小説『合併(仮題)』2

 先の東北を襲った震災以来、廊下の照明は落とされたままその薄暗さはすっかり定着してしまった。その中を要は靴音を立てずに進んでいく。オンライン化便益積み上げ会議──通称「国内営業分科会」は必ず営業総括部が居を構える十二階の会議室で開催される。営業総括に無駄足を運ばせてはならない。必ず、下階のものが上階へ伺いに参上する。そして間違っても社内会議のためにエレベータを使ってはならない。廊下の途中で、屋内非常階段へ出るための、耐火ガラスがはめ込まれた重々しい非常扉と出合う。片手にノートパソコンを持ちながら、ほとんど肩で押すようにして扉を押し開けると、耳にははるか下、あるいははるか上の階で階段を昇り降りする足音のこだまが響いてくる。
 階段を登りながら要は、さっき聞いてしまった「社長が結局頭を縦に振らなかった」という清一の言葉が、頭の中を上から下へと響きわたっているのを抑えられずにいた。今日のこの分科会にどんな顔をして臨めば良いのか? 素知らぬ表情でいつもと変わらず電卓を叩いて終わらせるのか、もはやゼロ地点に戻ってしまったモチベーションを奮い立たせて「俺達だけでも目標の二倍、三倍の積み上げをしてひっくり返してやろう」とあえて身勝手な正義を今更持ち出すか、あるいは極めて事務的に会の解散を宣言しこの検討が始まる前の日常へ無言で戻っていくことを潔しとするか。
 けれど十二階のフロアへ足を踏み入れた途端、廊下の影から走ってきた人物と肩が触れ合いそうになって要が身を引くと、相手は営業総括室の坂井アシスタント・マネジャーだった。分科会には営業総括の代表として必ず顔を出してくる。
「おっ、椎名くんか、ちょうどよかった。分科会はいつも通りやってくれ。色々とまた後で耳にすると思うけど、分科会は淡々といつも通りやってくれればいい。ぼくは今日は出られないから、よろしく頼む」
 それだけのことを早口でまくし立てると、坂井はエレベータ乗り場の方へまた全速力で走り去っていった。「いつも通りやってくれ」という二度も繰り返された指示に、ひとまず従う選択肢しか無いようだった。
 IDカードをかざして執務フロアの中へ入ると、いつもとは違った慌ただしさが満ちているのを、要は直感的に感じる。部長、室長の座っているはずの席が総じてもぬけの殻た。もちろんそういうことはたまにある。たまたま上司陣の出張のタイミングが重なった時などは、スタッフたちの顔はむしろ完全にほころんでおり今日だけはマイペースに仕事を進めてあわよくば早く帰って旨い酒でも飲もうという「自由」な「活気」に満ちている。けれど、窓際の部長席の机の上はつい今しがたまで打ち合わせが行われていたかのように乱雑に書類が開かれたままだし、室長席の椅子は、そこに座っていたはずの人物が弾き飛ばされたかのようにあらぬ方向へ背もたれを向けたまま主人の帰りを待っている。なにより、残された社員たちがむやみにパソコンの画面に顔を近づけてはけたたましくキーボードを叩いている様子は、自分の今目の前にある仕事以外の事情には積極的に関わりたくないというなにか強い拒否感を見ているものに強いてくるのだった。
 要は会議室へ向かう足をつい止めて、ちょうど傍らのデスクで皆と同じように緊張の面持ちで机に向かっていた物流部の新人、有坂仁絵に声をかけた──よくよく覗き込めば彼女はただ単にインターネットのニュースサイトを見ているだけだったからだ。
「何かあったの?」
「ああ……何って、これですよ、これ」
 有坂は経済紙のニュースサイトに速報として報じられている記事を指さした。「宝島カンパニー、パパゲーノとの資本提携全面解消」とある。速報なので記事本文には両社の簡単なプロフィールとこれまでの経緯の要約が載っているだけである。宝島カンパニーは言うまでもなく、要が属する女児向け着せ替え人形のマーケットの中では「カリンちゃん人形」によって不動の独占的地位を築いている。要たちの売る「すみれちゃん人形」は一時期の追い上げ虚しく、現在ではその後塵を拝するにとどまている。ところでパパゲーノ社はアメリカはカルフォルニアに本社を構える、玩具小売では世界規模を誇る超巨大企業で、約二十年前に日本へ進出するに当たって宝島カンパニーと業務提携を組んだ。宝島カンパニーが持つ、日本独自の複雑な流通・商習慣、家庭で「おもちゃ」を買い与えることへの道徳的、教育的、経済的な知見と、「外資」を盾にした合理主義とが強力なアライアンスを組み、日本全国に宝島カンパニーの商品を満載した玩具販売専門の巨大店舗が展開されて行った。それらは郊外の家族層に広く受け入れられ、空前の収益を両社は上げた──しかしそれももう、十年前の話である。今や店舗は最盛期の三分の一まで「合理化」が進んでいる。
