルホは横顔をこすりつけてくる。
「見てごらん」
 二十年ぶりにシャボン玉のストローに口をつけたぼくは最初感覚がつかめず、勢い良く息だけが先に飛び出して残された液を足元に垂らしてしまったり、逆にあまりゆっくりと吹くあまり膨らんだシャボン玉が飛んでいく勢いを失って鼻先で飛沫と消えたりもした。
「うまくいかないもんだね」
 やがていくつもの虹色が上へ下へ吹き出されるようになると、タルホは動作こそ散漫であれ座った姿勢で腕を前へ伸ばしたり、シャボン玉が自分の背中にくっつくと首を振って喜んでいるような仕草をした。湿った地面に大小いくつもの軽やかな球体が落ちていく。厚みを知らない皮膜は落ちゆく夕陽の光を四散させ、吸い込み、絶え間ない表情の展開でぼくたちの視界を華やかに彩る。タルホの目にも、その低い視界からでも充分にスペクタクルは感じられているはずだろう。小さな顔を器用に上下させ、自分の顔にシャボン玉が近づいてくると前足でとらえようとする。そしてバランスを崩してこてんと前のめりに倒れてしまう。その背中に向かってぼくは小さなシャボン玉を一気に吹きかける。もともと売れ残りのシャボン液は既にぼくのたびかさなる児戯に早くも底を見せ始めていた。

 夏至が過ぎて、暦から少し遅れて夏の空気がやって来る。大気はすっかり入れ替わっている。空間を乱反射する光はいよいよその色彩を濃く深くしていく。時々刻々は中間色を飛び越えて昼から夜へ滑り抜けていく。それを見るぼくたちの感情にも少しの曖昧さも許さない。喜怒哀楽を言葉で枠取りをしてはこちらからあちらへ渡っていく。夏は毎年巡ってくるけれど、だからそれは少しだけ若い頃の跳躍を思い出させてくれる。
 庭先に大量の赤シソが自生しているのに気がついたのは台所の窓から見える外の様子に変化を自覚したからで、普段はめったに足を踏み入れることのない北側の隣家との狭い境界にはツタ植物が日を追うごとに、窓の外側に据え付けられた防犯用の面格子を覆って台所の採光を妨げていたというわけなのだが、そのツタの生える同じ足元に立派な紫色の葉を茂らせるシソが群生しているのをその時見つけたのだ。
 子供のころ、この季節になると母親がよくシソジュースを作ってくれたのを瞬時に思い出す。そんなこと、もう二十年近く思い出していなかったのだけれど、たぶんこの上がり調子の気温と湿度とそしてこの家の実家との相似がぼくの中の記憶の中枢を斜め上から蹴り飛ばしたに違いない。こうなるともうぼくは当初の目的であるはずのツタを切り刻むということをすっかり忘れて家の中に戻ると、インターネットでシソジュースの作り方を検索する。原液を作りためておけば暑さがうだるようになった頃にも、疲れが一気に吹き飛ぶような酸味を楽しむことができるだろう。いくつかのホームページを確認してだいたい外してはいけない基本のポイントを掴むとぼくはサンダルに足を突っ込んでもとの場所にまた戻る。ハサミはさっきから持ったままだった。
 茎ごと何本か切り取り、片手でつかめるくらいの量を収穫する。ぼくは久しぶりに自分の食生活に新しい風が流れこんでくることにわくわくしている。なにかを作るというのは良いことだ。
 収穫物を水道水で良く洗い、普段であればパスタを茹でるのによく使っている深底のなべに押しこむ。水を入れてガスをひねればしばらくしてぐつぐつと煮立ってくる。やがて葉の色は全て湯の中へ溶けこんでしまう。引き上げればもとの紫色はすっかり抜け、植物本来のという言い方はおかしいがそういう緑色に様変わりしている。ベージュ色の鍋の底も見えないくらいだ。そこへ容赦なく砂糖を袋から入れる。白い粉体はなべ底に広がりさっと消えて行っただろう。それでもぼくの鼻腔に舞い上がってくる香りは少しも甘くなく、ひたすら唾液腺を刺激する。一度火を止めて冷蔵庫の中からレモンを取り出す。アクリルガッシュのレモンイエローを塗り固めたかのような鮮やかさに包丁を差し入れる。見えないくらいの細かいしぶきはすぐに蒸発してか、小さなまな板の上から香気が立ち上る。
