御茶ノ水橋からその後の川の流れを追うための短編たち 光・記憶・写真

一 プロローグ〜写真の一枚目

 強い西日が東京医科歯科大学の校舎の茶色い壁面を照らしている。ぼくは駅の改札を出たばかりだ。右手には、川面に映る自身の半身と一体になって丸い水道管を輪切りにしたように見える聖橋、その奥に頭を覗かせるのは秋葉原電気店街のネオン広告。その方面へと流れる川面の深い緑色は堀端の木々が落としていく茶色い枯れ葉を静かに流していく。もしその枯れ葉がなければあまりに穏やかな水面は止まっているのではないかと思われるほどだ。時折、平たく広い屋根を乗せた船がやはり音もなく静かに流れていく。視線を逆流させよう。左手には医科歯科大と同じく茶色い順天堂の病棟郡がそびえる。その向こうにはノーマン・フォスターの鳥居を積み上げた「センチュリータワー」なる高層ビルが神田川の蛇行の突端に異様なヴォリュームを突き出す。西日はさらに激しい。足元ではオレンジ色の中央線とレモン色の総武線とが川の土手沿いに往復している。
 こんな景色を描き出してみたところで、この世の中の何人がぴんと来るかわからない。よしそれがJR御茶ノ水駅からのパノラマであることがわかったとしても、それ以上の感興を催すことはないだろう。別段ぼくはクイズをやっているわけではない。文学的効果をねらった風景描写の練習をしているわけでもない。だから著者は読者に、そして読者は著者に必要以上の期待をしてはならない。
 あなたはもしかしたらこう言うかもしれない。小説がこんな風に始まっては困る、と。また例の八〇年代式ですか、もううんざりです。あなたはブランド名の代わりに地名をモチーフにするわけですね、と知った顔。なるほど湯島界隈は江戸の昔から多くの文学作品や歌謡曲に取り入れられてきているけれど、もはや歌枕としてはしゃぶり尽くされた感が無きにしもあらずではないですか? と、したり顔。云々。
 しかしぼくはあえて固有名詞の揺籃にこの身をあずけたいと思っている。なぜなら、この文章は少なくとも特定の誰かに何かを伝えることを目的としたものではないし、これを書くぼく自身を一つのフィクションとしてあまねく消費されることを目的としたものでもないからだ。コノテーションは全てぼく自身に帰する。意味はぼくの姿形にぴったりと一致する。言葉たちはその輪郭に集まりうごめいている。まるで死を目前にしたカゲロウたちのように。
 駅を降りて御茶ノ水橋を渡っていると、特に夏は川面を吹き抜ける冷たい風が橋の上まで舞い上がってきて、ぼくはよくその視覚のダイナミズムと肌を通過する空気と木陰、前を行く女性たちの日傘──特にあの何年かの間は日傘というアイテムが若い人達にまでもよく流行っていたものだ──の陰の端に、五感を総動員される思いがした。その空気の静謐さはぼくの頭の中で鳴り響く独語をしばし沈めるのに役立った。今にして思えばその何年かがその後の孤独の季節を知らせる突端だった。あらゆる人間があらゆる形式をとってぼくの周りから去っていった。しかしそれは半分ウソだ。ぼくの方からも多くの人の前から去っていったのだ。だから強がらずに言うならば、日ざしの強いお茶の水橋を渡る季節がめぐってくるたびに、死んだ言葉を頭に詰め込んでぼくはぼくの過去に対して喪に服する。この国の夏が毎年戦争に彩られるように。
 言葉、について言うならば──実際の所ぼくはそれらが生きているのか、死んでいるのか、死にかけているのか、息を吹き返しているのかさえわからない。死んだ言葉たちはどこへ行ってしまったのか。ぼくの脳の中になおも響き続けているのか、それともたとえ残っていたとしても元あったうちのほんの一握りだけなのか。それでもぼくにできることははっきりしているし限られている。
「最後に御茶ノ水橋を渡ったのはいつだっただろう?」
 インターネットを通じて拾い集めた御茶ノ水界隈の写真を無造作にクリックしてはそんな自問を繰り返す。転じてこれは現在の物語である。
 外国人観光客などはしつこいほど御茶ノ水橋から見た聖橋の四季昼夜をカメラに収めている。しかしいざその「美しい」聖橋の上に立ってみると単なる石造りの歩道でしかないことに気がつくだろう。けれど彼らは飽くなきエンターテナーである。どこで覚えてきたのかさだまさしの曲を真似して半分かじった檸檬を川面へ投げようとしている者まである。キャプションによれば腕を振り上げている彼はベトナムからの留学生であるらしい。あるいは……ニコライ堂や山の上ホテルといったモニュメンタルな建築物。医科歯科大の聖人像。中央線と総武線と地下鉄丸ノ内線が立体交差するその決定的瞬間を何時間も待つ。
 一枚の写真がぼくの目をとらえる。写真家はアマチュアのようだった。名前を田中麻衣と言った。生まれた年が同じところも気に入った。繰り返されるおびただしいキッチュの中でもその一枚は、変な言い方だが心優しい異化作用をぼくにもたらしてくれる。こんな光景だ。
 「ビッグ・イシュー」を売る男の腹部が画面の左いっぱいを占める。前方にかすかに写り込んでいる交差点の信号は赤。右側をすれ違うスーツ姿の若い女性は何かの書類を片手に持ちながら携帯電話で必死に何かをしゃべっている。残る画面の真ん中に広がるのは、ただのコンクリートの地面。橋の上の舗装。けれどその灰色は明るい。陽が当たっているからだ。浅い午後の真上から照らす陽光。青空はその一画すら写ってはいないけれど、確かに雲一つ無い天空が感じられる。
 それは「視線」を映した写真だ。このアングルそのものにぼくは既視感を覚える。ロランバルトは《それは=かつて=あった》という表現を用いて写真を評したけれど、これは被写体にのみ用いられるのではなくそれを写した瞬間の撮影者自身もまた《それは=かつて=あった》のであり、いまやぼくは撮影者のアングルそのものを見ることによって過去の自分を視覚というアプローチからよみがえらせようとしている。
 そして誤解を恐れずに言えば、これこそが小説ではなかったか。撮影者はレンズの前には決して現れない。フレームこそが全てだ。しかし写真には写していることそのものが写されているのであり、だから、写されたものこそが写したものなのだ。そこには寸部の隙間もない。だからあんな風にこの小説が始まっても良いのではなかったか。ぼくは画面に映し出された色彩から言葉を掘り起こそうとする。きっと言葉たちは(たとえそれが化石となっていたとしても)そのままの姿で、スナップショットの笑顔のようにぼくを待ってくれているだろう。
 田中麻衣という写真家はその御茶ノ水橋の上の一枚以外にも様々な写真を撮っている。彼女はおおよそ一週間に二、三枚のペースで新しい写真を自身のブログへアップデートしていっている。そこにはきわめて親しい者たちのいろいろな表情が写っている。仲間の飲み会での集合写真、お盆の墓参りをしている写真、友人夫婦宅の庭先で大笑いしている写真……。けれど彼女はひと月に一枚は必ずふと魔が差したかのように「自分しか写っていない写真」を入れ込んでくる。寂しげにこちらを振り返る猫、遠くで煙草を吸いながら座っている友人の後ろ姿、朝の京王線のホーム。繰り返すようだが、撮影者は決して被写体として現れてはこない。撮影という行為そのものが写真に写し出されている。それは撮影者を写し出していることと同じだ。そしてそれらは一つ一つがいちいち同じ意味で小説なのだ。
 撮影者の目はぼくの目である。そしてこれを今読んでいるあなたの目も、この文章を書いているぼくの目であり同時に写真家である彼女の目でもあるのだ。そういう小説をこれから始めようと思っている。あなたはいま御茶ノ水橋の上にいる。この下を流れる神田川のその流れ着く先を見届けよう。きっと憑依したぼくの物語は断片としてまだその静かな流れの中に散らばっているかもしれない。もしかしたらあのベトナム人の留学生が放り投げた檸檬の欠片すら見つかるかもしれない。そしてあなたにおいてもまた、きらきらと輝いていた時間の記憶がそこにあれば、幸いだ。

二 高井戸の実家

 一年間の浪人生活を終えてやっと大学の合格が決まった春休み、私は手あかだらけの参考書の山に囲まれながらお昼までぐうぐう眠るという生活を満喫していた。
 あれほど憎んでいた朝日が、こんなに優しくカーテン越しに部屋を暖め照らしてくれることに驚いた。こんなに安らかな目覚めは子どもの頃以来だ。これから始まる今日という一日に脅えることも、脅えさせるものもなにもない。長くは続かないかもしれない、でもだからずっと続いてほしいと思うような気持ち。暖かな目覚め。
 階下に降りていくと、「いつまで寝ているの」と毎日のように言う両親はいない。見れば姉がガラス戸を開け放し縁側に腰掛けて外を眺めている。高井戸の駅近く、神田川に面したこの家の縁側からは川沿いに植えられた満開の桜並木がこの季節になると眺められる。川沿いを歩く人も多い。遠くで小さい子どもがうれしさのあまり叫んでいるのが聞こえてくる。
「あーっ、なんか気持ちいいねえ」
 ぼさぼさの頭のまま腕を天井に向かって伸ばしながら私は姉の後ろを横切って台所に入ると、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。それを持ったまま続きの和室に入って畳の上に座った。
「お母さんは?」
 エプロンをしたままの姉の後ろ姿に向かって問いかけてみる。なにかをしている最中だったのか、それともこれから台所でなにか作ろうとしていたのか、それとも水仕事を終えた後なのか。流しはきれいに掃除されている。
「お父さんと車で買い物。そろそろ帰ってくると思うけど」
 そんな答えが返ってくるが、顔はこっちを振り向かない。背中まで伸びる長い髪の毛が陽光に透けて茶色っぽく見える。ガラス戸は開け放っているけれど不思議なほど春の強い風は吹き込んでこない。でも鼻の中は早くもむずむずと細かい粒子の巻き上がるのを感じている。
 布団の無くなったコタツの上には父が読みさしていたらしい新聞が広げられている。よく見ると昨日の日付だ。所々切り抜いてあるのはスクラップの途中だったのかもしれない。商社に勤めている父は経済関係の記事とか市況品の動向なんかを小さい手帖にいつも挟んでいる。
 立ったまま私はコップに口を付ける。甘く冷たい舌触りがのどの奥に向かって流れ込んでいく。
「なんか最近仲良くない? あの二人」
「あんたが大学に入って、やっと子育てが終わった気持ちになってるんだと思うよ」
 家族にとっては次女であり末っ子である私の進路が決まって、一応のまとまりはついたのだろうか。でも女の一生はまだまだこれからだ。就職だってしないといけないし、結婚だっていつかしないといけないかもしれない。大学に入ったくらいで育児を終えた気になってもらっては困る、なんて。
「でもお姉ちゃんだってまだここにいるでしょ?」
「ふふふ」
 姉は含み笑いをしながらこちらをやっと振り返った。
「なに?」
「あんたが合格するまでは気を使って黙ってたんだけどね、私、来月家出るよ」
「なんで?」
「結婚」
「はっ?! ほんとに?」
 私はあまりにも予想外の言葉が姉の口から出てきたので思わず牛乳を吹き出してしまった。下手なお笑い番組みたいだ。
「ちょっと、そんなに漫画みたいに驚かなくてもいいでしょ。ウソだよ、ウソ。でも、出ていくのは本当だよ」
 そう言うと姉は立ち上がってしわのついた緑色のロングスカートを手でぱんぱんと叩く。それ以上その話は続けたくない様子だ。私は残っていた牛乳を全部飲んでしまうと空になったコップを新聞の横に置く。そしてこたつの前に腰を下ろすと、腕を後ろに突っ張って半ば寝ころんだような姿勢になる。手のひらの先だけ日向に入って、そこだけが暖かい。姉は私の横を通り抜けて台所に入っていく。水道の蛇口をひねる音が聞こえてくる。和室と台所との間にある梁に架けられた時計は午後一時半を少し過ぎたくらいだ。白い文字盤の上を赤い秒針が滑っていく。
「ねーえ、なんで出ていくの?」
 もったいぶっている様子を感じながらも私は聞いてみる。
「ちゃんとした話はお母さんとお父さんが帰ってきてからね。だから、今日はごちそうなんだって。あっ、もちろんあんたの合格の方がメインなんだからね。そこのところは誤解しないでよ」
 電気のついていない台所に立つ姉の下半身は、畳に反射した外からのあかりにぼんやり輝いて見える。彼女は炊飯器の中からおかまだけを取り出すとその中にお米を入れて水を張る。しゃっしゃっと規則的な音を立てて米をとぎ始める。
「なにか食べる?」
「いま?」
「うん。こんな時間まで寝てたらお腹空いてるでしょ?」
「じゃ、カップラーメン」
「ちゃんとしたもの食べなさい、作ってあげるから」
 姉は米研ぎを済ませて炊飯器にもう一度おかまを戻すと、電子音を響かせて夜には炊きあがるように設定をする。私が昼間家にいるときには必ず見る光景だ。もう家事も手慣れたものらしい。それから大きな冷蔵庫をがばっと開けて、中からなにかごそごそと野菜やら肉のパックやらを出して一つ一つ点検し始める。それを見ていたら姉が男の人と暮らし始めるという私の直感がいよいよ確信に変わるのを感じる。当たり前のように見ていた姉の振る舞いが、時間を持て余して母親の手伝いをしているのではなくちゃんと未来につながっているらしいことを感じて、私は目から鱗が落ちる思いがした。
 姉に長くつきあっている人がいることは家族のみんなが知っている。何度かこの家にも遊びに来て食事もしたことがあるので、私もよく知っている。夏休みには使い古しの受験参考書を三十冊くらい置いていった。ページを開いてみたらほとんどの行に蛍光ペンで線が引っ張ってあってびっくりした。この前もお正月の三が日が開けたくらいに一度挨拶をしに来て、郷里は仙台なのにお土産だとか言って「東京ばなな」を持ってきたことにもびっくりした。たぶん東京駅に着いてお土産を買ってきていないことに気がついたのだろう。そうでなければ新幹線の中に置き忘れたかだ。
 そういうのを見て、こう言っては語弊があるかもしれないけど頭はいいけどバカな人なんだろうな、と私は思ったりしたものだ。そしてそういうところをこの姉は愛したのだろう。
 そうか、あの彼は今年大学院を卒業するんだったっけ。
「たまには手の凝ったものが食べたいなあ」
 私はわざと声を低くして言ってみる。姉はそれを聞いてくすくすと声を殺して笑う。でもたぶんそれは私の言ったことがおかしかったから笑ったのではないのだと、思う。春の風は幸せな温度でこの家を満たす。

