【小説】御茶ノ水橋…12

十二 夢のカップラーメン

 妹の芽依がボーイフレンドを連れてきた。確かにその日は良心が共通の友人の結婚式だとかで朝からいなかったのだけれど、なんの事前通告も無しにやってきたものだからさすがの私もびっくりした。大体、妹にそういう人がいること自体知らなかったのだ。
「いいお家ですね。駅も近いし、川も近いし。川が近いって運気が上がるんですよね、確か」
 玄関のドアを開けると私の前に現れたのは顔のわりに大きな黒縁メガネをかけた背の高い男で、長い髪の毛はちょんまげのように頭頂部でまとめ上げられている。よく見れば口ひげもうっすらと伸ばしている。芽依にしては今までにない野性味あふれるタイプだなと、私は感じた。
「どうぞ、なんにもないですけど」
 とりあえず私は男を招き入れると芽依を台所に引っ張っていく。
「ちょっと、来るのはかまわないけど来るなら来るで電話くらいしてよ。どうせあんたのことだからまた思いつきで誘ったんだろうけど」
「それよりお姉ちゃん、カップラーメン食べてたでしょ? 玄関までお醤油の匂いがただよってたよ。今更とりつくろうったってムダムダ!」
 芽依はけろりとそう言いのけると私の背中をばしばしと叩いてくる。しかしながら彼女の意見もあながちでたらめではない、ということに私は気づかされる。案外私のいらだちなんてそんなものなのだ。いやいや、今はもうそんなことにいちいちこだわっていてはいけない。玄関を上がったところで待たせている彼が様子をうかがってこちらをちらちらと見ている。
「矢野君もこっち来て一緒にラーメン食べようよ」
「いや、それはさすがに……」
 私が制する間もなく芽依は彼の腕を引っ張って台所まで連れてくる。私は最後の悪あがきで庭に続くガラス戸を開けて外の空気を招き入れる。小春日和の今日は十一月でもさほど寒くはない。午後の気持ちのいい大気が庭を満たしている。
「今日は私の部屋に入れない約束なの。お姉ちゃんもいるし、油断できないよ」
「でもあんたから誘ったんでしょ?」
「いやいや、ぼくが無理言ったんです」
「私、この人の姉を二十年以上やっているんです」
 矢野、というのが彼の名前だった。いつにも増していちいちが大げさな妹の一挙手一投足を微笑みながら眺めている彼はまるで落ち着いていて、たぶん普通の男の子なら好きな女の子の家に遊びに来たら(しかもここは実家なのだ!)どぎまぎして過剰に恐縮するか過剰に音頭を取りたがるかのどっちかになりがちなのだけれどそういうそぶりがまったくない。むしろ妹の方が舞い上がっている。
「なんだか自分の実家に帰ってきたみたいです。うちは姉と妹がいるんで、そのせいかもしれないですね。それにしても川……いいですね。カメラ持ってくれば良かった。春は桜がきれいでしょうね」
 彼は私の開けたガラス戸の向こう側を目を細めて嬉しそうに眺めている。我が家でも一等の眺望。外の光が横顔を明るく照らしている。
「写真やってるんですか?」
「ええ──どうしても、そういう目で見てしまいますね。あの川そのものがいいというよりは、この家の中から眺めるからきれいに見えるのかな」
 芽依の沸かしたお湯をやかんからそれぞれのカップラーメンに注いでいく。もう食べ終わっていた私はかわりにインスタントコーヒーに残りのお湯を入れてもらう。砂糖のたっぷり入ったそれをお先に味わいながら私は二人の様子を見ていることに飽きなかった。書き出せばどうでもいいようなことをさも大事そうに二人でささやき合う。そうそう、私にもこんな初々しい時期があった。私は来月に結納を迎えた恋人のことを考える。目の前の二人の様子を通して私は恋愛の初心に戻るような気持ちになる。
 三分が経って二人は「せえの」でカップのふたをべりべりと音を立ててはがす。おいしそうな湯気が立ち上がる。芽依は椅子の上でいつものようにあぐらをかいてずるずると麺をすすり始めた。矢野君の方はあとから入れるスープやらなにやらを器用に絞り出すと芽依に続いて音を立てる。しばらくは二人とも食べることに集中して、会話は止まった。
「あ」
 と、ふと顔を上げた矢野君が私の座っている側の食卓の後ろにある本棚を見て声を上げる。そこには料理のレシピ本や、たまに一人で食事をしないといけないときに広げる旅行ガイドブック(だいぶ年代物だけれど)などが文字通りつめこまれている。我が家ではテレビを見ながら食事をする習慣がない代わりに本や雑誌を広げながらものを食べることは特にとがめられない。
「なにか読みたいのある?」
 私は後ろを振り返って腕を伸ばす。かんたんイタリアン、日本の秘湯百選、志賀高原ドライブマップ……。
「じゃあ、ディズニーランドのガイドブックを」
 私はポケット版のその小さな本を人差し指で抜き取ると彼に差し出す。
「矢野君ってディズニーとか好きだったっけ?」
 今度は芽依が聞く。どうやら二人で思い出話に花を咲かせるパターンではなさそうだ。
「ガイドブック読むのが好きなんだよ。なんかそこに行かなくても楽しい気分にならない?」
「ええ? そこで満足するの? そういうの見ると行きたくなるじゃん。行こうよ、今度行こうよ」
「そうだなあ」
 曖昧な返事をしながらカップラーメンを食べ終わったらしい矢野君は本を開いたまま食卓を立って窓際のソファーに腰を沈める。
「安上がりな彼じゃん」
 私はにっと歯を出して芽依に向かって笑ってみせる。妹はわざとふくれっ面をして応戦する。
「あんた相変わらず食べるの遅いね。麺、伸びちゃうよ」
「ああ、うん」
 芽依はのろのろと橋を動かす。もうお腹いっぱいなのかもしれない。私はコーヒーをちびちびと飲みながら目の前の妹と窓際に後退した彼とを見比べる。この二人はうまくやっていけそうかしら? 私はやっぱりフィアンセのことを考える。私も人並みにテーマパークのような所は好きだけれど、彼は人工的に作り上げられた空間に身をあずけることに警戒心を抱く。昭和のレトロをモチーフにした屋内テーマパークで人にもまれるよりも谷根千をぶらぶら散歩する方をおもしろいと感じる男だ。でもなんとかルールを決めてやってこれた。一緒に見る映画とか、食事をなににするかとか、そんなもの全て趣味が合うわけがない。
「これ面白そうだなあ」
「どれどれ?」
 ついに芽依はラーメンを食べきることをあきらめてソファーに飛び込む。
「ほらこれ。夏は水しぶきが気持ちいいだろうなあ」
「うーん、もう秋だよ畑名 これから寒い季節は──」
 これから二人は「これは?」「そうだなあ」というやりとりを百回以上繰り返すのだろう。私は食べ終わった二人のカップラーメンを流しに片付けると、携帯電話を持って二階の自分の部屋に上がっていく。今日もそろそろ彼から電話がかかってくる時間だ。遠くで京王線の踏切の音が聞こえる。


