高炉とカーテンウォール

 昔はよかった。本当に昔はよかったんだよ。海は青く、山は緑にあふれていた。川が流れ、そのほとりにはいつだって美しい蝶が舞い、小鳥がさえずっていた。人々は毎朝太陽が昇ると働きだし、日が暮れれば家へ帰った。老いも若きも互いをいたわり合い、子供が生まれればみんなで祝福した。誰かが死ねばみんなで悲しんだ。人の幸福や不幸に対してわがことのように涙を流さぬ者はなかった。考えてみれは幸福なんてものは単純なことなんだ。ほら、こう口に出して言ってごらんよ、「これが幸せでなけりゃいったいなにが幸せなんだ」と──なんてことを目を細めながら言う好々爺がいることを、ぼくはこの街に来る前にずいぶんと期待したものだった。
 ぼくはいくつかの雑誌から──その多くはロハスをうたい文句にしたシニア向けの雑誌だったが、とにかくそれらの中から「好々爺」のイメージをはぐくんだりもした。山奥で自給自足生活を送る老夫婦の番組がテレビで流れていればビデオにとってくりかえし見、やはりぼくの中の「好々爺」イメージをより強固なものにしていった。
 なにしろヒマだったのだ。そのことだけはよくわかってもらえると思う。しかしぼくは真剣に考えるという営みを行っていた。これは確かなのだ。
 話を戻そう。
 ここは茨城県の海沿いにある鹿島臨海工業地帯。
 工業地帯、なんて単語は小学校の社会科にまで記憶をさかのぼらなければ思い出すことさえないだろう。中学受験を体験し、あるいは大学に入ってからアルバイトの家庭教師として小学生に社会科を教えていたぼくにしても、北九州工業地帯がいつのまにか工業地域に格下げされていたことに多少の驚きを隠せないことをのぞけば、つい昨日聞いた話だ。
 北関東工業地域、あるいは太平洋ベルト突端に位置するこの臨海工業地域にはあらゆる重化学工業が集まり来たっている。
 小学生向けの分厚い参考書の記述を舌の上で転がしながら、ぼくは大学生活最後の春休みにずいぶんと空想をたくましくしていた。自分がその中に暮らすということを、なんの実際的な資料もなしに純粋に想像力と今ある知識だけに頼って頭の中にふくらませていた。
 たとえばそう、工場へ続く道には立ち飲み屋が軒を連ね、終業時刻を知らせるサイレンが鳴り響くやいなや一斉に労働者たちがそこへ駆けつける。土埃の舞う狭い路地が赤い提灯の光と彼らの足音とで満たされる。そんな時刻が一日に一回、規則正しくやってくる。
 その一角にある居酒屋、いや「呑み処」という言い方がむしろここでは正しいだろうが、とにかくその「みの吉」ののれんをくぐってみよう。まず目に入るのはカウンターの端にどっかりと居座っている、飲食店には珍しい大型のテレビ。しかも平面ブラウン管だ。それが野球中継を映し出していて店の客たちは、わあっとテレビの中から歓声が上がるたびに首をひねって試合の経過をうかがっている。その時は五回の表、三対二で一点リードしている巨人軍がツーアウト一、二塁からの攻撃を始めようとしていた。
 座敷の客たちはあぐらをかいて作業着の上着を脱ぐと、首にタオルを巻いて汗をふく。そうして運ばれてきたビールに、コップに入った日本酒に、めいめい口を付ける。それから脱いだ上着からくしゃくしゃにつぶれたたばこのパッケージを取り出すと、灰皿を引き寄せる。
「お母ちゃん、マッチないの!」
「カウンターの上にたくさんあるでしょ!」
 男は重い体をよいしょとかけ声をかけながら持ち上げると、言われた場所から店の名前が印刷されたライターを持ってくる。
「これ、マッチじゃなくてライターじゃんよ」
 折れ曲がったセブンスターに火を点して、コップになみなみとつがれた焼酎。そこでようやく彼は嬉しそうに笑う。その横にぼくもお邪魔することにしよう。
「おう、若いの、ここじゃあんまり見ない顔だな」
 彼はさっそくぼくに話しかけるだろう。
「ええ、最近こっちに来たもんですから」
 恐縮の態度を見せながらぼくは確信犯的にメニューを開く。ぼろぼろの厚紙に筆で書かれた品書きは油のシミでほとんど読み取れない。壁に貼られたメニューも同じ有様だ。しかしそれでいいのだ。ここに集う者たちは女主人に出されたものを文句なくおいしそうに平らげる。
「おう、そうかそうか。それじゃあ今日は俺がおごってやっからよ! 話し相手になってくんな。おい、お母ちゃん! この若造にビールと枝豆と……あとなんだおめえ、好きなモンたのめ」
 そういって男はぼくの背中を思い切りばしばしとたたく。
「い、痛いですよ」
 とぼくは都会から来た若者風情にひ弱なことを言ってみせる。そこへ太った女主人がやってきた。さっきから客に母ちゃん母ちゃん言われているのが彼女だ。彼女の身につけているエプロンだけがこの店では異様な白さを輝き放っている。
「あんまり若い子をいじめないでやってくださいよ」
 彼女は伝統指向型の親父と働いてもう三○年、この街のことならなんでも知っている。ぼくと男との間にザルに盛られた枝豆の山、それから日本酒の瓶が置かれる。女主人はちょこっと座敷の端に腰をかけると、一日の労働から解放されて今日の出来事をしゃべりたくて仕方がない男たちの聞き役に回る。
「しかしまあ、昨日も穴掘り、今日も穴掘り、明日もまた穴掘りだ。俺たちの班が終わると次のやつらが来てな、杭を打ち込んでいく、そんでもってまた次のやつらが穴を埋めていく。その繰り返しだ。俺もたまには人が掘った穴を埋めてみてえもんだな。気持ちいいだろうなあ。でも俺みたいなのは人様のために一生穴を掘り続けるのが関の山さね、最後にゃ自分の墓穴も掘らなきゃならないかもなあ、ハハハ」
「あらまあ、そんな気持ちじゃ明日も働けないよ。仕事があるだけでも感謝しなくっちゃ。あんたたちがいて、私らも商売できる。そうでしょ? さ、ほら、飲んだ飲んだ」
「や、すまない。このコップ一杯がないと最近は寝付けなくていけないや。ああ、心の内ぞあわれなる、と」
「今日は銚子からいいサバを仕入れたのよ。どう、ちょっと塩で焼いてあげるからつまみなさいよ」
 まるで大正時代のプロレタリア小説を、もう少しだけ牧歌的に書き直したら現れてきそうな世界。小林多喜二がダッシュとエクスクラメーションマークもう少し抑え気味にしてくれれば立ち現れてきそうな世界。
 そこでは陽気さと陰気さとが二元論的に交錯し、人々は互いに補完し合ってこの世界を成り立たせている。無駄なものは一切ない。彼らは互いが互いを動かし続ける歯車であり、そして歯車たるその価値を十二分に知っている。これは悪い意味で言うのではない。生き甲斐とか、使命とか、そういう大きな言葉ではくくられはしないかもしれない。けれど自分が生きて、働いて、そしてそのおかげで目の前にいる人間の笑顔が成り立っている。そのことを確信することが出来る。すばらしいではないか。
 すばらしいではないか。
 ひとつのユートピアの顕現が、ここにはある。

     △

 ──でも、そんなものはやっぱりぼくの空想の産物でしかなかった。
「そのことをぼくは悲観しないし楽観もしない」
 なんて口に出して言ってみる。誰もいない海の見える丘の上で。などと風流ぶるつもりは毛頭なく、見よ、海岸線に沿って視線を歩かせていけば突き当たるのは林立する巨大な煙突。巨大なサイロと、信じられないくらい集められた塩化ナトリウムの山、そしてそびえ立つのは三基の溶鉱炉。その高さは一○○メートルを越える。
 南風が強い。赤と白のしましま模様の煙突からはき出される水蒸気のたなびきを眺めていたら、今あえて口に出して言ってみたわざとらしいセリフがぴったりとぼくの心にくっついてくる。ぼくたちはただ、現象としてそこに存在しているに過ぎなかった。あの煙が空に消えていく様と、ぼくがこうして息をしている様となんの本質的な違いがあるというのだろう。けれどもぼくはそのセンチメンタルな問いに対して否と答えたい。そう答えるべき確かな証明が欲しい。ぼくの周りにあるあらゆるものは選ぶことのできない現実としてそこにあった。この波の音も、潮の香りも、時に街中を覆う硫黄の臭いも。

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 いまから約三○年前、広大な海辺の土地が買収された。全国総合開発計画によって地方へ金がどしどしと流れていった時代である。
 県知事と町長との対立、ブローカーの暗躍、「開発」の夢に踊らされる貧困層、公害問題を楯に愛町運動を展開する自称「進歩派」、彼らの血なまぐさい対立・抗争・闘争、時あたかも六○年代、左翼運動家なるものもまだ現実の一角を敢然と占めていた──言えばきりがないほどのさまざまな艱難を経ておよそ二○○○ヘクタールの土地が買い上げられ、大資本へ払い下げられた。
 それからは早かった。
 港が掘られ、高炉が建ち、日本のあらゆる場所から労働者が集められた。
 彼らの中には、炭坑が閉ざされた北海道の寒村に妻子を残してきた初老の男もあった。都会の学校を出てふらふらしていた若者もあった。あるいはあと数時間声をかけるのが遅ければ一家心中も辞さなかった借金まみれの鉄工所経営者もあった──これを「皮肉なことに」なんて形容してはいけない。
 いずれにせよ誰もが故郷を後にして、もともと人の住むようなところではなかったこの場所にある日突然発生した大量の雇用に応じた。さまざまな男たちが光の通らない立て屋に押し込められ、二十四時間三交代で汗をかいた。吹鳴するサイレン、圧延機モーターのうなり、高架クレーンが転炉を吊れば現場監督が待避を叫ぶ。
 ときどき死ぬ者もあった。なにしろ相手は一五○○度を超える溶けた鋼だ。自ら死ぬ者も少なくなかった。高炉からはき出された溶鋼を次工程へ運ぶトピードカーの、そのミサイル型の容器に揺れる湯のなかへ飛び込むのだ。
「いやあ、あの時はおかげでカーボン値が上がって精錬が大変だったよ」
 なんて冗談を飛ばす仲間の顔は笑っていない。彼らは表情を奪われている。ただ三六五日ひっきりなしに続く操業を回していかなければならない。そのことが仕事である以上、感傷に浸る時間は機会損失としてしかとらえられない。
「月度計画に穴が空いた。影響は何トンだ、挽回できる規模なのか、損失額はいくらか明日までに書類を出せ」
 誰が言ったかわからない指令がやがて彼らのところにまでやってくる。現場の主任は脂汗をかきながら、自らの置かれた立場というものを初めて噛みしめる。苦い苦い味がする。
 それでもしかし、毎年彼らの代わりに、いやそれ以上の人員がそれぞれの故郷からかやってきた。「鉄冷え」と言われる九○年代まで従業員の数は右肩上がりだった。
 やがて男たちの中には子供を持つ者も出てきた。それから男たちを相手にする居酒屋、作業服販売店、下請け会社の事務所、病院ができ、バスも通るようになった。片側二車線の目抜き通りがその製鉄所の正門に向かって敷かれると、今度はいくぶん生活に彩りを添えるような店が建つようになった。大型ショッピングセンター、家電量販店、美容室、ファーストフード店、ホテル……たとえばそういったものだ。
 なかでも結婚式場は特筆すべきものだ。
 故郷を捨ててきた男たちも結婚式だけは自分が生まれ育った土地で挙げたいと思う。それが錦を飾ることとして彼らの間では一つの美徳であった。それが、この街に結婚式場ができるということはここを故郷として認識する者が一定数現れてきたということだ。世代が一巡することによってこの土地も定住地としての資格を与えられ、ようやく有史のスタート地点に立つことになる。
「そのことをぼくは悲観しないし楽観もしない」
 もう一度ぼくは言ってみる。今度は目抜き通りの四車線をまたぐ横断歩道を自転車で渡りながら。幅の広い道路を全て渡りきるにはなかなかの時間がかかる。そのうえ重い鉄鋼製品を積んだトラックがひっきりなしに走るからアスファルトの上にさえ深い轍が刻まれる。
 人工的に開発された田舎の風景というのは日本中どこもたいてい似通っている。ニュースで時々、郊外で起きた交通事故の現場が映されるのを見る。それがぼくの住む場所のすぐ近くで起きたと言われてもなんの錯覚もない。ブラウン管に映る風景は、あまりにも似すぎている。
 暴走を促す広い道路、購買意欲を煽るだけの看板、華美な電飾、店舗の床面積に比してただただ広い駐車場。とにかく、そういうたぐいの風景。土地はあまっているから建築物は決して高層化せず、吐瀉物のように横へ横へと広がっていく。
 一年前の春に東京の大学を卒業したぼくは財閥系のその鉄鋼会社に就職し、この土地をそんな街に変えた製鉄所に配属された。生まれて初めて東京を出て、会社の寮で暮らすことになった。

   △

 死亡事故は一酸化炭素中毒によるものだった。
 高炉から排出されるガスを集塵機へ集める配管のバルブ切り替え作業を二人の作業員が行っていた。通常は一酸化炭素の小型探知機を携行して作業しなければならない場所である。しかし互いが互いをあてにしすぎていた。
 前方で作業していた一人の様子がおかしいことに気がついたもう一人の作業員は無線で中央操作室にいる主任に連絡を取る。その際「いったん戻ってこい」と指示を受けた。指示にしたがって操作室に戻った作業員に対して主任は「なぜ一人で戻ってきた?」と一喝し、自ら酸素マスクを装着して現場へと向かった。
 しかし、時は遅かった。
 死亡事故の場合、災害速報は全社員に回覧される。加えて所長による訓話が全所一斉放送される。ぼくの所属する経理室で、作業の手を止めてその放送に聞き入った者はだれ一人いなかった。回覧さえ自分の名前にチェックを入れるだけで次々とデスクからデスクへと回された。一番新人のぼくのところには最後にそれがやってきたのだけれど、「ラスト棄却」の指示にはとてもじゃないが従うことなどできなかった。
 指示に、従うことができない。
 それも今だけだろう。遅かれ早かれ、ぼくだって一人で中央操作室に戻ってしまうようになってしまうのかもしれない。それが、ちょっとだけ怖いのだ。
 二ヶ月前に東京本社の財務室から異動してきた室長はさっそく言った。
「月度計画に穴が空いた。影響は何トンだ、挽回できる規模なのか、損失額はいくらか明日までに書類を出せ」
 彼はそういう立場にいる。
 死はいつだってそばにいた、目をそらしさえしなければ。「ラスト棄却」に違和感をおぼえることを忘れさえしなければ。

