【小説】御茶ノ水橋…8

八 吉祥寺のギャラリー

 卒業展覧会は三月一日から三日間、吉祥寺にある小さなギャラリーで開催することに決まった。なんでもそこの支配人がずいぶんの美男子らしく、美術サークルの連中が一度そこで展覧会を催した際に彼の存在を見いだして大騒ぎし、うちの大学の展示型文化系サークルにうわさだけがあまねく知れ渡るところとなった。当然われらが写真部の男子たちはおもしろくない顔をする。
「別に反対しているわけじゃないよ。ただ、ぼくたち四年生が最後の学生生活をしめくくるにあたって、そういううわさだけをギャラリー選びの判断基準にしてしまうのはいかがなものかって言っているの」
「お言葉ですが、支配人は重要な判断材料です。いくら学生の卒展だからって、わたしたちの作品を気に入ってくれたらそれなりに金銭的な配慮をしてくれるかもしれないし、それに画廊は狭い業界だから、若い男の子ならそれなりに目立つでしょう? 彼が良いと言ったものが新しい世代のスタンダードになるかもしれないじゃない。かえって銀座あたりで一日何万円も払っちゃった日には口うるさいおじさんが毎日やってきてこのアングルが甘いだのフォーカスが全然なってないだの文句ばっかり言われて終わるのが関の山なのよ。それからねえ──」
「ストップ! ストップ! 明子ちゃん、ちょっとしゃべりすぎ」
 狭い部室でぼくたち三人、元幹部だった三人が膝をつき合わせて卒展の進め方について話し合いをしている。副部長をやっていたぼくは、あまりこだわりはなかったのだけれど、明子がいかにも考えてきたような反駁をマシンガンのようにその口から繰り出すのを聞いているのが途中からつらくなった。こんなみっともないことを明子がしゃべっている姿を見たくない。
 一方で元部長の石田は、独断でギャラリーを予約してきてしまった明子に対してはあくまでも不満の態度を隠さない。もちろんその気持ちもわかるが、もう予約してきてしまったのだし明子がそこでやりたいと言うのならそこでいいじゃないか、とぼくは正直なところ考える。だが石田にしてみれば残りの四年生にどう説明したらよいのかを自分の役割だと任じている。開催場所をそこにした合理的な理由。実際の所そんなものをいちいち彼に求めるような部員はぼくたちの代には一人もいやしない。にもかかわらず、石田はそこにこだわる。
 事情は二つ考えられるだろう。一つには、秋口まで長引いてしまった就職活動によって彼の頭の中身がずいぶんと中途半端な「あるべき社会人像」に汚染されてしまったこと。そしてもう一つは、石田がどうも今頃になって明子に気持ちを寄せ始めていること。
「いや、明子の言い分も最後までちゃんと聞こう。フェアじゃないからな」
 なんだこの紳士的発言! もうほとんどこれは我々の卒業展覧会の話し合いというよりは、片思いの男が必死に操行崩さずして言い寄っている図と言った方が正確ではないのか。ぼくはとりあえず二人を残して四時限目のロシア語に出るべく部室を出て行くことにした。「立花も最後まで議論に参加しろよ!」という石田の言葉を背中に受け止めながら。
 しかし事態は翌日、最悪のシナリオを用意していた。石田が激昂して明子に手を上げたという話を、ぼくは同じ写真部の美絵から聞かされることになる。
「立花君、てっきりその場にいたのかと思った」
「いや、あの二人を見ていられなくて途中で逃げ出したんだよ」
「まあ││、それで正解だったかもね。明子ちゃん、すごい勢いで触れ回ってるもん。あの様子じゃ、学校側も首つっこんでくるかもしれないよ」
「そんなにひどいの……、卒展はどうするんだよ」
「どうするって? 私たちでやればいいじゃない」
「でも、明子ちゃんも部長も一年の時からのメンバーだから、彼ら抜きじゃ卒展としての意味がないんじゃない?」
 ぼくたちはちょうど図書館のエントランスですれ違おうとしていたのだ。外で立ち話をするには寒すぎる日だ。お互いに卒業論文の山場を迎えていて、ぼくは手に大量の資料を鞄の中に入れようとしていたし、彼女もまた大量のコピーを腕に抱えていた。
「みんなそろってないとイヤ? 例えば矢野さんも?」
「……できればね」
「そもそもみんなそろってみんな仲良くなんて気持ち悪いよ。うちの大学に一つしかない写真サークルなんだからさ、みんなそれぞれ意識の高さ低さはあるって」
