こどものほん

なかなか良いチョイスだった。講談社ビーシーというのは、「ベストカー」を発行していた雑誌社らしいです。妙に車の写真がマニアックでした。それでも訪問介護の車だのが「身近」なものの例として出てくるのは時代なんでしょうなあ。子供が産まれてから、自分自身はどんどんミニマリストになっていきますが、本屋の児童書コーナーだの子供服の売り場だの行くと(特に後者)散財しまくってしまう自分が不思議でなりません。


『マッキンゼー式 世界最強の問題解決テクニック』

再読。仕事術というのは世の中にあふれているけれど、いま属している部門は社内コンサル的な面も担っているはずなので、この手の本は「基本的なテクニック」として折にふれて読み返しておきたい。結構バカにできない。

・封筒の裏で(書けてしまうような)簡単なシミュレーションをしてみよう
・紙に書いた者勝ち! →ロジックの共有化だけが組織を動かす
・「面接」は事前と事後の準備とフィードバックが大事
・クイックレスポンスという文化
・コミュニケーション不足による損失よりもコミュニケーション過剰による損失のほうが軽い

この本はわりと具体的なテクニックと精神論的な部分のバランスが良いので「仕事術」編と合わせて読むとなかなかよいです。


東浩紀『弱いつながり』

期待通り! なかなかいい本です。無責任でいい、観光客でいい、コミットしなくていい、でも現場に足を運ぼうよ、そして新しい検索ワートを見つけて、ミーハー的にでもいいから理解を深めていこうよ。そうやって身軽に、どんどんフットワークを軽くしていったほうが、人生から得られるものは大きいはず。


開高健『輝ける闇』

開高健なんて、今読む人はいるんだろうか。わからない。芥川賞受賞作を収めた文庫本は、出ているのかもしれないけれと、ベトナム戦争を文学作品を通じて体験しようという「読者」というのは、今の時代にあってすでに珍しいのかもしれない。ドリアン助川だったか、感銘をうけた本としてあげていた気がする。それが少しだけ記憶の片隅にあって、出張先の、これから東京まで五時間の新幹線に乗らなければならない前に本屋に飛び込み、選んだのがこの本だった。旅は、旅を誘発する。でもベトナム戦争は旅なんかじゃない、ましてや冒険なんかじゃ決してない。そして、政治的な駆け引きが国際関係論という「学問」で扱われるとしたら、文学が戦争を扱えるのはまさにここに書かれてある領域なんだろうと思う。最後のページまで文体がなかなか頭に入ってこなかった。それは因果関係や、謎解きや、起承転結といった、小説が従来持つお約束をあらかじめ超越しているからだ。そもそもこれは小説なのか? ルポルタージュなのか? もちろん文字を追うぼくたちにとってそれは愚問なのだろうけれど。


保坂和志『遠い触覚』

『真夜中』が創刊された時、ぼくは田舎の本屋の文芸誌コーナーに真新しい顔が並ぶのを期待を込めて眺めていた。結局、買うことはなかった。保坂和志の連載が乗っていることは知っていたけれど、単行本化されるまでここまで時間がかかるとは思っても見なかった。そういう意味でも、この本を読むことでここ十年くらいの出来事をさまざまに思い出すし、作者の小説作品はこの『遠い触覚』というエッセイ(と呼んで良いのかどうかわからないが)に先行してどんどん刊行されるので、やはり生の声というか、作品に先行する思考(こういう考え方をもちろん作者は否定するだろうけど)の、ナメクジのような軌跡をひとつひとつ追うことは決して無駄な読書体験ではない。書くことと考えることは違う。でも、書くことで考える、書くことで考えるという営みが触発される、ということもあるだろう。でも保坂の場合、考えたことを書き、書きながら考え、考えては書く。たとえば彼が夕食の買い物に近所のスーパーへ向かう道々、例えば朝起きてコーヒーを淹れるわずかの間に顔を洗ったりパンを焼いたりする所作の最中にも彼はきっと考え続けているし頭のなかで書き付けている。それが作家というものなのだろう。翻って「読む」ということは、そういう作家の動きに身を浸し、一体化し、その資格を我が物とするためになされる。案外と、この『遠い触覚』は書くことを通じて読むことの定義を、あるべき「読む」ということの営みのなんたるかを、一番教えてくれる本なのかもしれない。