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 五月だった。それも、ゴールデンウィークのさなかだ。
 ぼくは海浜幕張駅の改札で冴子さんを待っていた。十時十八分に到着する電車に彼女は乗っているという。
 互いの休みの予定が一致しなかった。冴子さんは仕事を終えてから幕張に向かっている。ぼくは彼女を迎えに二時間前にここへやってきた。彼女とはここでよく落ち合う。とはいえ、恋人という間柄ではなかった。
 冴子さんと知り合って七年たつ。そのあいだに二回、気持ちを伝えた。一度目は大学二年のとき渋谷の交差点で、二度目は二人とも就職が決まってから銀座のイタリア料理店で。そのたびにイエスともノートもわからないような返答をぼくは受け取った。
「もう少し時間をくれない?」
「私の中でまだ恋愛をする準備ができていないの」
「それまで待ってくれる?」
「あなたはまだ私の言いたいことがわかっていない」
 正直に言うと、焦っていた。彼女に恋人や親しい男友達がいる気配はなかった。ぼくのうぬぼれと言われればそれまでだが、彼女の釈然としない態度は彼女の性格に起因するものであって(あるいはぼくはそれを「幼さ」とさえ感じていた)待ち続けることには意味があるとぼくは信じていた。あるいは逆にそれをぼく自身の幼さでもあると感じ、一人その構図に満足をおぼえていた。自らこしらえた虚構の中でぼくはかくも長い間ぬくぬくと過ごしていたわけだ。
 やがてホームに電車の到着する音が響き、人々の靴音が迫ってくる。寄りかかっていた柱から背中を浮かせると、鞄の中から切符を取り出しながら歩いてくる冴子さんの姿が改札の向こうに見えた。水色のキャミソールにスカートと同じ白のジャケットを羽織っている。ぼくは手を振った。
「ひさしぶり。ご飯は食べた?」
「こんな時間にやっているところもないわよね」
「県営駐車場が十一時までなんだ」
 とりあえずぼくたちは駅の構内から外へと出ることにした。

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 夜の幕張はまさに人工の極北だ。
 番地のない海面だったその場所が二十余年前に埋め立てられ、高層ビルが行儀良く並べられた。メインストリートには最低限のレストラン街とアウトレットとJRの駅が添えられ、休日だけは用のない人間も黒山を成す。結婚式場もある。駅前の広場ではアマチュアのジャグラーやバンドが十年一日のパフォーマンスを繰り返す。
 それでもそこに足音が聞かれるのは昼の間だけだ。一度太陽が沈んでしまうとオフィスビルが白い縞模様を暗幕の上に浮かび上がらせる。カーテンウォールはまさに夜のとばりだ。
 その姿は確かに美しい。CADの画面上に出現した未来都市のモデル図がそのまま体現されたかのような錯覚を、ぼくたちの目は確かに美しくとらえてしまう。
 アスファルトで塗り固められた起伏のないフラットな大地。そこを直角に区分けし、若葉、打瀬、美浜といった美しい地名をつける。すべての事業を輝かしい未来のビジョンに彩られたプランに基づいて進め、企業を誘致し、人口を稼ぎ出した後は彼らを飽きさせないアミューズメントを企画する。それはきわめて論理的な街だ。
 埋め立て地はゼロの場所に出現した純粋に人工的な存在であり、まさに歴史のない地点だ。
 しかし果たしてこの解釈は正しいのか?
 ぼくはもう一度オフィスビルの窓を見上げる。真っ白な蛍光灯が、その形までくっきりと見える。その向こうで、生きた人間が本当に活動しているのかどうかも疑わしいくらいの冷たい光。
 ある階にはうなりを上げて決算処理を続ける巨大なハードディスク、そしてその計算結果を吐き出し続ける高速プリンターが、ある階には小さなLEDのライトが明滅する書庫のようなサーバーが、ある階には最後には必ず何かの条件が足りなくてエラーを起こす演算を延々と再計算し続ける様を流し続けるモニターの群れが。彼らは人々の意志を越えた自らの法則に忠実に従いながら存在している。いやそれさえ、もしかしたら誰かの気まぐれな小さな小さな命令だったのかもしれない。誰かが間違ってスタートボタンに触れてしまったのかもしれない。そのほんのささいな最初のきっかけが彼らを永久の反復へと駆り立てる。「駆り立てる」という言葉がこの場合比喩であることにぼくたちは救いを見いださなければならない。少なくとも機械である彼らは感情を持たない。
 ぼくの想像力はいささか古典じみたかもしれない。安易に流れすぎたかもしれない。ぼくたちはむしろ三日目の徹夜で死にそうになりながらプログラムを組むアルバイトの学生が、入社してから一ヶ月間先輩社員に人格否定の言葉を投げつけられ続けるがあまりこっそり休日出勤して月曜日の暗黒に少しでも光明を与えようとする新入社員が、妻子と別れたばかりで休日に家にいても何をしてよいのかわからず書類整理でもしようと朝から居座る初老の室長(おそらく彼はそれ以上の昇進をあきらめている)が、それぞれの夜を送っている姿をその窓の向こうに期待しなければならないのかもしれない。

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 ぼくの住む街でかつて紛糾した問題はこの人工都市においてもまた形を変えて現れている。
 この目抜き通りは海へ突き当たる。そこには広大な公園が増設されていて砂浜もある。少なくともぼくが子供の頃には幕張と聞けば海水浴場のイメージが先行するものだった。今は違う。
 人工彼岸は埋め立ての代償として作られたものだった。しかしできあがってみると毎年ダンプカーで砂を補給しなければならない代物だった。その砂も沖合からすくい出すだけでは足りず、近隣の山から削り取ってくるに至る。海から流れ寄せる砂を抱き留めるはずの浜が、全く反対の陸側から造成される。そうやって、市民の税金がさらわれていった。やがて遊泳禁止という一方的な通達とともに、人々は望んでもいないものさえ奪われるという境遇に見舞われる。そういう愚かさはいつの時代も美徳とは見なされない。
 かつてここは漁業を生業とする地区だった。埋め立てによって海岸線を失うことは、彼らにとっては生きる糧を失うことであり、またぼくらにとっては生きた海を失うことであった。だがある人々にとっては安価な埋め立てと地価高騰による差益によって不動産業界の首位に躍り出ることを意味した。ぼくらはその彼らから、この定規で線を引いて作られた街を美しいと思わされる。彼らの引いた電車に乗って、彼らの敷いた駐車場に車を止め、彼らの作った施設で「ここでおしゃれな洋服を買いなさい!」「ここでお茶を飲みながら休憩しなさい!」「ここで小さな子供を安全に遊ばせなさい!」という絶え間ない要求に応え続けなければならない。
 ようやく昼の喧噪から逃れたとき初めて、ぼくは本当の幕張と対峙する。
 この道の下に何があるのか?
 それは消された時間を取り戻すための問い。
 それと同じ種類の問いをぼくは何度となく冴子さんに発そうとした。もちろんこれは比喩である。

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 駅前の広場を突っ切り、車が止めてある県営の地下駐車場へぼくたちは歩を進めていった。
 歩道に人の姿は見られない。メインストリートを通る車もない。信号はそれでも自らの法則性にしたがって刻々と色を変えていく。その姿にある時はシーシュポスのむなしさを、ある時は毅然たる孤高さを感じた。その日のぼくはどちらかというと後者だったと思う。
 ビルの谷間にいた。手をつなぎながら、けれど身体は寄りそわずにそれぞれの歩幅で歩いていた。繰り返しになるが、恋人という間柄ではなかった。
「また人が死んだわ」
 唐突に言う。
「自殺?」
「そう……、コンクリートがいけないのよ。あの色といい渇いた感じといい。そりゃあ建築家からすれば打ちっ放しもモダンなデザインとして認めてもらいたかったのだろうけど」
「つくば症候群──」
「まるで見ている者の生命力を吸い取っていくようなの。冷たい砂漠にいるみたい」
「でもそういうのはもうずっと昔の話だと思ってた」
「あそこには昔なんてないわよ」
「え?」
「あそこに歴史なんてないの。時は、死んでいるの」
 嘘のような話だが、ぼくは彼女と三度これと同じ会話をしている。幕張で会うようになってからの一年の間に三人の人間が一つの街の中、一人の人間の周りで自らの命を絶ったことになる。それがどういうことなのか正直なところよくわからなかった。統計から導き出される「日本では十五分に一人自殺している」という事実からすれば、ラッキーなのかもしれない。けれど少なくともぼくはこれまでの人生で彼女以外にそういう人を身近に知らない。
 冴子さんはある独立行政法人に勤めていて、今はたまたま筑波の事業所に駐在していた。発展途上国から来た研修生に農業を教えるという仕事をしている。じつに成果の見えにくい仕事であり、また息の長い仕事だ。一日何トン粗鋼を生産しそれが予算値よりも多かったのか少なかったのか、あるいは限界利益の多いものを何トン売りそれが販売構成をいくら押し上げたのか、などということを日々計算しているぼくとは違う。しかしこの違いを彼女の立場から考えてみることで、単調な日々の繰り返しにいくらかのなぐさめを見いだすこともまた事実だった。
 勘のいい読者ならここでぼくが筑波研究学園都市の成り立ちについて同じ記述を繰り返すだろうことを予感するだろう。しかしその予感をもって足れりとすべしである。とにかく、ぼくたちが休日を過ごすための待合い場所として幕張という街は非常におあつらえ向きだったということだ。
 夏も近いというのに冬のような光が、森閑とした路上に二つの影を長く伸ばす。やがて洞穴のような駐車場への入り口が見えてきた。
「品のいい廃墟ね」
 地下へ続く階段に入ると冴子さんのヒールが響き渡る。
 こんなにもたくさんの車が止まっているのに出る人間も入る人間も、ぼくたちの他に誰一人いなかった。キーロックを解除する音、ドアを閉める音、エンジンをかける音、そのすべてが地下の空洞に大げさに響き渡った。

   △

 東関東自動車道で北上する車の中で冴子さんは口を開かなかった。ぼくたちが顔を合わせるのはおよそ一ヶ月ぶりだった。もしこれが一年ぶりだったら会って三十分くらいは堰を切ったようにしゃべくりあっただろう。実際、そういうこともあったのだ。互いの生活はそれくらい変化に乏しいものだったとも言えるだろう。
 幕張から鹿島まで高速道路でおよそ一時間半かかる。千葉県内を走っている間はまだ周りに高い建物や東京湾、鉄工所の倉庫群などを望みながらのドライブとなるが、一度茨城県に入ってしまうとあとはただ切り開かれた山の中を四車線を独り占めしながら走るばかりだ。
 車に乗って長い時間が過ぎても冴子さんはあいかわらず黙ったままだった。ぼくは寝ているのかなと思って時々ふっと横を見たりしたけれど、彼女はじっと前を見据えて厳しい顔をしていた。
「なんか、会社であった?」
「ううん。あ、ごめん。そういう風に見えた?」
「音楽でも聴こうか」
 冴子さんは疲れているのだろうと思った。疲れすぎているのだろう。船橋の実家から毎日筑波まで通い、今日も七時過ぎまで仕事だったのだろう。それから東京を経由して幕張まで来てもらった。そのことにもっとぼくは想像力を働かせるべきだったと、少し反省する。そしてそれだけの疲労をたたえながらもぼくの隣では眠りにつくことも出来ないことに対しても、また。
 後部座席へ腕を伸ばして適当に手に当たったカセットテープを拾うと、デッキにそれを差し込む。冴子さんと知り合うよりずっと前に流行っていた曲が流れ始める。
 高校生の時分に取りためていたテープは、ぼくの身近にあるカセットデッキが車載の一機だけなのでこの車の後部座席に文字通り山と積まれている。同期の仲間たちと一緒にドライブに行くときには話題のよき提供者となるそれらも、どんなに真夏の「アバンチュール」をぼくたちに向かって熱唱したところで、ノスタルジックな気分にしかさせなかった。なぜだろう、彼女といると、彼女とこれからどうしたいかよりもこれまで彼女との間に何があったのかということにばかり意識が向いてしまう。
 同じ言葉がリフレインする。きっともう彼女は自分が言ったということすら忘れているのに違いない言葉たち。それにしがみつくことしかできない、情けない男。でも、もう長くは続かないだろう、この関係も──そんな予感は、彼女と今日会う約束をした瞬間からしていた。
 気づけばメーターは六○キロにまで落ちていた。ぼくは思い切り右足でアクセルを踏みつける。オートマチックのギヤが次々と入れ替わり、エンジンが規則的にオクターブを上げていく。
 流れゆく道路灯、頭上をよぎる橋梁、永遠に続くレーンマーク。
 そういう沈黙が心地よくなるほど二人は親しかったわけではない。いつだってぼくは気づまりで、なんにもない田園地帯に突然現れるラブホテルのグロテスクな色彩が近づいてくるたびに無意味に緊張した。目的地までの距離を知らせる緑色の道路標示がハイビームに照らされて遠くから光るたびに、時速の百で割り算して残りの所要時間を計算していた。
「自殺したのはね、私が教えていた研修生だったの」
 酒々井を過ぎた辺りでぽつりと彼女が口にした。ちょうど六十分テープの片面が終わってデッキの口からはき出された時だった。
 前も後ろもぼくの車しか走っていない。ただ広大な暗闇を切り開くと同時に背負っていかなければならない地点。
「ウガンダの女の子でね、環境が違いすぎたのね」
 ぼくは彼女の横顔を見たかった。いくら直線の長い道路とはいえ、それは危険な行為だった。そのことを彼女は知っていたのだろうか。ぼくは彼女の言葉を耳から聞いてそこから様々なものを推測しなければならなかった。
「直線で区切られた農地に、決められた数の種子を決められた間隔で植えていくの。その深さも厳密に決められていてね、でも彼女はそれを美しいとは思えなかったのよ。PC農法とかEM農法とか、他のみんなは目を輝かせていたのに彼女は違った。私の村では、私の村ではって、そればかり繰り返していたの」
「うん」
 ぼくはとりあえず相づちを打つ。
「私たちは、彼らを国単位でしかまだ見られないのよ。この地域は雨期が長いからとか、この地域は井戸水が危険で使えないからとか──そういう一般論を持って帰ってもらうことしかできないのよ、私にはまだ」
 彼女はそう言って深いため息をつく。彼女はそういうことで心を揺さぶられて泣くようなタイプではない。ただ、じっと自分の心にあきらめが訪れるのを待つ。そういう人だ。けれど、この解釈は単にぼくが次の行動を決めかねているかっこうの言い訳にしかなっていなかったのかもしれない。
 慰めの言葉ならいくらでも吐くことはできただろう。しかたがない、誰がやっても同じ結果になったはずだ。美談抜きにしてそういうことは多くある。ぼくたちはそういう仕事の仕方をたたき込まれるのだ。それはその研修生にとっての問題であってあなたの問題ではない。そこまであなたが抱える必要はない。良い意味でも悪い意味でもあなたは組織の中の歯車であり、その歯車たる役割を全うしている。それ以上の責任を取る必要はない。それに、この場合いったい誰が悪いかなんて言うことはできない。
 しかしぼくが思いつくくらいのことは冴子さんだってわかっているはずなのだ。それでも、言葉そのものに意味があるわけではない、その言葉を相手に投げかけるという行為に意味があるのだと言う人もあるかもしれない。ぼくは逡巡し続ける。そうして、機を逸するのだ。
 次の瞬間視界が山の切り通しを抜けて一気に開けた。潮来だった。利根川の上を高い橋脚に乗った高速道路が走る。その上に出たのだった。
「もうすぐ出口だ」
 冴子さんは小さくうなずいた、と思う。