 美絵の口からそんな冷めた言葉が聞かれるなんて、ぼくは少なからずショックだった。矢野さんというのはプロ志向が強すぎてぼくたちとはそりが合わず、一度部員の柿崎君と池袋の路上でものすごいののしり合いのけんかをした後、サークルには姿を見せなくなった。だれにだってそのたぐいの人間は一人や二人いる。我々にとって石田と明子がそこに仲間入りしてほしくないことだけはぼくの中で明確な思いとしてあった。美絵は急いでいる様子だった。
「美絵は、卒展にあまり興味ない?」
「みんな似たり寄ったりだよ。この時期に時間のある人なんていないもん。しょせんサークル活動なんてさ、一、二年生のあいだにコネを作るためのものでしょ。専門に進んだらみんな勉強とか将来のこととかの方が大切だよ。だってさ、うちら別に美大に通ってるわけじゃないんだよ?」
 そう言って彼女はさっさと図書館の中へ入っていってしまう。
 案の定、その週の金曜日に行われた定例のミーティングに二人の姿はなかった。残された者だけで卒展を進めなければならないことには仕方がなかった。一番こだわっていた人間がいなくなると、物事はなんの停滞もなく次々と決まっていく。作品数、展示の形式、受付係のシフト、案内の葉書を印刷するスケジューリング、果ては打ち上げをどこにするかまで──。
 石田だったら、明子だったらこう決めるだろう、こんなことを言うだろう、などというはからいは一切無く、その場にいる仲間だけで粛々と決議は進められる。最初からあの二人などいなかったかのように。あるいは、突然いなくなったことに半ば怒りをぶつけるかのように。
 日曜日にぼくは吉祥寺にある例のギャラリーに足を運んだ。卒展の実働部隊は実質ぼく一人だけになっていた。
 駅の北口を出てパルコ方面へ向かう。ぼくが知っている道はすぐにとぎれた。その後は頭の中に記憶しているギャラリーの住所と電柱に巻いてある番地のプレートとを参照しながら歩いていった。
「二部屋あるんで、作品の点数と大きさを教えていただけますか? 場合によっては一部屋で間に合わせることもできるかもしれませんし」
 そう言いながらコーヒーを運んできてくれたこのギャラリーの支配人は確かに若かった。が、それはこういうことを生業にしている人種にしては「若い」と言った方が正確だ。ぼくの目には三十歳くらいの一人の大人の男にしか見えなかった。
「一人一作品以上出すとしても十二人いますから。六切か四切としてもこの部屋だけじゃ小さいかもしれませんね」
 ぼくたちは展示室に立って片手にソーサーを持ちながら話をする。ちょうどチェコの版画家による展示会が行われていて、白い壁の上には天井からワイヤーでつるされた額縁が同じ間隔を開けて並んでいる。
「広めに取っておく分にはいいんですが、あとで会場が広すぎて壁が埋まらないなんてことが学生さんの場合良くあるものですから」
「写真だから、万が一埋まらなくてもこの辺撮ってまわってきますよ。大丈夫です」
 ぼくのそんな言葉を聞いてオーナーはにっと歯を出して笑う。さしずめ「学生さんのそういう自由なところが大好きなんですよ」なんてことを思っているのだろう。
 入り口の扉を入ってすぐの所にある展示室Aから表の路地とは大きなガラス一枚で隔てられた展示室Bに移ると、自然光がまぶしく、外を歩いている人からも気軽にのぞき込めるような距離だ。写真の展示に外光が強く差し込む場所もあまり良くないのは確かだが、ぼくはなんだか実家の縁側にでもいるような気分にさせるこのギャラリーをその瞬間、気に入ってしまった。
 明子ももしかしたらこの冬の光を見たのかもしれない。冷やかしのつもりで中に入ってみたらオーナーがどうこうとかの話はあるけれどきっとこの光を見てはっと息をのんだに違いない。ここでみんなで卒業展覧会を開けたらとても素敵なことなんじゃないかと感じたに違いない。もしかしたら打ち上げに吉祥寺の飲み屋街に繰り出していく仲間の後ろ姿までもが思い浮かんだのかもしれない。
「ここで卒展を成功させて見せます」
 みんなで、必ず一点ずつ作品を出してもらおう。矢野にも久しぶりに連絡してみようか? この場所はなにかを終わらせるには絶好の場所かもしれない……。
「きっとうまくいくと思いますよ。先週いらした女性の方も部員さんですよね? あなた達ならうまくいくと思います。さあ、奥で打ち合わせをしましょう」
 リップサービスであっても彼のその言葉は勇気を与えるものだった。ぼくは美絵のように徹底的にニヒルの態度を貫くことなど到底できそうにない。必要以上に悲観的になって今まで築いてきたものを全否定するつもりもない。卒業するころにはあの二人もすっかり仲良くなっている。みんな仲良くやっている。そんな風に考えてみる。誰か一人でもそうでないと、少なくともこの気持ちは一生続くような気がしてならないのだ。


