小日向京『考える鉛筆』

を、読みました。

しかしこの、実家に帰るとなぜか学生のころ使い切れずにため込まれている鉛筆が大量に見つかる問題はどう解決したらよいのか? それはもう、会社だろうが何だろうが「使う」ことにしかありません。でもたぶん10年くらいは筆記具を買わなくて済みそうなくらいなんだよな……。せっせと原稿用紙を埋めるのに使いなさいっていう天啓なのかもしれません。

本書は、まさに鉛筆というモノに対するフェティッシュなまでのこだわりが爆発しています。より正確に言うと、このモノを使うことに対する異様なこだわりというか。でも読んでいて何となくわかります。これくらいこだわっていると一本一本しっかり使っていこうという気になります。とりあえず実家鉛筆問題のためにたまに読み返すことになるでしょう。

本書で感心したのは、一番最後に出てくる下敷きへの呪詛なんですよね。これは学校教育において実際どこまで本当かどうかわかりませんが、筆者が言うには、下敷きがあるからこそ子供たちはぎっちぎちに筆圧を高めて鉛筆を使わなければならないのだと。そうではなくて、本来、鉛筆というのは黒鉛を紙の凸凹に擦り付けて筆記するものなのだから、そんな不要な力を入れて使うものではないし、正しく使えばノートのページに裏写りするなんてことはあり得ないのだと。なるほどな~。これもたぶん2Bを普段使いするかHBを普段使いするかでも変わってくるかもしれないですね。あと、あえて言えば学校教育で硬筆の時に必要な下敷きというのはハードなプラスチックのものではなくて、デスクマットのようなソフトなものです。ぼくも今回、ソフトな下敷きを手に入れまして使用してみましたが、なかなかに使いよい。ただ筆圧問題は別かもしれないですけどね……。ぼくも筆圧が高すぎる方なので、メモ取っているとすぐにへとへとになってしまい、万年筆を使い始めた時も慣れるのにだいぶ苦労しました。

万年筆と言えば、あわせて我が家からはプラチナの万年筆インク(カートリッジの方です)も二箱見つかったので、いったんはこちらを使い切るべく1000円万年筆を新たに購入。いったいぼくの過去の人生でいつプラチナのインクなんて必要だったのかわかりませんが……とりあえず連休明けからの仕事に対するモチベーションはこいつでたたき起こす感じ。


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