   △

 インターの最終駅は水郷地帯、田園のさなかにある。
 時刻は深夜零時を過ぎようとしていた。昼は色鮮やかな川面と広大な水田とを見下ろすことができるが今や天と地の境は消失し、都会の夜しか知らないぼくたちの目と耳とを暗黒が圧してくる。
 高速道路を降りて水田地帯を縫うようにして通う国道に入っても、ぼくの黒いワゴンは高速と同じ時速百キロで走った。相変わらず対向車も並走車もいない。いくつかの交差点といくつかの曲がり道を通過すると、車は北浦にかかる長い橋に足を踏み入れる。等間隔に並べられた道路灯がぼくたちの頭上に光の道を作っていく。
「会社の寮の近くに墓地があるんだけどね」
 ぼくは思い出したように話をし始める。本当にぼくはそのことをふと思い出したのだ。冴子さんの話が、呼び寄せたのかもわからない。
「そこは寄り合い墓地と言ってお墓自体はもともと別の場所にあったんだけど、工業団地造成のためにその場所を買われて、移転を余儀なくされた──そういうお墓たちが集められて身を寄せ合っている場所なんだ」
「ねえそれ、行ってみたい。見てみたい」
 急に冴子さんの口から願望の表現が出てきたので、ぼくは驚くと同時に嬉しかった。いつだって彼女は言葉足らずで、あとで一人になったぼくを苦しめる。少ない言葉をかき集めて、本当のところを探ろうとする。その不毛さから少なからずこの瞬間、解放されたのを感じる。墓を見に行きたい──中身は何であれ、悪くない兆候だ。
「ねえ、今からでも車回してよ。私はぜんぜん眠くないから」
「今から?」
 とはいえぼくは往復三時間の運転でだいぶ疲れていた。往路のパーキングエリアで買った缶コーヒーはもうすっかり冷たくなってしまっていたけれど、それをホルダーから抜くと一気に中身を飲みほす。
「じゃあ、行こうか」
 ぼくは海岸へと続く道へ車を走らせた。

     △

 松林は黒い海と見分けがつかなかった。海沿いの通りを折れて砂浜に直結している県営駐車場にたどりつくまで、海を感じさせるのは風の匂いだけだった。
「着いたよ」
 エンジンを止め車のライトを消してしまうと、あとはまた闇の静けさに戻る。ドアを開けて駐車場に立つと足元で砂利が音を立てる。夜釣りをしに来ているらしい車が遠く海岸沿いに数台止まっている。人の気配はしない。
「海が見えると、遠くまで来たって感じがするね」
「うん。こっち」
 敷地を出ればすぐに墓地まで続く道がある。道に沿って海側には松林が、陸側には平屋建ての賃貸住宅が並ぶ。そのどれもが寝静まっている。
「見えてきた。あれ?」
 前方に松林を切り取って低い柵を設けた一画が見えてきて、大小の墓石の群れがぼんやりと姿を現した。道なりに五〇メートルほどは続いているだろうか。昼間しか来たことの無かったこの場所も、まったくの未知に包まれている。けれどありきたりの恐怖心はなかった。むしろ守られているような感じがする。墓地に、ではなくそれを取り囲む松林に。
 ぼくたちは敷地の中へ足を踏み入れた。
 風化の激しい小さな墓石の隣には、鋭利に切り出された黒光りする大きな新しい墓石が立ちはだかっている。月光を受けて、その表面はエナメルのように照り返す。一方で小さな破壊した知はじっと光をそのいびつな表面で抱き留めている。そして手沢のようなやさしい光をまとう。
 それはこの街の縮図のようなのだ。ここに来るたびにぼくはそのことを思う。住宅地も商業地も人間関係も同じ構図を持っている。フラクタル。
 ぼくは最初にこの鹿島の街を紹介するに当たって「もともと人の住むようなところではなかった」と形容した。しかしこれは正確には誤りである。ぼくは正確を期するべきだった。激しい自然に耐えながらもここには漁村が存在していた。彼らはぼくのような新たなる闖入者によって根こそぎ歴史を剥奪される。ぼくらは平気で「高炉が立つくらいなんだから、人なんか住めないようなところだったんだよ」とうそぶく。いったい、そんな話を誰に聞いたのか。ここに高炉を立てたぼくたちは自分たちの正当性をそうやって末代にまで塗り固めていくしかないのか。昭和初年台の年号を刻んだ墓石がここにはちゃんとあるというのに。
「いいわね。ちゃんと古いものと新しいものとが一緒にある」
 冴子さんが言う。
「対照性というのはかならずしも美しいものじゃない。それはただ、状態をいっているに過ぎないよ」
「もちろん。見ればわかるわ。わかってるよ」
 その通りだ。彼女はそのことをよく知っている。
 そして冴子さんはもう、一つの墓の前にしゃがみ込むと深々と頭を垂れ、手を合わせていた。
「かわいそうなお墓たち……」
 海が近いというのに松林にさえぎられてか、何の音もしなかった。もしその時ぼくたちが天を仰いだならば、一面の星の瞬きに時を忘れたかもしれない。あの星の光が何万年もかかってぼくたちの網膜に届いている──なんて、よくある話の一つでも思い出したのかもしれない。けれど、冴子さんはただひたすら地面に顔を向けていた。そしてその後ろ姿をぼくは見下ろしているしかなかった。
 ──死んでからもなお、生きている人間たちの都合に振り回されるなんてまっぴらだわ。
 そんな強い言葉を彼女の背中が語っていたかといえば、それはそうではないだろう。ぼくが思うほど彼女は純真ではないだろうし、彼女もまたそう思うぼくの姿を容易に想像する能力を持っているからだ。
 互いに互いが互いのことをどう思うかについて敏感になりすぎるがあまり、自縄自縛に陥っていることは否めない事実だった。そんな二人がどうしてこんなところにまで来て時間をともにしなければならないのか。しかしこの疑問は危険に過ぎる。既にぼくたちは結構な時間を相手のために差し出してきた。そのことを否定してしまうことが、何にもまして屈辱的だった。本当に、ぼくたちはプライドの塊だったのだ。
「ねえ」
 冴子さんが言う。
「うん?」
「章司は、ずっとここにいるの?」
「まさか」
 彼女は立ち上がってスカートのしわを手で伸ばす。ぼくはその細い腕の動きを眺めながら答える。
「五年くらいは工場の事務をやって製造の現場を知る。それから東京の本社に行って全社的な仕事をやる。そういう風になってるんだよ、メーカーの総合職って」
「そう……」
「でも経理だからね、どこにいてもやることはある程度同じ。会社が会社としてあるためには経理部門というのは最低限必要な部分だから。まあ、そういうこと」
 ぼくはそこであくびを続けて二つする。コンタクトレンズが乾ききって、涙がぼろぼろと出た。眼球の裏にべっとりと一日の疲労がこびりついている。やっと口を開き始めた冴子さんともっと話をしたいのに、とぼくは涙の粒をぬぐう。
「どうでもいいけど、章司の話って自分のことなにのいっつも他人事に聞こえるよね」
「え?」
 ぼくが目を上げると冴子さんは墓地の出口に向かって歩き出していた。
「なんだ、会社の人と同じこと言わないでよ。よく言われるんだよね、もっと興味を持てよ、自分の仕事なんだからって」
 追いながら言う。
「そうなんだ、ふふ」
 笑う冴子さんに、ぼくは宙づりにされていた緊張感からら解放されるのを感じる。冗舌さを許されたとぼくは解釈する。
「冴子さんはいいよね、好きで選んだ仕事だし。世界中に冴子さんを待っている人がいて、しかもいけいけどんどんの資本主義からは一歩、引いたところにいることができる」
 これまでぼくは冴子さんが自分の仕事について語るのを何度となく聞いた。
 まだ学生だった頃、一足早く内定をもらったぼくは彼女の就職活動を手伝ったりもした。一緒に説明会に赴き、五月になってもまだ受けられそうな会社をリストアップしたりした。今から思うと、ちょっとあり得ない展開ではあった。ぼくを頼ってしまうくらい、彼女はあのころ弱っていたということか。その姿がとても、変な言い方になるけれど、ぼくの目にはとても女の子らしく見えて、とても好きだった。
 都庁へ抜ける新宿の長いトンネルを二人で黙々と歩いた。夜中の三時まで、電話の向こうで泣きじゃくる彼女につきあった。たまたまサークルで知り合いだった彼女の高校時代からの友人にそのことを相談した。あとでそのことが冴子さんに知れてしまい、異様に責められた。それでもやっと内定が出て、銀座でささやかなお祝いをした。……
 そういうことを今の彼女がどれくらいの重要度をもって記憶しているかはわからない。ただでさえ、ぼくたちは過去の共通の話題に言及するなんてことを習慣としてしてこなかった。たとえばたまたま履修が重なった同じ授業の教官の評判だとか、同じ時間に見ていたテレビの話とか、小説とか、一緒に見に行った映画や美術展の話とか。それでもぼくはあの時のぼくのまま、彼女との関係を続けている。続けようとしている。あの場所から積み上げようとしている。あのころがとても特殊なシチュエーションであったということから、ぼくはまだ目を背け続けている。ぼくの知らないところで、ぼくの知っている冴子さんは、ぼくの知らない姿へ変わっていってしまっているかもしれないというのに。
「私のやっていることは長い長い目で見れば彼らの土地に高層ビルを建てる手伝いをしているだけなのかもしれない」
「でもさ、具体的な姿で冴子さんの目にはその……貧しさみたいなものが見えているんでしょ?」
 と、言いながらぼくは思わず笑ってしまった。吹き出してしまった。
「なんか、大学一年生同士の会話みたいだね」
 哲学っていうのはカントやヘーゲルの中にあるんじゃなくてぼくらの生活の中にあるんだよ、みたいな。具体性を拒食症的に重んじる過剰な観念性。
「そうだね」
 冴子さんもにっと笑顔を見せる。ぼくたちはまじめすぎるんだよな、自分に対して。だからときどきこうやって戯画化して笑ってやらなくちゃいけない。人間にとって一番大切な能力は艱難にあるときの自分を茶化せることだよ、と共闘世代のロシア史の教授がよく言っていた。
 墓地の出口まで戻ってきた。ワゴンが止めてある。冴子さんが立ち止まるのを、ぼくはドアロックを解除するのを待っているのかと思ってキーを差し込んでドアを開けた。でも、彼女は動かなかった。
「援助という名前で私たちの仕事は呼ばれているけれどボランティアではないし、すごく大きなお金がからんでいるのよ」
 彼女はまだ会話を続けたいらしかった。この時間になってやっと彼女の何かに火が付いたらしかった。彼女と話しはしたい。しかしそのマイペースさに合わせることの努力よりも自らの疲労が勝ってきていることもまた事実だった。この構図はいつまで経っても変わらない。本当にぼくたちは出会った大学一年生のままここまで来てしまったのかもしれない。それが、同じペースで成長をしてきたことによる錯覚なら嬉しいのだけれど、そこまで検証する余裕はなかった。
「あの高炉が生み出した莫大な資本が税金という流水路を通っていったん冴子さんのところにストックされる。それから、発展途上国と呼ばれるところへばらまかれる。やがて彼らの土地には同じように高炉が建つかも知れない。インドとか今すごいからね。そしてその鉄を使って幕張のようなビル群が生まれるんだ」
 ぼくは早口になりながら早急に結論めいたことを口にする。
「ね、また明日にしない? また明日来よう。時間はまだいくらでもあるんだから」
「長い目で見ればね」
 彼女のその一言が何に対しての返答なのか、その時のぼくは知るよしもなかった。悠長すぎる彼女にぼくは窮屈さを感じ始めていた。運転席に乗り込みエンジンをスタートさせる。それからやっと冴子さんは助手席に乗った。

   △

 翌朝目覚めると、真っ白なベッドの中にいたはずの冴子さんの姿はなかった。小さな窓が少しだけ開いていて、灰色のカーテンを揺らしている。その隙間からちらちらと日光が揺れている。
 人類がすべての幸福を味わい尽くしたあと、世界の終わりが訪れるのだとしたらちょうど今だ、と思った。だいぶ自意識過剰気味に、そう思った。そしてふと頭の中に浮かんだのは、冴子さんがあのお墓の前で自刃している映像だった。彼女は地面に頭のてっぺんをくっつけお腹を抱えている。やがてどす黒い液体がひざの頭に向かって流れ出す。粘着質のそれは流れを枝分かれさせることなく確実に彼女の肌色を浸食していく。傷口はいやおうなく新たな液体を供給し続け、やがて彼女のブラウスをもその色で染めていく──それは朝方の夢の中にも出てきていたような気もした。目覚めたとき、まるで百本のたばこを吸った後のような飢渇感があった。百本の映画を見させられた後のような倦怠感があった。それくらい強烈で、エネルギーを吸い取られる色だった。
 その予感から離れられなくなる。
 急いで服を着ると外へ出た。外は嘘のように晴れ渡っていた。白い光が、住宅街のど真ん中にそびえるピンク色のホテルの壁に降り注ぎ、あらゆるものから影を取り去っている。カレンダーの風景写真にでも使われそうなくらい強烈な、地中海のような光。
 道沿いに線路が走っている。かつてそこには臨海工業地域へ原料を運び、またそこから製品を運び出す貨物線が通っていた。大型トラックが発達し、原料も停泊する船舶から直接取り出すことが出来るようになると、列車は客車を引き連れるようになった。それでも、その列車に乗って出かける人間など減ることはあっても増えることはなく今では滅多に遮断機が下りることはない。
 その線路へぼくは足を踏み入れる。古いアメリカの映画を気取っているわけではなくて、線路をたどると昨夜の墓地への近道になるのだ。敷石の隙間から夏草が燃えるように伸びている。それを足でわざと踏みつけながら、そうしないと歩いているということを忘れてしまいそうになりながら、海へ向かう。
 昨夜の墓地には姿がなかった。ぼくは海側の土手につづく松林の獣道に入っていく。松が頭の上にまでかかっていて、ちょうど墓地から海へ抜けるトンネルになっているのが、まるで青春映画の一シーンのようでぼくはいよいよとまどいを覚える。トンネルを抜けて傾斜角六○度はあるんじゃないかと思えるくらいの土手を越えると、そこは砂浜を見渡す位置になる。
 白いワンピースに着替えた冴子さんが波とたわむれていた。ぼくの足元には水色のミュールが行儀よく並んでいる。裸足になった彼女は子供のように寄せる波にかかとが隠れていく様を楽しんでいる。
「海、好きだね!」
 深い砂に足を突っかけながらぼくは冴子さんの方へと歩いていく。波際まで二十メートルは離れていただろうか。
「山ばっかりだから、筑波は!」
 ちょっと早口でぼくに怒鳴り返す。そんなに大きな声を張り上げなくとも、ぼくたちは会話することは出来たはずだった。ぼくたちは何に向かってそんなに張り切っているのだろうと、なんだかほほえましいような気持ちになる。昨日の疲れは眠りによってぬぐい去られ、彼女の憂鬱もまた同じように消えているのだ。昨日が、異常なシチュエーションだったんだ。そう考えることにした。全く、ぼくたちにとっては何が正常だというのだろう。おかしみさえ覚えてくる。
「靴、脱ぎなよ」
「うん」
 ぼくもまた靴を脱いで裸足になると波際へ急いだ。
 冴子さんがいるというだけで、その海は初めて訪れる場所のようだった。この街にやってきた当初は東京育ちから来る物珍しさに会社帰りにも遠回りして夜の海を見に行ったりもした。それでもいつしか自分が住んでいる場所が海に近いなんてことを忘れさせるくらいの忙しさが訪れる。その仕事だって、この街のこの場所ででしかできないという種類のものではなく、またその性格は年次を追う毎に濃くなっていくというのも事実だった。
 それからぼくたちは足で砂の山を築いては崩し、築いては崩しした。砂とともに朝の波が引いていくのをくるぶしに感じながら、ついたり離れたりした。ただそれだけのことでも、心は勢いよく跳ねて飛んだ。
「夜になったら花火でもしようか」
「うん」
「今日はどうする? 大洗の水族館でも行ってみる?」
「近いの?」
「ううん……一時間くらいかな」
「そう、でもここがいいかな」
「ここ……」
 目を上げれば、遠くに高炉がそびえる。海岸沿いに立地する製鉄所は船舶から効率よく原料を取り出し活用するために、原料ヤードのすぐ後ろに高炉を林立させている。青空を突き破る三つの巨体、それぞれの頂上へ鉄鉱石やコークスを運ぶベルトコンベヤーが登る。その姿は、この街にいればどこにいても大抵見ることができる。まるで皇居のように、それ以上高い建物を建ててはいけないなんて不文律があるかのように、この街にいるとあの炉の中で四六時中、鉄が生み出されつつあることを忘れさせてくれない。
「それじゃこんど山登り行こうか、紅葉狩り、秋になったら。次はぼくが筑波に遊びに行くよ」
「そうだね」
 冴子さんは相変わらず波とたわむれながらなんとも気のない返事をするだけだった。ぼくはその返事をただ、イエスの意味とだけ受け取るしかなかった。