三 青いバナナ

「青いバナナに含まれているデンプンは消化酵素に分解されにくいので小腸では吸収されず、大腸で乳酸菌などの餌になります。したがって便秘解消や腸内環境の改善に一定の効果があります──だって。ブルーバナナとは、西ヨーロッパにおいて特に経済的、人口的に発展しているバナナ型の地帯のこと……って、これは違うか。あと、アントニオ猪木の親父って青いバナナを食べて死んだらしいよ。知ってた?」
「な・に・を・言って・い・る・の?」
 美絵は半ば怒ったような顔をして、パソコンに向かっているぼくの顔をのぞき込んでくる。ぼくたちは法学部の学生ラウンジに置いてあるパソコンの前に並んで座って、四時限目が始まるまでの中途半端に空いた時間をつぶしていた。同じ学科コースに所属しているぼくたちはほとんどの授業で顔を合わせる間柄だ。
 美絵は一ヶ月ほど前から「バナナ娘」という、フィリピン観光局が主催している(と、本人は言い張っているが)妙なプロモーションの一貫に巻き込まれていて、その三人のメンバーの一人を務めているのだ。つい先週も二泊三日でミンダナオ島に行ってきたらしい。
「フィリピンから輸出されるときのバナナはまだ青い。あとでエチレンという植物ホルモンをかけて黄色くした上で八百屋の店先に並ぶ。──なるほど。バナナ一つでもいろんなことを学べるな」
 こんな知識も、美絵がいなければわざわざこうやってインターネットで調べることもなかっただろう。
「それくらいは常識でしょ? そんなに興味があるなら今度農学部に潜り込んで授業受けてきたら? たぶん熱帯の植生とかなんとか、やってると思うよ」
「さすが、すでにリサーチ済みか」
 ミンダナオ島で撮られた販売促進用のスチール写真には、植物としてこの世に生まれ出でたことを改めて思い起こさせるような青々としたバナナを手にした美絵たち三人の女の子が笑って写っている。そのバナナも日本で見るような小振りなものではなくて、両手で持たなければならないほど大きなものだ。この写真はフィリピン観光局のウェブページを訪れればその特設ページの中で誰でも見ることが出来る。
「こんな採れたてのバナナをおいしそうな顔をして持っていたら、青いバナナも食べられるって思われるんじゃないの? 魚もそうだけど取れたての新鮮が必ずしもおいしいわけじゃないでしょ?」
「そんなことないよ、青いバナナだって食べられるよ? 私、この写真を撮った後に、まさにこの持っていたバナナを食べさせてもらったんだから」
「で、おいしかった?」
「おいしいとかそういうことじゃなくて、これはそういう食べ物なのよ」
 ふくれっ面をしていた美絵の顔は少しずつにやけてくる。
「おいしくなかったんでしょ?」
「ちょっとお腹こわすくらいだった」
「やっぱり」
 そう言ってぼくたちは笑った。笑い声は天井の高いラウンジに響き渡る。入り口近くのハイテーブルで談笑しているグループがこちらを振り返った。声が大きい、とぼくたちは手を口にあわてて当てる。
 そもそもこの「バナナ娘」の話は、美絵にとっても寝耳に水だった。彼女の友人が冗談のつもりで勝手に書類をこしらえて応募したところ本当に選ばれてしまったという経緯らしい。もっとも「友人が勝手に」という形式の話はたいていが本人が恥ずかしさを隠すために用いる常套句なので、眉唾だとは思っているけれど。ただ、いざ褐色の大使に満面の笑顔で「おめでとうございます」と流ちょうな日本語で言われた時には「半端な気持ちではできない」と思ったという。それは本当だろうと思う。
 美絵が選ばれたことは大学新聞にも大々的に取り上げられた。おまけに生協の売店でも最近やたらよくバナナを売っている。キャンパスを歩いていると頭ぼさぼさで小さい丸メガネをかけたいかにも理学部風情の男たちが缶ビールを片手にバナナをもぐもぐ食べている光景に出くわす。考えると、バナナを日常的に食べていたのなんて子どもの頃くらいだ。
「大人になってからもバナナを食べるって、なんだか一つの態度表明みたいでいいね」
 子どもの頃の食卓を思い出しながらぼくはそんなことを言う。皮をむいてそのまま食べたり、夏は冷凍して食べたり、朝はヨーグルトとハチミツをかけて食べたり。
「あえて、食べてますって感じね。おじいちゃんとかおばあちゃんがバナナを食べてる所って見たことなくない? 日本人っていつからバナナを食べるようになったんだろう? 夏目漱石の小説とかに出てこなかったりしない?」
「どうだろう? 舶来ものだから明治以降であることは確かだろうけど」
「今まで気にもしなかったものも、いざきちんと向き合ってみるといろいろと気になるところが出てくるのよね」
「その素晴らしい心意気をぜひぼくにも向けてほしいもんだ!」
 しかし彼女の顔はぽかんとしていて、いまにものどもとからあらゆる罵詈雑言が飛び出してきそうな嵐の前の静けさを醸し出している。冗談を言うタイミングを外したぼくはすぐにも四時限目に向かうべく足下に置いていたバッグのひもを握りしめるのだった。

四 夢のカップラーメン

 妹の芽依がボーイフレンドを連れてきた。確かにその日は両親が共通の友人の結婚式だとかで朝からいなかったのだけれど、なんの事前通告も無しにやってきたものだからびっくりした。そもそも妹にそういう人がいること自体知らなかった。
 今は一人暮らしをしている私は久しぶりに実家でのんびりしようと思って戻っていたところだった。夜は久しぶりに家族で過ごそうと思っていた。そこへ、突然の闖入者。
「どちらさまでしょう……か?」
 玄関のドアを開けると私の前に現れたのは顔のわりに大きな黒縁メガネをかけた背の高い男だった。そしてその後ろからにやにやしながら芽依が姿を現す。
「いいお家ですね。駅も近いし、川も近いし。川が近いって運気が上がるんですよね、確か」
 長い髪の毛はちょんまげのように頭頂部でまとめ上げられている。よく見れば口ひげもうっすらと伸ばしている。芽依にしては今までにない野性味あふれるタイプだなと、私は感じた。
「どうぞどうぞ、なんにもないですけど」
 私が言うべきせりふを(言うべきでもないかもしれないけど)妹は言ってさっさと男の背中を押して家の中へ導く。玄関の扉が閉まると当然のことながら私は芽依を台所に引っ張っていく。
「ちょっと、来るのはかまわないけど来るなら来るで電話くらいしてよ。どうせあんたのことだからまた思いつきで誘ったんだろうけど」
 私は大きな小声で妹を難じる。
「それよりお姉ちゃん、カップラーメン食べてたでしょ? 玄関までお醤油の匂いがただよってたよ。今更とりつくろうったってムダムダ!」
 芽依はけろりとそう言いのけると私の背中をばしばしと叩いてくる。玄関を上がったところで待たせている彼が様子をうかがってこちらをちらちらと見ている。仕方がない、客人は客人であることに変わりはない。私は自らの立ち位置の変更を迫られる。いつから妹は私を黙らせることにこんなにも長けてしまったのか。
「矢野君もこっち来て一緒にラーメン食べようよ」
「いや、それはさすがに……」
 私が制する間もなく芽依は彼の腕を引っ張って台所まで連れてくる。私は最後の悪あがきのつもりで庭に続くガラス戸を開けると外の空気を招き入れる。小春日和の今日は十一月でもさほど寒くはない。午後の気持ちのいい大気が庭先を満たしている。
「今日は私の部屋に入れない約束なの。お姉ちゃんもいるし、油断できないよ」
「でもあんたから誘ったんでしょ?」
「いやいや、ぼくが無理言ったんです」
「私、この人の姉を二十年以上やっているんです」
 矢野、というのが彼の名前だった。いつにも増していちいちが大げさな妹の一挙手一投足。それを微笑みながら眺めている彼はまるで落ち着いていて、むしろ妹の方が舞い上がっている。たぶん普通の男の子なら好きな女の子の家に遊びに来たら(しかもここは実家なのだ!)どぎまぎして過剰に恐縮するか過剰に音頭を取りたがるかのどっちかになりがちなのだけれど、そういうそぶりがまったくない。変な感じだ。私は自分の違和感に対しては割と信頼を置いているのでそのことを率直に聞いてみる。
「なんだか自分の実家に帰ってきたみたいです──といっても、ぼくも実家暮らしなんですけど。うちも姉と妹がいるんで、そのせいかもしれない」
 リビングダイニングのソファーに座って彼はそんなことを言いながら私の開けたガラス戸の向こう側を目を細めて嬉しそうに眺めている。外の光が横顔を明るく照らしている。
「カメラ持ってくれば良かった。春は桜がきれいでしょうね」
「写真やってるんですか?」
「ええ。実家も写真屋なんです」
「じゃあさすがだね。そのソファーからが我が家で一番いい眺めだよ。川の音と時々遠くを走る電車の音と、春は桜に梅雨時はあじさい。私はそれが当たり前で育ってきたから変わらないことがとても素敵なことだと思う」
 少し饒舌になった私の言葉を聞きながら彼は無言で何度か頷いた。悪い人間ではなさそうだ。
 背後でお湯の沸く音がする。芽依はガスを止めるとやかんからそれぞれのカップラーメンにお湯を注いでいく。矢野君は窓際のソファーからキッチンテーブルに戻ってくる。もう食べ終わっている私はかわりにインスタントコーヒーに残りのお湯を入れてもらい、彼がさっきまで座っていた場所に腰を下ろして砂糖のたっぷり入ったそれを味わう。この場所からなら二人の様子を観察することができる。
 二人はその短い三分の間にも話さなければならないことがたくさんある。そう、私にもこんな初々しい時期があった。来月に結納を迎えた恋人のことを私は考える。目の前の二人の様子を通して彼と出会ったころの感情を呼び覚まされる。昔の写真を引っ張り出してきて急に優しい気持ちになるみたいで、なんだか人間って勝手だなあと思う。
 やがて二人は「せえの」でカップのふたをべりべりと音を立ててはがす。おいしそうな湯気が立ち上がる。芽依は椅子の上でいつものようにあぐらをかいてずるずると麺をすすり始めた。矢野君の方はあとから入れるスープやらなにやらを箸を使って器用に絞り出すと芽依に続いて音を立て始める。しばらくは二人とも食べることに集中して、会話は止まった。
「あ」
 と、ふと顔を上げた矢野君が芽依の座っている後ろの本棚を見て声を上げる。そこは料理のレシピ本や、たまに一人で食事をしないといけないときに広げる旅行ガイドブック(だいぶ年代物だけれど)などが文字通りつめこまれている一画だ。我が家ではテレビを見ながら食事をする習慣がない代わりに本や雑誌を広げながらものを食べることは特にとがめられない。ただ食卓にどんな書物がふさわしいのかはいまだに謎だ。
「なにか読みたいのある?」
 芽依は後ろを振り返って腕を伸ばす。かんたんイタリアン、日本の秘湯百選、志賀高原ドライブマップ……しかもどれも背表紙は色あせ、ひどいものは油や食べかすにまみれているかもしれない。
「じゃあ、そのディズニーランドのガイドブックを」
 芽依はポケット版のその小さな本を人差し指で抜き取ると彼に差し出す。それは去年の夏に妹と二人で行ったときに買った当時で最新版のガイドブックで、たぶん今は改訂されているに違いない。
「矢野君ってディズニーとか好きだったっけ?」
 芽依が聞く。その懐疑的なトーンを聞くにどうやら二人で思い出話に花を咲かせるパターンではなさそうだ。
「ガイドブック読むのが好きなんだよ。なんかそこに行かなくても楽しい気分になるじでしょ?」
「そこで満足するの? そういうの見ると行きたくなるじゃん。行こうよ、今度行こうよ」
「そうだなあ」
 曖昧な返事をしながら、もうカップラーメンを食べ終わったらしい矢野君は本をいよいよ両手でもって広げると芽依と同じように椅子の上であぐらをかき始める。
「安上がりな彼じゃん」
 私はにっと歯を出して芽依に向かって笑ってみせる。妹はふくれっ面をして応戦してくる。
「最近、レトロだとか昭和っぽいのを売りにしているテーマパークとかあるでしょ? 矢野君はああいうのどう思う? あえて聞くけど」
 私は妹への意地悪ついでにもう一つ口を挟んでみる。
「東京でアレをやる必要はないんじゃないですか? 谷根千とかカメラ片手にぶらぶら散歩した方が面白いと、ぼくは思いますけど」
 私は期待通りの答えを用意してくれる彼に感心しながら、一方であいかわらずのろのろと箸を動かしている妹を眺める。もうお腹いっぱいなのかもしれない。私はコーヒーをちびちびと飲みながらこの二人はうまくやっていけそうかしらと考える。そしてやっぱりフィアンセとのことを考える。私たちもひとつひとつルールを決めてここまでやってきた。一緒に見る映画とか食事とか、そんなもの全て合うわけがない。妹よ、手に入れた恋愛をはぐくむのはこれからのあなたのがんばり次第だぞ、大志を抱くんだ、と私は心の中でそっとつぶやく。
「これ面白そうだなあ」
「どれどれ?」
 ついに芽依はラーメンを食べきることをあきらめて彼の隣に席を移す。
「ほらこれ。夏は水しぶきが気持ちいいだろうなあ」
「うーん、もう秋だよ。これから寒い季節は──」
 これからも二人は「これは?」「そうだなあ」というやりとりを百回以上繰り返すのだろう。私は食べ終わった二人のカップラーメンを流しに片付けると、携帯電話を持って二階の自分の部屋に上がっていく。そろそろ彼から電話がかかってくる時間だ。私たちにも決めなければならないことがたくさんある、おそらくはこの先もずっと。