 この二社の提携の解消も、記事は、互いのメリットが様々な環境変化によって蝕まれ、もはや日本は魅力的なマーケットではなくなってしまったことが要因であることを推測していた。
「いよいよパパゲーノの日本撤退も確実なものとなったってわけか。──でも、これとうちと、なにか関係があるの?」
「……ここだけの話ですよ、誰にも言っちゃだめですよ。さっき、この速報が出る直前に宝島の社長が突然来たんですよ」
 要は天井を見上げる。役員クラスが執務するフロアは十四階だ。そこだけは予めアポイントがなければ社員でも立ち入ることは出来ず、その階のためだけの受付も設けられている。カーペットの色も違えば、廊下の明かりも煌々と灯されている。要も、一ヶ月に一度開催される副社長報告会の会場設営のために分厚い資料を持って何度か訪れたことがある。そこに今、宝島カンパニーの社長が自ら訪れているという。
「にわかには信じられないな」
「それで総括部の役員連中が急に集められて、たぶんいま、役員室でなにかが起きてますよ」
 だがこのまま待っていてもしかたがなかった。あくまでも要がしなければならないのは、分科会を「いつも通り」に進行させることだった。そして開始時刻は既にして過ぎている。
「どうもありがとう」
 これ以上の野次馬的好奇心を表出しないことを要はサラリーマンとしての美徳であると信じていた。有坂仁絵の方はまだ誰かと何かを共有したくてうずうずしている様子だったが、要は大げさに腕時計を確認する仕草をして見せると、いつもの一二〇六会議室へ歩を早めた。
 ドアを開ければ国内営業部の若手の面々が、いつものように互いに持ち寄ってきた資料のコピーをちょうど配り終えているところだった。会議は開催できそうだった。彼らの横顔を見ながら、要は汗だくの坂井アシスタント・マネジャーに言われたのとは関係なく、こういう時こそ、あたふた逃げずに腰を得てじっくりと仲間たちと議論をするということが大事なのだと自分の思いの正しさを確認しようとする。
「ごめん、遅れちゃって。資料の配布は大体済んだら席につこう。とりあえず選集の議事録から確認をして、それから各室の進捗状況を報告しよう。ひとまずゴールも見えてきたから、今日は数字の積み上げよりも実際に実行に移したときの課題について議論すね時間を十分にとりたい。報告は簡潔に。いいかな?」
 席に座ってノートパソコンを傍らに置きながら要は言う。
「マクロには、ソーシャルゲームによる課金収入と、このゲームを通じて得られる知名度アップがポイントでした。どっちに重きを置くかは事業によって異なると思う。この点は各室から以前より報告のあるとおりです。共通の課題としては、このポータルサイトそのものを広く知ってもらうためにまた宣伝がかかりすぎると何をやっているかわからないということで、これは営業総括部として──」
 議事録の確認をしながらも要はこの部屋に既に充満している「異変」を感じない訳には行かなかった。既に見えない焦燥感がパンデミックのように広まってしまっていた。それはもしかすると、要がかわらぬ日常を演出しようとしていることに対する抗議なのかも知れなかった。三十代の彼は時には二十代の社員の気持ちも代弁しなければならないが、同じくらい会社側の意向を若手に浸透させる役割を担うこともあった。そういう時、「椎名さんも『あっち側』に行ってしまったんですね」とさも残念そうに言い返されることは少なくなかった。いま、要は自分で意識していた以上に、「あっち側」の世界から彼らを見下ろしているように見えているのかも知れなかった。
「──ここまでが、先週の議論の総括です。大丈夫かな?」
 要は顔を上げる。ロの字型に並べられた机に座る一人一人の様子を伺う。その横顔を一人ずつじっと見つめる。目だけは資料の文字を追い、耳だけは要の説明を拾うべくこちらに向いている。けれど右手はボールペンをくるくると指の間で旋回させ、身体は何かを我慢しているかのように異様に浅く椅子に腰掛け、誰かが鼻をすすれば連鎖的に他の人間もくしゃみを始め、背中がかゆいのか何度となく手を背中の方へ回し、貧乏揺すりをし、あくびを噛み殺し、あるいはあくびをわざと見せつけてくる。椅子の位置を直し、革靴を一度脱いでは履き直し、腕時計を外して机の上に置いたかと思えば携帯電話を開いてまだたっぷりある会議時間の残りを数える。


