鴨長明『発心集』

を、読みました。方丈記にも火事の話は出てきますが、仏教説話集である発心集にも天災から人災まで様々な災いが登場します。鴨長明という人はやっぱりどうしようもない運命に翻弄されながらも行き着くところにはみんな行き着くんだよ、その場所があんたの求めていた場所なんだよ、ということを繰り返し色々なエピソードを交えながらうったえているように読めた。かといってそんなに説教臭くない。なんかこんな変な成り行きになった人がいたけどまあいいよね、というちょっと解釈の余裕を持たせてくれている説話もたくさん入っています。割りと平易な古文なので、高校生位からでもごりごり読み込めていけそう。

しかしなんといっても、震災後の今となっては「武州入間河沈水の事」に描かれる大水の描写がなんとも生々しく感じてしまう。

かかる間に、さるべき仏神の助けにや、思いの外に浅き所にかきつきて、そこにてくちなわをば、かたはしより取りて放ちてげる。とばかり力休むる程に、東白みぬれば、山をしるべにて、かろうじて地に著きにけり。船求めて、まず浜の方へ行きて見るに、すべて目を当てられず。浪にうち破られたる家ども、算を打ち散らせるが如し。汀に打ち寄せられたる男女・馬牛の類い、数も知らず。
其の中に、官首が妻子どもをはじめてとして、我が家の者ども十七人、ひとり失せでありけり。泣く泣く家の方に行きて、見れば、三十余町白河原になりて、跡だになし。多かりし在家、たくわえ置きたる物、朝夕よびつかえし奴、一夜の内にほろび失せぬ。


結婚写真とアルバムが出来上がった

昨日の夜、変な時間に佐川が来たと思ったら予定より一週間近く早く届きました。我ながらなかなかの出来だ! データも全部もらった(買った)ので今年の年賀状とかに活用できると思います。いやー、式をしないと言って「今時婚だね!」とdisられ続けましたが写真で残すという選択肢はなかなか良かった。なによりこういう所で価値観が合って良かった。

というわけで最近は早帰りで創作活動にも専念でき、同人誌への作品はようやく初稿脱稿→推敲一周目を終え、現在推敲二週目に突入しました。どうしてこう何度やっても手を加えたくなる部分が出てきてしまうのか不思議なものですが…。

明日からはもう少し真面目に仕事しよう。


扇風機を購入

しました。自分の仕事上の感覚も含めて、家電関係てちゃんとフェアトレードになっているんだろうか…という若干の不安感を持ちながら=2~3千円位で買えてしまったらどうしよう…などと考えていたのですが、いわゆる普通の量販店でも7~8千円がリビング扇風機の底値のような感じでした。

ただテレビの売り場が入口入ったところに昔はでんと構えていたのに二階に移動してしまっていて、やっぱり儲からないんだな…と、そこは再確認。家電がたたき売られていると巡りめぐって自分の給料にも跳ね返ってくる気がして(実際そうなんだろうけど)、最近はものすごく不安なります。

一昔前だったら家電メーカーといえばやっぱり新しいモノが次々と出てきて、卑近な例でもカセットテープがあって、CDがあって、MDが出てきて次はどうなるのだろう? という「次」の技術に対する期待が購買をあおる一つの要因にもなっていたようにも思うのですが、そういうのもだいぶ行き詰まっているような感じもする。

既にデジタル機器としてのスタンダードというのがある程度固まってきているので、というか、固まっていないのかもしれないけど、日本メーカーの製品を見ると後はもう画期的な新技術というよりはしょうもない組み合わせの妙みたいなところでしか勝負できてない(テレビにイオン発生器付けたりとか、スマホに赤外線つけたりとか?)ように見えてしまう。

まあでも期待するのは宇多田ヒカルじゃないけど、原子力発電みたいなものすごいもの作ったのならそれに変わるもっとすごいものも作れるんじゃない? という…期待が人を良い意味であおっていくというのも一つの真実だと思います。ただこれは重電の話だな!

ちと古いけど
電機決算の明暗鮮明 日立最高益、ソニー赤字最大


ハインライン『夏への扉』

を、読みました。SFの古典と言われながら、読んでみれば非常に若々しい印象でした。それはこの作品がタイムマシンを扱っているのとは関係なく未来指向であるからなのだろうと。過去をごちゃごちゃいじくるレトリカルな作品だけを純文学と思うなかれ。勧善懲悪を大衆文学と片付けるなかれ。読んでいて、読んでいる事自体が幸せに感じる稀有な作品でした。

SFってぼくの記憶ではこの前読んだのが中学二年の時のソラリス以来なので…干支を一周するよりもなお前の話です。とにかくいい作品は積極的に読んでいこう。

仕事がちょっと一息付いてきたので最近は定時帰りがもっぱらです。七時台の電車って混んでるんだね。


コルタサル「南部高速道路」

岩波文庫によるコルタサル短編集を読みました。長塚圭史演出で現在舞台化されている「南部高速道路」も入っていて、少し気になっていたので手にとると、やはり集中、この「南部高速道路」がずば抜けて印象に残る作品でした。