五 池袋の理由

 最初レストランに入ったときには気づいていたのだけれど、今日の範子はだいぶ不機嫌そうだった。ここに来る途中で美絵に会ってしまったのが良くなかった。あの人は気を使ってなのかわざとなのか知らないけれど、いきなり交差点の向こう側に現れるとこっちに気づいて手を振って来るのだ。それも十年ぶりに合う友達に対するみたいに腕のつけ根から両手を空に向けて。わかっている。彼女の感情表現が普通の人間よりも三倍くらい大げさなのはわかっている。それにしても、タイミングが悪すぎた。だって今日は範子と仲直りをするために誘ったのだし、美絵とはもう二年も前に別れているのだ。はっきり言って写真部で毎日のように会っている美絵と、他学部聴講で週に一度の「メディアリテラシー」でしか会えない範子とでは今のぼくにとっては重みがぜんぜん違う。そして悲しいことに範子はそれと全く同じことの反対をきっとぼくに当てはめたりしているのだ、今はまだ、きっと。
「写真ってそんなに面白いの?」
 いや、まず注文だけ先にしない? と、上着を脱ぎながらぼくは思う。さすがに今日は首から一眼レフは提げていない。鞄の中に安いデジタルカメラだけが入っているだけだ。
「写真の話は今日はいいじゃない。ぼくがしゃべると長いし」
 そう言いながらぼくはテーブルの下からメニューの大きな冊子を取り出す。そして少し考えてから向きをひっくり返すと、範子の前に広げる。
「なに食べる?」
「ピザ」
 最初から決まっていたかのように彼女は言う。ぼくは店員を呼んでピザを二枚とコーヒーを二つ頼んだ。飲み物はドリンクバー形式だったが、無理を言って持ってこさせた。ぼくは別にコーヒーもコーラもサイダーも飲みたいわけではない。ただ、コーヒーを一杯飲みたいだけなのだ。そして、今の範子は絶対に飲み物を取りに行くためだけに席を立ち上がるとは思えないのだ。
 そうして、ぼくたちはやっとお互いがお互いのことを考える準備につくのだ。池袋駅の宝くじ売り場前で待ち合わせてから三十分は経過している。
「今日はどうする?」
「どうするって? なにか話があったんじゃなかったの?」
 確かにぼくたちは一昨日の夜、電話越しに喧嘩をした。どうして喧嘩をしたのか一晩寝てしまったら忘れてしまうくらい些細なことだった。けれどなんとなくどちらからも次の電話をかけられず、そして結局喧嘩をする前に会う約束していた今日になってしまったのだ。
「うん。おとといのこと、もう少し言葉を尽くそうと思ったんだけど。でも、範子の顔を見たらどうでもよくなったんだ。だから君の話を聞こうかなと、思うんだけど」
「私は最初から話なんて無い」
 彼女の爪には珍しくマニキュアが塗られていた。それも、本当にただ赤いだけのマニキュアだ。ぼくは彼女の指先を見つめながら、今日のこれからのことを考える。
「じゃあ、今日はどうする?」
「話がなければ用事は終わったようなものじゃなくて?」
「まだ、ピザを食べていない。それに、ピザを食べるためだけなら池袋まで来る必要はない」
 範子は相変わらず背もたれに自分の背中をぴったりをつけたままでぼくとの距離を最大限に引き延ばそうとしている。けれど帰る気まではなさそうだ。そもそもぼくは彼女とはもう会えないだろうという最悪の想定までしていた。
「じゃあ、そろそろ夏だし水族館は?」
 夏は、まだ始まる気配を見せていなかった。レストランの外は六月の雨が音もなく霧のように舞っている。「水族館」は貧弱な連想によるものだった。そこは美絵と初めて二人で出かけたときに訪れた場所であり、その日も確かこんな天気だった。一年も持たない恋愛ばかりしているぼくにとっては、春に出会い夏に燃え上がり秋に別れるというパターンを繰り返すだけで、そのおかげで季節毎の気分というのが明確に備わっていた。梅雨空を見上げているときはいつでも心の中に共有されざる真っ赤な感情が、生まれたばかりの横溢する力で支配しようとしていた。それはとても孤独な季節だ。
 ぼくの提案は彼女の無言のうなずきによって許諾される。
 けんかをする前のことではあるけれど、そもそも池袋を待ち合わせ場所に指定してきたのは彼女の方だった。どこか行きたいところがあったのだろうか? もしかしたら彼女はマンボウなんて見たくないのかもしれない。スクロヴァチェフスキの振るうブラームスを芸劇で堪能したかったのかもしれない。キンカ堂で正規のスワロフスキービーズを買い求めたかったのかもしれない。あるいは──彼女が初めてつきあった男と初めて出かけたのがこの街なのかもしれない、などとぼくは我ながら自虐的なことまで考えてしまうのだった。

六 中庭の光

 民法の授業が終わるとちょうど三時で、四時限目の憲法は休講の掲示が出ていたからもう帰ってもよかったのだけれど、今日は六時から写真部の飲み会がある。梅雨の谷間の蒸し暑い一日で、夕日のオレンジが十一号館と十二号館の間にある中庭の芝生を染め始めている。ペイブメントからそれを見ていたら急にむらむらとビールが飲みたくなってきて、私は大学の生協まで戻って買ってくることにした。
 中庭にはよく山登りの休憩場所にあるようなウッドテーブルと椅子があって、学生たちはよくそこで天気の良い日はひなたぼっこをしたりお昼休みにはお弁当を広げたりしている。このあたりに住んでいるおじいさんやおばあさんが犬の散歩をしにやってきて、ちょっと腰掛けている光景もよく目にする。いま、きんきんに冷えたアルミ缶の冷たさとその重量を指先に感じながらもどってくると、どれくらいの確率かわからないけれど中庭には誰もいなかった。さっき芝生に寝ころんでいた男の子たちも四時限目の授業に向かったのかもしれない。ああ、私だけの夕日。私だけの中庭。私だけの冷たいビール!
 遠慮無く椅子に腰掛けると肩からかけていた教科書のつまった重い鞄をテーブルの上に投げ出す。プルタブを引き上げて一気にそのはじける苦みを喉に流し込む。
「なにやってんだこんなところで」
 と、一番良いときに後ろから耳慣れない声がする。振り返れば最近写真部に顔を出さなくなった矢野君があきれた顔で立っている。
「あっ、や……なんとなく気持ちよくって」
「天下の法学部がこんな自堕落じゃ日本の未来が泣くぞ」
「矢野君こそ珍しいじゃん、こんなとこ通るなんて」
 彼は理学部に在籍していて、中庭周辺の校舎では法学系の科目しか行われないから同じ大学に通っていても構内で顔を合わせることはまず無いのだ。
「いやちょっと教職で、憲法取らないといけなくてさ」
「あら、おんなじ授業取ってたんだ。でもねえ、芦屋先生の授業は梅雨が明けないと本格化しないというのは定説だし、そもそも今日休講だよ?」
 という私の言葉を聞くと、矢野君はえっという顔をして「ちょっとそこで待ってろ!」と言い残すやいなやどこかへ走って行ってしまった。しばらくすると缶ビールを片手にニヤニヤしながら戻ってくる。しかも反対側の手にはバナナが一房。
「一足早く飲み会始めちゃおうぜ」
「あのさあ、いい加減みんな私にバナナを買い与えれば喜ぶっていう単純な発想から抜け出してよ。あれは私の学生生活における唯一の汚点よ」
「そんなことないよ、おかげでビールにはバナナが合うってこともわかったし」
 矢野は私の隣に座るとプルタブを開け、私の手のひらの中にある缶に軽くぶつけて乾杯の真似をしてから口をつける。
「どうでもいいけど飲み会あることは知ってるんだ」
「だって俺まだメーリングリストに入りっぱなしなんだもん」
「その言い方は、もう写真部には来ないって感じね」
「うん。まあ、あんまりみんなでつるんでやるものでもないでしょ?」
「いや……矢野君はけっこう技術的なところ詳しいから、みんな頼りにしていたんだよ」
 最初の学園祭ではダゲレオタイプという世界で最初の写真を再現するという企画を一人でやってのけ、その年の展示型文化系サークルの出展の中でもかなりの好評を得ていた。
「だけどそれで実家は食ってきたんだもん。知ってて当たり前だよ。それより一年がなんでも知ってると上手くまわらないでしょ、人間関係とか。そういうのがいやになったの」
 一人で写真部の評判をかっさらった彼はそれから間もなくしてぱったりサークルに顔を出さなくなった。写真部では唯一の理系男子だったから、特にそれ以降消息を知ることもなくたまに図書館や駅で見かけるくらいで(そういえば彼女らしきかわいい女の子をよく連れていたな)今日までの三年間を過ごしてしまった。
「写真はもうやめちゃうの?」
「まさか。サークルやめただけで、写真はライフワークだから」
 と、言いながら矢野君は鞄の中から論文の分厚いコピーを取り出す。たくさんの書き込みが細いペンでされている。もちろん英文だ。
「フォト……なにこれ?」
「光触媒。いま工学系の人と太陽電池の共同研究やってるんだけど、そこに参加させてもらってる」
「ああ。そっか、ちゃんと自分の中ではつながってるんだ」
 私は、彼の学生生活の中で写真部の占める割合がもう既に無くなってしまっていることに少なからぬショックを受けたのだけれど、彼が勉強したいと思っていることがちゃんと地続きになっているというか、むしろ写真そのものがワンオブゼムで、みんなで集まって芸術性がどうのとかくだらない議論をしている間に彼はどんどん「光」を追いかけていったんだ、自分のやり方で。そう思うと、私はすごく安心した。そして同時にバナナの観光大使と、法律の勉強と、写真をやっていることと、なにもかも中途半端でしかもその場の思いつきで行動してきた自分の三年半が、今さら別に否定するつもりもないけれどなんだか頼りなくつかみ所のないように思う。こういうのを散文的とかいうのかな。
 オレンジ色の光はあっという間に青みがかった薄紫に変わっていく。太陽の最後の頭が遠く工学部の重厚な建物の屋上に沈んでいく。私は矢野君の目にはどんな風にこの光が見えているのかその横顔を見ながらぼんやりと考える。私にとってはビールを飲みたくなるような景色を、彼の目はどんな風にとらえているのだろう。涼しい風が出てきて、中庭の周りをめぐるようにして植えられている木立が音も無くざわめく。アルミ缶の表面に浮き出てきた水滴が私たちの指の間からこぼれて木のテーブルの上に丸く濡れた跡を写していく。
 ふと私は、この瞬間が一生で一回しか訪れないのではないかと思った。それはもちろんどんな瞬間だってそうだ。でもこうしていい気分で気持ちのいい風に当たっていられるのは私の一生で最後なのではないかと思った。なんの根拠もないけれど、なんの根拠もないからこそ強く思った。
「矢野君、私の写真撮ってみて」
 私は鞄の中からいつも持ち歩いているデジタルカメラを取り出すと、彼に差し出す。矢野君は黙って受け取ると、マニュアルで露出の調整をしてからレンズを私に向ける。こういうとき彼は余計な詮索をしないスマートさを持ち合わせているから一見こっぱずかしいことでも頼める。取って付けたような「ピピッ」という音がしてシャッターが押される。それから彼は腕を下ろすと画面をしばらく眺めてから私にカメラを戻す。
「帰ってから見て」
 見れば、電源は切られている。
「なんか中学生のラブレターみたい」
「中学生だったらその場で読んでほしいよ。せめて背伸びしたい盛りの高校一年生だな」
 私たちは笑い合って、それからまたいろいろな話をした。日が落ちても空は藍色をなかなか手放さなず、四時限目が終わった学生たちが校舎から一気に吐き出されてくるまで私たちは中庭のテーブルで向かい合った。
 そろそろ行かなくちゃと立ち上がって私たちはそばにあった缶専用のゴミ箱に空き缶を放り込む。からからと乾いた音がする。
「それじゃあまた」
 挨拶を交わして私は池袋での飲み会に行くために駅の近い北門へ、彼は調べ物をすると言って図書館へと別れていく。白い街灯がその後ろ姿を照らし、短い影を彼の足元に落とす。あらかたの授業を終えたキャンパスの動線は敷地の外へと続く。夏の夕方。少しだけ浮き足立つ、授業は終わっても一日はまだ終わっていない。けれど新しくなにかを始めるには遅すぎる時間。大学の四年間を一日の長さにたとえるならば、私はたぶんそういう時期にいる。そして、図書館へ向かう彼は、次の一日の存在を強く思っているのかもしれない。
 門を出て地下鉄の駅に向かって歩きながらこっそりとさっきのデジタルカメラを覗いてみると、びっくりするくらい暗い表情の自画像が収められていた。

