今まで出来ていたことが急にできなくなった。身体か本当に動かない。頭の中でいろいろな声がして、腰が引けてしまう。

一定のストレスにしか耐えられないのなら、他に大きなストレスが発生してしわ寄せを食っているのか?
人間関係が以前よりも複雑だからか?
義務感を感じなくなったからか? つまり自分の仕事としての認識が甘くなったからか?
でもそれを最後の牙城にしてしまったら、本当に、実効感の話にまた戻ってしまう。

だめだ。どうして自分から動くことができなくなってしまったんだろう。ずいぶん今まで、おだてられて来たのかな…。
それともやっぱり教育的パフォーマンスが過剰で、社内で成長ごっこをしているに過ぎないというそのことに全然乗れないのか…気持ちとして。

どうしたらよいのだろう…。


石川寛『ペタルダンス』

を、見てきました。

デビュー作以来のスタイルは変わらず、また菅野よう子の音楽も冴え渡っていました。キャスティングも申し分ない。

けれど、もうあんまり、この手の映画に感動するようなこともなくなりました。ただ、長くてきれいなスクリーンセーバーを眺めてきたような。それが映画としてダメだというのでは決してなくて、こういう作品は全然ありだし、モチーフの古臭さやいかにもな感じの女性像に辟易する連もあるでしょうが、でも、90年代のある一角にはこういう光が燦然と輝いていた。それを2013年に、新作として見たときに、どれほど観客の目に耐えられるかというのは作品論とは別の話でしょう。何が言いたいのかっていうと「もうおなかいっぱい」ということ。

「マイバックページ」の女優が二人出ていて、忽那汐里のナチュラルさは石川寛の方向性によく合っていたと思う。逆に宮崎あおいは厳密に言えば「ナチュラルな演技派」なので、安心しきって見れてしまうという、そのことがあまり、映画を前に進める力に貢献していないように思えた。男性陣をもう少し時間割いて欲しかったなあ。

という雨の日曜日でした。シネクイント。渋谷は本当に久しぶりでした。


今日も休日出勤。4月に入ってから必ず土日のどちらかは会社に出ている。そうしないと追いつかないし、「土日何やってたの?」という無言の圧力に自分が負けてしまったような気がしてならない。仕事と、寝るだけの生活である。二ヶ月ばかりこういうのが続くのは昔からあったし、先の山谷がわかっているからなんとか耐えられたのだけれど、今ではもはや五里霧中でありかつ一寸先は闇。ただただ、山道を上へ上へ登るだけ登り、だんだん空気の薄さにゼエゼエと身体か追いつかなくなる。

そのくせ金曜日の夜には、一回気持ちを落ち着けて来週頑張ろう的な雰囲気にはなるのだけれど、月曜日の朝一にはまた例の出来たか出来たか攻撃が頻出する。ダブルバインド。いや、ダブルバインドではないのだ。ぼくたちは物事の楽な面を見てはいけないのだ。それはすべてまやかしであり、こんなこと言ったらこいつはどんな反応をするかな? という裏の意味が含まれているのだ。気を抜くのなんてほんの一瞬しか許されないのだ。

本当にこの会社は人間不信がベースになっている。至る所でそれを感じる。本当に、組織が個人を信頼していないのだ、ビックリするくらいだ。だから言葉を言葉そのままに取らないで、いや本当はこういう意図なんだとか、本人のいないところで度々忖度する。訳がわからない。直接聞きゃあいいじゃねえか。だから、全部パフォーマンスなんだよ。丸腰でお互い話をし合うっていう文化がないのかね……。