村上春樹『女のいない男たち』

を、読みました。

正直、良かった。とても良かった。

本質的に男はみんな「女のいない男」であるのだし、あるいはたぶん、そういう自分を抱えながら生きているのだし、そしてもしかすると、最後にはそうなるのかもしれません。そして、たぶん(と、敢えて「たぶん」を頻発しますが)村上が初期から描いてきた愛すべき孤独な主人公達はみんな、「女のいない男たち」だったと言えるかも知れません。

「イエスタデイ」は『ノルウェイの森』の変奏のようにも読めますし、「木野」も初期の村上ワールドに程近い状況設定の中に懐かしいキーワードが散りばめられています。経験の長い読者にとっては目新しさはないかも知れませんが、ある意味では田崎つくるにがっかりした後で読むと、「ああやっぱり、ぼくたちは村上のこういう世界を読みたかったんだな」ということを再認識させられる作品かもしれません。

もっとも、ぼく自身はねじまき鳥以降の作品について良い読者ではないので、そういうバイアスもあるのかも知れませんが、作家は処女作に帰るとも言いますし、なんとなく、作者のかつての王道を久しぶりに堪能できるよい短篇集です。


逃げ続ける休日

金曜日が飲み会だったので、その後会社に戻って仕事をしようと思ったが結局、会社に戻るころには日本酒が頭の中でぐるんぐるん回って駄目だった。デスクでおにぎりを食べて、まだ残っていた後輩に「早く帰れ!」と言って自分はそのまま帰った。

翌日、会社に行くも、パソコンだけかばんに詰めてお持ち帰り。その日もまったく家に帰ってもパソコンを開く気なし。

今日も今日とてちょっとだけエクセルをいじったが、実質的になにもせず。結局月曜日に会社行って上司に「まあ、一応やりましたけどね」という体裁を取り繕うためだけ。というか、そのレベルにも達していない。

むしろその前から色々言われていた案件をこの一週間放置し続けていて、なんとなく一山仕事が終わった後だったので毎日定時に引けるか、飲み歩いていたりしたのでこの一週間完全に仕事らしい仕事もせず週末に至っている。

とにかく絶望的にやる気が起きない。やる気で仕事はしない、やる気がないときも義務感で仕事をする、が信条だったけど、それすら最近効力がなくなってきている。どうせ怒られるんだろうな、となんというか、30歳を過ぎてもこんな心持ちで仕事しているのが居たたまれないし、痛々しいのだけれどあーやっぱりサラリーマンは自分には向いていないなあ、とため息を付いたところで何の能力もないし、かつての見果てぬ夢に手を伸ばすでもない。

今日も結局だらだらと本を読み、あわよくばヤル気でないかと思ったりもし、アマゾンでくだらん自己啓発書をまた買ってしまい、そんなことまでしてなにがしたいのか、というかやるべきことはわかっているのにそこに真正面から向かえない自分をほとほと嫌になっている。

ああもういやだ、会社辞めたい会社辞めたいと毎日想い続けてこういう生活が後何年続くのだろうと思うと本当に嫌になる。これは日曜日の夜だから言っているのではありません。

八年働いて、まだこんな覚悟のつかないことばかり書き続けている自分が、情けないですね。なにかいい特効薬がないものでしょうか。睡眠ですかね。


鴻上尚史『「空気」と「世間」』

を、読みました。

ポイントは次の二点。
・日本人は自分の利害関係者集団=「世間」の中で生きてきた
・敬語を使って「社会」の他の集団と繋がっていこう!