【小説】御茶ノ水橋…11

十一 残念ながら三月十五日は雨で

 一つだけやり残した約束がある──。
 卒業式が終わってから入社式までの間にぼくは運転免許を取る必要があった。営業部に配属されることは決まっていて、通達の書類には「普通自動車免許必須」の四文字が黒々と印刷されていた。それが年開けてすぐのころだったと思う。卒業論文を提出し終わって遊ぶのに忙しくて、ずるずると先延ばしにしていたらさすがにもう先送りできないぎりぎりのタイミングになってしまった。
「でも、大賀君がスーツ着て白い営業用の車に乗っている所って想像できないな」
 教習所のパンフレットをテーブルの上に広げて、値段や場所を吟味しながらぼくと美絵とは大学の近くの喫茶店にいる。
「おれだってイメージ沸かないよ。ドイツ語の辞書より重いもの持ったことないんだからさ」
「いや、あの分厚い辞書を毎日持ってきてたんだからハンドルくらいは握れるよ。十トントラックなんかいちころだよ」
 そう言って笑いながら美絵はアイスコーヒーのストローに口をつける。
「だいたいさ、仕事のために教習所に通うっていうのが夢がないよ。本来はさ、大学に入ってすぐのころに助手席に乗せたい女の子と出会っちゃって、それで一生懸命通うのが健全な男子の振る舞いだよ」
「まあ……うちの大学の女子にはそういうわかりやすいステータスを求める人は少ないかもね。っていうか、つきあってた私がそうだったからいま苦労しているのか。ごめんごめん」
 ぼくと美絵はまさに大学に入ってすぐのころにちょっとだけつきあっていたことがある。都内を移動するのに車ははっきり言って必要ない。
「ふうーむ」
 ぼくは手に持っていたチラシを机の上に投げる。車内で楽しそうに笑うカップルの写真がいやというほど散りばめられている。かっこよく働く営業マンの写真なんて使われない。背広を着ているのは「やさしい指導教官」が関の山だ。ぼくはジャケットの内ポケットから煙草を取り出すと火をつける。
「そんなに行きたくないの?」
「え?」
「いますごい眉間にしわ寄ってる」
「うん。まあ……」
 ぼくは手の甲でおでこをさすってみる。そういえば最近同じことをよく指摘される。
「例の女の子はどうなったのよ? 教育の子だっけ?」
「それいつの話だよ……」
「じゃあ、私で良ければ最初の運転の時に助手席に乗ってあげるから、それでどう? 私じゃやる気でない?」
 おや、と思ってぼくは顔を上げる。美絵からこういうことを言うのは大変珍しい。
「そんなことない」
 けれど彼女なりの気の使い方は次に出てきた言葉で明らかになった。
「そのかわり私、四月から群馬だからあんまり待てないよ」
「群馬? 美絵って、○○銀行じゃなかったっけ?」
「最初の何年間かは全国のいろいろな支店をまわって『現場を勉強』してこないといけないのよ」
 そう言って彼女は少しだけ寂しそうな顔になる。ぼくは彼女がスーツを着て汗だくになりながら街の鉄工所なんかに営業で訪れる様子を想像してみる。あるいは窓口でいらっしゃいませと嘘っぽい笑顔を振りまいている様子を想像してみる。自分こそ免許必要なんじゃないの? と、問うてみようかと思ったけれど、たぶんしっかり者の彼女のことだからとっくに持っているだろう。
 いずれにせよぼくにとっては冗談のような彼女の約束が、少しだけ勇気を持たせてくれるのを感じた。そしてすぐにその日のうちに合宿免許の申し込みをして(最終的にはスピードを重視した)一週間後には山形にいた。それでもぼくは彼女の本気度合いをいくぶん疑っていたので合宿先から電話もメールもしなかった。彼女からも特に連絡はなかった。山間の合宿所は携帯電話の電波が弱く、そういえば夏休みに実家に帰ると一切の連絡が通じなくなる兵庫の山奥出身のクラスメイトがいたことなんかを思いだした。