パリへ向かう途中、原因不明の大渋滞に人々は巻き込まれます。冬の寒い中、一週間以上も(!)のろのろ運転をし続ける中で、ある技師とその周囲のドライバーたちがつかの間協力しあい緩やかなコミューンを形成します。本編のほとんどはこのノロノロ運転の中で形成されたグループの人間模様が描かれるのですが、食料が尽きたり病人が出たり流言飛語が飛び交いと、それはまあ社会の縮図のようなものです。圧巻はラストシーン。なぜかわからないが渋滞が突如解消され、車はどんどん加速し、加速していくに連れてつかの間のコミューンがまるでもう無かったかのようになってしまう。隣を走っていた車ははるか前方に消え、いつに間にか知らないドライバーたちが技師の周りを埋め尽くしている。これはもう人生の縮図。

車はいま時速八十キロで、少しずつ明るさを増して行く光に向かってひた走っている。なぜこんなに飛ばさなければならないのか、なぜこんな夜ふけに他人のことにまったく無関心な、見知らぬ車に取り囲まれて走らなければならないか、その理由は誰にも分からなかったが、人々は前方を、ひたすら前方を見つめて走り続けた。

池澤夏樹の世界文学全集の短編集にも収録されています。遅ればせながらラテンアメリカ文学ブームに乗ってみようかしらん。


中村明日美子『ウツボラ』はこう読め!

と、威勢よくタイトルを書いてみましたが色々考えた結果、以下の話の流れが前段にあると考えると、おおよそ矛盾なく読解できるんではないでしょうか?

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二つの物語が並行しています。結局秋山は溝呂木が好き過ぎて「三木桜」の手引きによってたった一度逢瀬を遂げるのですが、どうもやっぱり愛されなかったと感じた、つまり溝呂木は自分の作品しか愛せないということに思い至った。そうなれば自分を溝呂木の作品の人物として登場させればいい。携帯電話には「三木桜」と溝呂木だけを残して自殺することで、彼女は溝呂木に対してメッセージを残した。自殺すれば小説に書いてくれるんじゃないかと。最終的に「三木桜」の導きによって作品は主人公の名前を「藤乃朱」に書き換えて成功する。これは秋山の成仏の物語と読めそうです。

一方で「三木桜」は心の冷え切った自分を何とかしたいと考えていた。熱い何かを欲していた。おそらく秋山の溝呂木に対する熱の上げようを見て羨ましくなったのかもしれない。その熱さを自分が先に手に入れてしまいたい。それで「朱」を名乗ってパーティーに行って溝呂木と会った。既に「ウツボラ」は話題になっていたから、盗作のことがバレては困ると溝呂木はおののき、なすがままになってしまった。秋山の死後、再び「三木桜」として会うようになった彼女の身体は温かい。これは既に熱を得て変化した女の物語と読めるのです。結局ほんとうの名前は最後まで明かされません。

ただ、秋山がアパートと別に部屋を借りる財力があったのか? が謎。三木が横領した金はおそらく整形費用に充てられているはずなので、お金がかかることは全部三木の仕業と考えるとあとで秋山が三木に秘密にしていたという部分がつながらなくなってしまいます。あまりここは深入りしないほうがいいのかもしれません。あと、衝撃(笑撃)のラストシーンは辻くんの子供ってこと? それとも溝呂木が最終的に若返ったということ?

と、多少良くわからないところはありますが、この「ネタバレ」は全然バレていない! という方がいらっしゃいましたらぜひご一報を。


結婚写真

を、撮ってきました。一ヶ月前から予約して一度衣装合わせをして、ようやく今日本番。和装と洋装と両方写真を撮ったのですが、なかなか選んだスタジオが良かったのか(いろいろ疲れはしたけど)満足いく仕上がりになりそうです。衣装屋さんも兼ねているところなのでドレスなどもちゃんとしたもので、まあ安く上げられた割りには安っぽくなく出来たのではないでしょうかね。。。

それにしてもああいうブライダル業界というのは、人様の一生に一度という超非日常を日常的に仕事としているのだからさぞかし大変だろうと毎度思いました。ぼくなぞバックオフィスで一日エクセルを叩いていればお給料がもらえますが、彼らは日々厳しい客のリクエストに笑顔で答えていかなくちゃならない、失敗はもちろんゼッタイに許されない、大変な仕事だと感じ入ってしまうことしばしば。やっぱりああいうのは好きでないとできない、そういうところにやりがいを感じないと続けられないのかもしれません。

ずっと以前、例えば自分が就職活動なんかしているときはさぞかしお祭り好きのリア充どもがブライダル業界なぞ志望するに違いないと勝手に思い込んでいましたが、美容とか衣装とか関わる部分は本当に専門職ですし、まあちょっと服屋の店員とはひと味違うサービス業であることには間違いないと思い直しています。もちろん総合職で経理やってる人もいるんでしょうけれど、仕事の醍醐味としてはやっぱり「現場」なんでしょうなあ。

まあ、そんなことをつらつら考えながら写真が終わったあと休日出勤しました。やれやれ。