七 鳥かごの中のペンギン

「デートじゃないから割り勘ね」
 と言いながら範子はさっさと入り口の自動券売機に並ぶ。
「デートであっても割り勘だ」
 ぼくは悔し紛れにそんなことを聞こえるか聞こえないかの声で言いながら彼女の後ろに並ぶ。目の前の茶色く染めた長い髪の毛は、ここまで歩いてくるさに霧雨で濡れていつものボリュームを失っている。細かい水滴がついていて、それが揮発するたびに彼女の整髪料の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
 ぼくたちの並んでいるすぐ横にはこれから目にするであろう様々な海の生き物たちの写真をプラスチックのパネルにしたものが並んでいる。クマノミ、オニオコゼ、ハリセンボン、イルカ……それぞれの写真が放つ色は(なにしろそれらは後ろから蛍光灯で照らし出されているのだ)原色に近い。ぼくはこのパネルの前に灰色のコットンワンピースを着ている範子を立たせたら面白いコントラストになるだろうな、そもそも範子ってけっこう魚顔だよな、などとなんの脈絡もない独り言のような空想を膨らませ──ていたら、範子はチケットを一枚ぼくの胸に向かって突き出してくる。
「二枚一緒に買った方が早いでしょ。お金はあとでいいから」
 彼女の手からそれを受け取ると口からこぼれ出た「ありがとう」という言葉をあわてて差し出す。
 水族館なんて子どもの時以来だった。ここも昔、母親に連れてきてもらった覚えがある。サンシャイン60というビルは東京都庁もまだ建造中だったぼくが子どものころは東京タワーと並んで「高層」であることを売りに出来る数少ない名所の一つだった。夏休みで、確か恐竜の催し物を見たいと言って連れてきてもらったついでに水族館にも寄ったようなおぼえがある。強い日ざしが照りつける屋上を端から端まで走り抜けた、その光をぼんやりとぼくは思いだしている。
「なにか見たいものでもあるの?」
「クラゲ」
 範子の問いにぼくは答える。この水族館にはずいぶんとクラゲに熱を入れた展示コーナーがあって、小さなものから大きなものまで世界中の珍しいクラゲが薄暗い部屋の壁一面に設置された小さな水槽の中に泳いでいた。中でも元気のいいクラゲは小さな水槽の中を上から下へまるで回る洗濯機のように動いている。それが何十匹も一つ所に押し込められているので大変な大騒ぎだ。
「かわいそうね」
「こういうところ来てそういうこと言うのは反則だよ」
「わかってるよ」
 ぼくたちは屋内の展示を一通り見終わると、外の展示スペースへと足を運ぶ。照明を抑えていた屋内から外への扉をくぐると曇り空でもそれなりにまぶしかった。
 ショーの行われていない閑散としたアシカのステージを横切ってテントのような囲いの中に入るとあれだけの人気者だったマンボウが揚々と巨体を泳がせている。なぜわざわざ屋外に水槽をこしらえて人目のつかない場所──テント自体は目立つのだがその中にマンボウがいるとは思えないのだ──に置くのか、予想外に大きな姿を目の前にしてぼくたちはなんと感想を漏らして良いものか途方に暮れる。
「とっくに終わってしまったサーカスの出番を待っているみたい」
 屋上のペンギンは水族館の出口の手前に鉄柵で囲われたプールを泳いでいた。柵に寄りかかって下を見下ろせば彼らは青いペンキに底を塗られたプールを気持ちよさそうに泳いでいる。端まで泳ぎ切ればくるりと向きを変えまた反対側の端までものすごい速さで戻っていく。
 中央の岩場の上には三羽がそれぞれ別の方向を向いて立っている。その頭上にはさらに堅牢な鉄製の網が天井のように覆っている。その金網の向こうには池袋の巨大ビル群の壁面がなおもそびえ立つ。そして我々をその周りから囲っているのは一面雲に覆われた今日の空だった。
「ペンギンなんて飛ばないんだから、こんなに柵でおおわなくてもいいのにね」
 ふとぼくがペンギンよりもその不釣り合いな「鳥かご」に目を奪われていると、同じようなことを考えていたのだろう範子も金網を見上げながらそんなことを言いかける。
「中から逃げるのを防ぐんじゃなくて、上からものが落ちてきても大丈夫なように保護してあるんじゃないかな」
「まあでも、ペンギンからしたら同じことよね」
 範子は不機嫌な殻の内側に再び戻っていってしまう。マンボウといい、ペンギンといい、水族館に来たこと自体間違いだったのだろうか。
「誰かが誰かを守ろうとしていても、結局それは自由を奪っているに過ぎないとか、そういうことが言いたいわけ?」
 ぼくもまた自分がいらいらし始めているのを感じる。さっきまで二人でいることに胸を高鳴らせていた自分が急に遠くの方へ行ってしまうような感覚だ。彼女がなにを言いたいのかわからなかった。レトリックだけが先行して行き場を失っていた。もちろんその比喩をぼくと範子に当てはめるほどぼくもうぬぼれているわけではない。
「そうじゃないけど……」
 霧のような雨が再び舞い始めている。傘も持っていないぼくたちはペンギンの前で肩を濡らしていくしか能がなかった。雨は金網を通り抜けてペンギンの頭の上にも届いている。彼らが雨をどう思うかは知らないが、少なくともぼくにとってすれば金網じゃなくもう少しちゃんとした屋根の下に戻って温かいコーヒーでも飲み干したい気持ちだった。

八 最後の夏休みの最後

 夏が終わりそうだった。私立大学の夏休みは国立大学よりも早い。他のみんながまだ田舎でのんびりしているのに、私はもう大荷物を抱えて福岡空港に向かわなければならなかった。
 朝の空港は時間に追われているサラリーマンばかりだ。私にみたいにどの飛行機に乗っていつ東京に着いてもかまわないなんて人はいない。
 待合室からは滑走路を見下ろせる。朝の光が大きなガラス窓の真横から差し込んできて、まぶしい。設置してある大きなテレビは今日の天気予報を幾度となく繰り返しているけれど、それに目を上げている人はいない。逆光で見えないというのもあるのだけれど、天気予報になんて興味もないのだろう。お日様が照っても雨が降ろうと槍が降ろうとお仕事お仕事。
 ──今日、東京に戻るから在京者で遊びに行こうよ。
 そういう私は携帯電話の画面を見ていた。柿崎君にメールを送った。彼は都内の自宅から大学に通っていて、しかも後期は十月一日から始まるのだった。
 写真部にしては珍しいその大学のインカレに私は所属している。私たちの中で「遊びに行く」というのは「写真を撮りにどこかへ行く」という意味なのだけど、学年が上がる毎に「写真を撮る」ことよりも「どこかへ行く」ことの比重の方がどんどん増してくる。私たち四年生もご多分に漏れずそんな学年になり果てていた。
 別に恋人という間柄でもなかったし、そういう風になりたいとも思わなかったけれど、柿崎君は長い休みの間でも就職活動のこととか卒業論文の進捗具合とかいろいろとメールを送り合っていた。はっきり言って、私たちは大学生活を終わらせることの準備とそのあとの生活を始めることの準備の方に忙しかった。だからもう今から人間関係をごちゃごちゃのかき回すのはすごくエネルギーのいることだった。あとあと大人になったときに「あの頃よく遊んでいたね」と笑顔で言い合えるようにしておきたかった。みんなそのことを口に出さなかったけれど、四年生はわかっていたと思う。だから、最後の夏休みは院試の準備に忙しくても、長引く就職活動にらちが明かなくても、一日くらいみんなで遊びに行きたいと私は思っていた。
 飛行機が羽田についたお昼前に柿崎君からはメールの返信が届いた。今起きた、という断りに続いて彼は続ける。
 ──ぼくにとっては夏ってけっこう別れの季節なんだ。みんな実家に帰っちゃうでしょ? 中学も高校も私立だったから地元の友達っていうのがいなくてさ。大体毎年バイトやってお金貯めて、でも使い道が無くて困る、っていうのがぼくの夏休み。みんなで海に行くのはいい企画だね。声をかけてみるよ。
 そしてそれから三日後には三浦半島まで行くことが決まってしまった。意外にも男四人女三人も集まった。品川駅に集合の旨、メールが参加者に配信された。その時私はようやくエアコンが効き始めた午後の部屋で、卒業論文の資料をノートパソコンでまとめている最中だった。「楽しみにしてるよ!」と短い返信をした。このスピードがなによりも頼もしかった。
 法学部で卒業論文のない美絵と哲也君がビーチボールやパラソルを買い出しに行ってきてくれたおかげで、京浜急行の切符売り場の前に集合したときには日帰りであるにもかかわらずものすごい大荷物だった。
「そんなに気合い入れて遊びに行くの? ちゃんとカメラ持ってきた?」
 私は大笑いしながら床に下ろした彼らのバックパックをのぞきこむ。荷物からはみ出している浮き輪の新しいビニールの匂いが、この季節にしか出会えないものだと今さらのように気がつく。
「カメラはさすがに持ってきたよ! 夏を撮ることができる最後のチャンスだしね──それにしても幹事が全然姿を現さないな」
 美絵は腕組みをしながら山手線が発着するたびに階段を上ってくる人の群れに目をやる。言い出しっぺは私だけれど今日の幹事は柿崎君ということに自然となっていた。そして集合時刻を三十分過ぎたころになってブルーのサングラスをかけた彼がニヤニヤしながら美絵の向いていたのとは逆側の階段を上ってやってきた。
「内回り、止まってたの知らない?」
「柿崎君はご実家東京なのに中央線っていう路線はご存じ?」
 こういうとき、彼は絶対に悪びれたりしない。大まじめに、内回りが止まっているなら外回りに乗ればいいと考えて相当な遠回りをしてやってきた、と言ってのける。そのすがすがしいまでの開き直りにみんな怒る気を無くしてしまう。それに怒ったってしょうがない。なにも言わなくても、みんな同じ気持ちでいることが伝わってくる。変な言い方だけど、彼を待っている時間が永遠に続いて、海なんて行けなくても全然構わないような気がした──柿崎君だからどうこうということではなくて。海なんてただのオプションにすぎなくて、みんなと一緒にいられればそれでいいのだ。
「切符、買っておいたよ」
 私の手のひらの中にあった切符は汗でぐっしょりと形を変えてしまっていた。まるまった紙片を受け取って、それを見ると柿崎君は「ごめん」と小さな声で言った。それから「よし、みんな行こうか。荷物は男ども、持てよー!」といつもの調子に戻ると「柿崎、おまえ遅刻したからその一番重いやつな」と哲也君も歩調を合わせる。
「なんか前もこういうのあったよね」
「なにかの打ち上げの時だっけ? あの頃はみんな抜け駆けしたがりの全体主義者だったからな」
 美絵の言い方は面白い。
「あの時は哲也君がすごい怒ってたんだっけ」
「まあ、私たちも少しは進歩してるって思う?」
「私は思いたい!」
 今が最後の夏休みの最後にいるなんて考えられない。そして考えられないことは考えないでおこうと私は思った。荷物の分担が落ち着いて、私たちは改札をくぐる。屋根のあった待ち合わせ場所からホームに出ると外の強烈な光が気配を表す。線路の表面が白く光っている。
「卒論進んだ?」
 声を聞くのはすごく久しぶりだった。
「書けば書くほど調べないといけないことが出てくるよね」
 確かに、と言って柿崎君は笑う。ホームの一カ所にまた荷物を固めて置くと、他のみんなは売店に走っていってサイダーを買っている。柿崎君は自分のバックパックから小さなペットボトルを取り出して口をつける。
「天気よくて良かったなあ」
 彼は目を細めながらホームのはるか先、電車の進行方向を眺めやる。その横顔は私が知っている一ヶ月前の彼よりも少しだけ大人びているのかもしれない。瞬間は過ぎ去っていく。見た者を全て記憶できたらいいのにと、私は自分のカメラを手のひらの中で握りしめながら思う。
 アナウンスは赤い電車が三分後に到着すると告げた。

