「ゆっくり」でいいんだろうか?

この年になると自分の中にもだんだん、どんなに頑張っても成れない自己像みたいのに執着する気持ちもだんだん萎えてきていて、かと言って社会人/会社人間である以上はすべてすべてをマイペースで進めるわけにも行かない(そういう人もいるんだけど、本当に羨ましかったりするのですが)。人生を一段降りて、なにかあくせくする人たちを遠目で見ているような人間にはなりたくない。祭りには参加したいし、やるからには自分を押し通したい。こういう気持ちを持ってしまうところが自分の弱いところなんだろうと思う。人より偉くなりたいとか、人よりいい車に乗りたいとか、人より頭が良くなりたいとか、ある部分で諦めているところもあるのだけれど、「それでもやっぱり」とどこかでまだ自分自身に期待してしまうのだろう。でも「テンション」を上げるだけでは仕事は進まないし、「やる気」みたいな超不安定なリソースを前提に会社に通うことはできない。であれば、テンションをあげようとする自分を警戒し、常に犀の角のように、ただひたすら手を動かすことを金科玉条にすることも、あるいはそれだけで人生はいいのかもしれない。それは味気ないのだろうか? パフォーマンスに酔いしれるということもまた、人生の喜びの一つだったりするんだろうか? しかしそう思っているところがまだまだ卑しいと言うか、人間として小物なんだろうなと思ってしまう今日このごろだったりするのです。


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