前半はアベキンを引用しながら「世間」や「空気」の分析に費やされていますが、最終章でインターネットで色々なグルーブとつながることが可能になって今こそ、「世間」という手垢にまみれた場所から「です・ます」というドライな日本語を駆使していろいろな「社会」集団とコネクトしようという提言がなされます。ここはもっと最終章にページを費やして欲しかったのですが、しかしこれは一見簡単なことを言っているようで、けっこう本質的です。

もちろん社会の諸集団と複数のつながりを持ったところで、相変わらず「世間」はつきまとってきます。ミクシーのなんとかコミュニティに参加してたまにはOFF会に参加して……なんて展開になったとしても、それで会社をやめられるわけではないし、その必要もありません。けれど、人間としての強度は、明らかに多様性を受け入れることによって強められていくはずなのです。それによって人間全体に対する理解も深まっていくはずなのだから。

もちろん卑近な例で言えば、会社だってすべてがすべて「世間」であるわけではないし、すべてが「世間」だと思ってしまうからこそ足がすくむことだってある。むしろ、自分の半径十メートル以内を「世間」だと考えてしまうことから甘えが出てしまうのかもしれません。だったら、目の前にいる人から「敬語」できちんと意思疎通することから始めてみるのも、一つの突破口になるかも知れません。

福田和也も何かで書いていました。「敬語」というのは、相手との距離感を予め固定化することで余計な探り合いを無くし、対等な会話を成り立たせるのに必要な、日本語に備わった強力なツールなのである、と。

一歩マンションの外に出ればそこは「社会」であって、けれど「です・ます」を駆使してその中を泳ぎ切っていけば大丈夫! という、少しの勇気を、そして大いなる可能性を秘めた勇気を与えてくれる良書です。