 学科やら田舎たのだだっ広い道での路上教習やらでそれなりに忙しい二週間を過ごした。新しいことを学ぶのは楽しいものだった。たまたま同じ大学の出身者がいて、学科試験の点数を競い合っては風呂上がりの牛乳を掛け合ったりした。
 東京に戻ってきてぼくはすぐに府中の試験場に行った。そしてその日のうちに真新しい免許を手にする。学生証以外で生まれて初めて持つ身分証明書だ。卒業してもこれがあればレンタルビデオ店でも国会図書館でも困らない。
 美絵と会ったのは写真部の卒業展覧会の受付でだった。免許合宿で準備に一切関わることができなかったぼくは罰として受付のほとんどの時間帯に名前を書き込まれていた。二日目の午後二時、美絵はパンツスーツで吉祥寺のギャラリーに姿を現した。
「お、スーパー銀行員」
「自分こそ、万年平社員」
 駅前と言うには少し遠い。平日のこの時間に好きこのんで素人の写真を見に来る客などいなかった。
「私の写真、見た?」
「うん。あれ、アパートの周り撮ったんだろ」
「わかった?」
 美絵の写真は相変わらずコントラストの強い仕上がりで、普通の住宅地をまるでフロリダかどこかの南国のように見せる。フロリダって、よく知らないけど。
「免許は取れたの?」
「おかげさまで。引っ越しには間に合ったのかな」
「ぎりぎりね。あんたっていっつもぎりぎりだよね」
 確かに。彼女は全ての引っ越し作業を終えていて、明日の最終日の飲み会が終わればあとは名古屋に向けて出発するだけだと言う。だからぼくはその日の朝は彼女を駅まで送っていくと、約束をした。
 目が覚めると六時前だった。あと五分で目覚まし時計が鳴るところだ。不思議なくらい昨日の酒はほとんど残っていなかった。ぼくはそっとベッドを起き出ると素早く着替え、居間に下りていくとテレビの上の鍵入れのかごから赤いポロのキーを持ち出す。そして車を朝の青梅街道、新宿方面へ乗せた。
 一人での初めての運転は慣れるのに時間がかかった。何台もの車に追い抜かれながら次第にそのスピードに身体を慣らしていく。そして杉並区に入るころにはマニュアルのギヤチェンジも要領をつかみ始めていた。
 激しいと言うほどではないが、春の気まぐれな大気が大粒の雨を降らせてきた。フロントガラスがあっという間に水滴で埋まる。どうして別れの日には必ず雨が降るのだろう。時間はまだあった。ぼくは近くのコンビニに入るとコーヒーを買った。車に戻ってくるとワイパーのスイッチを確かめる。そしてシートに身を沈めると缶のプルタブを引く。口をつけると温かいものが喉から流れ落ちていくのを感じる。それを受け止める内蔵の動き始める音すら聞こえてくる。エンジンを切った車の中がこんなに静かだとは思ってもいなかった。
 美絵は赤い傘を差してアパートの入り口に立っていた。彼女の撮る写真とは違って、雨に煙る住宅地は灰色だった。彼女の差す傘の色のおかげで、ぼくは密集した住宅地の中で精度の悪いカーナビの案内にあちらこちらつきあわされることなく済むことができた。
 ぼくは彼女の立っているエントランスに車を寄せると、窓を開ける。
「時間ぴったりだね。八時を一分でも過ぎたらタクシー呼ぼうと思ってた」
 そんな冗談を美絵は言うのだが顔は少しも笑っていない。ぼくはエンジンを切って外に出ると彼女の傘の下に入る。
「荷物は?」
「あとボストンバッグだけ。部屋に置いてある」
「何時の新幹線?」
「九時二十八分」
 ぼくたちは一度部屋に戻ると、なにもなくなった台所の隅に置かれたバッグを持ち上げる。そこにはもはやかつてあった「女の子の部屋」は片鱗すら残っていなかった。冷蔵庫やレンジのあったところだけ壁が真っ白に残っている。
「ここに結局四年間住んでいたんだな」
「むかし何回か来てくれたよね」
「そういうこと、言わない」