【小説】御茶ノ水橋…7

七 鳥かごの中のペンギン

「デートじゃないから割り勘ね」
 と言いながら範子はさっさと入り口の自動券売機に並んだ。
「デートであっても俺は割り勘だ」
 ぼくは悔し紛れにそんなことを言いながら彼女の後ろに並ぶ。鞄の中から財布を取り出す後ろ姿が目の前にある。茶色く染めた長い髪の毛は、ここまで歩いてくるさに霧雨で濡れていつものボリュームを失っている。
 ぼくたちの並んでいるすぐ横にはこれから目にするであろう様々な海の生き物たちの写真をプラスチックのパネルにしたものが並んでいる。クマノミ、オニオコゼ、ハリセンボン、イルカ……それぞれの写真が放つ色は(なにしろそれらは後ろから蛍光灯で照らし出されているのだ)原色に近い。ぼくはこのパネルの前に灰色のコットンワンピースを着ている範子を立たせて写真を撮ったら面白いだろうな、そもそも範子ってけっこう魚顔だよな、などとなんの脈絡もない独り言のような空想を膨らませ──ていたら、範子はチケットを一枚ぼくの胸に向かって突き出してくる。
「二枚一緒に買った方が早いでしょ。お金はあとでいいから」
 彼女の手からそれを受け取ると「ありがとう」という言葉が口からこぼれ出た。
 水族館なんて子どもの時以来だった。そういえばここも昔、母親に連れてきてもらった覚えがある。あの時も初夏だったか。夏休みの、強い日ざしが屋上でまぶしかったその光だけをぼんやりとぼくは思いだしている。
「なにか見たいものでもあるの?」
「クラゲ」
 ぼくは適当に答える。けれどこの水族館にはずいぶんとクラゲに熱を入れた展示コーナーがあった。小さなものから大きなものまで世界中の珍しいクラゲが壁一面に仕切られた小さな水槽の中に泳いでいた。中でも元気のいいクラゲは小さな水槽の中を上から下へまるで回る洗濯機のように動き回っている。それが何十匹も一つ所に押し込められているので大変な大騒ぎだ。
「かわいそうね」
「こういうところ来てそういうこと言うのは反則だよ」
「わかってるよ」
 ぼくたちは屋内の展示を一通り見終わると、外の展示スペースへと足を運ぶ。
 屋上のペンギンは水族館の出口の手前に鉄柵で囲われたプールを泳いでいた。柵に寄りかかって下を見下ろせば彼らは青いペンキに底を塗られたプールを気持ちよさそうに泳いでいる。端まで泳ぎ切ればくるりと向きを変えまた反対側の端までものすごい速さで戻っていく。
 中央の岩場の上には三羽がそれぞれ別の方向を向いて立っている。その頭上にはさらに堅牢そうな鉄製の網が天井のように覆っている。金網の向こうには池袋の巨大ビル群の壁面がなおも見える。そして我々をその周りから囲っているのは一面雲に覆われた今日の空だった。
「ペンギンなんて飛ばないんだから──」
 ふとぼくがペンギンよりもその不釣り合いな「鳥かご」に目を奪われていると、同じようなことを考えていたのだろう範子も金網を見上げながらそんなことを言いかける。