   △

 あの約束はしかし、結局果たされなかった。
 九月に入ろうとしていた。経理室は比較的、仕事の閑散期に入っていてぼくは土曜日から三連休を取ることができた。その最後の日、ぼくは多くの休日にそうするように残業代で買い込んだ文学全集を自転車のかごに入れて、寮の近くにある喫茶店にやってきた。
 冴子さんとはあれ以来あまり連絡を取っていない。と言うよりも、取ることができていない。彼女はカンボジアの事務所へ行ってしまったらしい。それが研修なのか、異動なのかもぼくは知らされていない。この夏に開かれたサークルの同期会でやっぱり冴子さんの親友だった女の子にその話を聞かされて、そのときぼくはとっさに知っているふりをしてしまったために多くを知ることができなかった、というわけだ。その親友もまたぼくの気持ちを知っているものだから、そんなぼくに多くを語ろうとする態度を見せなかった。当たり前のことだ。
 携帯電話も通じない──近頃では通じるらしいけれど、そんな場所に突然行ってしまったということ、それはぼくにとって彼女が死んでしまったも同じこと。笑ってしまうような話だけれど、そういう空想をぼくは楽しんで日々の慰みにしている。どこまで行ってもぼくは独り相撲が好きなのかもしれない。「独り相撲」? 日本語にそんな表現があることにぼくは感謝しなければならない。口の悪い友人ならもっと直截にどぎつい比喩を用いてくるところだ。
 それにしても彼女が帰ってくるまでの間、しかもそれがいつなのかもわからずにぼくは悲嘆に暮れる青年というシチュエーションに酔い続けられるだろうか? そう、たとえば将来有望な若手サラリーマンの光と影。彼は死んだ恋人の面影を胸に抱きながら明日に絶望を夢見る。彼女はもう帰ってこない。彼女のいなくなったこの世界でぼくは死ぬまでの長い時間を何で埋めればよいのか? 安っぽいラブソングのような世界観。けれども甘くて幼稚で単純なものほど、こういうとき力強いものはない。心が挫けそうなとき、本当にくだらないマンガのあらすじに感動してしまったりする。うっかりと、しっかりと。
「ホットコーヒーになります」
 目の前にソーサーに乗ったコーヒーカップが置かれた。目を上げればこの喫茶店を経営する夫婦の一人娘だった。ぼうっとしていたぼくは思わず彼女の顔を見つめる。そうして、この人がもしも冴子さんで、実は彼女はカンボジアになど行っていなくて密かにぼくのことを驚かしてやろうとこんなところでアルバイトしていたんじゃないか……というところまで頭の中で勝手な話を進めていた。
「どうかなさいました? あ、ご注文されたのって……コーヒー、ですよね」
 不審に思うのが当然だ。
「あっ、ああ、そうです。ごめんなさい」
 ぼくはソーサーを引き寄せる。カップの中身が揺れて、少しだけ皿を汚してしまう。
「砂糖とミルクはそちらをお使いください」
 機械的にそう言い残すと彼女は食事を終えて会計を待つ客の並ぶレジへと戻っていく。
 レジを打つ音が鳴りやむと、ぼく以外に客はいなくなっていた。そういうことはこの店では決して珍しいことではない。一杯のコーヒーの温かさがのどから胃袋に落ちると、ぼくはようやく冴子さんとそれをとりまくさまざまな観念から解放されるのを感じる。それは強迫観念にさいなまれる夜に必要な熱い風呂のようなものだ。人間の体はこういうとき、とても正直で安心する。
 それからようやくぼくは本を開く。だがレースのカーテンを通して注ぎ込んでくる外の光は、あの最後の朝を思い出させる。その意味においても体は正直だということか。効きすぎた空調。真新しいシーツのにおい。小型冷蔵庫のうなり。そして、すぐ隣にいたはずの心臓の響き──それを振り切るようにしてぼくは活字に身をゆだねる。古い古い時代に起きた片田舎での恋物語に、没入しようとする。
 と、店のドアが勢いよく開いた。ドアベルの鳴り方が尋常でなく、ぼくは目を上げる。
「親父さん、亡くなったんだって? すごい、びっくりした。うちの工場にもなんかお知らせっていうか、そういうのが回ってきてさ。びっくりしたよ……」
 息せき切って入ってきたのは作業服姿の少年だった。それが、明らかにぼくの勤めている会社の工場で使用されているものと同じであることにどきりとする。その姿と、彼の言っている内容とを結びつける。そして数日前に自分のところにも回ってきた「ラスト棄却」の回覧。
 少年は店員の少女と知り合いであるらしかった。エプロン姿でカウンターに立っていた彼女はこくりとうなずく。ぼくが認めたのはそこまでだった。それ以上、彼らに視線を注ぐことがためらわれた。知りたくない現実が展開されるのを予感した。
「あれなあ、危ないんだよ。俺のところも建屋の高いところに上るときは一酸化炭素の警報機は絶対に持って行かなくちゃなんないもん」
 少年はそれから自らの置かれている労働環境がいかに劣悪なものであるかを大げさに言い立てる。高温と、粉塵と、暗闇と、重量と、健康をむしばむ三交代勤務。まるでそうすることが少女の父親への最大の供養ででもあるかのように。
「それに比べたら大卒のやつらは信じられないよ。俺さ、まだ会社に入り立ての頃にさ、そう、たしか最初に給料もらった日にATM探したんだよ、敷地のどっかにあるっていうからさ。やっぱり最初に自分で稼いだ金が入ったんだから親とかにごちそうとかしたいじゃん。そういうことしてみたかったんだよ。それでATM探して、でもよくわかんなかったから事務の人が働いてる建物──俺らは本館って呼んでいるんだけどそこに行って聞いてみようと思ったの。でさ、入り口でだよ、受付の女の人に『どこの方ですかー、現場の方はここには入れませんよー』って言われたんだぜ? 信じられねーよな!」
 弔意を示す方便を知らない少年はひたすらしゃべり続ける。
「あんたの声のでかさの方が信じられないよ、食べないなら外出てって」
 ぼくの存在をどこかで気づかう術を持っているのだろう。少女はわざとらしいつっけんどんさで少年を扉の外へ追いやる。二人はそのまま店の外へ出て行ってしまった。それでやっとぼくは目を上げることができる。
 ぼくはそのとき、自分の中にうずく被害者意識のようなものを感じた。煮え湯を飲まされるように、それは少年の言葉を聞かされたことによってぼくの中に投げ込まれた。
 少女から見て、少年とぼくとはどのような関係にあっただろうか?
 工場に勤めていなければ死ぬことはなかった父親を持つ少女は、同じ環境にある少年に心を開いても良かった。彼でなければわからないことが、少女のやり場のない悲しみにとっての一助となるかもしれなかった。もちろんそのことを見込んで少年は饒舌ならざるを得なかった。
 一方でぼくは「現場」と「オフィス」という二項対立の中で言えば「オフィス」に所属し、また会社の中のヒエラルキーから言えば工場という操業現場をゆくゆくは管理し、引いてはバックオフィスで全社の貸借対照表を管理する側に──ぼく自身の意志はどうであれ──所属している。
 こう言うこともできるだろう。ぼくは少女にとってすれば加害者側の人間である、と。
 もちろんこれはある程度、比喩である。
 操業管理をするのは工場長であり工程室というセクションも日々の進捗管理を行っている。しかし彼らとは「総合職」という厳格な共通項をぼくは持ってしまっている。いずれ、ぼくたちは今所属している労働組合と対峙する立場に立たされることになるだろう。その確信を出世や名誉で片付けられる人々はよかろう。しかし一つしかない選択肢を示されて「さあ、君はどれを選ぶ?」と言われれば、食っていくことを選ばざるを得ない。会社はそれを「自己の意志に基づく」と解釈する。書類の上では、ぼくたちはさんさんと輝く未来へ意欲と能力をもって突き進んでいる、ことになっている。
 そして時に尊敬の念を持って、時に侮蔑の念を持って、ぼくたちは「現場」の人々からそういう目で見られることもまた事実である。逆にぼくたちは「現場」の発想を表向き歓迎する。高度に複雑化した頭脳労働に対置されるべき「素直」で「素朴」で「人間味」あふれる発想として、それらは居場所を与えられる。たとえばテレビのバラエティ番組に登場する外国人タレントのような。
 しかし人事の人間の「現場の発想と言うけれど、現場の発想は現場のレベルを超えられないんだよ。だから君たちが必要なんだよ」という言葉。あるいは室の上司の言う「立場が人を作るんだよ」。それらはあまりにもご都合主義ではなかったか。そして、ぼくが冴子さんの仕事を見ることで逆にぼく自身の仕事の有用性、即効性を確認せざるを得ないという構図にあまりにも似てはいなかったか──話がそれたようだ。
 繰り返しになるが、これはある程度比喩である。
 誰かの意志を越えて、ぼくたちは加害者と被害者という構図の中に押し込まれる。少なくとも、外から見ればそういうことになる。
 金銭補償をするのは誰か?
 社葬をあげるという判断を下すのは誰か?
 ここでぼくたちはシステムからの逃避をくわだてる。あくまでも言葉の上で。曰く、加害者意識を持たされるという被害者意識。被害者意識を持たされるという被害者意識。ぼくたち三人はもう一度そこで顔を合わせることになる。
 少女が一人で再び店の中に戻ってきたのを見計らってぼくは席を立ち上がる。コーヒーはまだ飲み干されずにテーブルの上にあった。あっという顔をしながらも彼女はレジ台に入る。
「ごちそうさま」
「はい、三百円になります。……ごめんなさい、騒がしくて。本、読みにいらっしゃったんですもんね──あ」
 と、彼女はぼくがいた席の方へ視線をやる。振り返れば本が置きっぱなしになっている。どうやらぼくはこの場から一刻でも早く逃れたいということしか頭にないようだった。
 本を取りに行こうとする彼女を制してぼくは言った。
「そこの窓際に置いておいてもらっていいですか。ちょっと重いから、いちいち持ってくるのもあれだし」
「いいですよ、お預かりします。またいらしてください」
 ぼくは小銭を払って店を出た。車の止まっていない駐車場で思い切り背伸びをして、もう一度お店の中へ窓の外から目をやると、コーヒーカップを片付けながら本を抱えている少女と目が会った。彼女は笑顔を見せながら軽く会釈をする。
「ぼく、社員なんです」
 と、言ってみる。
 え?
 彼女の顔がそう答える。その手は持ち上げていたソーサーをもう一度テーブルの上に戻す。ぼくは険しい表情をしていただろう。
「社員なんです」
 もう一度そう言ってぼくは頭を深々と下げた。そうすることでぼくは何を表したかったのか? ぼくの身勝手な論理が、決して相手には理解されないだろうというあまりにも早いあきらめか。加害者を演じてみたいというロマネスクな自己満足か。いずれにせよ、ぼくはそんな演技じみたことをしてしまった自分にすぐに腹立たしさを覚えた。逃げるようにして自転車に乗ると店の敷地から出ようとする。歩道へ出ようとしたそのとき、店の陰に隠れていたらしいさっきの少年が、店から拝借したらしい分厚い漫画雑誌を片手に立っているのと出くわした。ぼくたちは互いに顔を見合わせて、ばつの悪い思いをしなければならなかった。

     △

 そうして、最初の冬が訪れてきた。知らないうちに、という形容が文字通りだった。
 寮の部屋でたばこを吸おうと窓を開けると、入り込んできた空気が思っていたより冷たくなっていた。その程度といえばその程度だが、海沿いのしかも二酸化炭素を排出し続ける工場の足元にいたら少し大げさに驚いても不思議ではないだろう。