 ぼくは台所に立って、奥の部屋を眺める。テレビの位置、ソファのあった西側の壁、朝日のまぶしいベッド、きぬぎぬのコーヒー。それらはきれいさっぱりぬぐい去れていた。ぼくの吐いた恥ずかしいせりふや美絵のとめどない繰り言も一緒に、目に見えないどこかへ消えてしまっていた。ぼくはそのことを悲しくもまた、すがすがしくも感じる。
「行こうか」
 美絵を助手席に乗せて赤い車は動き出す。
「永福町?」
「下高井戸の方が良いかな」
 歩いても十五分程度の道のりを車で行けばどれほどの時間がかかるのだろう? それでも、十字路に来るたびに一旦停止を強いられる住宅地を抜けるのは初心者ドライバーのぼくにはそれなりの時間を必要とした。遠くに見える首都高四号線の高架を目指しながら、ぼくはハンドルを握りつづける。
 ようやく大通りに出るとスピードを許される。が、すぐに横断歩道の信号につかまる。赤信号で止まって待っていると、目の前を傘を差した人びとが右に左に横切っていく。駅を目指して急いでいる人。駅から出てきてそれぞれの目的地へ向かう人。
 美絵はほおづえをついて生まれて初めて動物園に来た子どものように外を見ている。ぼくのその横顔を見る。肩まで伸びたくせっ毛が雨の湿気でさらに大きなうねりを背中に乗せている。長いまつげは相変わらず天に向かって力を張っている。一方でその奥に開かれた眠たげな瞳──から、涙がこぼれ落ちる様子をぼくは思い描く。ボリュームのある前髪と、小さな手のひらに支えられた少しだけ赤みをおびた頬のふくらみの上に、濡れた軌跡が描かれる──。
 しかしそんなぼくの甘い空想は後ろの車のクラクションであっけなく崩れ去る。信号はとっくに青に変わっているらしかった。
「もうここに暮らすことはないと考えると、見慣れた景色もちゃんと見ておこうって思うよね。それに車道の側からこの街を眺めたことなんてなかったから不思議な感じ」
 ぼくの知らない美絵の生活が道のそこここに散らばっている。それを丁寧に確認するのにぼくはふさわしいパートナーとは言えないだろう。けれど彼女の声はさっきとは打って変わって深い満足感に満ちたもののように感じられた。いま、この瞬間だって過ぎ去っていく。歴史に名を変えていく。いつかぼくたちだって遠く離れた場所でなつかしそうに思い出すことだってあるかもしれない。
 下高井戸の駅前は進むにつれて道が細くなり、停車してゆっくり別れの挨拶ができるような場所ではなかった。広いロータリーを期待していたぼくは、車がすれ違うのがやっとなくらいの商店街をゆっくりゆっくりと進む。自転車の止まっていないスペースを探していたら学生ローンの看板が出ている手前が少し空いていたのでそこに車を寄せるとハーザードを点滅させた。
「ここでいいかな」
「うん、充分」
 後部座席に置いた美絵の荷物を腕を伸ばして持ち上げる。ありがとう、と小さな声で彼女は言うとそれを受け取る。
「元気で、たまにはメールするよ」
「楽しかったよ」
 そうして美絵はドアを開けて傘を広げると外に出る。再びドアが閉まると、車内はさっきの静けさを取り戻す。目の前はT字路で、彼女の後ろ姿はすぐに見えなくなった。やがてぼくは車を発進させた。
 こうしてぼくは初めてのドライビングで女の子を助手席に乗せることに成功したわけだが、ぼくの心は喜びに満たされる様子を少しも見せない。彼女は新宿行きの電車に乗る。ぼくは来た道をもう一度戻っていく。ぼくたちは未来に向かって進んでいるはずだ。同時に、戻れない過去をわだちに残していく。その時ぼくは、生まれて初めてそれまで信じていた未来志向の明るさを疑った。過去と切り離される痛苦を感じた。
 京王線の遮断機がけたたましい音を立てて下りてくる。ぼくはブレーキペダルを踏んでギヤをニュートラルに戻しサイドブレーキを上げる。クリーム色の車体がゆっくりと視界の左奥から滑りこんでくる。そしてその光景がぼやけて見えるのが、電車の速度によるものでないことに、今更ながら気がつくのだった。