九 喫煙所での提案

 教育学部のラウンジが禁煙になったおかげで私は図書館を挟んだ反対側にある文学部の喫煙場所、通称「非常階段」まで歩いていかなければならなかった。どうやら今度新しく変わった学部長が自ら「将来教職者たるべき学生をあずかる身として学部内に喫煙所が存在することはとうてい認められるものではない」と息巻いて一夜にして撤去してしまったらしい。反発はむしろ所属の教授連から出ているらしいけれど(彼らの二言目には「ファシズム反対」を唱えるのもどうかと思うれど)、まあ同じ学内とはいえあまり見知った顔のいない場所を憩いの場所にするのはあまり気の進む話でないことは確かだ。
 「非常階段」は三階と四階の間の踊り場に小さな灰皿が設置されただけの場所、屋外の吹きさらしなので雨の日は使えない。よく授業の終わったあとの教官と学生たちが談笑している姿が見られて、古き良き文学部のの伝統が息づいている一画なのだろう。政治の季節にはさぞここで激論が交わされたに違いない──踊り場を囲う鉄製の柵には今から見れば大時代なスローガンの書かれていたペンキのあとが錆びに紛れて黒ずんで残っている。
 その喫煙場所に向かうべく螺旋階段の突端、一番下までやって来ると上から「明子!」と私の名前を呼ぶ声がする。見上げると石田が煙草をくゆらせながら柵から身を乗り出して見下ろしている顔が見えた。
「こんなところまでわざわざ吸いに来るの?」
「君たちと違って肩身が狭いのよ」
 上から覗く姿がビートルズの有名なアルバムのジャケット写真みたいだ。日ざしが強い。私は階段にヒールを響かせながら上っていく。気温を吸い込んだ鉄板の熱が足元から伝わってくる。日傘を持ってくれば良かった。
「海、行かなかったの?」
「柿崎君の言っていたやつ? 石田こそ元部長なのにそういうイベントには参加しないんだ?」
「俺はたまたま本屋のバイトと重なっちゃってて」
 石田は得意の(これは本人談だが)ドイツ語を生かして大学近くの輸入書籍を扱う書肆で夏の間だけアルバイトをしている。キャンパスにいるのはお昼休み中かなにかなのだろう。
「明子こそ、遊びに行くより図書館通いの方が重要そうだな」
「私は──まあ、優等生君たちの青春ごっこにはつきあいきれないのよ」
「あいかわらずだねえ」
 そう言って石田はくっくっとかみ殺すような笑い声を上げる。私は別に冗談を言っているつもりはないのだけれど。
「そうは言っても、俺たちも会うの久しぶりだよな。ずっと卒論やってたの?」
「そんなわけないじゃない。たまには遊びに行ったりしているよ。この前、そうそう、学部の友達で回転寿司を食べたことがないっていう子がいて、どんだけお嬢様なんだ! と思って連れて行ったのよ、築地のそこそこいいところに」
「ほう、それはまたいいね」
 彼は新しい一本を、私はかばんの中から自分のメンソールを一本取りだして点火する。
「それでそのとき聞いたんだけど、その子最近どうしようもなく煮え切らないデートをしたっていう話をしてくれて、本人の名誉のために詳細は省くけどさ、よくよく聞いてみると相手が大賀君だったのよ」
「うちのサークルの?」
 石田は口から煙草を落としそうになる。
「大賀ってけっこう懲りないところあるよな。前に美絵とつきあってたよね」
「美絵の方は自分の人生における唯一の汚点だって言ってたけど」
「あいつの『唯一の汚点』も多いよな」
「大賀君ってわりと破滅型だから無理と充分承知の上でがっつくからたちが悪いのよ。そのくせ見た目がそれほど悪くないってことに自分でうすうす気づいているところが輪をかけて彼をダメ男にしている」
「明子さん、今日はいつにも増して意見がキビシイね」
 私たちは話をする、くだらない話を。
 日ざしはますます強くなる。額から汗が流れ落ちてくる。三十分以上はこんなところに立ってていられないな、とは思っても地上四階でこの暑さなのだからあのアスファルトの上は今頃さらに熱くなっているだろう。
 風が通りすぎる。キャンパスの緑が揺れているのが見渡せる。都会のど真ん中に位置するキャンパスの中はまるでこの大学が創設された明治時代から時が止まっているみたいだ。聖域。世の中がどんなに便利になっても、関東大震災後に築かれた過度に堅牢なレンガ造りの建物とそれを囲む深い森とは毅然とした態度を変えようとしない。百年前の人達もこの風を感じながら同じように煙草でも吹かしていたのだろうか。
 私は一本目の煙草を灰皿の中へ落とすと、両手の親指と人差し指とを使ってフレームを作るとゆっくりと右から左へ視界を動かしていく。図書館北側の茂みの前は合格発表が張り出される場所だ。私の高校は合格発表の日が卒業式だった。この大学を受けた同級生たちはみんな連れだって発表を見に行ったらしい。私はそんなのはいやだから家で合格通知が来るのを待っていた。一人ででもいいからやっぱり見に行けば良かったなと、今は思う。木の上に上って下りられなくなった猫をみんなで助けたこともあった。あれは、何年生の時だったっけ。フレームの中からわき起こるいくつものエピソードを私は数え上げていく。
「ところでさ」
 石田の声のする方へ私の手は動いていき、煙草のパックを胸ポケットへ仕舞いこんでいる彼の姿をとらえる。
「うん?」
「これは、元部長としての提案なのだけど、卒業展覧会をやりたいんだ」
 私は手を下ろす。
「まだ誰にも話してないんだけどね。とりあえず元副部長でもある明子には知っておいてほしくて」
「やるとしたらいつ?」
「わかんない。卒業式の直前かなあ。みんなまだいろいろ忙しいだろうし、卒業なんて言葉も聞きたくないだろうから温めているんだけど」
 そう言いながら石田は床に置いていたかばんを持ち上げ、腕時計をちらりと見る。
「そろそろバイト戻るわ。ちょっと考えておいて。みんなの気持ち次第だけど、最後くらいまとまった何かをぼくたちも必要とするはずだよ」
 そして彼はにやりと含みのある笑顔を残してさっさと階段を下りていく。残された私は「卒業展覧会」という言葉が心の水面にぽちゃりと落ちたその波紋の形に耳を澄ませる。
 いやな気持ちはしなかった。むしろ温かな何かが体中に広がっていくのを感じる。しばらく忙しくて手に取っていなかったカメラを持って街へ出て行きたい気持ちが静かに高まってくる。永遠に今の生活が続くような気がしていたころ、一日中外でシャッターを押し続けても飽きなかった。大学に入ってから偶然ある授業で見た木村伊兵衛の写真に魅了された私は、一方であまりに自由で広大すぎるキャンパスでの身の処し方に途方に暮れていた中で、写真を撮ることを現実との紐帯にしていたように思う。
 「青春ごっこにはつきあいきれない」と啖呵を切ったわりには、しばらく忘れていた気持ちを思い出す。思い出させられる。その、一言によって。
 ずるいなあ、と私は眼下の石畳を歩いていく石田の背中に向かって思う。そして、あーあ、と伸びをして「やっぱり海に行きたかったのかなあ、私は」と図書館の上に広がる真っ青な空と次々と形を変えていく入道雲を見ながらぼんやりとつぶやいた。

