また日曜日の夜がやってくる

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毎週毎週、この時間になると、あるいはこの時間をめがけて気持ちがどんどん落ち込んでくる。
いったいこんなことをあと何回繰り返せば良いのだろう? 何をどうすればこの負のスパイラルを断ち切ることができるのだろう? いつまで経っても何をしても自分に自信が戻ってこない。妙に卑屈になって、ちょっとでも優しくされれば有頂天になって頭の中が肥大化する。もっと他に考えるべきことはあるのに、時間があるときほど後でいいやと遮断してしまう。誰かに操られながら自分で自分を律せよと言われる。ダブルバインド。強制される主体性。

つまりは、ぜんぜんぼくは信頼されていないし、放っておいたら何もしないだろうと思われているのだ。そう思われているならいっそ何もしたくなくなる。自分で考えて動いたつもりが、結局は相手が、自分で考えて動くならこう動くべきという模範回答を持っているのだ。鶏と卵。

まったく学校的優等生たちよ!!


でもやっぱり

疲れるものは疲れる。

誰も分かってくれない、というか、誰も分かってくれないよねって言い合えるような関係が、断ち切られてしまったのでそれが余計ツライんだよな。でも、なんとなくそれを知っている人が声を掛けあって、なんとか保たれているモラルが今の精一杯だと思う、正直。

仕事をいっぱいやって疲れるのはいいけど、そうじゃない疲れ方が多すぎるよ。

あーあ。


飲んだ次の日は早く出社しなければならない

あんたが一日でできることを一日でぼくもできるかといったらそれはまったくの誤解なのだが、誤解であることを解っているかどうかは置いておくとして、やはり一日でできると思われていることは一日でできないとどうしようもないんだな。

今日は飲み会だったが、明日は結構早めに会社に行っていろいろ準備しなくちゃいけない。

あるいは、ぼく自身が「一日」というのを睡眠時間もカウントした「一日」だと誤解しているだけなのかもしれない。その可能性大だ!

しかし優等生的に「ちゃんとする」というのも実につまらない。

実につまらないことを当たり前のようにするのが会社というところなのか。

よくわからなくなってきた。


穏やかな春を迎える

特に異動もなく、そして何となく今いる部署もこの先長く居るような気がするので、いっそのことそのつもりで仕事をすることに心を決めました。腰掛けではなく、定年までそこで踏ん張るくらいの気持ちで業務に当たるというのは、一つの美学のような気もします。加えて管理職の第一歩みたいな役職にもなりますので、もうあまり遠慮せずに言いたいことはどんどん言っていこうかとも思います。ぼくは気が優しいので常に半ギレくらいの気持ちでいたほうがいいかもしれません。それこそが、むしろ職場でも自分自身であるために必要なことなのかもしれません。どうせ失うものは何も無いのですから、自分の信じたとおりに生きて行くのもいいかもしれません。

………というのは仕事の話ですが、あっちの方もね。そろそろ本腰を入れて取り掛かりたいと思います。

あとこれ↓がすごすぎて、感動しています。モノを作るってもっともっと究極まで考え抜かないと、なかなかできないことなんだなと思い知らされました。なんというか、作品そのものよりも、こういう作品が生身の人間の手によって作られているということに、ひたすら感動してしまいました。


平熱の文章

仕事も落ち着いたのて、最近はけっこう「何も言われていないので自分で何をするか探す」ような時間も増えました。溜まっていた資料を読み込んだり、春から考えている勉強会のネタ探しなど、けっこうのんびりと過ごせています。一ヶ月前とは雲泥の差です。

一過性の担当業務に忙殺されていたので、いざ平常モードになると案外定例の仕事というのは少なく、早く帰れるときは帰り、あるいはこういう時間をどう使うべきかを考えたり……まあ、言われたことをやるのが仕事ではないのだ、ということを考えさせられる時期ではあります(そろそろ管理職っぽいものになるらしいし……)。概して、忙しい時には時間があればあれもこれもやるのになあ、という思いはあるものの、いざ時間ができると「今しか早く帰れない!」とソワソワしてしまうのがよろしくない傾向なので、常に「平熱」で、クールに、業務にあたりたいです。なかなか無理なんですけどね。

というわけで、今日もしっかり休みが取れたのでのんびり考え事でもしようか。

忙しいほどブログを更新してしまうというのも、変な感じです。


きゃうにき

ようやく昇格面接が終わったのでほっとしている。あの20分間のために何時間を費やしたことか…。

すっかり春なので今日は髪を切りに行く。新しいシャツでも買おうかしらん。

明日は採用活動のため学生に会う。

少しずつ、新しいことを始める準備にとりかかっていきたい。気持ちの面でもね。

ああ、久しぶりに気持ちが軽い。


きょうにっき

3月になったので定例の実績まとめ業務をしこしことやっつける。途中で駆り出された大きな仕事が終わって、ちょっと一息付いている。本来の担当もぼくがいなくても回っているようだけど、なるべく打ち合わせには参加しよう……。どうせまた「最近アイツ余裕そうだな」とか思われてぎゃんぎゃんまた追い立てられるのだろうから、少しのんびり出来るときは卑屈にならずにのんびりすることにしよう。卑屈、ねえ……。

今日はアマゾンさんからフレンチプレスが届きました。ちょっといいやつです。これでおいしいコーヒーを飲みたいな。


とにかく本当に、この今の道を歩いて行く先にある出口を見つけなくちゃならない。ぜんぜん別の道を、反復横跳びで見つけようったって同じことを繰り返すはずだ。ぼくはきっとどこにいても不平不満を並べ立てる。得意技なのだ、そういうのが。でも、いつまでもこんなことしていられない。与えられた条件をクリアしていこうじゃないか。不条理に思えることも、思い通りのいかないことも、そりゃ、どこにいたってあるさ。今ここにあるということを肯定するということは、今まで歩いてきた過去を肯定することだ。いいじゃないか、おまえにしちゃよくやった、よくここまでこれた。そうやって明日も、ちょっとずつ、前進していこう。


三月

うーむ、たまに聴くとやっぱりいいですな。
最近のミスチルは全く聴かなくなったのだけど
とんがっていた時代のとんがっていた音というのは
いつまでも心の奥に記憶されています。