「ちがうよ、上からものが落ちてきても大丈夫なように保護してあるんだよ」
「じゃあわたしたち見ている人はどうでもいいの? 隣のビルから飛び降り自殺した人がここに落っこちてきてもペンギンは助かってわたしたちは下敷きになっちゃうの?」
「ここはそういうところじゃなかった?」
 範子は不機嫌な殻の内側に再び戻っていってしまう。ぼくだって、いらいらし始めていた。それはさっきまで二人でいることに胸を高鳴らせていた自分が急に遠くの方へ行ってしまうような感覚だった。
 彼女がなにを言いたいのかも、ぼくがぼくのことばによってなにを伝えたいのかもわからなかった。ただレトリックだけが先行して行き場を失っていた。はっきり言って、彼女にはこういう場面で対抗心を燃やすことが美徳だと思っている節があって、なにか「うまいこと」を言ってその場を収めることに自分の語彙力を傾注することがままあった。ぼくの方はどうでもよかった。
 霧のような雨が再び舞い始めている。傘も持っていないぼくたちはペンギンの前で肩を濡らしていくしか能がなかった。雨は金網を通り抜けてペンギンの頭の上にも届いている。彼らが雨をどう思うかは知らないが、少なくともぼくにとってすれば金網じゃなくもうちゃんとした屋根の下に戻って温かいコーヒーでも飲み干したい気持ちだった。


しゃもぢだって人間である

本日は採用活動のため東京へ。品川駅前の京浜ホテルでは元従業員たちが横断幕を持って拡声器で演説をしていた。

仕事自体は二時間で終わり、まだ三時くらいだったので本屋巡り。渋谷はもう、見るべきものがなくなった。ヤマダ電器とかできているしなんかもうあの場所自体に魅力が無くなった。お茶の水丸善はいつも空気が乾いている。八重洲ブックセンターではようやく建築系の書架があることを発見。医学書とかと同じフロアーなのでいつもは完全に無視していた階だった…。しめて一万円ほど購入。

多摩美の図書館に関する下記の本は図版が素晴らしすぎてため息が出てくる。

伊藤豊雄は今度「プロフェッショナル」に出演するんですかね。楽しみ!

鹿島に帰ってきてからは定額給付金の書類を書く。もらえるものはもらう。そのあと「グーグーだって猫である」を同期と鑑賞。前半はわくわくしたけど、麻子先生がぶったおれた後はまったくダレた。90分でまとまる内容だと思った。まあ、休日の午後明るいうちにヒマでヒマで仕方がない人向け。見終わった夕方から吉祥寺にでもメシ食いに行くかって感じの映画。


最近のSEO

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はい、どうもありがとうございます。好評のようですな…。

本日は同期&後輩の異動壮行会。八時に合流してさっき帰ってきました。こういうときでないとなかなか経理室に引きこもっていると会えない人達の顔が見られます…顔見るだけで終わってしまったような気もしますが。。。