小説『合併(仮題)』1

 壬生第二工場とのテレビ会議の最中、営業部から参加していた椎名要は、議論が暗礁に乗り上げたのを境にカメラの死角へ椅子をずらすと、眼を閉じて長考に入る素振りを見せた。その頭の中ではかつて小学生の頃──すでに二十年ほど前になるが、家族旅行で訪れたある美術館のことをふと、思い出していた。
 ビスクドールのコレクションを見たいと言い出したのは、衛生陶器を扱う会社に勤めていた父親の単なる気まぐれだったのかも知れない。けれど思いの外、母親も、前の晩に宿泊した水戸のホテルのロビーで目にしたのだろう、その美術館のパンフレットの内容を憶えていて、自身のヨーロッパアンティーク趣味と符合したらしく、この夫婦にしては珍しく意見の一致を得た。
 夏休みで、北関東をぐるりとドライブ旅行をする途中だった。その年の春に、十年ぶりに車を買い換えたこの家族にとって、車で行きさえすれば特に目的地は問わない気ままなものだった。
 陶器の一大生産地としても知られるK市に位置するからなのか、陶器製のアンティークドールである「ビスクドール」のコレクションは日本においては唯一であり、かつ最大の規模を誇ると、確かにその美術館の案内書は誇り高く断じていた。薄暗い緞子を垂らした背景の中に、無数の人形が立ち並び、その二つの目が窓の外の光を映して鈍く輝いている。粗悪な印刷になる館内と思しき写真は、遊びたいさかりの小学生にとって、少なくとも心ひかれるものではなかった。しかし既に十代にさしかかろうとしていた椎名少年にとっては、両親の喜ぶ姿に自分の意志を差し出すことを、一種の大人びた喜びとして受け取っていた。そういったタテマエを打ち立てることの美徳を感じるくらいには、背伸びをしたい盛りなのであった。
 水戸から乗った高速道路のインターを降りて、ほとんど高速道路と変わらない幅員の道路をほとんど同じ速度で走り続ける。道の両側はただ、何も無い大地が広がっている。何も、無いのだ。建物が建っていない耕作地であるとか、砂利の敷き詰められた大型バス専用の駐車場が広がっているとか、そういうことではない。ただ、なにもない、なんの目的もない土地が見渡すかぎり広がっている。子供心にも、都会で育った椎名少年の眼には、そういう純粋な空隙もまた奇妙で珍奇な風景であったに違いない。だから突然山深い細道に車が入り込んでからは、目に映るものよりもむしろ、舗装の整っていない田舎道で新しいセダンがでこぼこをよく効くスプリングで振動を吸収し波を滑っていくような身体感覚の方へ記憶の濃度は移り変わる。
 やがて峠らしき山を越えると一気に視界が開ける。再び道幅は広くなり、車線は増え、今度はその両側にはコンビニやファミリーレストランの派手な色彩の看板が立ち並んでいる。よく知っている生活のよく知っている光景だ。途中でコンビニの駐車場に止まりながら分厚い地図帳と道路標識とを何度も見比べれば、意外と美術館の駐車場はすぐそばにまで迫っていた事を知る。
 車を降りて美術館の建物まではなおも坂道を登っていかなければならなかった。夏の暑い盛りの真昼だった。アスファルトの足元からむんと立ち上ってくる熱気と、影一つ落とさない地面のむしろ日に照らされた白さとが顔に迫ってくるのを要は感じた──より正確に言うならば、その直後に目にすることになる人形たちの住まう城の暗さとの対比において。
 「城」というのがいささか大げさだとしても、それは尖塔と呼ぶ他ない、この平地の贅沢な土地にあっては珍しく垂直を指向する建造物だった。人がすれ違うのがやっとなくらいのらせん階段を登れば各階を時代ごとに区分して狭いガラスケースが円形のスペースに詰め込まれている。製造されてより百年を超過する人形も相当数あり、保護の観点から外光が直接に当たることを最大限に避けており、人工の照明でも極限にまで抑えられている。だから観覧者はガラス面にほとんど鼻の先を押し付けるくらいにまで近づかなければ人形たちの髪の毛、陶器によって表現された肌の美しさ(そこには人の手によって丹念に磨かれた膨大な時間が潜んでいる)、ガラスの目の精巧さ、パトロンたる貴族たちの贅を尽くした洋服のレースを確認することができない。
 まだ背の低かった要もまた大人たちの行列に混じりながらガラスの縁に手をかけて背伸びをしてはひな壇に座る小さな人形たちの姿を目に焼き付けた。一階かららせん階段をたどっていき、三階にたどり着いたとき、、要の眼は一人の──そう言って良かった──ブロンドのお下げに水色の鮮やかなワンピースを着た少女の姿に釘付けになった。暗い中にあってもつややかな、しかし血色の良い健康さからは程遠い透き通るような白い肌、今にも憂いの涙を滴らさんとする眼球、一方で決して開かれることはないであろう小さな口元にはほんの少し笑みの兆しが宿っている。それらを一つの表情として読み解くことは、名付けることは要の年齢では早過ぎる課題かもしれなかった。もしかすると、その顔の小さな面積の中にかほどに様々な要素を敷き詰めたことは人形製作者の技量の不足なのか、あるいはむしろ熟練者の「へたうま」に属するものなのかもしれない。要の小さな本能が「彼女」をこの山奥の孤城から連れ出したいと、まるで遅れてきた初恋のような衝撃を彼の胸中に波立たせた。要はしばらくその場を離れることが出来ず、ずっと上階の展示室まで見終わってしまった両親が探しに戻ってくるまで立ち尽くしていた。