     △

 葉子さんが辞めるということを聞いたのがうわさでなくて本人の口からだったということにぼくは今更ながら感謝しなければならないと思った。
 たとえば隣の総務室でいつもけらけら笑っている吉川さんから「来月からよくわかんないけど来なくなるらしいね」なんてことをなんの前触れもなく聞かされたとしたら、その瞬間から葉子さんにどんな顔をすればいいのか皆目見当がつかない。
 会社の女の子というのは本当にうわさ話が好きで、聞きたくもない不倫とか上司の悪口とか誰それと誰それがつきあっているらしいとか別れたらしいとか、そういう類の話をしょっちゅう運んでくる。それだって常に新しい話題があるわけでもないから同じ話を十年一日のように繰り返している。時々、意外性のためだけに新しい人物が登場することもあるが「それは、ないない!」の一言で彼らは常に最後に閉め出される。
 そういういちいちにハイハイと丁寧に受け答えをしてしまうぼくもぼくなのかもしれない。会社の中では若い部類に属するぼくから何かを引き出そうとしている彼女たちの妙な期待感を裏切りたくないという思いもないわけではなかった。
 葉子さんは同じ女性としてそういうものにもついていけなくなったのかな、などと邪推してみる。お昼休み、女性社員はみな集まってご飯を食べる。葉子さんだけはデスクで注文弁当と日経新聞を広げるとあとは黙々と口を動かしていた。
 本人に言わせれば「やっぱり今みたいな大きい会社で小さな仕事をしているよりも小さい会社で大きな仕事をしてみたい」ということだからそれを信じたいと思った。
 それでも葉子さんのことをうわさでしか聞いていない連中には、同じ経理室で同期のぼくに「本当のところ」を聞きたがる人もいて、ぼくも下手なことは言えないから黙っていた。ああやってあんまりおおっぴらにできないトピックの渦中にいるっていうことがどんなに苦痛なのかは、黙々と業務引継のマニュアルを作成している葉子さんの後ろ姿を見ていればよく分かった。そういうのをちゃんと他の室の人たちにも分かってほしかった。
 ちょうどその日は経理室員も学生の採用活動にかり出されていて、工場勤務の総合職で若手と称される社員は本社に面接官の補助として招集されていた。それでぼくと葉子さんも久しぶりに作業着からスーツに着替えて朝から分刻みのスケジュールで「御社が第一志望です!」なんて熱っぽく語ってくる学生に「ハイハイ、そんな御託はいいから本当のところはどうなのよ」というような問答を一日中繰り返した。
 そうして、帰りの高速バスの中でおもむろに打ち明けられたのだ。
「四月で会社を辞めることにしたの。でもまだみんなには言わないでね」
 東京から潮来へ続く東関東自動車道のちょうど湾岸千葉の辺りを走っていただろう。東京ディズニーランドのシンデレラ城を遠くに通り過ぎ、幕張のカーテンウォールが迫っていた。日曜日の夜とあって車内は満員で、多くの人は出発後三○分を過ぎるこの辺りで眠りに入ってしまう。前の席に座っている上司たちもいつしか頭を通路側に傾けていた。頃合いを見計らっていたのだろうか。
「転職?」
「うん……」
 就職活動をしていた大学生の時、「志望動機」というものに毎回悩まされていたぼくはその会社で働いている以上は各人がそれ相当の必然性を備えていると信じて疑っていなかった。でも、そうでない人だっているのだ。今だったらそう考えることができる。でもそのときはとにかく、その場を彼女にとって新しい出発を迎える場として祝いの言葉を発しなければならないという形式論が勝った。なぜ今辞めなければならないのか? そのことは後でゆっくり考えればいい──と、いつでもぼくは目の前に答えてくれる人がいるというのにそこから逃げてしまう。そうして自分に都合のいい解釈を練り上げると頭から信じ込もうとする。
「そう……、そうかあ。前からやりたかった仕事なの」
「そうだね。人材派遣みたいな」
「え、派遣社員になるの?」
「逆、派遣するほう」
 就職活動のどつぼにはまりこんでしまい「自分のやりたいこと」とか「社会が求めてくる社員像」とかそういうたぐいのことに過度に悩む人ほど人材系の会社に入りがち、なんていう話を一方で聞いていたぼくは葉子さんも外見に似ずそういうところもあったのかなと思った。
「私は、そうね……就職活動をだいぶテキトーにやってしまったところがあって」
「適当にやって一部上場の大会社に入れるところが葉子さんのポテンシャルなんだよな」
「ううん、そうじゃないよ。そういうことじゃない」
 葉子さんは、それ以上話を続けることをぱったり止めてしまった。なんとなく言いたいことはわかった。でも、ぼくも言葉にすることの陳腐さに耐え得なかった。とてつもなく青臭い議論が似合う年頃ではなかった、と思っている。特に葉子さんのように輪郭のはっきりしている人に対しては。
 それにしても辞めることが決まっていながらその日の採用活動に参加した葉子さんの心中を思うとなんだかやるせなかった。当然上司は知っているはずなのだ。残酷だと思った。あるいは人材の会社に行くからこそ敢えて彼女は志願したのかもしれない。そういう上司判断があったのかもしれない。会社にいる時間を必要悪としかとらえられないぼくには想像もできない遠い世界の出来事だ。

     △

 この太平洋沿いの鹿島にめずらしく大雪が降った。三月末だというのに急に冷えこんで、朝、目が覚めると部屋の四階の部屋の窓から見下ろす駐車場が真っ白に変わっていた。止まっている車の、その形のままに白い軽やかな絨毯が敷かれている。
 たまたまその日は早く目が覚めて、ぼくは外を眺めながら珍しくコーヒーの一杯を飲み干す時間を持つことができていた。
 会社に入ってから朝早く起きるということができなくなってしまっていた。朝食を食べるという習慣もある時を境にぱったりとやみ、何度かシリアルだとかヨーグルトだとか食べられるものを画策した時期もあったが結局あきらめた。ギリギリまで現実世界との接触をシャットダウンしていたい、という気持ちの表れなのか。あるいは煙草の吸いすぎで体が過剰な休息を欲しているのか。
 だから朝起きてコーヒーを飲むというたったそれだけのことでも新鮮な体験なのだ。会社に行くまでのしばしの時間、今日はどんな気持ちで仕事ができるだろうかと自分を振り返る。そんな時にけざやかな白の空気。
 けれど朝の時間は過ぎるのがはやい。あっという間にそろそろ出かけなくてはという時に携帯電話が鳴った。出れば葉子さんだった。彼女もまた、同じ寮の別棟に住んでいる。まさか雪に驚いて電話をしてくる彼女でもない。だいたい彼女は札幌の生まれだったはずだ。
「ちょっとさあ、外まで出てきてよ。この雪なのに車が動かなくなっちゃって、どうしたらいいの、もう!」
「ぼくに怒らないでよ、どこにいるの?」
「寮の目の前。出口のところ」
 ぼくは電話を切ると急いで着替え、コートは手に持ったまま階段を下りていった。唯一始業が九時の経理室に間に合う時間帯には、もう寮の誰もが先に出て行ってしまっている。しんとした建物を勢いよく駆け下りるのが毎朝の日課だ。その時も、いつのまにかもうみんな出払ってしまっていて階段はただぼくの足音だけを響かせた。
 葉子さんの軽自動車は雪に大きくうねるわだちを描いて測道に乗り上げていた。左の前輪が歩道に乗り上げてもう少しで植え込みに車の顔をつっこませるところだった。
「だいじょうぶー?」
 白い息を吐きながら歩道に立っている葉子さんのところに近づいていくと、彼女は照れたように笑って頭をかいて見せた。そうして「ガソリンがなくなっちゃったみたい」と言った。
「そういうときはゆっくりとブレーキを踏んで路肩に止めるんだよ」
「だっていきなり走らなくなるんだもん。そんな余裕無いよ!」
 道路を挟んで寮の反対側にはガソリンスタンドがあって、ぼくたちはそこで灯油を入れるポリタンクの金属製にしたようなものを借りてガソリンを入れてもらうと、二人がかりで車まで運んだ。
「意外と重いんだね、これ。あっ、会社に電話しなくて大丈夫かな」
「この雪だからみんな来てないと思うよ」
 ぼくはそう言いながら携帯電話で経理室の番号にかけた。その間に葉子さんは漏斗をうまく使って給油口にガソリンを注ぎ始める。
「もしもし。あ──、えっと経理の山下ですけど。──ええ、ちょっと遅れます──ええ。あ、まだ室長も来てないですか──はい。わかりました。えっ? ──あはは、そうですか。それってつい最近ですね──いや、こっちの話です──はい、じゃあ、よろしくおねがいします」
 電話をポケットに戻すとぼくはタンクの底を持ち上げるのに手を貸す。
「東さんだった。こんなに雪降るの幼稚園ぶりだって」
「うっそー。だって大雪の話、前に出口さんに聞いたよ」
「じゃあ、東さん実は高校生なんだな」
 あはは、と二人で笑った。結局軽自動車で行くのは危ないからと、ぼくの車で出社することにした。
 ガソリンメーターがここにあるから、とぼくが自分の車のメーターを指さすと「そんなこと知ってるよ」とでも言いたげな顔で葉子さんは口をとがらせる。それから「じゃあこれはなに? このメーターは?」とたたみかけるように彼女は質問を浴びせかけてきた。
 同じ室でも、二人きりでしゃべる機会というのは驚くほど少ない。会社を辞めると聞かされてから、ぼくが葉子さんと二人で何かをしたというのはその雪の朝の一度きりだったと、思う。

     △

 有給消化のために葉子さんはしばらく会社に姿を見せなかった。
 葉子さんのいない間に室内では着々と葉子さんがいないという前提で仕事が回り始めるようになる。
 色紙が回ってくる。
 送別会の出席がとられる。
 「同期ならちょっといい花束をあげなよ」と幹事の大森さんがぼくの財布から五千円を抜いていく。
 まるで傷が癒えていくように新しい皮膚がおおいかぶさって、最初から葉子さんなんて存在はいなかったかのように「中野葉子ですか? すいません、今度担当が変わりまして二ノ宮という者になります。いま電話回しますね」なんて言いながら自分も転送ボタンを押している。会社にとっての日常茶飯事が自分にとっては一生に一度あるかないかの出来事であることにとまどう。ときどき葉子さんのことをひどく悪く言ったり、逆にぼくのことを異様にほめてくれたりする人がいた。それがどのような意図に基づいているのかを考えたくなくなかった。
 土日を含めた五日間の後葉子さんは再び出社してきた。そうして机の周りを掃除したり段ボール箱に捨てる書類を詰めたり、かと思えばふらっといなくなって挨拶回りをしているようでもあった。彼女でなければできないものというのは彼女が休んでいた間にことごとく消え去った。会社での仕事というのはあくまでも役割分担にすぎないのだと改めて痛感しながらも、その痛さから逃れるようにぼくはいつもより強くキーボードを叩きながら仕事を続ける。
 ぼくの知らないうちに他の同期にも葉子さんは辞めることを告げていたらしかった。お昼休み、ごく自然に同期で送別会を開こうという話になり日取りがその場で決められていった。ぼくはいよいよ現実味を帯びていくその話題について行くことができず、ただしかめっ面をしてもくもくと箸を口に運んでいたらしい──というのは、他日その場にいた仲間から聞いた話だ。それくらいぼくは自分の殻に引きこもろうとしていたのかもしれない。なにせ葉子さんがこっそり転職活動をしていた間に、誰よりも仕事への不平不満をぶちまけていたのはほかでもなくこのぼくだったから。昼休みはいつでもぼくの独壇場だった。
 最後はあっさりとしたものだった。ぼくが午後一時からの会議のために昼休み返上で方々へ電話している最中に、たぶん彼女はこの地を後にした。よく晴れた平日で、誰も見送ることもできなくて、東京へ行くバスへ大きなボストンバッグとともに乗り込んだのだろう。会社では誰も、同期たちでさえも葉子さんのことについて口にしなかった。むしろいつもよりも明るくふるまっていた。電話に出る声はいつにも増して高いトーンになり、日が変わるまで残業しても特に苦痛ではなかった。いつの間にかぼくは「あいつは同期が辞めてから変わったな」なんてうわさされる自分を想像しては無闇にその姿に酔いしれ始めていた。
 それは、美しい物語だった。

     △

 ぼくはなおも、同様のエピソードを紹介しなければならない。
 そうせざるを得ない自分をいささか不憫に思う。ぼくはなにも喪失の物語を描いては自ら感傷に浸りたいわけではない、などと言ってみたところで、その薄ら寒さは拭うことなどできない。
 しかし、あまりにも短期間の間にぼくの周りから人が去っていった。
 そのことをただ淡々と事実として書き記しておきたい、そう思っていることは確かだ。
 そしてノスタルジーに対しては敵意をさえ持っていた。それは現在という瞬間の持つゆらぎを過去からの照射によって殺してしまう行為だ。これまでぼくはこんな人生を送ってきた、したがって(ああ、この接続詞の罪なること!)これからもぼくはこのような人生を送っていくだろう、という勝手な思い込み。それがどれだけの可能性の芽を摘んでいることだろう。
 百歩譲って、それが甘美なものであると当人が思い込んでいるのならばぼくは何も言えまい。もしかしたら「彼」はその物語を成立させるためにあらゆる努力を払ってきたのかもしれないし、物語によって人生を立て直す方法も世の中にはたくさんあるし、テレビのスイッチをひねり街に売られている漫画雑誌を開けば物語に対する強烈な飢渇感を反映している。それが悪いことだとは思わない。
 けれど、それが自分の人生と重ね合わせられた時、きっとぼくたちが取り逃がすのは過去の瞬間瞬間においてもなお生きることの不安定さを確かに感じていたというそのこと。過去になされてきた一つ一つの選択が必然性という物語によって結ばれた時の快感はわかる。それは何十年かの人生を肯定する力を充分に持っている。でもそれが一つの虚構であることを忘れてはならない。語られ方の可能性は他にもいくらでもあるのだから。
 それでもぼくたちは何度も足をとらわれる。
 昔は良かった、あの頃が一番輝いていた、という懐古趣味。俺が子どものころは、俺が学生の時は、という武勇伝。ひたすら安定を求め、明日も明後日も変わらぬ日々が続くとぬけぬけと信じ切ってしまう。ノスタルジーを抱え込んだ時、人生は余生に変わる。
 ノスタルジーとはどこまで行っても赤の他人とは共有されないきわめて閉鎖的な感覚だ。だからこそ扱いが難しい。他人がずかずかと土足で入って来られない場所。神聖不可侵のそれは「いまここ」という外界に嵐が吹き荒れれば荒れるほど固く閉ざされ大切に大切に守られる。
 守る姿も美しいかもしれない。守りながら立ち向かう姿も尊いかもしれない。悲壮感はナルシシズムに回収される。自分から一ミリも外に出ないのはやはり醜悪だ。
 ぼくはここで二つの方策を探ることになる。ノスタルジーに対して積極的に好意的解釈を試みるか、それとも敵視したままそれを乗り越えるための方便を新たに生み出すか。
 この街に来て、しばらくの間ぼくは前者の試みを行ってきた。いくつかの文章をものし、あるいはそれを消しては書き足し、というようなことを繰り返していた。そしてそれらはことごとく失敗に終わった。それらはエッセイとも小説とも手紙ともつかない形式で、とても読み返すことのできる代物ではなかった。
 そしてぼくは後者の試みに手を出すことになる。それがこの物語のそもそもの成り立ちである。