その人がその場にいるかいないかでその場の空気が大きく変わる人っていますよね。大学の時も先輩におりました。いるといないとで、他のメンバーは全く変わらないのにぜんぜん違います。まあ、同期にもそんな希有な人がいまして、今日はそれをよく感じた。アレは本当に一つの才能だよな…才能でもあるし好きでやっていることが長じてそういったキャラクターが形成されるんだよな。

いやもう、恐れ入るんですよ。バラバラのものが一つにちゃんとまとまる。みんなその人の方を向いている。その人の指し示す方向にちゃんと従う。従うという言い方は変だけれど、その人の向いている方向にすごくきらきらした楽しいものがあるように感じてしまう。

それはきっと相対的に決まるものではないんだと思う。

例えば職場で、誰か一人は室長だとか部長だとかをやらないといけない。それはその人の指向に関係なく、役割として与えられる。あんたがそれをやらなくちゃいけないんだ、下がついてくるかは別問題としても、下がついてくるということすら役割の一部に入っている。そういう風に役割としてだったらできる人もいるだろう。だって室員というのも一つの役割だし、組織である以上守られなくちゃならない。

そこが学級崩壊はあっても職場崩壊なんていうものが現象として無いということの理由だと思う。

じゃあ飲み会は? 飲み会は組織ではない(ただし職場の飲み会は組織であるとは思うが)。もちろんお会計をしたりメンバーを集めたりというのはあるだろう。けれど会計の人は常に会計をやっているわけではないし、人集めだって「参加しなくてはならない」という義務感がないという前提さえあればそれは「結果を伴う」必要はない。だめならだめでそれでいい。

そういうところで自然発生的に生まれてくる「役割」というのが人間の本当の価値をかいま見せるのだと思う。会社で仕事ができるなんてほんとくだらない一面的な価値でしかないでしょ。そういう中でしか生きてない人はそれはそれでご勝手にという感じだけど。

誘ってくれる人がいる以上は、もうちっとぼくもなんとかしなくちゃなあと、しんみりと感じた今日でした。


読んでもしょーもない日記

山場山場と言いながら予算もようやく今週が第二の山場。来月は第三の山場です。一体いつになったらたまりたまった振り替え休日を取れるんでしょうか。

ま、そんなことを言ってても仕方がない。本当に仕方がないのだと思うようになりつつある。問題は、いかに毎日一時間以上何かを書く時間に充てることを可能にするかだ。とりあえずは意固地になってキーボードに向かうこと。記録を残していくこと。

ロランバルト『美術論集』『恋愛のディスクール・断章』
李禹煥『出会いを求めて』
宇多田ヒカル『点』
『音楽とことば』
カズオイシグロ『わたしたちが孤児だったころ』
鷲田清一『死なないでいる理由』(文庫化に際し大加筆!)
矢沢あい『NANA』21巻
小玉ユキ『坂道のアポロン』1~3巻
深沢かすみ『本棚の神様』

以上、積ん読中。やっぱり積ん読かよ! でも読んで書くんではなくて、書きながらその合間に読む、みたいな感じを基本のスタイルにしたら少しははかどるかも。全部読み終わってから書きたいこと書こうと思っても読むだけで土日が終わってしまう。

ほんとくだらないな、最近書いていることが。。。自家撞着に陥っている感じだ。

ただなんというかすごくすごく焦っている。自分の立ち位置がぐらぐらと揺らいでいるというか、このままこんな生活続けていたら確実にくだらない人間になってしまう。なんでもいい、なにかしなくちゃ! なにかしなくちゃなんにも残らないし、残らないのは今のところすごく悲しい、と思う。もちろんなにも残らなくたっていいじゃないかという考え方も一方では強力にあるということも知っているけれど、それほど達観できてない。そういうのはきっと、ちゃんとなにかを残せた人が余生に使う言い草だ。