 ぼくが変な時間に台所に立つのを不思議がってか、珍しい物音を聞きつけてか、タルホはぼくの作業している背後、ダイニングテーブルの上へ飛び乗ると首をかしげながらなにか言いたそうな顔をしている。
「ちょっと見ていなよ」
 ぼくはタルホのすぐとなりに置いた耐熱ガラスのボウルに鍋の中身をすべて空ける。赤紫色の液体がまだ熱い泡を立てながら容量いっぱいにまで入った。熱いということがわからないのか、タルホは鼻先をガラスに近づけるがすぐにびっくりして引っ込める。液体は、まるで光を通さない。ボウルのふちあたりをただようのは向こう側の光を通して紫色を見せるけれど、上から覗き込めば真ん中の一番深い地点はほとんど黒に近い深紅だ。
 ぼくは食器棚の中から、買っただけで使っていなかったレモンの絞り器を取り出す。例の紡錘形の半分が天に向かって突き出したアルミ製の器具だ。上から輪切りのレモンを押し当てれば帽子型のツバの部分に果汁が溜まってくれる。一個分を絞り切ると容器をガラスボウルの上に持ってくる。タルホはぼくの一挙手一投足に目を凝らしてくれている。
「いくよ」
 レモン果汁を煮詰めたシソエキスの中へ投下する。すると濁っていた赤紫は鮮やかな赤へと変わる。タルホは目をレモンのように真ん丸くしてボウルの中を横からじっと見つめている。
 その透き通った赤は本当に夏にふさわしい赤だ。氷を入れたグラスに注ぎ入れペパーミントを散らしストローを挿せばこの季節の湿度や温度もその一杯のジュースの周りに再現されるようだ。くすんだ色の鍋や黒鉄のフライパンが積み重なった台所の中にあって、その赤は他に類似するものを持たない。本当にこれは飲めるのだろうか? 水彩絵の具を溶かしたようにむらのない色彩に見とれてしまう。「目もあやなる」なんて言葉が、それこそくすんだ教室のくすんだ記憶の中から掘り起こされる。

 毎月決まった金額を決まって銀行口座に振りこんでさえいれば追い出される恐れはないようだった。一番近くにある銀行支店は中野坂上駅の近くにあって、そこまで行くには丸ノ内線が下に通っている(なんという名前かわからないのだが)街道をひと駅分歩く。家賃振込みのついでに必要な生活費を引き出して最後に記帳をすませる。電気、ガス、水道は口座の引き落としにしてあるから、時々ポストに入れられる領収書でだいたいの見当は付く。残高はまだ充分にある。
 最後にこの口座に現金が振り込まれたのは三ヶ月前。わずかな退職金と溜めに溜め込んでいた出張旅費の精算だ。合併により上場廃止を決定したその会社名がカタカナで振込み元として印字されている。ずいぶん懐かしい文字の並びだ。預金はその日付を頂点として減ることはあっても増えることはない。今のペースで行けば先はまだ長い。食費や光熱費を浮かせる工夫だって探せばあるだろう。それにあれだけ広い庭があるのだ。シソだけじゃなくて、ちょっとした家庭菜園にでもすればかなりのコストダウンを図れるかもしれない……お金を使わずに生活をすることは可能だし、それは生活の質を落とすことには決してならない。お金を使うことは気持ちが良いけれど、使わずに暮らしていくことに閉塞感のようなものを感じていては続けられない。けれど、ときどきやっぱり考え込んでしまう、この選択は正しかったのだろうかと。しかしぼくは既に自らに宣言したはずなのだ、修正主義には与しないと。だからこれからのぼくの何らかの活動が報われたときに「やっぱり正しかったんだ」なんてほっと胸をなで下ろすようなことはしないのだ。この先どう転ぶかによって今という価値を測りたくないのだ。と、そうやって初心のようなものを掘り起こそうとする。さざ波のようにやってくる不安な夜を、かつて独身寮でノートに言葉を書き付けることで自己を保とうとしたように、話し相手を無くしたぼくは弱い光を放つノートパソコンの画面に向かってこうして言葉を綴るしかない。