     △

 古い話になる。
 三年前のことだ。三年前を古い話と呼ぶことができるか? ここにぼくの諧謔を読み取ってほしいところだ。ぼくの中で時間は止まったままだ、などと言うつもりはない。そのために何度かぼくはあれからどれくらいの月日が経ったのかを時々こうして数えなければならない。
 大学三年に上がったばかりの春だった。ぼくは書道サークルの代表をつとめていて、新入生勧誘活動の真っ最中だった。三月から四月にかけては一人でも多くの新入部員を獲得すべく、新入生がキャンパスにやってくるあらゆる機会をとらえてビラを配る。その日は健康診断を待つ長蛇の列に片っ端からビラを突き出すような非公式のものではなく、大学側が開放してくれた校舎に各サークルがブースを設けてオリエンテーリングをするというオフィシャルのものだった。
 ぼくたちは朝早くから時計台のある一号館の狭い教室で、伝統文化などというカテゴリーに一緒くたにされた裏千家やら日本舞踊やらのメンバーたちとともに机を運び出し壁に掛け軸をつるしなどしていた。
「章司君、今日こないだの子、来るって。今メールがあった」
 と、携帯電話を片手に入ってきた副部長の平川さんが言う。「こないだの子」というのはぼくが近くの女子大の入学式にビラ配りに行ったときにそれを受け取ってくれた一人で、あとでビラに書かれてあった平川さんのメールアドレスに連絡をくれたのだった。他大ではあるけれども、こういう人が集まる機会に雰囲気を知ってもらおうとオリエンテーションに呼ぶことにしていた。
「そっか、今日ね」
 とはいえ、午後になっても書道サークルに顔を出してくれる新入生はなかなか現れなかった。
「やっぱりさあ、どーですかー、書道ですよーって呼び込みした方がいいんじゃないの? 少なくとも廊下でくらいは」
 決して熱心ではなかったぼくたちの代はそんなことを言い合いながらも、時間をもてあまし気味になっていた。交代でお昼ご飯を食べに行き、「おう、やってるな」とときどき冷やかしに来る先輩たちの相手をしながらいっこうに埋まっていく気配のない名簿を横目で見やっていた。
「書道っていうのは呼べば来るもんでもないし、呼ばなくても来るやつは来るんじゃないですか? ──と、あ、新入生?」
 ドア越しにちらっとのぞいた顔が見えて、ぼくはすかさず声をかけた。
「あ、こんにちは。××女子大の麻田ですけど」
 正確に言えば二度目の対面になるもの、ほとんど初めて目にした彼女の姿は既に自分がこの場所に受け入れられるということに十分な自信をたたえているように見えた。
「入学式の時に校門でこのサークルのビラをもらって──うちには仮名書道部しかないみたいで、こっちに入ろうかなと」
「仮名?」
「女子大ですしね」
 彼女はある事情から前の大学を二年生で止めていたために、ぼくと同い年だった。大学一年生というたいていの人は思い出したくもないような自意識過剰の季節をとうに過ごした彼女の落ち着きはそういうところに由来してるのかもしれなかった。もちろんアンケートを書いてもらったその時には、ああ苦労して浪人生活を送っていたんだな、くらいにしか思わなかったのだけれど。
 あえて出会いの場面から書き起こしてみたものの、正直なところ「出会い」などというものにぼくはこれっぽっちの興味もない。それはいつだって平凡で、必然性も運命もなく、時間になれば授業に出て試験が終われば酒を飲むように、一人の大学生の生活にただ音もなく訪れる。
 けれど、出会いと同じ数だけ別れがあるのだとしたらそれをカウントした瞬間、その完結した物語が立ち現れてくる。その意味でぼくはもう彼女に会うことはないだろうし別れることもない。ただそれは終わった、としか言いようがない。終わったことの始まりをいくら思い出してみても、始まりの時に終わりを予感していたはずもないぼくの記憶は、ただ霧に包まれたままだ。亜美と最初に会った日のことは、今書いたこと以外何も覚えていない。オリエンテーションが終わった後、ぼくたちは打ち上げにでも行ったのだろうか? 春の突風に崩れた立て看板の補修をしていた時に霧雨が降り出したのはあの日の夕方だったろうか? ビラを刷るのに印刷機が空くのを延々と待ち続けて結局「今日は無理だ」と言って渋谷に繰り出していったのはいつだったろうか?
 その二年後大学の卒業式が終わった後で研究室に学部生がみんな集まったとき、近代文学を教えていた教授が言った言葉を思い出す。
「大学というのは非常に特殊な場所です。これを日常だとは思わないでください」
 もしかしたらそれは本当は新入生に与えるべき言葉なのかもしれない。けれど聞き耳を持つのはむしろぼくたち卒業していく人間の方なのだ。ずるいなあ、と思った。あの教官の言葉は社会人生活を送るに従って色濃さを増してくる。
 記憶の残酷さ。記憶の美しさ。それは表裏一体だ。終わってみなければ気づくことができない。
 ぼくにとってこれは思い出と呼ぶには近すぎる。「これ」というのはこれから話す亜美についてのことだけではなく、冴子さんや葉子さんについてのことどもも含めてだ。記憶というのは、なぜだろう、なぜ記憶というものには時間の概念がないのだろう。時間によって色あせるということや、時系列によって優劣が決まるということがないのだろう。昨日食べた夕食がなんだったのかも思い出せないのに幕張の冷たい地面、ガス欠をした雪の朝、あるいは亜美と歩いた上野公園のあの新緑の輝き──それらはつい昨日のことのようにぼくの今をさいなんでくる。記憶はいつだってこの今という時点にダイレクトにつながってくる。

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 亜美のことを新入生の中の一人ではなく名前を持った一人の人間として意識し始めたのは、ゴールデンウィークに行われた最初の春合宿の時だった。これは毎年恒例の行事で、奥多摩で民宿の大広間を貸し切って書道に打ち込めるというもの。それでも一日中筆を動かすものもいれば、宿の下を流れる川でひたすら石を積み続けるものもいれば、部屋で昼間の間中ごろごろテレビを見て夜になると急に元気になって酒を飲みまくるものもいる。そしてそれは今書いた順番に一、二、三年生がそれぞれとる行動の典型だった。
 二日目の朝、たまたま早く目が覚めたぼくは、文庫本を手に持ったまま眠りこけている同室の先輩を起こさないようにして布団から出ると、階下へと降りていった。宿は川沿いの崖の上に立てられていて、ぼくたちが使っている大広間の勝手口から下の河原まで急な階段で下りることができる。朝まだき藍色の光が満ち昨日の墨の香が残る大広間を突っ切って、外へと出た。
 河原へ降りていくと先客があった。亜美が岩の上に座ってフランス語の教科書を広げていた。ぼくが踏む小石の音を聞いて彼女はこちらへ振り向く。
「おはよう」
 まだ頭は昨日の酒でぼんやりしたままだった。
「いいね、朝の空気、それから読書」
 ぼくが近づいていくと亜美は持っていた本を閉じる。彼女の座っている岩のところまで来るとぼくの視線は彼女の膝元と同じくらいの高さにあった。彼女の声は上から降ってきた。
「昨日しゃべったこと、覚えています?」
「昨日……、ううん、まあ、なんか、いろいろしゃべったよな」
「いやあ……章司さんってお酒飲むとほんっとダメになりますよね。第一印象とだいぶ違う」
「そう? でも、自分も途中で寝ちゃったじゃん」
 川は大きな音を立てて流れている。それでも亜美の声は人より半オクターブくらい高くてよく通る。
「昨日言ったこともう一度復唱しましょうか? 忘れないように。章司さんって猫背ですよね。もう少ししゃんとして歩かないと女の子にもてないですよ、背が高いのは分かりますけど。章司さん、爪噛むでしょ。あれよくないですよ。みんな見てないようで見てますよ。章司さん、第二外国語ロシア語なんですか。変な人ですね。っていうか、ロシア語なんて選べるんですか」
「ちょ、ちょっと待って。思い出した、うん、思い出した」
 先輩にそういう口を叩く後輩は往々にして存在し、そして往々にして排除の対象にされがちだ。まわりでそういう様子を眺めていたぼくの同じ代の仲間たちは亜美のことを「イタい子」として認めていたようだった。けれどもぼくは次第に彼女の中に存在する厳格なルールを感じ始めることになる。それはいくつか存在し、それに気がつくたびにこれまでの彼女の言動が理解され、またその後もその法則が厳然として守られるのを確認した。そういういちいちに対して興味を持てるかどうかが、亜美の人間関係の限界であったとも一方では言えるかもしれない。
 いずれにせよその時、ぼくは一つめのルールを知ることになる。彼女がそういう強い言葉を投げつけた後には必ず、「私はね」と自分の話をし始める。それが彼女にとって自分を人にわかってもらうためのとても不器用な手順であり、それを別の何かと比較して劣っているとも感じていないのだった。そう、その自信がぼくには底知れぬ魅力だった、今考えると。
「えっと、麻田さんは自分で洋服を作るんだよな」
「そう。私はね、背も低いしあんまりスタイルも良くないから。売ってるもので欲しいものってあんまりないのよ。先々週の練習会に着てきたモスグリーンのワンピース、おぼえてる? パフスリーブの。あれは自信作」
「それから、フランス語をやってるんだよね。ロシア貴族はフランスに対して並々ならぬ憧憬を抱いていた」
 ぼくは膝の上に閉じられた教科書を指さしながら言う。
「わたし、前の大学でもフランス語をやっていたの。だからいまの一年生の授業がほんとに退屈で。だから三年生とかにまじって原典購読の授業とかも取ってるの。スタンダールの『恋愛論』。それから今年は絶対に仏検受けるつもり。ねえ、ロシア語検定とかってあるの? 受けてみなよ、自分の実力が分かるよ」
 始終、そんな感じだった。かんかんかんと、半鐘を鳴らすように言葉が次々と繰り出された。
「私のこと、思い出した?」
 それから二つめの法則。彼女は親愛の情をため口で示す。ぼくの場合、先輩とはいえ同い年だったから遅かれ早かれそうなっていたかもしれないけれど。
 昨夜の話が終わると、急に亜美は黙り込む。渓谷から見上げる狭い空はようやくしののめの赤みを帯びてきていた。亜美も空を見上げる。
「自然が残ってるんだね。東京都なんでしょ? ここも」
「昨日さ、ここに来る途中で『西多摩と都政をつなぐ会』とかいう宣伝カーが走ってたでしょ。それがすべてを象徴しているよ」
「東京であって東京でない。なんだか差別的ね」
「まあ、二三区しか東京じゃないと本気で思ってる人もいるし。ぼくも立川だから。大学に行くより奥多摩に来る方が近いんだよね。小さい頃はよく連れて来てもらった」
「へーえ。私は船橋だからいっつもディズニーランドだった」
「じゃあ、もしぼくたちがデートするなら植物園とか動物園あたりが中庸ってところか」
 ぼくは全く他意もなくでそう言ったのだったが亜美は急にまじめな顔になると「そういうことは冗談でも言わない方がいいですよ」と敬語に戻ってしまった。その時はよくある気まぐれか何かだと思ったのだけれど、やっぱりそれも彼女の中にあるルールなのかもしれなかった。妙なところにけじめをつけたがる。
 と、上の方でドアの閉まる音がして、そちらへ目をやるとさっきまでぼくの隣で文庫本を手にしながらいびきをかいていた小川先輩が首にタオルを巻きながら降りてくるのが見えた。
「ああ、ごめん。おはよう」
 おはようございます、ぼくたちも挨拶を返した。小川先輩はこういうとき、変な勘ぐりをしない人だからほっとした。
「いやちょっと発声練習でもしようかと思って。うるさかったらごめんね」
 それだけ言うと先輩は早速「あえいおうおあお」をおっぱじめる。彼は劇団にも所属していて、この書道合宿に来ると筆で看板を書いているか(それも大部分は○○定期公演とか明らかに人に頼まれたものばかりだった)河原で発声練習をしているかのどっちかという不思議な人だった。
 ぼくたちはしばらくのあいだ谷にこだまする小川先輩の母音を聞いていた。それは不思議な時間だった。

     △

 合宿が終わってすぐ、ぼくたちは上野の美術館に「ロマノフ王朝展」を見に行った。太陽を見るのがとても久しぶりだったのを覚えているから、梅雨が明けたばかりの六月後半だっただろう。
 そもそもこれはぼくが大学でロシア史の教授に「エルミタージュに行かないと見られないものが歩いていけるところにまでやってきてくれているんだ。来週の授業までに彼氏彼女と見に行ってきてくれ」と言われて思い立ったものだった。全共闘世代の例のその教官はなにかにつけて「ぼくが若い頃は駒場の近代文学館とかデートしに行ったもんですよ。ああ、それは今のワイフなんですけどね。行った方がいいですよ、ああいうところは。卒業しちゃうとまず行かないですから」と自分が学生の頃の趣味を開陳してくる。学生運動で「ぽかぽか」木材でたたかれた話や、フランス革命を知るには「ある少女漫画」が一番いいという話や、「文学史を勉強するのが馬鹿らしくて」岩波文庫の黄色帯ばかり読んでいたという話や、いちいち面白かったのをよく覚えている。
 早速ぼくは亜美にメールを打って、その週の土曜日にお茶の水の駅でぼくたちは待ち合わせることにした。
「お茶の水駅で待ち合わせると改札口が道路から隠れているでしょう、遠くから『あー、あの人かな、あの人かな、あー、来た来た』っていう感じじゃなくて、突然登場するところが好きなの」
 亜美はやっぱり自分で作ったというピンクのブラウスに明るい茶色のウィンドペンスカートをはいていて、ひとしきりその制作過程をぼくに語って聞かせた。出会ってから二ヶ月が経過していた。とはいえ、大学も違ければ週に一度の練習会に必ず顔を出すわけでもなかった亜美とは数えるくらいしか顔を合わせていなかった。正直なところ、あの合宿以来初めてまともに会話をするくらいだったと思う。彼女の語る一つ一つが新しい印象を与えた。
 上野駅までの切符を買うと、出発しそうになっていた中央線に乗ろうとするぼくを引き止めて「上野行くなら総武線だよ」と言う。そうして、自分が通学に総武線を使っていることをまた語った。
「全部各駅停車なんだよ、信じられないよね」
「中央線でどこでも行けるんだと思ってた」
「中央線? そっか、それじゃ私たちは一本の線路でつながっているんだね」
 上野駅の公園口から美術館への広い道は初夏の新緑に彩られていた。青々とした空に手を伸ばすようにして燃える緑。足下では葉陰と、日に照らされた敷石とのコントラストがいよいよ増し、夏のおとないを告げる蒸した風が時折ぼくたちの頬をくすぐっては去っていった。
 振り返れば葉陰を顔に写して亜美は空を仰いでいた。今頃になってそんな映像を思い出す。カーテン越しの光が冴子との朝を思い出させるように、夏の光が空を満たす頃合いになると彼女と歩いた上野を思い出す。それはいやがおうにもぼくの脳内を支配し苦しめる。時間と記憶において美しさと残酷さは表裏一体だ。美しければ美しいほど残酷さは比例して、いやそれ以上に程度を強める。そのことを世間ではノスタルジーと呼ぶのか? そんな穏やかなものではないはずだ。
 一転して照明のおさえられた館内に足を踏み入れると、そこにはさまざまなイコン、パナギアといわれる胸飾り、繊細で絢爛な細工彩色のほどこされたイースータエッグなどが次から次へと並べられていた。二百年以上の時を経てもなお王朝の粋の一端は誇り高く座っていた。
「アナスタシアの伝説は知ってる?」
「章司さんそれ、ディズニー映画にもなってるの知らないでしょ。熊沢天皇みたいなやつでしょ? あの手の話は好きなのよね」
「またマニアックなことを知っているんだなあ」
 革命直後の混乱期において旧体制の体現と目されたロマノフ王朝の最後の皇族たちはレーニンの意向により殺された。略系図を見ればその末端に位置するニコライ二世の一家は没年が皆一九一八年となっているのがわかるだろう。しかし「アナスタシアは殺されていなかった、なぜなら自分こそがアナスタシアだからだ」と主張する者が一九二○年代から三○年代にかけて次々と現れた。
 似たようなことが第二次世界大戦直後の日本にも起きている。自ら南朝の正式な後継者であると名乗る熊沢寛道が昭和天皇の退位を求めて訴訟を起こすに至る。そしてその後も南朝後継を自称する者が複数現れる──寛道が胸にたくさんの勲章を付けて全国を遊説する姿をとらえた写真をぼくは何かの授業で目にしたことがあった。
 エカチェリーナ二世の大きな肖像画の前でぼくたちはひとしきりそんな話をした。
 ところで亜美はよく教科書で目にするその肖像画の本物が目の前にあるということにいっこうに感激していないのであった。ロシア史の教官が抱いた興奮を全く分かち合っていないのだった。
 それもまた、亜美の中に巣くうひとつの性格だったと言えよう。
 本物は本物であるが故に怠惰に、傲慢に、ガラスのケースの中でふんぞりかええっている。彼らは偽りのない姿でその背後にある歴史の重いベールを引き連れている。ぼくたちはそれを決して否定することはできない。そこでは解釈のぶれは許されない。真実はひとつ。あるいは、ひとつしかないからこそ真実と呼ばれる。そんなものに亜美は興味を示さなかった。むしろ、フェイクファーもガラスのダイヤも偽物であるが故に本物らしくふるまおうとし、時に本物よりも本物らしくなってしまう、その涙ぐましい姿に共感するのだった。アナスタシアを自称したアンナ・アンダーソンの話を熱っぽく語る亜美を見ているとふと、そんな思いにもなるのだった。
 同時にその思いは今になって自分自身に突きつけられてくる。
 曰く、亜美はぼくに対しても本物らしく振る舞おうとしていたのだろうか、と。つかの間のぼくの美しい誤解が、彼女の目には痛々しくも満足させる結果を与えていただろうか。ぼくはこれを悲観しない。なぜなら彼女において「ニセモノ」という定義は「ニセモノ」であることを甘受する怠け者ではなく「ホンモノ」を指向する存在だからだ。
 だが──、もしあのとき彼女の住む千葉県の幕張の人工彼岸のことを語ったら、彼女はどんな反応を示したことだろう? 砂を運ぶダンプトラックの列を彼女はなんと思うことだろう? ぼくはすべてが終わった今という贅沢な位置にいて初めてそんな意地悪な空想にふけようとする。しかし空想を進めれば進めるほど、ぼくは自滅に向かうのを予感するのも事実だった。