『鍵がない』

鍵がない デラックス版 [DVD]
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山田英治,つぐみ,大森南朋,目黒真希,高野八誠,藤真美穂,川村亜紀,太田千晶,松田賢二

それぞれの夜、それぞれの朝。

なんかこう、言葉で解説することをいかにも無粋に感じさせる映画です。文句いわんで一度見てみろ、という。予告編の雰囲気に反して恋愛の要素は割と薄く、『tokyo.sora』的な展開を見せます。珍しく自分の好みの中では前向きにさせる映画。ただし「なめくじキャサリン」は泣きます。

いやーしかし大森南朋が相変わらずかっこいい。。。


きょうにっき

なんだかんだで今日も10時になる。10時以降は仕事するな令が発令される。

今日は新人が配属されてきた。明日も一人やって来る。今年は三人も新人が入ってくるのだ。若い。もう、若さを感じてしまう。

新人教育用のプリントをつくる。「ほうれんそう」については教えるの、三回目(三年目)。原価の仕組みとか高度なのはもはや後輩が新人にティーチング。私は本当にこの室でなんでも屋の異名を持つ。隙間産業まかせなさいだ。まあ、良いことではあるのだけど。

あんまりきちきちと形式張ってやるのは好きでなかったりする。だから人の上には立てないと思う。形式から漏れてしまう隙間を埋める、やわらかい存在でありたいとは思っている。役職とか所属とか「五年目らしさ」とか、そういうのから常に自由でありたいと思っている。

ねえ?