十 パラソルが低すぎて

 九月後半の三浦半島はお世辞にも行楽地とは言い難い。海水浴客はとっくに東京の日常へ帰って行った。地元の商店街も地元の客だけを相手にする日常に帰って行く。少し肌寒くなってきた風にレストランののぼりがはためいている。
 駅前はかろうじて開いている土産物店と一台のバスも見えないロータリーに囲まれて、ぼくたちの声は少しでも浮き足だった様子を見せるとあたり一面に妙に響き渡った。そしていつまでも夏休み気分でいることを戒めるかのように、頭上の高架をものすごい音を立てて電車が走り去る。それでも橋桁の下により集まるぼくたちは一歩でも日向へ出て空を仰げばそこには雲一つ無く、太陽は丸裸の光をぼくたち七人に投げかけてくることを知っているのだ。
「バスは四十分後に出るって」
 荷物の点検をしたり座っていた腰を伸ばしたりしていると、はやばやと小林は駅前にあった小さな観光案内所でバスの時刻表を見て戻ってきた。
「それだったら歩いていった方が良くない?」
 ぼくの横で原田美絵は煙草に火をつけながら、四十分も待たされるのがあたかも小林のせいであるかのような口ぶりで言う。
「海水浴場って歩いていける距離なの?」
「わかんない。でも、海はすぐそこだからわざわざガイドブックに載っているような場所まで行かなくても、砂浜さえあればオッケーでしょ」
 美絵は小林の話などほとんど聞いていないようなそぶりで側溝に灰を落としている。
「まあいいじゃない、とりあえず写真撮りながら歩こうよ。そこの道路渡ったらすぐ海が見えるよ」
 と言いながらシャッター音を一つ響かせたのは明日香だった。腐っても写真部。彼女の言葉に美絵も含めたみんなが納得したような笑顔を、うなずきを見せる。
 ぼくも鞄の中から入学の時から使い続けているニコンを取り出すと、ファインダーを覗いている明日香の姿をフィルムに収める。しばりあげた後ろ髪からほつれたように垂れている横髪が、きれいに写っているといい。
 駅前からでは建物にさえぎられていてわからなかったのだけれどロータリーから伸びる一本の道路は海岸線と直角に交わっているのだった。海に沿って走る幹線道路と合流すると一気に風が強くなる。そして堤防の上を走るその道路を海側に降りればすぐに砂浜が広がっているのだった。このメンバーで海へ来るのは初めてだった。一度来た景色を懐かしむのではなくて、ぼくたちの新しい景色が生まれることはたとえようもない収穫になるだろう。瞬間を逃がさないように、けっして残すためではなくシャッターを押し続ける。
 重い荷物を歩いて運ぶ必要をぼくたちは一瞬にして忘れ、堤防から浜辺に続く今にも錆で崩れてしまいそうな鉄の螺旋階段を急いで下りる。上に着ていたティーシャツを脱ぎながら大げさなくらいの奇声を発して砂浜を海に向かって全力疾走し波に飛び込んでいく。そういう子どもらしさが許される最後の時間だ。
 一通り男同士の戯れに決着がつくと、ぼくたちはおよそ波打ち際から二十メートルほどの地点にぷかぷかと浮かびながら浜辺の様子をうかがった。
「あいつらなにやってんだ。早く来ればいいのに」
 見れば明日香たちは小林の買ってきたパラソルを組み立てるのに四苦八苦しているようだった。美絵はぼくたちが浜辺を向いているのに気がついて大きく手を振った。口を大きく開けてこっちに向かって何か言っているらしいが、波の音が大きくてよく聞こえない。気づいている印に腕だけは振ってみる。
「あいつ拾ってくれたかな」
 小林がぼそりと言う。
「なにを?」
「いや、途中でカメラバッグ放り投げて来ちゃったからさ。さっき砂浜で」
「そういう気が利くのは美絵よりは明日香だな」
 ある意味でこの男も美絵の声が全然届いていないのだなと、ぼくは思った。なあ小林、彼女たちの最後の夏休みを誰かのものにしちゃダメなんだよ。もうそれは、だれのものでもないんだよ。共有されるべき人類の財産みたいなものなんだよ。
「あっ、でも柿崎、今日はそういう話題なしな」
 そう言うと小林はざぶんと海に潜り込んで岸に向かってものすごい速さで泳ぎだした。不意をつかれて残された三人も反射的に追いかける。正直なところ早く泳ぐことは得意ではない。水が耳に当たってごぼごぼと大きな音を立てる。息継ぎをするたびに口の中に海水が侵入してくる。そして隣を泳いでいる同期たちは視界からぐんぐん前へと消えていった。明日香に感化されてコムズカシイことを考えているのはぼくだけなのかもしれないなと、泳ぎながら思った。何かが終わることを恐れているのは、ぼくだけなのかもしれない。
 ようやく岸に上がると、パラソルは砂浜に刺さっていちおう立っていた。「いちおう」というは、それが地上五十センチの高さに傘を開いていたからだ。
「錆びた折りたたみ傘みたいに、どんなに力を入れても柄が伸びてくれないのよ」
 相変わらず二の腕の筋肉がたくましい美絵が言う。普通だったらこういうとき濡れそぼった四人の誰かが腕を伸ばすのだろうけど、残念ながらぼくたちは全体力をかけて泳いできたばかりだった。
「どうしたの? そんなに全力で泳いでくるなんて」
 一人がどうと砂浜に倒れ込む。あおむけのままもぞもぞと砂浜の上を背中を使って移動し、頭だけをパラソルの中につっこんだ。それを見てぼくたちも真似をした。身体を乾かしながら太陽のまぶしさから逃れるには確かに良い方法だった。そして明日香たちもおもしろがってパラソルの中に頭だけをつっこんできた。彼女たちは念入りにレジャーシートを背中と砂浜との間に仕込むことを忘れなかったけれど。
「俺、赤い部分の下にいるから拷問みたいなんだけど」
 笑い声がナイロンのドームの中でやけに大きく響いた。
「なんかこうやってると修学旅行の夜みたいだね」
 明日香が言う。
 じゃあ順番に好きな人の名前を言っていこうか、とぼくは冗談を言おうかと思ったけれど、冗談にならないような気がしたのでやめておくことにした。

十一 吉祥寺のギャラリー

 卒業展覧会は三月一日から三日間、吉祥寺にある小さなギャラリーで開催することに決まった。なんでもそこの支配人がずいぶんの美男子らしく、美術サークルの連中が一度そこで展覧会を催した際に彼の存在を見いだして大騒ぎして以来、うちの大学の展示型文化系サークルにうわさだけがあまねく知れ渡るところとなった──という「いわく付き」の物件ではあるのだが。当然われらが写真部の男子たちはおもしろくない顔をする。
「別に反対しているわけじゃないよ。ただ、そういううわさだけをギャラリー選びの判断基準にしてしまうのはいかがなものかって言っているの。わざわざそこにする理由がないよ」
「お言葉ですが、支配人は重要な判断材料です。でも、実際のギャラリーも見ていないのに反対されることにも理由はありません。かえって銀座あたりで一日何万円も払っちゃった日には口うるさいおじさんが毎日やってきてこのアングルが甘いだのフォーカスが全然なってないだの文句ばっかり言われて終わるのが関の山なのよ。それからねえ──」
「ストップ! ストップ! 明子ちゃん、ちょっと抑えて」
 閉め切った狭い部室でぼくたち三人、元幹部だった三人が膝をつき合わせて卒展の進め方について話し合いをしている。副部長をやっていたぼくは、明子がマシンガンのようにその口から自分の正しさの証明を石田に向かって繰り出すのを聞いているのが途中からつらくなった。こんなみっともない明子なんて初めて見るし、見たくない。
 一方で元部長の石田は、独断でギャラリーを予約してきてしまった明子に対してはあくまでも不満の態度を隠さない。もちろんその気持ちもわかるが、明子がそこでやりたいと言うのならそこでいいじゃないかともぼくは思う。
 石田にとっては残りの四年生に開催場所をそこにした合理的な理由を説明することが自分の役割だと任じている。けれどそんなものをいちいち彼に求めるような部員はぼくたちの代には一人もいやしない。明子の言うギャラリーは吉祥寺にしては値段が高めの設定だったけれど、最後なのだから少しくらい値が張ってもかまわないだろうし、それこそ銀座の一等地だって臆する必要ないとさえ思う。
 石田は四年の後期になってから突然就職活動を始めたらしい。なぜそんなぎりぎりになってから? そもそも彼は大学院にそのまま進学するものと周りのみんな全員思っていたし、文学部の院試は三月だからほとんど形だけであることは有名な話だ。四年生は心ゆくまで卒業論文に打ち込むことで大学院での研究課題を模索する。そのはずが、急にリクルートスーツを着込んで大汗かいている。どんな事情があったのかわからないけれど、彼の頭の中身がずいぶんと中途半端な「あるべき社会人像」みたいなものにに汚染されてしまったのだろうか。ヘルマン・コーヘンについてその思想の重大さを何も知らないぼくに向かって楽しそうに説明してくれていたかつての石田はどこへ行ってしまったのだろう。
 ぼくは四時限目のロシア語へ出なければならなかった。「授業あるから……」と言って逃げるように部室を飛び出す。「立花も最後まで議論に参加しろよ!」という石田の言葉がら中に突き刺さりそうになりながら。
 そして事態は翌日、最悪のシナリオを用意していた。石田が激昂して明子に手を上げたという話を、ぼくは同じ写真部の小林美絵から聞かされることになる。
「立花君、てっきりその場にいたのかと思った」
「いや、あの二人を見ていられなくて途中で逃げ出したんだよ。だってどっちに味方していいかわかんないくらいどうでもいいことでいがみ合うんだよ、あの二人」
「まあ──、それで正解だったかもね。明子ちゃん、ものすごい勢いで触れ回ってるもん」
「事務局が内部分裂していたんじゃあ話が進まないよな。どうしようもないよ」
「いいじゃない、ほっとけば。私たちでやればいいじゃない」
「でも、明子も部長も一年の時からのメンバーだから、彼ら抜きじゃ意味がないんじゃない? そもそも言い出しっぺは石田なのに」
 ぼくたちはちょうど図書館のエントランスですれ違おうとしていた。外で立ち話をするにはもう寒すぎる季節だった。四年生は卒業論文の山場を迎えていた。ぼくは手に大量の資料を鞄の中に入れようとしていたし、彼女もまた大量のコピーを腕に抱えていた。年が明ければ締め切り日はすぐだ。製本のリードタイムと戦いながら日々、ワープロソフトに向かう。自分一人のためだけに生活の全ての時間をつぎ込む。
「みんなそろってないとイヤ? 例えば矢野さんも?」
「……できればね」
「そもそもみんなそろってみんな仲良くなんて気持ち悪いよ。うちの大学に一つしかない写真サークルなんだからさ、みんなそれぞれ意識の高さ低さはあるって」
 矢野さんというのはプロ志向が強すぎてぼくたちとはそりが合わず、一度部員の柿崎君と池袋の路上でものすごいののしり合いのけんかをした後、サークルには姿を見せなくなった。誰にだってそのたぐいの人間は一人や二人いる。それ自体は非難されるようなことじゃない。けれど、石田と明子がそこに仲間入りしてほしくないことだけは確かだ。いずれにせよ美絵の口からそんな言葉が聞かれることは、少なからずショックだった。
「美絵は、卒展にあまり興味ない?」
「みんな似たり寄ったりだよ。この時期に余裕のある人なんていないもん、時間的にも精神的にも。しょせんサークル活動なんてさ、一、二年生のあいだにコネを作るためのものでしょ。受験勉強のリハビリみたいなもんよ」
 彼女は重そうなかばんを迷惑そうに肩に掛け直す。
「今、美絵とけんかしたくないけど、でも、夏休みに海行ったときも同じこと考えていたのか?」
 たぶん、彼女から見たぼくの顔はめちゃくちゃにゆがんでいたことだろう。
「そうじゃなくて、専門に進んだらみんな勉強とか将来のこととかの方が大切だよ。だってさ、うちら別に美大に通ってるわけじゃないんだよ? 石田だって、家のこととかいろいろあるんじゃないの? 今のアイツに何かをまとめさせるなんて無理な注文だよ」
 そう言って彼女は頭を神経質そうに振りながらさっさと図書館の中へ入っていってしまった。
 案の定、その週の金曜日に行われた定例のミーティングに二人の姿はなかった。残された者だけで展覧会を進めなければならないことには仕方がなかった。一番こだわっていた人間がいなくなると、物事はなんの停滞もなく次々と決まっていく。作品数、展示の形式、受付係のシフト、案内の葉書を印刷するスケジューリング、果ては打ち上げをどこにするかまで──。
 石田だったら、明子だったらこう決めるだろう、こんなことを言うだろう、などというはからいは一切無く、その場にいる仲間だけで粛々と決議は進められる。最初からあの二人などいなかったかのように。あるいは、突然いなくなったことに半ば怒りをぶつけるかのように。
 その週の日曜日にぼくは吉祥寺にある例のギャラリーに足を運んだ。卒展の実働部隊は実質ぼく一人だけになっていた。
 駅の北口を出てパルコ方面へ向かう。立川に実家のあるぼくにとって吉祥寺は親しんでいる街ではあるけれど、頭の中に記憶しているギャラリーの住所と電柱に巻いてある番地のプレートとを参照しながら歩いていくと見知っている道から間もなく未知の路地へと足が向かう。意外にも小さなギャラリーを道の両側に連ねる一画が、存在するのだった。
「二部屋あるんで、作品の点数と大きさを教えていただけますか? 場合によっては一部屋で間に合わせることもできるかもしれませんし」
 そう言いながらコーヒーを運んできてくれたこのギャラリーの支配人は確かに若かった。が、それはこういうことを生業にしている人種にしては「若い」と言った方が正確だ。ぼくの目には三十歳くらいの一人の大人の男にしか見えなかった。
「一人一作品以上出すとしても十二人いますから。六切か四切としてもこの部屋だけじゃ小さいかもしれませんね」
 今はちょうど日本では無名のチェコの版画家による展示が行われている展示室に立って片手にソーサーを持ちながら話をする。白い壁の上には天井からワイヤーでつるされた額縁が同じ間隔を開けて並んでいる。
「広めに取っておく分にはいいんですが、あとで会場が広すぎて壁が埋まらないなんてことが学生さんの場合良くあるものですから」
「写真だから、万が一埋まらなくてもこの辺撮ってまわってきますよ。大丈夫です」
 ぼくのそんな言葉を聞いてオーナーはにっこりと笑う。さしずめ「学生さんのそういう自由なところが大好きなんですよ」なんてことを思っているのだろう。
 入り口の扉を入ってすぐ目の前に広がる展示室Aから、表の路地とは大きなガラス一枚で隔てられた展示室Bに移ると、自然光がまぶしく、外を歩いている人からも気軽にのぞき込めるような距離だ。写真の展示に外光が強く差し込む場所もあまり良くないのは確かだが、ぼくはなんだか実家の縁側にでもいるような気分にさせられるこのギャラリーをその瞬間、気に入ってしまった。やさしい光が、子どものころの、なんの不自由もなんの不安もなかったなつかしさを呼び起こす。かつてぼくたちを包み込んでいたぬくもりとやすらぎが網膜だけでなく、はだえにさえ感じられる。白い部屋の中の白い光。それは純粋さそのものなのかもしれない。人との比較や自分を語る言葉や誰かからの評価、そんなものにすっかり汚染されたぼくたちが目にするにはあまりにもまばゆい光。
 明子ももしかしたらこの冬の光を見たのかもしれない。冷やかしのつもりで中に入ってみたら、この光を見てはっと息をのんだに違いない。ここでみんなで卒業展覧会を開けたらとても素敵なことなんじゃないかと感じたに違いない。
「ここで卒展を成功させて見せます」
 ぼくははっきりと、大きな声でそう言う。
「きっとうまくいくと思いますよ。先週いらした女性の方も部員さんですよね? あなた達ならうまくいくと思います。さあ、奥で打ち合わせをしましょう」
 リップサービスであっても彼のその言葉は勇気を与えるものだった。美絵のように徹底的にニヒルの態度を貫くことなど到底できそうにない。必要以上に悲観的になって今まで築いてきたものを全否定するつもりもない。でも、あれだって強がりなのかもしれない。あの二人もまた──ぼくだけでも最後のあがきを本気で見せなければもう誰もついてこなくなるかもしれない。ぼくはそんなことを大まじめに考えながら思いを強くする。