     △

 間もなくぼくたちは恋人としてつきあうようになった、わけではない。ぼくたちの関係はそれ以上大きな進展を迎えることはなかった。幾度かのキスもぼくにとっては、あるいは亜美にとってもまた関係の進展を証明するものとはなっていなかった。何度か埒の明かないけんかもした。しかしそれでぼくたちの関係が完全に終わるということもなかった。なぜならそもそもそれは始まってもいなかったからだ。
 その年の秋になってもなおそうだった。
 前の日の夜に電話でいやな言い合いをした。それでもずっと前からの約束だったのでぼくは本郷三丁目の交差点、三原堂の軒先で亜美を待っていた。そこからは遠くに後楽園の新しくできたジェットコースターが見えた。それから、二五階建ての文京シビックセンター。その展望台にぼくたちは登ってみるつもりだった。
 やがて黒い傘をさした亜美が地下鉄の出口から出てくる。道の反対側、横断歩道をはさんでぼくたちは向かい合う。信号が青に変わるまで三十秒はあっただろうか。彼女は思いつめた顔をしていて、答えの出ない問題を頭の中で何度も何度も反芻しているように見えた。その目はぼくの方を向いているようで、ぼくの姿は映っていないようだった。
 横断歩道を渡りきってぼくのいる軒下まで亜美はやってくると、差していた傘の一端をこちらへかざす。ぼくは何も言わずその中に入った。そうして春日の坂を下るためにもう一度同じ横断歩道を二人で渡るのだった。
「まあ、あんまり話すこともないんだけど」
 そう言って亜美はぼくを牽制する。その頃からぼくは彼女の言葉のはしばしからもう一人の男の存在を感じ取っていた。昨日の言い争いもぼくが核心に触れようとすればするほど彼女のはぐらかしが度を勝る、不毛きわまりないものだった。
「これ」
 と、亜美は鞄の中から折りたたんだ一枚の紙を差し出す。ぼくがそれを濡れないように腕の中で広げようとすると彼女は制し「帰ってから読んで。昨日言いたかったことはそこに全部書いてあるから」と言った。決定打だ。
 亜美はよく、折々にそうやってぼくにいくつかの小説めいた文章を投げてよこした。ぼくもまた以前からあまたの文学部生よろしく小説を書いては知り合いの同人誌に変な挿絵入りで載せてもらったりもしていた。亜美はよくそれを熱心に読んでくれていた。
 その頃のぼくは亜美の一言一句に翻弄されていた。彼女がそれをリンゴだと言えば、どんなに形が細長くても、腐ったような茶色をしていても、味が多少ともキュウリに似ていようとそう信じていた。あるいはひと味違う特別なリンゴなのだと、信じて疑わなかった。ぼくはだまされていたのだろうか? そうではない。亜美もまた自分自身をだましていたのだ。ぼくたちは大きな同じ虚構の中にいたのだ。そこで放たれる言葉はその虚構の暖かい緞子の中にいる限り、真実だった。
 春日の長い坂は途中にある音楽専門学校の学生たちがギターケースを抱えてすれ違うだけで、平日の夕方に後楽園遊園地の喧噪へ足を向ける人影など無いに等しかった。
「雨の日ってさあ」
「うん?」
「傘さしてこうやって歩くでしょ。音がね、全部傘にはね返されて、でも自分の足音だけは反対に集められて。ヒールとかはいて靴音立てながら歩いていると本当に自分だけの世界になっちゃう。こういう日って、自分のことばっかり考えてしまう……」
 エレベーターに乗って展望台まで登ると、南側を背にして三方向を見渡せる半円形の空間が広がっていた。ぼくはそれ以前に一度だけここに登ったことがあった。近くのギャラリーでサークルの展覧会をしようと、朝の早くに打ち合わせを行い、そのあとで立ち寄った。朝日が東側から水平に入ってきてまぶしかった。富士山も遠くにくっきりと見えていた。亜美と登ったその時は、うってかわって雨に煙る東京の街が眼下に広がるのみで、空は一面の雲におおわれていた。
「止まっているみたいだね」
 どれほどの間、ぼくたちは互いのことを考え、自分のことを考え、そうして黙り込んでいただろうか。ぼくは話を蒸し返すべきだったのか──その豊穣な不毛の場所へもう一度足を踏み入れるべきだったのか。先に口を開いたのは亜美だった。
「この前、授業で工場見学に行ったのね、ビール工場」
「工場見学が授業なんだ」
「そう、そういう学科だからね」
「それで?」
「なんていうのかな、目で見えるものだけを信じるっていうことの貧しさみたいのを感じた」
「ちょっと……だいぶ話が飛んでいると思う。なんでその結論に至ったのか、もう少し詳しく聞かせてよ」
「もちろんこう、ビールができていくのを見るのも面白かったんだけど、それよりも作っている人たちの熱意っていうのかな……あの人たちは本当に、無性にビールが造りたくて仕方がないのよ。彼らのこうしたいああしたいっていう小さな思いがあの大きな工場を動かしているみたいで──、なんかこう……」
「目に見えないものがうごめいて、そうして形になっていく。でもできあがったものだけを見ていてはたぶん全部は理解できない」
「ねえ、こうやって東京の街を見ているとさあ、同じことを感じない?」
「高い建物を建てたい、人が集まるお店を開きたい、車で表参道に行きたい……いろんな人がいろんなことを考えて、そうして街というものができあがってきている。みたいなこと?」
「うん。ねえ、章司さんはさあ、将来どんな仕事をしたい? やっぱり出版に携わるとか」
「うん……あるいはもう、今まで背負ってきたものをすべて捨てて、全然違う世界に行くか。いずれにせよ、ものを作っているところがいいかなあ。……ぼくは親父も技術者で、小さいころから時計を分解したりして遊んでいたことだし、そういうものからは逃れられないんだと思う」
「そっか。じゃあ、私が今言ったこと、よくわかってるね」
「そうなのかもね」
 そんな会話をした。寓意に過ぎるかもしれない。けれど寓意こそがぼくたちの真実だったのだ。同じ言葉は繰り返さない。

     △

 別れ話をしたのは万世橋を渡った、神田のあるダイニングバーだった。別れ話、というのも変な話だ。それは、彼女がぼくとの曖昧な関係を清算し、ぼくの知らないもう一人の男に心を決めたというに過ぎない。
 十一月に入ってから亜美はバイトが忙しいと言って二週間後に会う約束をし、一切の連絡が途絶えた。そんなことは初めてだった。その折り、彼女はこうも付け加えた。
「二週間後に、ちゃんと答えを出すから。その時にちゃんと話をする」
 そんなことを言われるのも初めてだった。ぼくはその二週間をどのような気持ちを送ったのかを覚えていない。それはおそらく、きわめて無感情に過ごしたということだろう。
 ぼくたちはワインでとりあえず形だけの乾杯をした。
「いったい何に乾杯するの」
 ぼくは必死に笑顔を作りながらやっとそう言った。もはや亜美はぼくの知っている亜美ではなかった。秋葉原で待ち合わせ、「久しぶり」と言いながら改札を出てきた彼女の様子が、まるで、全然いつもと違っていることをぼくは感じていた。もう彼女はすべてを決めてしまっていたのだ。ぼくと会っているときにいつもふとした瞬間に見せる今にもため息をつきそうな迷いの表情はなく、ただ何事かを成し遂げたあとのような晴れ晴れとした、とでも言ってもいいくらいの堂々とした亜美が、目の前にいた。
「このワイングラス、薄くて唇を切っちゃいそうね。……ねえ、この前ね強化ガラスでできたコップを買ってきたの。どれだけ強いのか試してみようと思って。それで思いっきり床にたたきつけてみたら」
「えっ? そんなことしたの」
「うん。けっこう簡単に割れちゃった。でね、すごいのは破片がこう、粉々って言うか。手でさっさって集めて捨てられるくらいで。ふつうのガラスだとそうはいかないよね」
「こわいな」
 半年前にロマノフ王朝展を見に行ったときのことを思い出した。展示を出たところにあったミュージアムショップで、亜美はガラス細工に目を付けると駆け寄って声を上げた。その時彼女は「きれいだね」なんてことは言わなかった。ただ「こわれちゃいそうだね」と、いささか乱暴な手つきで小さな動物たちを手のひらに転がしていた。
「ぼくたちの関係も、そういうものだったのかもしれないね」
「そういう?」
 ぼくは自滅することを予感しながらぐいぐいと引きずり込まれていくのを禁じ得なかった。もう何を言っても同じことだと、ぼくは考えた。
「それも、どちらかというと手を尽くして繊細に作り上げられたと言うよりは、無骨な強化ガラスみたいなものなのかもしれない。たたき割れば、破片はふつうのガラスよりもずっと細かい」
 人と人とが別れるときの理由は、それまでの二人の関係をすべて物語っているようにも思える。出会いのきっかけなどというのは本当にささいな問題なのだ。どちらかが忙しすぎて別れたのであればそれはそういうつきあいにすぎなかったということだし、性格の不一致で別れたのであれば、それはそういうつきあいだったのだ。
「形がなければ、人工だって虚構と見分けなんかつかない」
 亜美はぼくのたとえ話を真に受けてそんなことを言った。
「何言ってるの?」
 ぼくの声はすでにすでに震えていた。
「この一年間が嘘だったって言いたいの?」
「ごめんね、ごめん」
 ワインはいっこうに減らず、最初に注文した幾つかの料理が黒檀のテーブルの上に並べられていってもその味は思い出せない。たぶん箸を付けなかったのだろう。
 それからぼくは亜美を激しく批難した。彼女はただ黙ってそれを聞いていた。言葉が見つからない、もっと言うべきことを考えてくれば良かった、と合間に言うのみだった。そんな彼女を見るのも初めてだった。そうして最後に時計を見ながら「もう行かないといけない。九時の高速バスに乗らないといけないの」と、言った。その一言で、あるいはその一言の背景に思いをはせて、ぼくはもう、何を言っても同じであるならば何でも言ってやれという立場から、何を言っても同じなら何も言わないのも一緒だという立場に一転した。涙が出そうだった。
 目の前に展開されていく現実を処理し切れずにいた。昨日まで「今度は小石川植物園に行こうよ」と言っていたその口から今日は「神戸にいる彼に会いに行くの」というセリフが放たれる。そのことについて行く余裕が、力が、ぼくにはなかった。ぼくの知らないことばかり、彼女は知っていた。

     △

 ぼくが就職活動を始めたのは亜美と別れてからすぐのことだった。このタイミングで就職活動を始めるのは実際、酷なものだった。大きな否定を突きつけられた後で、それでも自分のことを認めてくれる場所を探す──自己否定を抱えながらそれを日々上塗りしていくという作業は文字通り 身を削るようなものだった。
 ぼくは目に見えるものを求めた。お金や既存のモノを右から左へ動かすだけの業種やサービス業には少しも興味がわかなかった。メーカーといえども部品を集めてきて組み立てるだけの会社には興味がわかなかった。そうして、自然から人工を最初に取り出す「上流」の業界、素材産業にしぼって就職活動を続けた。そう言ってしまえば簡単だ。実際のところ、亜美が工場見学に行ったというビール会社や彼女のバイト先である店舗の正社員、あるいは二人で行った公園の管理職員──そんなものを受けたりもした。けれどもいつだってぼくは志望動機の陳述に口ごもり、面接官に苦笑いをされて本社の建物をあとにする道々、叫びにならない叫びを上げたい衝動に駆られた。
 いったいぼくはここで何をしているのか。
 いったいぼくはあの場所で何をしてきたのか。
 ちがう、「ここ」とか「あの場所」とかそういうところからぼくは逃げたくて仕方がなかったのだ。そもそも周りの多くの学生たちが大学院への進学を希望する中で、就職活動をするということ自体が一つの積極的な選択だった。そう見なされるのは事実だった。それ以上長引く学生生活をぼくは恐怖していた。御茶ノ水駅からの通学路──夜の聖橋、医科歯科大の構内を抜ける近道や後楽園の喧噪が、耐えきれなかった。
 そうして、今の鉄鋼会社にたどり着く。彼らは「久しぶりにドツボにはまっている古風な学生に出会えた」と言ってぼくを歓迎してくれた。
 もちろんその間、ぼくは冴子さんとの関係にいくらか語るべきものを持つことができている。しかしそれらは決して慰めになる類のものではなく、いつだって再びの決別をはらむように見えた。ぼくはせめて自分が冴子さんを裏切らないようにと努めることを心がけた。その詳細は既に述べている。