 行動範囲も限られているのでそろそろ携帯電話を解約してしまおうかと思っていた矢先、退院した亜矢さんから電話がかかってきた。丸山さんにぼくの携帯電話の番号を聞いたとわざわざ断って(そんな言い訳めいたことは必要ないし、ぼくは電話番号を変更したことなど一度もないのだが、それはともかく今は置いておくとして)。
「この前はどうもありがとうね。お礼を言いたくて」
「そんなあらたまってお礼を言い合うような間柄でしたっけ?」
 ぼくたちはもう共通の過去のことについて話題にするような野暮なことを充分にし尽くした後だったから、かえってまっさらな他人同士から関係を築き直すということも選択肢としてはありえたかもしれない。でも、どうがんばってももう戻れない地点というものは存在する。やり直せないシナリオがあることだってわかっている。ぼくが会社生活を送っていたのと同じ時間を、少なくとも別のどこかでぼくではない誰かと子どもを産むという帰結を得る程度には異なるものとして彼女が費やしていたことは、間違いのないことなのだから。もちろんこのことをぼくは「悲しいけれど」などと形容はしない。
 ところで電話の本題はもっと違うところにあった。「丸山くんから聞いたかもしれないけれど」という枕詞のあとに語られたのは、子供の右腕が動くようになったこと、検査をしても動かなかったのと同じくらい原因がわからないこと、病院側としてもこれ以上引き留めておくわけにもいかないので、普通の生活を送りながら成長していく過程でなんらかの問題が出てくるのであればもっと大きな病院への紹介状を書くことはできるというようなことを言い渡された、ということだった。
「なんだかずいぶんな対応ですね」
「でもしょうがないのよ。わからないものをわからないと言ってくれただけでも精一杯の誠実さだと考えなくちゃ」
「丸山さんが、魔法でも使ったのかもしれないですね。でも、よかったじゃないですか?」
 その時ぼくは極めて無責任に言葉を選んでいたと思う。だって、ついこの間、丸山さんとこの部屋でぼくたちはなにを語り合ったというのだろう。彼も亜矢さんのことを「少しも素直に喜ぶことができない」と言った。同じことだ。ありふれた世間話をするために彼女が電話をしてきたとでもいうのか? あんまり天気が良くて遠出をしたはいいけれど帰りの電車が来るまで二時間も待たなければならない駅のプラットホームで、あくびをするのも飽きてしまったときふと携帯電話のアドレス帳に懐かしい名前を見つけて、とりあえず十分でもいいから時間を潰したくて彼女はぼくに電話をしてきたとでもいうのか? そこまで思い至って初めて、電話の向こう側が不自然な長さの沈黙に陥ってしまっていることに気がつく。
「いや、あの、ごめんなさい。でもやっぱりずっと入院ってわけにもいかないじゃないですか。原因がわかったとしてそれでなにが解決するわけでもないし、ただそういうことがあったと、受け入れるというのも一つの態度だと思います」
 ぼくはあわてて言い直す。
「これがいいことなのか悪いことなのか私にはわからない。手放しで喜んでしまったらいけないという気持ちもあって。とにかく、なにかこういうことでこうなったんですって言ってもらえないと、自分が悪いことしたみたいに考えてしまって、落ち着かないのよ……」
 ぼくは、どんな答えを用意すればいいのかわからなかった。本当に彼女が悪いのかもしれないし、悪いことはもっと別の何処かにあって、逆に彼女だからこそ事態は良くなったのかもしれない。どちらだってありうるし、片一方の可能性だけを変にふくらませてしまっても良くない。
「その後丸山さんとは会いましたか?」
 ぼくは持って行き場のない話題の方向を変えるべく、残り少なくなった二人の間の共通項を持ち出す。
「ううん、電話でちょっとしゃべったくらいかな。メールも最近はしていなくて。まったく……嵐みたいだった、いつでもそうなんだけど。今はたぶんお父さんのこともあるし、自分のこともあるし、忙しくしているんじゃないかな」
 丸山さんの置かれている立場は想像されるし、そして現在進行形で日々変化していることだろう。これが最後になるかもしれないという思いで論文を書きながら、夜は父親のかばんを持って得意先の接待であちこちに顔を出しているのだろうか。この前家に来てくれた時だって、夜からなにかあるような事を言っていた。