 もっとも、こうしたエピソードは要にとって今となっては幼年期の根雪のような記憶に過ぎず、玩具メーカーの、それも女児向けの着せ替え人形を打って歩く仕事についたのは、むしろこの業界の海外進出の遅れ、他資本提携の度合いの低さに、かえって将来発展の可能性があるという学生らしい見込みに基づいた、熱心な就職活動の結果の、そのまた結果に過ぎない。彼は入社してから最初の五年間を、今テレビ会議の画面の向こう側──壬生第二工場の経理課で過ごし、その後本社の営業部に移って三年が経つ。言い換えるならば、彼は今、この会議室において、この「フィギュア・トイ」部門において製造現場、原価、販売の実態に最も通ずる人間として招かれている。
「端的に言って、もっと売れないんですか? そりゃあクリスマスだのなんだの、季節段差はあるにしても、今月もまた右肩下がりじゃないですか!」
 スピーカーが割れんばかりの声を伝えてくる。
「二枚目の資料よく見てください、一家庭あたりの普及率は決して下がってはいません。これは構造的な問題なんです。製造側の論理だけで在庫を大量に抱えることなったら、誰も幸せにならないですよ。後に借金を残すだけです」
 営業部の生産調整担当がすかさず言い返す。
「だったら! なんで少しでもロットを集める努力をしないんですか! 輸出向けの話はどうなったの? 変なテレビゲーム作って遊んでばっかりいて、本気で仕事しているのか! 椎名! そこにいるならなんとか言ったらどうなんだ!」
 浅野工場長が机を叩く音まで響いてきて、椎名はようやくとじていた眼を開き薄暗い人形の館から外光を何ら遮るもののない吹きさらしの荒野に戻る。椅子を元の位置に戻してカメラの視界に入ると、最近プレスリリースされたスマートホン向けの新規事業について、教科書的な返答を──それは既に彼にとっては何度目のことかわからない──マイクに向かって繰り返す。
「今や小学生だって、あるいはその親御さんの世代にとってもインターネットやスマートホンの存在というのは無視できません。ましてや、人形遊びをさせるくらいの文化的水準や所得レベルのある家庭においてはなおさらです。こうした情報技術の高度化は、我々玩具事業においても所与の条件として戦略的に取り組んでいく必要があります。プレスリリースにもあるようにこのオンラインコミュニティである『すみれちゃん・キャッスル・パラダイス』を活用して『すみれちゃん人形』の販路拡大になれば、工場長がお持ちの危惧は早晩、解消されると営業部では信じて疑っていません。以上です」
 そこまで説明したときにはテレビ会議のシステムが予約時間の終了一分前を告げるビープ音を発し始めていた。
「全く椎名もすっかり本社様の人間になっちまったな。とにかく、早急の効果発揮を数字で示してもらわないと、こっちは生産計画もまともに組めないんだから、わかってるな!」
「わかりました。今日はすみませんが、このへんで。また発注情報の第二版は送ります」
 要はそう言い切ってリモコンのオフボタンを押す。テレビ画面が暗くなり、東京本社の出席メンバーは一同に声にならないため息を胸の奥底から漏らした。
 ここ日本で、女児向けの着せ替え人形の定番と言えば玩具業界最大手の宝島カンパニーによるカリンちゃん人形であり、一九六六年の発売以来世代を超えて愛され続けている。一方で要がその籍を置く住吉トイズは、元々は住吉財閥系のプラスチック成形メーカーから枝分かれした中小玩具メーカーで、あくまでも玩具を企画する会社からの発注に応じて製造を行う受託生産をその源としている。それが、一九八〇年に独自企画で発売した「すみれちゃん人形」がじわじわと人気を上げていった。後発参入ながらも、メーカーとしての技術力が幸いし、子供向けだからといって妥協しないモノ造りの姿勢が、子供向けだからこそより良い品質のものを与えたいという層に評価されて発売十年を経た一九九三年にはカリンちゃん人形と肩を並べるほどの出荷数を誇るに至った──というのが、要が入社したときに住吉トイズの輝かしい軌跡として人事部から何度も聞かされた「社史」である。そしてこの物語が既に二〇年も前の一九九三年で一旦の区切りをつけなければならないことを、社員たちは様々な思いで受け止めていた。大抵は「その後の展開は皆さんも御存知のとおりですが」というクリーシェが、いささか自虐的な調子で、その場に居合わせた人間たちの微苦笑を誘うことになるのではあるが。
「そうは言ってもこれ以上の下方修正はさすがに経営企画もなにか言って来るんじゃないか? 流通に在庫持たせ続けるのも、今回はさすがに限界だよ、在庫率、見ただろ?」
 会議室から出て喫煙ルームへと足を向けながら、同席していたマーケティング部に所属している同期の富田直樹が要に言う。
「それを黙らせるのがお前らの分厚い『調査結果』とやらじゃないのか?」
 午後三時という時間帯ともあってか、一服タバコを吸いにくる社員たちで喫煙室は紫煙と野太い笑い声で既にいっぱいだった。ここ茅場町の本社十一階は国内事業部がフロアを占めているので特に他部門に聞かれて困る話も無いせいか、自然に本音が大きな声で漏らされる。メーカーの喫煙ルームといえば、そういう場所であると相場が決まっている。
 一方で要は値上げを機会にタバコをやめてずいぶんと経つのだが、直樹の一本に付き合うべく缶コーヒーを自販機で買うと、窓際のハイテーブルに二人くらい立っていられる隙間を見つけて、そちらへ歩いて行った。
 そこへちょうど、男児用玩具の花形であるカードゲーム事業部に属するち、要たちよりは二つ年次が上の岡林清一の姿も目に入った。彼もまた壬生第二工場の経理課出身であり、入社したばかりの要に電卓の叩き方から財務諸表の読み方まで叩き込んだ張本人である。
 どうも、と軽く会釈して要が近づいていくと、清一は開口一番に要が最も恐れていた言葉──同時にそれは答えが出ることを最も待ち望まれていた内容ではあるのだが──を放った。