きょうにっき

今日は頭で考えすぎた。ちゃんと現物を確認しよう。思い込みで行動しないようにしよう。っていうか、ほんと時間無駄したんだよなー。なんか一個不安材料があるとあたふたしてしまう余裕の無さがいいかげんやんなっちゃいます。マルチタスクって苦手なんだよなー。

仕方なく帰ってきたのが九時。だらだらテレビ見たせいで風呂出てからいまくらいまで一時間ちょっと執筆。いま書いているシリーズお茶の水はあと二、三話で完結させようと思っています。これは本当にある写真家(っていいながら数回前のエントリーでネタバレしているけれど)の写真を見ながら思い浮かぶ物語を文字にしていっているのです。けっこう楽しいです。思い浮かぶことをきままに、各話のつながりはほとんど無視して描いていっていたのだけど(吉祥寺のはずが新宿になっていたり・・・最後にどう考えてもおかしいところは直します)、だんだん一つの群像が浮かび上がってくるのが自分でもおもしろい。夢判断のようというか。

一日を一単位として頑張っていこう。


【小説】御茶ノ水橋…10

十 最後のシャッターが押されるとき

 展覧会の後、ぼくたちは新宿で最後の打ち上げを行った。卒展ということもあってあえて後輩たちは呼ばず、出品した四年生だけで最後の晩餐と相成った。
 大学から離れ、あるいは東京を離れていく者にとっては本当にこれが最後の飲み会。まだ大学に残る者、東京で働く者にとっては日常の延長線上にまだ少しだけ乗っかっている。
 四年前がすごく遠い昔のように感じた。卒業するとは言ってもまだ二十二、三の若造だ。過去を振り返り、語り合う年代ではない。ぼくたちは卒業展覧会の感想をはやばやと語り終えると卒業後の話に花を咲かせる。いちはやく作った名刺なんかを交換したりして。
 元部長の石田は最後にこう言って、拍手をさらった。
「一応最後なんで、部長っぽいこと言わせてもらいます。うちの代は自己主張が強いヤツばっかりだったから、他の学年が共同作品とか共通テーマで展覧会を仕上げるなんてことをやっていましたけど、ぼくたちは最後までそれができなかったのが少し残念です。『みんなで』っていうこと場に一番アレルギーがあったよな。でも、たぶん一番見ていて面白かったというか、予定調和でない作品をたくさん残せたのはぼくたちだったんじゃないかと思う。ぼくにとってはここで学んだことが大学で学んだことの全てでした」
 一点、みんなが文句を言ったことといえば移動するのに荷物が多かったことだ。さすがにパネルは学外のギャラリーでも持ち込むようなことにはならなかったが、問題は小林だった。彼は「四年間の集大成だから」と言って自分が撮りためたほぼ全てのフィルムを持ってきて回転式の映写機で一日中連続投射し続けるという企画で臨んだもののかんじんの映写機を会場としたギャラリーで保有しておらず、映画研に頭を下げて貸し出してもらった(なぜかわからないが写真部とは昔から犬猿の仲なのだ)。ところがこれがものすごく重い代物で、とにかく飲み会が終わって大学に戻るまではかわりばんこで持って歩くほか無かった。
「おまえさあ、人にこんな重いもの持たせてまであの企画やりたかったの? だいたいおまえ撮った写真ってほとんど部内旅行の写真ばっかりだろ。身内好きなのもわかるけど、少しは展覧会なんだってこと考えろよ」
「まあいいじゃない、卒展らしかったと思うよ。大学生の群像って感じで」
「そこが甘いんだよ、小林は。アマチュアなんだよ」
「アマチュアでけっこうけっこう。おれ来月から家電売るんだよ? 法学部まで出たのに」
「それはおまえ個人の問題だろ。せめてカメラくらい売れるようになれよ」
「おまえもあと一年でちゃんと卒業しろよ」
 ふとぼくは四年前の夏、最初の学園祭の打ち上げの帰り道を思い出す。慣れない酒でへべれけになったぼくたちは互いに知り合って日も浅いのに、展示を素人写真だとかなんとか大きな声でののしり合いながら駅までの道をだらだらと歩いていた。お酒を飲んだ後みんなと歩くのがこんなに楽しいことだなんてぜんぜん知らなかった。
 駅が見えてくると美絵がふとみんなで集合写真を撮ろうと言い出した。
「だって、こんなみんなそろうことって無かったし、たぶんこの先もないよ。男の趣味がバラバラだったのは助かったけど、これだけバラバラな私たちがそろうことって無かったじゃん」
 ぼくたちはちょうど閉店後の銀行の前にいて、そのシャッターの前に並ぶのが具合がちょうどよいことに気がつくといそいそと整列を組み始める。
「だれのカメラで撮るの?」
「全員ので!」
 そう言うやいなや美絵は銀行の隣にあった二十四時間営業の牛丼屋に飛び込む。そして中から若い店員を連れ出してきた。
「お兄さん、今から総勢十二台のカメラで私たちを撮ってもらいますから。私たち写真部だから、いい加減なシャッター押さないでね。撮ってくれたら牛丼ちゃんと買います」
 大学に入ったばかりのくらいの年頃に見えるその店員は帽子を取って照れ笑いすると、ぼくたちが次々と差し出すカメラのファインダーを次々と覗いて鮮やかなフラッシュをたいていった。一枚の写真が撮られていくたびにぼくたちは、何かが終わりを迎えるのを感じていく。
 美絵は部に属していながらほとんど飲み会要員で、一度何かの観光大使に選ばれてミンダナオ島に行った。その時撮った南国の豊かな原色の写真は学園祭で大好評だった。小林はスナップ絶対主義を地で行く男だった。そして私小説のような作品ばかり出して、自分のプライベートなど無いに等しい男だった。けれど彼のすぐそばで写っている女の人は、四年間で一度も変わることはなかった。明日香はまったくの初心者だったけど、キャンパスで彼女がカメラを構えればそばを通りかかる知らない学生も喜んで写りたがった。彼女にはそういう力がある。矢野はモノクロを得意とするプロ志向の一番強い男で、学祭のパンフレットの写真など外部からの仕事は全て彼がパーフェクトにやってのけてくれた。そういえばそれを見て入部してくれた部員はたくさんいる。石田は寡作で、花束の写る事故現場を写す連作を出品して物議を醸すようなジャーナリスティックなところがあった。……
 そうして、最後のシャッターが押される。