「ぼくのたった五年の会社生活では経営者という生き物が日々なにを考えているのかなんてことにまで想像力が及びません。でもぼくたちの知っている丸山さんなら、来年の今頃は東洋経済の表紙にでもなっていますよ」
「それもそうだね。……あ、ちょっとごめんね、待ってて」
 電話の後ろで赤ん坊の泣く声がした。今まで静かだったのは眠っていたのだうか。新生児は睡眠の周期が短いからそれに合わせて授乳やおむつ替えをしなければならず、大人で言うところの健常な生活サイクルが崩れてしまうという話は、ぼくくらいの年齢になってしまうと別に知りたくなくとも耳に入ってくる。亜矢さんもその合間を縫って電話をしてきているということだろうか。やがて泣き声が収まってくると戻ってくる足音が伝わってきた。
「時間の許すギリギリまであの人は私のことを気遣ってくれていたんだけど」
 亜矢さんは「お待たせ」もなにもなく唐突に会話の続きを始める。
「ねえ、椎名くん。彼はきっと私のことを君に託すつもりで病院まで連れてきたんじゃないかな。私、自分のこと買いかぶってるように思われるのが嫌で……スプーンなんか持ってきて、やっぱり怒るべきだったよね、あの時」
 ぼくは彼女の言葉を頭の中で反芻する。いや、反芻したところでなにがわかるわけでもない。ぼくはあの時、ただ丸山さんの言うとおりに病院までついて行っただけなのだ。その前になにがあったのかも、その後になにがあったのかも知らない。だって、丸山さんは子供の父親のことは聞くなってぼくにはっきりと言ったじゃないか。
「亜矢さん、ぼくはいまだに亜矢さんがどういう状況にあるのか知らないんです。丸山さんが教えてくれなかったんです」
 少しずつ前後の文脈がその輪郭を浮かび上がらせようとしているのを予感する。もう少しだけ頭を働かせればつじつまの合う説明が事実として浮かび上がってくるだろう。今すぐそれを確かめることもできるはずだ。けれどぼくは知らないと言い張ることで、事実を告げられることを拒む。それが精一杯の意思表示だ。
「丸山君が君に期待していたこと、今ならわかる?」
 亜矢さんは挑発する。いつの間にか立ち上がっていたぼくは椅子に座り直す。ぼくは手元にあったタバコを一本くわえると急いで火をつける。相手にはさとられないようにして深く煙を吸い込む。それからぼくは言葉を組み立てる。
「そういう問題じゃないんです。だれだってなにかしらある、だからといってお互いになんにもしなくていいってことではないと、ぼくは思っているだけです」
 白い煙をできるだけ口元から遠くに向かって吐き出す。
「ぼくは期待なんてされていません。誰かの期待に沿うような生き方はしばらくお休みしているんです」
 できれば本当にその言葉通りに生きてみたいものだった。丸山さんはあの病院での夏の数時間を興業として成功したと判断したのだろうか。思えばぼくが得意だったのは脚本がきっちりとあって、演出や監督からの指示通りに演ずる場合のことだけだった。たまにワークショップの真似事のようにやっていたエチュードはまるでだめだった。そういう二面性がどれほど個性だの自主性だのの重要さを説かれて育ってきたぼくたちにとってある種の示唆に富んでいるか。丸山さんは自分で「そんなものは即興ではない、おまえの考えそうなパターンなんか俺の頭の中には全部入っているんだからな!」と立ちすくむぼくに向かって激昂していたことを憶えているだろうか。でも誰かの期待に応えてはならないというその事自体が期待であって、そういう意味での期待に応えるということでは、ようやくぼくは成功したのかもしれない。けれどそれは亜矢さんにとってはむしろあってはならないことだったのかもしれない。あれから丸山さんがなにを考えて僕たちの前から姿を消したのか、いや、なにを考えてぼくなどに一瞬間でも近づいたのか、既に舞台袖に引っ込んだ者には想像することも難しい。