十二 教習所までの道

 一つだけやり残した約束がある──。
 卒業式が終わってから入社式までの間にぼくは運転免許を取る必要があった。営業部に配属されることは決まっていて、通達の書類には「普通自動車免許必須」の文字が黒々と印刷されていた。それが年開けてすぐのころだったと思う。卒業論文を提出し終わって遊ぶのに忙しくて、ずるずると先延ばしにしていたらさすがにもう先送りできないぎりぎりのタイミングになってしまった。
「でも、大賀君がスーツ着て白い営業用の車に乗っている所って想像できないね」
 教習所のパンフレットをテーブルの上に広げて、値段や場所を吟味しながらぼくと美絵とは大学の近くの喫茶店にいる。
「おれだってイメージ沸かないよ。フランスの辞書より重いもの持ったことないんだからさ」
「いや、あの分厚い辞書を毎日持ってきてたんだからハンドルくらいは握れるよ。十トントラックなんかいちころだよ」
 そう言って笑いながら美絵はアイスコーヒーのストローに口をつける。
「だいたいさ、仕事のために教習所に通うっていうのが夢がないよ。本来はさ、大学に入ってすぐのころに助手席に乗せたい女の子と出会っちゃって、それで一生懸命通うのが健全な男子の振る舞いだよ」
「まあ……うちの大学の女子にはそういうわかりやすいステータスを求める人は少ないかもね。っていうか、つきあってた私がそうだったからいま苦労しているのか。ごめんごめん」
 ぼくと美絵はまさに大学に入ってすぐのころにちょっとだけつきあっていたことがある。都内を移動するのに車ははっきり言って必要ない。車というのはお父さんが会社に通勤するために使うものであって学生の分際で転がすものではない、とぼくたちは一応同じ価値観は所有している。
「ふうーむ」
 ぼくは手に持っていたチラシを机の上に投げる。車内で楽しそうに笑うカップルの写真がいやというほど散りばめられている。かっこよく働く営業マンの写真なんて使われない。背広を着ているのは「やさしい指導教官」が関の山だ。ぼくはジャケットの内ポケットから煙草を取り出すと火をつける。
「そんなに行きたくないの?」
「え?」
「いますごい眉間にしわ寄ってる」
「うん。まあ……」
 ぼくは手の甲でおでこをさすってみる。そういえば最近同じことをよく指摘される。
「例の女の子はどうなったのよ? 教育の子だっけ?」
「それいつの話だよ」
「じゃあ、私で良ければ最初の運転の時に助手席に乗ってあげるから、それでどう? 私じゃやる気でない?」
 おや、と思ってぼくは顔を上げる。美絵からこういうことを言うのは珍しい。
「ぜんぜん! そんなことない」
 けれど次に出てきた言葉で彼女なりの気遣いが明らかになる。
「そのかわり私、四月から群馬だからあんまり待てないよ」
 一瞬の間。群馬? 彼女の実家は横浜のはずで、就職先も大手の銀行だ。彼女の口からはもっとも耳慣れない言葉の一つ。
「最初の何年間かは全国のいろいろな支店をまわって『現場を勉強』してこないといけないのよ」
 そう言って彼女は少しだけ寂しそうな顔になる。そうか。ぼくは彼女がスーツを着て汗だくになりながら街の鉄工所なんかに営業で訪れる様子を想像してみる。あるいは窓口でいらっしゃいませと嘘っぽい笑顔を振りまいている様子を想像してみる。そうか、彼女は春からは東京を離れるのだ。
 自分こそ免許必要なんじゃないの? と、問うてみようかと思ったけれど、たぶんしっかり者の彼女のことだからとっくに持っているだろう。
 いずれにせよぼくにとっては冗談のような彼女の約束が、少しだけ(いや、限りなく大きな、と言った方が彼女の名誉だろうか)勇気を持たせてくれたのは確かで、その日彼女と別れてから合宿免許の申し込みをしにぼくは大学の生協へ戻った。
 一週間後にはぼくは山形にいた。それでも彼女の本気度合いをいくぶん疑ってはいたので合宿先から電話もメールもしなかった。彼女からも特に連絡はなかった。山間の合宿所は携帯電話の電波が弱く、そういえば夏休みに実家に帰ると一切の連絡が通じなくなる兵庫の山奥出身のクラスメイトがいたことなんかを思い出した。
 学科やら田舎のだだっ広い道での路上教習やらでそれなりに忙しい二週間を過ごした。新しいことを学ぶのは楽しいものだった。たまたま同じ大学の出身者がいて、学科試験の点数を競い合っては風呂上がりの牛乳を掛け合ったりした。
 東京に戻ってきてぼくはすぐに府中の試験場にくと真新しい免許を手にすることができた。学生証以外で生まれて初めて持つ身分証明書だ。卒業してもこれがあればレンタルビデオ店でも国会図書館でも困らない。
 次に美絵と会ったのは写真部の卒業展覧会の受付でだった。免許合宿で準備に一切関わることができなかったぼくは罰として受付のほとんどの時間帯に名前を書き込まれていた。二日目の午後二時、美絵はパンツスーツで吉祥寺のギャラリーに姿を現した。
「お、スーパー銀行員」
「自分こそ、万年平社員」
 駅前と言うには少し遠い。平日のこの時間に好きこのんで素人の写真を見に来る客などいなかった。芳名録を何度も見返しながらOBが差し入れてくれた御門屋の揚げまんじゅうをほおばって時間を潰すのが精一杯だった。
「私の写真、見た?」
「うん。あれ、アパートの周り撮ったんだろ」
「わかった?」
 美絵の写真は相変わらずコントラストの強い仕上がりで、普通の住宅地をまるでフロリダかどこかの南国のように見せる。フロリダって、よく知らないけど。
「免許は取れたの?」
「おかげさまで。引っ越しには間に合ったのかな」
「ギリギリね」
 確かに。彼女は全ての引っ越し作業を終えていて、明日の最終日の飲み会が終わればあとは前橋にある銀行の社員寮に向けて出発するだけだと言う。だからぼくはその日の朝は彼女を駅まで送っていくと、約束をした。
「あんたっていっつもぎりぎりだよね」
 そう言うことが本当に楽しそうに彼女は笑うのだ。

十三 最後のシャッターが押されるとき

 展覧会の後、ぼくたちは新宿で最後の打ち上げを行った。卒展ということもあってあえて後輩たちは呼ばず、出品した四年生だけで最後の晩餐となった。
 大学を離れ、あるいは東京を離れていく者にとっては最後の飲み会になるのかもしれない。まだ大学に残る者、東京で働く者にとっては日常の延長線上にまだ少しだけ乗っかっている。いずれにせよ、このメンバーで集まるの最後だろう。最初で、という形容詞がついても不自然ではないかもしれないが。
 四年前がすごく遠い昔のように感じた。卒業するとは言ってもまだ二十二、三の若造だ。過去を振り返り、語り合う年代ではない。ぼくたちは卒業展覧会の感想をはやばやと語り終えると卒業後の話に花を咲かせる。耳慣れない会社の耳慣れない部署の下に自分の名前が印刷された真新しい名刺なんかを交換したりして。
 元部長の石田は最後にこう言って、拍手をさらった。
「一応最後なんで、部長っぽいこと言わせてもらいます。うちの代は自己主張が強いヤツばっかりだったから、他の学年が共同作品とか共通テーマで展覧会を仕上げるなんてことをやっていましたけど、ぼくたちは最後までそれができなかったのが少し残念です。『みんなで』っていうこと場に一番アレルギーがあったよな。でも、たぶん一番見ていて面白かったというか、予定調和でない作品をたくさん残せたのはぼくたちだったんじゃないかと思う。今日を迎えるギリギリまでもめにもめたけど、それでよかったんだよな。ぼくたちにとってはぼくたちらしいことが最後までできたことが一番の収穫だったと思う」
 一点、みんなが文句を言ったことといえば移動するのに荷物が多すぎたことだ。さすがにパネルは学外のギャラリーでも持ち込むようなことにはならなかったが、問題は小林だった。彼は「四年間の集大成だから」と言って自分が撮りためたほぼ全てのフィルムを持ってきて回転式の映写機で一日中連続投射し続けるという企画で臨んだものの、かんじんの映写機を会場としたギャラリーで保有しておらず、映画研に頭を下げて貸し出してもらった(なぜかわからないが写真部とは昔から犬猿の仲なのだ)。ところがこれがものすごく重い代物で、飲み会が終わって大学に戻るまではかわりばんこで持って歩くほか無かった。
「おまえさあ、人にこんな重いもの持たせてまであの企画やりたかったの? だいたいおまえ撮った写真ってほとんど部内旅行の写真ばっかりだろ。身内好きなのもわかるけど、少しは展覧会なんだってこと考えろよ」
「まあいいじゃない、卒展らしかったと思うよ。大学生の群像って感じで」
「そこが甘いんだよ、小林は。アマチュアなんだよ」
「アマチュアでけっこうけっこう。おれ来月から家電売るんだよ? 四年間も法律を勉強したのに」
「それはおまえ個人の問題だろ。せめてカメラくらい売れるようになれよ」
「そういうおまえもあと一年でちゃんと卒業しろよ」
 ふとぼくは四年前の夏、最初の学園祭の打ち上げの帰り道を思い出す。慣れない酒でへべれけになったぼくたちは互いに知り合って日も浅いのに、今の今までやっていた展示を素人写真だとかなんとか大きな声でののしり合いながら駅までの道をだらだらと歩いた。お酒を飲んだ後みんなと歩くのがこんなに楽しいことだなんてぜんぜん知らなかった。
 吉祥寺駅の北口が見えてくると明子がふとみんなで集合写真を撮ろうと言い出した。
「だって、こんなみんなそろうことって無かったし、たぶんこの先もないよ。男の趣味がバラバラだったのは助かったけど、これだけバラバラな私たちがそろうことって無かったじゃん」
 ぼくたちが立ち止まったのはちょうど閉店後の銀行の前で、そのシャッターの前に並ぶのがちょうど具合が良さそうだった。そしていそいそと整列を組み始める。
「だれのカメラで撮るの?」
「全員ので!」
 そう言うやいなや明子は銀行の隣にあった二十四時間営業の牛丼屋に飛び込む。そして中から若い店員を連れ出してきた。
「お兄さん、今から総勢十二台のカメラで私たちを撮ってもらいますから。私たち写真部だから、いい加減なシャッター押さないでね。撮ってくれたら牛丼ちゃんと買います」
 大学に入ったばかりのくらいの年頃に見えるその店員は帽子を取って照れ笑いすると、ぼくたちが次々と差し出すカメラのファインダーを覗いて鮮やかなフラッシュをたいていった。一枚の写真が撮られていくたびにぼくたちは、何かが終わりを迎えるのをひしひしと感じていく。
 美絵は部に属していながらほとんど飲み会要員で、一度何かの観光大使に選ばれてミンダナオ島に行った。その時撮った南国の豊かな原色の写真は学園祭で大好評だった。小林はスナップ絶対主義を地で行く男だった。私小説のような作品ばかり出して、自分のプライベートなど無いに等しい男だった。彼のすぐそばで写っている女の人は、四年間で一度も変わることはなかった。明日香はまったくの初心者だったけど、キャンパスで彼女がカメラを構えればそばを通りかかる知らない学生も喜んで写りたがった。彼女にはそういう力があった。矢野はモノクロを得意とするプロ志向の一番強い男で、学祭のパンフレットの写真など外部からの仕事は全て彼がパーフェクトにやってのけてくれた。そういえばそれを見て入部してくれた部員はたくさんいた。石田は寡作で、花束の写る事故現場を写す連作を出品して物議を醸すようなジャーナリスティックなところがあった。……
 ぼくたちは写真一つで集まった仲間だ。でも集合写真を撮りたいと誰が思ったことがあっただろう。ぼくたちは記録としての写真になんてこれっぽっちも興味を示してこなかった。それが今、次々とたかれるフラッシュに向かってピースサインを作り、満面の笑顔を見せる。
 そうして、最後のシャッターが押された。