きょうにょっき

今日は会社の先輩の結婚式へ。二次会からの参加。お台場には生まれて初めて行った。新橋での乗り換えに手こずる。ゆりかもめの速さにびっくりする。田舎もん丸出し。

二次会はうちの室の出身者でひしめく。おまけに辞めた同期まで来ていたのでなんだか自分が会社に入ったばかりのころの感じで、なつかしかった。といっても皆さん、ぼくも含めて昔とは違う仕事をしているのでなんだか同窓会のような。一個上の東京に移動した先輩方や、電話でしか普段しゃべっていなかった人とも会えて収穫。

五年目ってやっぱりもうある程度会社の居場所っていうのがあるよなあ、というのをちょっと感じた。人とのつながりという意味で。

いま鹿嶋に帰宅。

本屋さんに行きたい
本屋さんに行きたい
矢部 智子

ほんとまともな本屋に行きたい。


きょうのっき

8時に帰宅。ご飯を食べた後、クラモチ氏と酒を飲む。飲んでいるうちにそのまま眠ってしまい、今起きた。コンタクトレンズをつけっぱなしだったので目が真っ赤である。夢を見た。風呂に行こうと思っていたら別の同期が部屋に入ってきて「しゃもぢ、運動会やろう!」とじゃましてきた。

ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)
ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)
末次 由紀

百人一首はなつかしくて久しぶりにやりたくなった。漫画としてはスポコンの域を出ないかな……競技カルタだけでなくもうひとひねり裏のテーマも出てくればおもしろくなると思うのだが。

来月はいくえみが二冊出ますね。楽しみ楽しみ。
ではまた寝ます。