西任暁子『本音に気づく会話術』

再読。西任さん著書は三冊出ていますが、新刊になるほどに純粋理論にバージョンアップしていくのでけっこうついていけなかった感じもあったのですが、改めて三冊読み返してみると、この本が一番読み応えがあるというか、実践編としてもう少し自分にひきつけて自分だとしたら、という観点で咀嚼する時間が必要だなと感じました。平易な言葉ですが自分の発言が本当に自分のなんの「ニーズ」に端を発しているのかって結構、自分の深淵を覗き込む恐ろしい作業だと思います。そこには自分のとてもつまらない石ころしかないのかもしれない、自分の価値観なんて、なんとも自己中心的でどうしようもないと絶望するかもしれない。でもまずはそれを直視することからしか始まらない。「ニーズ」は、齋藤孝的にいえば「沿いつつずらせる」ものだと思うから。もちろん自分がどう感じるかを丁寧に相手へ伝えるという手間も必要だろう。でも例えばビジネスの現場ですべての会話でそれができるかというと無理だろう。だから、自分のスタイルや話し方を変えたいのであれば、自分のニーズを、相手と共有できるニーズにずらしていくこと、解釈し直すこと、あるいはリクエストすることで逆にニーズを共有できる可能性に賭けてみること、そういう勇気が必要になってくる。ここには、相手への関心という第二のテーマが出てくる。

二冊目の『聞く会話術』はどちらかといえばインタビューのハウツーのようにも思えたけれど、底流に有るのはあくまで相手への関心をいかに持つか。だから、この『本音に気づく会話術』はぜんぜん逆のことを言っているようにも最初感じられたのだけれど、実は同じことだ。相手に関心を持つ主体は自分だ。相手に関心を持っている自分をまずは愛するということ。そこに価値を置くということ。それくらい回りくどいことをしないと、会話術は本当にただの文例集というか、ハウツーで終わってしまう。そうではない。実は、会話術というのは自分の価値観を冷酷に見据えた上で、相手と共通の財産を築いていく冒険のためのとんでもなく心強い技術なのではないか。それがなければぼくたちはお互いに言いたいことを言い合って終わり、というツイッターのような世界でただそれを「会話」と勘違いしただけで終わってしまうのかもしれない。


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