「あのスマホのポータルサイトの件な、社長が結局頭を縦に振らなかったそうや。いま、十三階の様子見てきたけどな、えらい騒ぎになっとったで」
 努めて冷静さを装いつつ、缶コーヒーのタブを上げて一口飲んでから要は、ようやく耳から入ってきたその言葉の意味するところが頭の中に染み渡っていくのを感じる。鈍痛に似た波が押し寄せてくる。それは、これまで何百時間と費やしたか知れない関連部署との調整と、記載する説明書きの一字一句、あらゆる試算前提を微に入り細を穿って幾度と無くやり直したIRR計算と、そして製造部門に対してこれこそが販売促進の最後の切札であり、うまくいったあかつきには各工場の高稼働率は百パーセント保証すると大見栄を張ったすべてが水泡に帰するということではあるのだが、この身が受け止めるには、少しばかり時間が欲しいというのが要の、要の身体の、正直な反応である。
「プレス・リリースはどうするんですかね?」
 要と違って業務上さほどこの件で利害関係の範囲が広くない富田直樹が、既に短くなっている一本目の吸殻を灰皿に押し付けながら横から口を挟む。要が先の会議で言及した「すみれちゃん・キャッスル・パラダイス」だけでなく、岡林清一たちが売り出しているカードゲームのオンライン化をメイン・コンテンツとして計画されつつあった住吉トイズのスマートホン向けオンラインゲームのポータルサイトは、末端社員が誰一人その内容を知らされていない状況の中、半年前に突然会社のホームページを通じてその開設が予告された。社員たちにとっては、青天の霹靂とはこのことだった。しかしもっとも驚いたのはこの計画が、ほとんどなんの中身もないままにリリースされたことが徐々に明らかになっていってからのことだった。
 玩具業界の中でも自前で企画・製造していることを誇りとしている住吉トイズにとっては、ポータルサイトはほとんど新規事業の立ち上げを宣言するものと言ってもよいくらいで、早速社内に柔構造の検討チームが設立された──「らしい」。このチーム自体が副社長をチーム長とする機密性の高いもので、実質的には要たちにとってはお偉いさんが今日もどこかで議論を戦わせているくらいの認識でしかなかったのだ。
 事態が急変したのは、二ヶ月前、ちょうど新年度が始まったばかりの頃、全営業部長に対し、件のオンラインゲームの営業上のメリットについて各部最低でも五億円ずつ積み上げるよう指示が降りてからだ。同時に、オンライン上に展開するソーシャルゲームの内容についての検討も、社内の若手社員を相当に起用した分科会が設けられて検討が開始された。同じ室の金田マネジャーから、要はガール・ドールズ部門におけるその分科会を仕切る立場に任命された。
 金田は部長から降りてきた事務局作成になる検討スケジュールを見て、その五秒後には次のように言い放っていた。
「結局ガチガチ頭のおじさん連中では何も決められなくて、コンサルから開発費用だけ提示されるとあわてふためいて現場に仕事を丸投げってわけだ。モノ造りだかなんだか知らねえが、変なプライドで自前の開発にこだわって、ひよっこ集めてパソコンぱちぱちやったって今更手遅れだよ」
 言い放っただけでなく、鋼製机の引き出しを固い革靴の先でガツンと蹴り飛ばしていた。
「おいっ、椎名! 明日からお前が開発部長だ!」
 ……という顛末である。
 プレスリリースでは「検討を開始」という曖昧な表現が使われており、さはさりながら株価もその一瞬は多少持ち直したことから、もう後には引けない状態に陥っていた。いつまで経ってもリリース情報が出ないことから、東証に副社長が呼び出しを食らったという、およそ信じがたいうわさも聞こえていた。それに類することは実際に、あったからこそ本当に「検討」を始めたのかも知れない。
 とにかく火がついたように事務局からの便益試算要請と激しい「もっと、もっと」という積み上げの圧力が毎週のように続き、いつの間にかこのプロジェクトで便益が出なければ責任はすべて営業部門にありという雰囲気が何の根拠もなく周知のものとなっていった。
「まあ、多少子どもたちの夢を壊すことにはなるかも知れないけど、名誉の撤退として傷が浅いうちにさっさとゲロっちまうほうがよっぽどええな」
 清一はそう皮肉っぽく言いながらも顔は少しも笑っていない。カードゲーム事業はしょせん絵と文字が印刷された紙切れを売っているに過ぎない。そのペラペラのボール紙にどれだけの幻想を乗せられるかが彼らの仕事であり力量だ。多彩なグラフィック、男児の好むモチーフの導入、複雑すぎずしかし大人でも夢中になれるルールの設定……それらがひとつの世界観を構築したとき、彼らが売り歩いているものはカード以上のもっと別の何かに変貌する。
 しかし今回のオンライン化をカード事業部は、その紙に高度な技術を駆使して色鮮やかなオフセット印刷を施すことさえ必要なくなる好機と受け止めた。受け止めるしかなかった。社内の他部門が右往左往する中で、いち早くコストダウンと新たな収益源泉の確立を両立するプランを打ち出した彼らは、このプロジェクトにおける最右派と言って良かった。
「しかし、うちのガキンチョだってもういっちょまえにパソコンのキーボード叩けるっていうのに、こんな時代に検索しても出てこないもんなんて存在しないも同義やで。この投資に踏み切れなかったら、一体この会社、何でこの先もうけていくつもりなんや?」
 清一の言葉を聞いてか聞かぬか、一瞬、喫煙ルームが静まり返る。だが、その静けさに気がつくより先に当の本人は盛大なため息をつきながら部屋を出いった。要もまた、残り少ない缶コーヒーを飲み干し次なる会議の部屋へ行かなければならない時間だった。