十四 残念ながら三月十五日は雨で

 目が覚めると六時前だった。あと五分で目覚まし時計が鳴るところだ。不思議なくらい昨日の酒はほとんど残っていなかった。ぼくはそっとベッドを起き出ると素早く着替え、居間に下りていく。テレビの上の鍵入れのかごから姉の赤いポロのキーを持ち出す。そして車を朝の青梅街道、新宿方面へ走らせる。
 一人での初めての運転は慣れるのに時間がかかった。何台もの車に追い抜かれながら次第にそのスピードに身体を慣らしていく。そして杉並区に入るころにはマニュアルのギヤチェンジも要領をつかみ始めていた。
 激しいと言うほどではないが、春の気まぐれな大気が大粒の雨を降らせてきた。フロントガラスがあっという間に水滴で埋まる。どうして別れの日には必ず雨が降るのだろう。時間はまだあった。ぼくは近くのコンビニに入るとコーヒーを買う。車に戻ってくるとワイパーのスイッチを確かめる。そしてシートに身を沈めて缶のプルタブを引いた。エンジンを切った車の中がこんなに静かだとは思ってもいなかった。口をつけると温かいものが喉から流れ落ちていくのを感じる。それを受け止める内蔵の動き始める音すら聞こえてくる。
 美絵は赤い傘を差してアパートの入り口に立っていた。彼女の撮る写真とは違って、雨に煙る住宅地は灰色だった。彼女の差す傘の色のおかげで、ぼくは密集した住宅地の中で精度の悪いカーナビの案内にあちらこちらつきあわされることなく済むことができた。
 彼女の立っているエントランスに車を寄せると、窓を開ける。
「時間ぴったりね。八時を一分でも過ぎたらタクシー呼ぼうと思ってた」
 そんな冗談を美絵は言うのだが顔は少しも笑っていない。ぼくはエンジンを切って外に出ると彼女の傘の下に入る。
「荷物は?」
「あとボストンバッグだけ。部屋に置いてある」
「何時の新幹線?」
「九時半」
 ぼくたちは一度部屋に戻ると、なにもなくなった台所の隅に置かれたバッグを持ち上げる。そこにはもはやかつてあった「女の子の部屋」は片鱗すら残っていない。冷蔵庫やレンジのあったところだけ壁が真っ白に残っている。
「ここに結局四年間住んでいたんだな」
「何回か来てくれたよね」
「そういうこと、言わない」
 ぼくは台所に立って、奥の部屋を眺める。テレビの位置、ソファのあった西側の壁、朝日のまぶしいベッド、きぬぎぬのコーヒー。それらはきれいさっぱりぬぐい去れていた。ぼくの吐いた恥ずかしいせりふや美絵のとめどない繰り言も一緒に、目に見えないどこかへ消えてしまっている。ぼくはそのことを悲しくもまた、すがすがしくも感じる。
「行こうか」
 美絵を助手席に乗せて赤い車は動き出す。
「永福町?」
「下高井戸の方が良いかな」
 歩いても十五分程度の道のりを車で行けばどれほどの時間がかかるのだろう? それでも、十字路に来るたびに一旦停止を強いられる住宅地を抜けるのは初心者ドライバーのぼくにはそれなりの時間を要した。遠くに見える首都高四号線の高架を目指しながら、ぼくはハンドルを握りつづける。
 ようやく大通りに出るとスピードを許される。が、すぐに横断歩道の信号につかまる。赤信号で止まって待っていると、目の前を傘を差した人びとが右に左に横切っていく。駅を目指して急いでいる人。駅から出てきてそれぞれの目的地へ向かう人。
 美絵はほおづえをついて生まれて初めて動物園に来た子どものように外を見ている。ぼくのその横顔を見る。肩まで伸びたくせっ毛が雨の湿気でさらに大きなうねりを背中に乗せている。長いまつげは相変わらず天に向かって力を張っている。一方でその奥に開かれた眠たげな瞳──から、涙がこぼれ落ちる様子をぼくは思い描く。ボリュームのある前髪と、小さな手のひらに支えられた少しだけ赤みをおびた頬のふくらみの上に、濡れた軌跡が描かれる──。
 しかしそんなぼくの甘い空想は後ろの車のクラクションであっけなく崩れ去る。信号はとっくに青に変わっているらしかった。
「もうここに暮らすことはないと考えると、見慣れた景色もちゃんと見ておこうって思うよね。それに車道の側からこの街を眺めたことなんてなかったから不思議な感じ」
 ぼくの知らない美絵の生活が道のそこここに散らばっている。それを丁寧に確認するのにぼくはふさわしいパートナーとは言えないだろう。けれど彼女の声はさっきとは打って変わって深い満足感に満ちたもののように感じられた。いま、この瞬間だって過ぎ去っていく。歴史に名を変えていく。いつかぼくたちだって遠く離れた場所でなつかしそうに思い出すことだってあるかもしれない。
 下高井戸の駅前は進むにつれて道が細くなり、停車してゆっくり別れの挨拶ができるような場所はなかった。広いロータリーを期待していたぼくは、車がすれ違うのがやっとなくらいの商店街をゆっくりゆっくりと進む。自転車の止まっていないスペースを探していたら学生ローンの看板が出ている手前が少し空いていたのでそこに車を寄せてハーザードを点滅させた。
「ここでいいかな」
「うん、充分」
 後部座席に置いた美絵の荷物を腕を伸ばして持ち上げる。ありがとう、と小さな声で彼女は言うとそれを受け取る。
「元気で、たまにはメールするよ」
「楽しかったよ」
 そうして美絵はドアを開けて傘を広げると外に出る。再びドアが閉まると、車内はさっきの静けさを取り戻す。目の前はT字路で、彼女の後ろ姿はすぐに見えなくなった。やがてぼくは車を発進させた。
 こうしてぼくは初めてのドライビングで女の子を助手席に乗せることに成功したわけだが、ぼくの心は喜びに満たされる様子を少しも見せない。彼女は新宿行きの電車に乗る。ぼくは来た道をもう一度戻っていく。ぼくたちは未来に向かって進んでいるはずだ。同時に、戻れない過去をわだちに残していく。その時ぼくは、生まれて初めてそれまで信じていた未来志向の明るさを疑った。過去と切り離される痛苦を感じた。
 京王線の遮断機がけたたましい音を立てて下りてくる。ぼくはブレーキペダルを踏んでギヤをニュートラルに戻しサイドブレーキを上げる。クリーム色の車体がゆっくりと視界の左奥から滑りこんでくる。そしてその光景がぼやけて見えるのが、電車の速度によるものでないことに、今更ながら気がつくのだった。

十四 エピローグ〜田中麻衣との対話

 記憶ってどんな形で最後は残ると思いますか?

 誰にでも忘れられない瞬間というのはあると思うのだけど、あとあと考えてみるとそういう記憶って映像──というか、スナップ写真みたいな形で脳裏にずっと居座っていることが多いんです、私の場合。最初は声とか、言った言葉とか、匂いとか、そういう他の触覚に訴える情報も付随していたと思うのだけど、いつの間にかそれがごっそり抜け落ちて行きます。なにかの漫画で、主人公の女の子が好きな男の子の「声をいつまで覚えていられるのだろう」と絶望するシーンがあったのですが、彼女を救うことは出来ないかもしれない。そして、スナップ写真も最初は鮮明な姿をとどめているのですが、だんだんぼんやりとハレーションを起こしていきます。最後に残るのは──なんと言ったらよいでしょうか、「光の感じ」とでも言うしかありません。ルクスでは測ることの出来ない、夏のぎらぎらした陽光や喫茶店の中の柔らかい間接照明、冬の張りつめた朝日。そんなものが最後には残るように思います。

 それがあなたの写真を表す一つのキーワードであるならば、ぼくは記憶の根源のようなものに触れてしまったのかもしれません。そこからはあらゆるものがくみ出せるのです。だから共感という言葉も成立するのだと思います。

 私は、あなたの言うような瞬間をなるべく写真に撮るようにしてきたと思っています。その意味で、あなたが感じていたノスタルジアをあらかじめ先取りして溜め込んでいたのかもしれませんね。私にとっては人を撮ることにしか興味がなくて、そうすることで一番よくわかるのが自分自身なのです。いわゆる決定的瞬間のようなものではなくて、本当になんでもない場面のものの方が理解の助けになります。私を形作ってきたもの──。

 だから全く関係のない赤の他人はあなたのファインダーの中には登場しない。

 もちろん。あなたもそうなのではないですか? 写真は撮った瞬間が創作なのではないのだと思います。それを見返すことによって、例えばあなたが過去の出来事を文章のそこかしこに散りばめるように、撮った瞬間を後で「見る」ことの中に創作があるのだと思います。というか、写真の力っていうのは、見る人にそうせざるを得ないところにあるのだと思います。

 どうしてぼくにとっては赤の他人の姿が映っている写真を見て、こんなに心動かされるのかを自分なりの理解の仕方で分析しようとすると、結局は自分のことに戻ってきてしまいます。この小説は、もしかしたらずいぶんとぼく自身とは関係のないエピソードで飾られるかと期待していたのですが、やっぱりそうはならなかった。

 私たちは自分が大好きなものを書いたり撮ったりしているだけだからです。そしてそれでいいのだと私は思いますけど。私たちは自分を知るために表現をしているのだと思っていましたけど、そうではないのですか?

 それでいいと思います。自作解説は好きではないですが、あえて言ってしまうと、ぼくの場合はあったかもしれないもう一つの人生を描き続けているようにも思います。あなたの写真を見て、たまたまなのかどうかわかりませんが、親しみを感じた。そしてぐいぐいと引きずり込まれました。もちろん、あなたの写真を契機にして自分自身の中に、という意味ですが。

 ところで、神田川は海にたどり着きません。隅田川に注ぎ込むのをご存じですか?

 ええ。さしずめ、墨東奇譚に願をかけたようなものに誤解されるかもしれませんね。それも当たらずとも遠からずですが……結局のところ高井戸まで逆流して見せた切りで、ほとんど同じところをうろうろしていただけなのかもしれません。ただ、これでぼくもようやくほとんどの場面をスナップにしつくした満足感を覚えているのです。ずいぶん時間がかかる非効率的な道具立てですが、ぼくにとってはエピソードを文字として残しておくことが一つのスナップショットのような役割を果たすのです。

 現像までにえらい時間がかかりますね。

 それもずいぶんゆがんだレンズです。でも、ゆがんでいるからこそ自分の見たそのままを、ありのままの主観を、投射できるのかもしれません。

 写真だって、真実を写しているわけではありません。写真が日本に輸入された当初は「光画」という翻訳語を使っていたそうです。私はこっちの言葉の方が好きです。写真を見たからってなにかがわかるわけではありません。むしろフレームから外されているもの多さに戸惑うばかりです。

 同感です。でも、全てを書き尽くすことは不可能でしょう。地球の姿を写真で撮ってみたところで、あるいはグーグル・アースで拡大と縮小を繰り返したところでなにがわかるでしょう? この物語の中にも書かれていないことはたくさんあります。

 余白に対して、私たちはなすすべもありません。ただ最初に言ったように、私にとっては写り込んだ光の織りなす模様が全てです。なんのキャプションも必要ありません。失礼、あなたの書いたものを否定しているのではなくて、それらは並立の関係にあるのでしょう。あなたの書いたものに対するキャプションが私の写真である、なんて比喩も意味をなさないでしょう。私たちは、同じものを見ているのに過ぎないのですから。誰のものでもない、人類の記憶の光源を。

 これからも目をそらさずにいられますか?

 あなたは?

 ぼくはもうすっからかんです。全て出し切ってしまって、もう何も思い出すべきことは残っていない。

 であれば、新しい記憶を探しに行きましょう。私はいつもそう思ってカメラを手に日々を送っています。あなたのすぐそばの、あなたの大好きな人達の中に光は宿っています。それを見逃さないでください。道具に縛られることは愚かなことかもしれませんが、カメラという手段があるからこそ私たちは「見る」ことについての新しい概念を手にしたのです。そのことにまずは感謝すべきです。そして、写真を撮り続けること、書き続けることこそが私たちに許された唯一の献身なのです。

〈了〉


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