「ごめん、ちょっと無神経な聞き方だった。でも、私もよくわからなくて……どうしてこんなことになってしまったのか。こうなることがよかったのか、これから一人でどうしたらいいのか。あっ、ごめんね、君にまた変な期待をしているとかじゃなくてね」
「そういう補足は要らないです」
「ごめーん!」
 こうなるともう、笑うしかなかった。繰り返しになるがぼくはかつてついえた人間関係を、この五年間という空白を飛び越えてもう一度途中からスタートさせる気はさらさら無かった。人間の負の感情はもしかしたら冷凍保存してすぐにでも解凍ができるのかもしれない。でも、解凍した途端に蒸発してしまうことだってあるだろう。これは推測だ。ぼくは丸山さんに嫉妬しながらも、嫉妬するような自分はもう既に過去のものでしかないと判断する。
 電話を耳に当てたまま視線を上げれば、台所の窓際に置いた一輪挿しに枯れたガーベラが入ったままになっているのが目に入る。中の水もとっくに無くなっているだろう。次は少し小ぶりのヒマワリを探してこよう。夏はこれから始まる。
「亜矢さん、うち来ませんか?」
 初めて彼女を食事に誘ったときのように、ぼくの声は震えを取り戻していただろう。未知の世界へつま先を差し入れるときには当然払うべき礼儀だ。
「うちに、遊びに来てくださいよ。それで、いろいろ話をしましょうよ。丸山さんもこの前病院に行った帰りに寄ってくれたんです。自分の家に帰ってきたみたいだって言っていました。たぶんすごくリラックスできる場所だと思います。ただいまって思わず言ってしまうような。猫もいますけど、アレルギーとか問題なければお子さんと一緒にぜひ」
「うん、さっきから君の電話の後ろからも猫の声が聞こえるよ」
 いつの間にかぼくの足元にはタルホの姿があり、こちらを見上げては物欲し気な顔をしてにゃあにゃあと鳴いている。
「鳴き声、聞こえますか?」
 ぼくは聞き返す。
「鳴き声っていうか……お腹すいたって言ってるから、そろそろお昼ごはんにしたら? こっちもだんだん腕が疲れてきたから寝かしつけるよ」
 彼女の言葉がこんなにも優しく響くので、ぼくはもう少しで泣き出しそうだった。まるでマホロの左手が奏でる流麗なエチュードが、電話の向こうから流れてくるように感じられた。耳には聞こえなくとも、ぼくの頭の中では生き続けている音の響き。けれど、同時に赤ん坊の泣く声も無視できない大きさで伝わってくることを思えば、この電話もそろそろ終わらなければならないだろう。
 最後にぼくは彼女の子供の名前を尋ねてみた。
「真穂子。いい名前でしょ?」

 動物は、自分の死に姿を決して見せないらしい。象の墓場の話は誰もが一度は聞いたことがあるかもしれない。だから猫がある日ふといなくなっても、あんまり騒ぎ立てないほうがいいのかもしれない。この世のどこか、ぼくたちの知らない場所に、猫の墓場というのがあって、そこにはたくさんのきれいな骨が並んでいるのだ。ぼくはその光景を凄惨だとか壮絶だとかいう言葉で表現したくない。彼らと同じ数だけ、もしかするとこの世に別の形で生かされた命があるのかもしれないからだ。たまたまそれは人間だったかもしれない。ヒメジョオンやカブトムシに生まれ変わるものもあるかもしれない。
 足元でもう一度猫の鳴く声がする。ぼくは椅子から降りてしゃがむと、彼女の両脇に手を差し入れる。きょとんとした大きな目がぼくの顔を正面から見据える。その瞳の奥深い漆黒は底知れない。
「さっき食べたばかりじゃないのか?」
 これまで何度このセリフを言ってきただろう。お腹がすいて、すり寄ってきて、それをたしなめ、最後には皿を出す。この家に来てから毎日毎日、何度繰り返してきたことだろう。でも何度でも繰り返したくなるのだ。同じ会話のやり取りを何度やっても楽しいのだ。これからも、できるだけ長い間彼女たちと一緒に暮らせるようにと、ぼくは願わずにはいられなかった。

〈了〉


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