二日連続で

タクシー帰り。

いい加減、予算も終わってほしい。
いい加減、早く帰りたい。
というか、本当にこの生活を何とかしたいのだが
どうしようもない。

あとからあとから色々出てくるし、やり残しもたくさんある。

結果としてビジネスマンとしての信用を落としていく。

もっと話そう。

もっと、声を出していこう。

君は、あまりにも言葉を端折りすぎる。
子供じゃないんだか、誰かが君の意図を忖度してくれるなんてことはありえない。
10伝えたいなら100の言葉で向かうべきだ。メールでもいいから。

少なくともそれが、いやしくも言語文化学科を卒業した者の、
社会での勤めではあるまいか。


新年度です

日が改まって、新年度になりました。

お世話になった方々が社を離れていきます。もはや、昔の仕事ぶりややり方を知る人も少なくなりました。いよいよ、ぼくは、誰にも知られること無く、単独者として生きていかねばなりません。

誰も頼りませんし、誰も守ってくれません。
そういうところに、ぼくはいます。

一挙手一投足に、魂を宿し、全身で己を表現し、貫いていかなければ、生きていけません。

新年度は、そういうつもりで仕事をしていくつもりです。
日々が退職日であるかのように。あるいは、日々が、初任日であるかのように。

自分の中ではもうひとつ、「教育」というテーマを掲げたいと思います。かつてあった教師への憧れの力を、今一度呼び戻したい。それは、自分に対するものだけでなく、「後輩」であるとか、あるいはこれはかつてあった一つの素晴らしい文化ですが、「上司を鍛える」ために。

齋藤孝でも、久しぶりに読み返していこうと思います。