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 葉子さんがいなくなり、製鉄所に春が訪れた。
 正門から高炉へと続く道路には桜が満開で、通勤する社員たちの目を楽しませる。時に「桜の製鉄所」を自称するほどの数の桜がここには植えられているが、しかしこれには戦争の記憶がぴったりと裏側に張り付いている。
 敗戦の四ヶ月前、密かに軍によって買い上げられていたこの土地に飛行場が作られた。ここでは特別攻撃隊、いわゆる特攻隊の練習が行われた。自走式の航空機による特攻はよく知られているが、ここで行われていたのは母機につり下げられ敵艦付近で切り離されたあと噴射ロケットによってつっこむ人間爆弾のそれである。名を「桜花」という。青年たちはここで滑空訓練を受け、沖縄へ飛び立ち、けれどもそのほとんどは目標とする敵艦隊にたどり着くより前に母機もろとも迎撃され散っていった。それが「桜花」である。
 飛行場の滑走路は現存する。製鉄所内の中心を貫く桜の大通りがそれだ。だがこの事実を知る者はほとんどいない。第一高炉の火入れが行われてから既に三○年以上が経っている。故郷を捨ててここに集まり来たった者たちは製鉄所のあるこの街の姿をしか知らない。貝を拾っていた貧しい農夫たちすら、神の栖むと言われていた大池が埋め立てられコンビナートへ変貌していく様をあきらめのまなざしで眺め、最後には農業を捨てて工場勤務を選ぶ。彼らは開発の歴史の一ページに写真入りで載せられ戦後日本の工業発展を支えてきた人々の涙ぐましい努力の一助として紹介されることだろう。それは編纂者のロマネスクを満足させたかもしれない。しかし図書館の奥に並べられた革張りのその書物を手に取るぼくにとっては、自分がこの街で働くということの意味をつきつけられる悲しい事実だった。
 歴史は上塗りされていく。それはちょうど街の様子が新しい建物によって過去の姿を隠されていくように。いや、これは比喩ではない。まさに新しい道路、新しい飲食店、新しい結婚式場、それらが建つことによって街の歴史はことごとく隠蔽されていく。冴子さんは筑波を「歴史なんてない」と評した。それは正確ではない。歴史が無いように見えてしまうのだ。そして、往々にして貧しい地域の開発というのは貧しさを乗り越えるために行われるものだから、一度繁栄を謳歌してしまった以上過去の貧しさを自ら語る者などいなくなってしまうのだろう。「昔は良かった」なんて言葉は自己否定に直結している。事実、コンビナートのおかげで高速道路は開通し人口は増え、所得は格段に上がった。ロードサイド店舗の繁栄とモータリゼーションの加速。パンクチュエイトな意味において、都会の学校を出て何も知らないままここに連れてこられたぼくたちの目にそれらがどんなにか醜く映ったとしても、彼らはこのことを街の発展として肯定しなければならない。それがこの土地で育つということなのだ。
 寄合墓地はおそらく、塗り替えられない場所というよりは塗り替えられたという事実を伝えている場所のようにも思う。そしてまた製鉄所の滑走路に並ぶ満開の桜は、それが戦没者遺族によって植えられたということに想像力を働かせる限りにおいて、高度成長期をまたいだ土地の記憶を伝えてきてくれる。
 そうだ、もはやぼくたちは名に見えている数少ない事物から目に見えないたくさんのものに想像力を働かせることによってしか、ここに生まれたわけではない者がここに住み、ここで働くということの意味を探ることができない。

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 亜美が結婚するという話は、葉子さんの退職の話と違って本人に聞いたわけではなかった。
「やっぱり言わなかった方が良かったですか?」
 ある後輩はそう言った。
「そんなことないよ。知ったからといって何が変わるわけでもないし、知らなかったからといって何が変わらないわけでもない」
 彼女は亜美と同時期に書道サークルに入ってきた同じ大学の学生で、おそらくはぼくたちの三年前を一番よく知っている。そういう人物から話を聞けたことに、ぼくはやはり感謝しなければならない。
 彼らも大学を卒業する年になり、それで卒業展覧会を催した。卒業式も終わった三月後半のことだ。それは本郷通りに面した小さな画廊で行われた。その二日目のことだったらしい。
 ギャラリーに入ってきた亜美がいきなり「わたし結婚することになってさあ、もう最近すごい忙しいのよ」と言い出したのだ。彼女はさも「忙しい」という部分を伝えに来たかのような口ぶりだったけれど、その場にいたみんなは一瞬凍り付き、彼女といちばん親しかったその後輩が口火を切らなければならなかったと言う。
「せっかくだから私は大きいものを書こうと思って集字聖教序くらい全臨しようと思っていたんだけど、結局時間が足りなくて半切でお茶をにごしてしちゃったの。佐々木君が入り口からすぐ見える場所に飾ってくれて、でも、どう見ても隣にある亜美ちゃんの蘭亭序全臨の引き立て役にしかなってなかったんだよ。亜美ちゃんは姿を現さなくてもなんかこう、力を及ぼしてくるんだよね」
 真っ赤なカーディガンを着た亜美がやってきた。展覧会二日目の午前十一時という時間に、部員以外にお客さんはいなかった。わざとそういう時をねらって来たと思わせるなにかが彼女にはあった。
「何で結婚するの? って聞いたら、指輪もらったから、って! もうドレスとかも見に行っているみたいよ。その話がさあ、またいかにもって感じで。もう三十歳越えてるような女の人もいてさあ、はしゃいでるの見てるとなんだかなあって思っちゃった、って。あーあ、亜美ちゃん節に火がついたって思った」
「あの人らしいね」
「どこが?」
「いや、なんというか、顧みない強さ」
 彼女は自分の価値をよく知っている。その価値がけっこう限られた場所でしか発揮されないことも知っている。だからそういう限られた場所に対してすごく敏感ですぐにかぎ分けていって、ぼくたちを圧倒してくれる。
「先輩、話題変えますか? ビール、減ってないですよ。たばこの灰、落ちますよ」
「あ、いや……」
 ぼくは言われるがままに灰皿に灰を落としジョッキに口を付けた。ぼくたちは目黒の飲み屋で久しぶりの邂逅を楽しむはずだった。ぼくはたまたま金曜日に主張で東京に出てきていて、それならばと暇そうな後輩に声をかけたのだった。
「先輩、亜美ちゃんがなんで前の大学やめたかって知ってます?」
「興味深い話題だね」
「本当は、同じ大学に入りたかったんだって。あ、先輩じゃないよ」
「わかってるよ、あたりまえだろ。知り合う前の話だ」
「亜美ちゃんって、恋するとその人自身になりたいって思うんだって。だから」
「普通そこまでするかなあ」
「普通じゃないんだよ、先輩」
 ぼくは彼女がくれた幾篇かの散文のことを思い出す。その文面はもう思い出すことはできない。あの雨の真砂坂でもらった紙片には何が描かれていたのだろうか? 今だったらそのすべてを理解できるだろうか? それでも、彼女がぼくにだけ向かってある時間を割いてキーボードを叩いてくれたという事実が、真っ暗闇な記憶の中で暖かな光を一瞬放つのを感じた。
「その人は建築をやっていてね、でも建築といっても建物を建てたりするんじゃなくてお年寄りが使いやすい住宅を考えたり、障害者の人が使いやすい食器を作ったりとかするんだって。少しでもそういうのに近づけるところを他に探したかったんだと思う」
「それで生活科学ねえ。まあ、近いようで遠いようで」
「亜美ちゃんの中では厳格な因果関係があったんだよ、きっと。私たちにはわからないような」
「あ、それわかる」
「わからないってことが、ですか?」
「彼女の中にたくさんあるルール。にしても、ああいうところって女子大の国文学科みたいに花嫁修業するところだと思ってた」
「いつの時代ですか……。先輩、私も女子大の国文だってこと忘れていませんか」
「いやさ、でも、半分正解だったんだよ」
 ぼくは過去の記憶から亜美が結婚というものについて語っていた言葉を探した──結婚ていうのは社会的な制度でしょう? 恋愛が先にあるのか結婚が先にあるのかわからない。それだったら一生涯同棲していたら、それは一つの証明になるんじゃない?──結婚式でよくさあ、私たちは今が一番幸せですみたいなこと言うじゃない。でもそれって今が頂点ってことでしょ? 私はそんなのいやだな……
 それでもなお、もう一つの映像──銀座を歩いていたときにふと彼女が目をとめたブライダルショップ、その二階に大通りに向けて飾られたウエディングドレスに立ち止まったことがあった。ぼくはかけるべき言葉がわからず、ただ通りの反対側へ向かう彼女の視線を見守るしかなかった。店の中から人が出てくる。大きな紙袋を下げている。若い男女だ。店員は送り出す際「お幸せに」と言った。それがぼくたちの耳にまで届いた。
「とにかく、大恋愛だったわけだ」
 ぼくはそう言ってやっと最初のジョッキを空にすることができた。

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 製鉄所は設備投資の季節を迎えている。
 去年の冬に新しい亜鉛メッキラインが稼働し、続いて厚板工場の新加熱炉、製鋼工場の大幅な能力アップを図る大改造、そして酸洗ラインも新たに稼働した。そしてこの五月に二九○億円をつぎ込んだ新たな高炉が立ち上がった。第三高炉である。
 滑走路の先に立ち並ぶ三基の巨体から何万トンもの溶銑が造り出されることだろう。その鉄によってこの街はまたうるおうことだろう。新たな人口が獲得され、彼らを受け入れる住宅が建ち、彼らをもてなす店が開かれることだろう。そして生み出された鉄は、ぼくたちの販売分析をくぐり抜けて日本の各地でビルの鉄骨となり、車を走らせ、橋桁となり線路となり水道管になり、あるいはスペインへ天然ガスを供給するパイプラインとなり、どこかの発展途上国で石油の掘削に用いられ山を削る建機のボディーとなるかもしれない。
 ぼくは無理な想像力をかき立ててそこに「つながり」を見いだそうとする。その途上国ので農業指導をしている冴子さんの姿を、その鉄骨で作られた高いビルの上で夫と食事をする亜美の姿を。しかしそうした幼稚な空想をすればするほどぼくはさいなまれるのだ。なにによってか? しょせんそれが共有されない記憶であるという点においてか。
 たとえばぼくが二○年後に(三○年後だっていい、死ぬ間際にだっていい、そんなことはどうでもよい)ばったりと冴子さんに逢ったとしよう。たとえば大阪への出張から鹿島へ帰る途中の東京駅で、大きなキャリーケースを転がしながらこれから成田空港へ向かう冴子さんに。その時、ぼくたちはどんな会話をするのだろう? あの朝の海を懐かしむのだろうか。──あの時の私たちたちはまだ若かったのね──そう、感情を表現するということに対してひどくおっくうがっていた──ちがうよ、私、なんにも考えていなかったもの。自分のことで精一杯で、大学時代のことなんてどうでもよくなっていたのかもしれない──それはご挨拶だな。でもぼくの方こそあの時本当に考えなくてはいけないことから逃げて、あなたの中に昔の自分を見いだそうとしていたのかもしれない──。そんな、痴人めいた会話でその邂逅をドラマチックに仕立てるのだろうか。しかしぼくはすでに自分に釘を刺しているはずだ。「ぼくたちは過去の共通の話題に言及するなんてことを習慣としてしてこなかった」と。そしてなによりぼくは彼女と昔を懐かしむなんてことは、全く望んでいない。望んだとて、同じ密度で彼女が出来事を記憶している保証なんてない。
 結局のところ、ぼくには思い出を語り合うことさえ危ういのだ。共有されざる記憶──もしかすると、八○分前のことまでしか覚えていることの出来ない痴呆老人の苦しまされざる苦しみというものを言うとしたらそうなのだろう。きわめて個人的な体験にとどまるその状態を人々はノスタルジーと呼ぶ。
 一体、彼らはどこへ行ってしまったのだろう? ぼくはどこへ取り残されてしまったのだろう?
 こう問うことは簡単だ。答えは簡単だからだ。
 亜美はぼくと別れたのではない。ぼくを取り巻いているどうしようもなく現実離れしたエディアカラの園と袂を分かち、現実へ帰って行ったのだ。ぼくは未熟な空想であちら側へ行ってしまった彼女たちに連絡を取ろうとする。しかし空想で現実とつながろうなんて努力が果たして実を結ぶのか。こうして言葉によってノスタルジーを乗り越えようとすることにどれだけの意味があるというのか。
 わからない。
 ぼくにはそれが、わからない。

     △

 中途採用で入ってきた新入社員に工場を案内しようということになって高炉の見学の段取りをぼくは任された。さっそく工場長に電話をかけ、日にちと時間を決めた。
「防塵メガネと検知器は持ってきてね。総務で借りられると思うから」
「わかりました」
 なんでも地上四五メートルの高さまで案内してくれるという。
「均熱炉のてっぺんから工場を見渡すとどこに何があるかすぐわかるから、新人さんに案内するにはとっておきだよ」
 そうしてある日の午後、運良くとても天気がよく、ぼくたちは経理室の入っている本館から高炉事務所の駐車場へ向かって車を走らせた。
「多田さんって前はどんな会社に勤めてたんですか?」
 でこぼこの道を運転しながら隣に座っている、ぼくより五歳年上の「新人」に聞いてみる。
「うーん、銀行の営業って言えばわかるかなあ」
「ああ、ここもたまに来ますよ、副頭取みたいな人が工場見学に。最恵国待遇ですね」
「そうだろうね。まあぼくは個人向けの商品を扱っていたから、あの人らとは考え方がちょっと違うけど」
 構内を走る起動車の線路に突き当たり、一旦停止をするとちょうど遮断機が下りてきた。サイドブレーキを引く。しばらくすると、ディーゼルがトピードカーを牽引してすぐ目の前をゆっくりと横切っていく。
「どうして、辞めようと思ったんですか?」
「どうしてって、こっちのほうがいま景気いいじゃない」
「──あれ、トピードカーといって、これから見に行く高炉から吐き出された銑鉄を次工程に運ぶんです。上から赤い煙が見えますよね。あの中は千度を超えているんですよ」
「ふうん……」
 多田さんは興味のなさそうに返事をするだけだった。
 駐車場で工場長と落ち合うとぼくたちは建屋のエレベーターに乗った。地上百メートルを超す高さを持つ高炉の、最後の踊り場が案内してくれる場所だ。高炉に付帯する設備である均熱炉はちょうどその頂上が踊り場と同じ高さにあり、炉の周りをぐるりと囲む非常通路からは工場の全体が見下ろすことができた。
 前を行く工場長は慣れたもので先へ先へと行ってしまう。人一人がやっと通れるくらいの通路は炉体から空中に突き出しているので手すりを乗り越えてしまえばあとは真っ逆さまに地面にたたきつけられるだろう。まさに空中を歩いている感じだ。
「隣が第三高炉ね。ああ……ちょっと発塵しているなあ。だいじょぶかなあ。──で、あっちが××工場であの線路をぐるっと回って向こう側が……」
 工場長の案内も強い風に聞こえなくなる。ぼくの目は眼下に広がる工場群、もうもうと水蒸気を吐き出す煙突、その先に広がる町並みを捕らえる。
 目に見えないものがうごめいて、そうして形になっていく。でもできあがったものだけを見ていてはたぶん全部は理解できない──あの雨の日にシビックセンターの展望台で亜美と交わした会話を思い出す。正直なところ、今のぼくにはあの頃盛んに頭をひねって編み出していた寓意や比喩にそれほどの興味を持たなくなっていた。今こうしていても、ああ、ぼくの住む町がある、と、ただその一言が頭に浮かぶだけだ。それはぼくがこの町に対して外側からの視点を失ったということの証左なのだろうか。
 一度火を入れてしまえば寿命が尽きるまでフル操業を続けるしかない高炉は、音もなく静かにこの今も銑鉄を生み出し続けている。天気のいい午後、幕張のカーテンウォールの下はたくさんの人々でにぎわっていることだろう。筑波では学生達が眠そうに授業を聞いているかもしれない。
 ぼくはそのことを悲観もしなければ楽観もしない。

〈了〉


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