ガー・レイノルズ『プレゼンテーションzen』

を、読みました。

まあ、なんというかTED至上主義というか、ジョブズ教というか、そういうのはイデオロギーとしてある種の業界人には有るようですが。こんなふうなパワポは日本では無理でしょう。うん千人もいる大企業においては。なぜなら全社員一人ひとりに口で説明しに行くわけには行かないからです。あるいは有る一人のプレゼンを動画に撮ったところで全社員が視聴するわけには行かないからです。そこにはコミュニケーションにかかるコストという問題がかならずある。パワポに情報を詰め込みすぎるのは、その資料が自分の知らないところに出回ったときに意図がきちんと伝わるようにしなければならないから。もちろんそれは配布資料で代替できるのでしょう。けれどどこの世界に配布資料とプレゼン用の資料を毎度毎度用意する時間と労力を持つサラリーマンがいるというのか? 誰もがジョブズではないし、誰もがプレゼンをチームで作っているわけではないし、誰もがTED主義者ではない。

こういう一部のかっこいい人の喧伝を聞くとき、常に頭に思い浮かぶのは太宰治の『駈込み訴え』です。キリストの奇跡を陰でのたうち回って仕込んでいたユダという男の悲痛な叫び。すべてのサラリーマンはユダなのです。


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