とか言いながらこんなことで何行も使っているのもほんとに馬鹿らしい。どうか、小説読んでみてください、なんて太宰治みたいにくねくねしたって始まらない。今日書く一行が今日のおまえの全てだ、なんて言っていた三島のマッチョなイズムの方が共感してしまうな。

あえて受験生のように、あえて就職活動中の学生のように物事を考えてみる。

全ては未だ終わっていない。全ては未だ現在進行形なのだ。手を動かしている限り、頭は働いている。その実感だけが今日の今の自分だ。なにもなければなにもなかったことにされてしまう。その空白を、行間をわざわざ読むものがどこにいる? 単純な話だ。ないものはない。あるものはある。そこに立ち返るべきだし、ないのにあるようなそぶりをしたりしちゃだめだ。それがあなたの全てだ。

ふう……煙草を一本。

しかし正直なところなにをしたいのかよくわからんな。クラモチ先生と撮っていた映画どうするか? やっぱり機材買って出直すかという話もあったり。小説も二冊目出さないの? ってよく聞かれる。ありがたい。今度は本気の自費出版するかもなーとは考えている。製本してISBNコードだけ取ればいちおう本としての体裁は整う。あるいは製本しただけでここで売りさばくか? だれか買う? とりあえず目下、大学時代の同期に同人原稿頼まれているのでそれに精出す。間に合わなかったら「ピース・オブ・タイム」改稿しよっかなー、って考えている時間が一番楽しかったりする。


やっかいな「自分」

きまぐれロボットDVD+CD(SOUNDTRACK by コーネリアス)
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きまぐれロボット DVD+(オリジナル・サウンドトラック byコーネリアス,浅野忠信,香里奈,逢坂じゅん,夏木マリ,小山田圭吾

三連休はいつものようにだらだらと読書をしたり、人のブログを全部印刷して一から読んだり、自分の小説をいじくったりして過ごした。大体三連休というのは、一日目にだらだらしすぎて昼夜逆転し、二日目によし今日からはちゃんとした休日を過ごそうと思って洗濯したりホームセンターに買い物に行ったりして生活者としての一面を取り戻したりするんだけど、三日目には次の日の仕事のことを思い出したりして鬱々たる気分になって今くらいの時間を迎える。

なんか前にも書いたけど、人が「渋谷で遊ぶ」とか「土曜日だからおねーちゃんのいる店に行く」とか言うのがいまいち具体的にイメージできないところがあって、「遊ぶ」というのはなにをもって遊んだことになるのかよくわからない。

「渋谷で遊ぶ」としたら青山通りから松濤まで散歩して界隈にある本屋を片っ端からひやかすくらいしかぼくにはできないし、あるいはなんでわざわざ高い金払ってまで他人としゃべらなくちゃいけないのか? もちろんそういうところが人間としてぼくが至らなさを禁じ得ないところではあるのだけど今更先端恐怖症の患者に針を持たせて歩かせるようなのは受け付けない。まあ、精神状態がある複雑な条件を満たせばやってやれないことはないのだけど、だいぶ長い準備期間が必要だったりするのが、不機嫌な時代のまっただ中にいるぼくの未熟さである。それはよーくわかっている。

演ずるなら四六時中。楽屋に不意に入ってこられると、けっこうしんどいのですよ、ぼくという人間は。自分にとってそれが得なのか損なのかずいぶん長い時間かけて吟味しないと決断できないのですよ。ごめんなさい。

美術大学やらから社会に出て、芸術文化が自分の指先からこぼれていくという悲しさを持ったのならば、今度はこれまでの歴史が自分に惜しみなく優れた物を与えてくれてきたように、これからの歴史に向かって自分から貢献していくべきだと思う。

よく読んでいるブログから引用させていただく。これを読んでから(元記事はもっとずっと長いものなのですが)ずーっと、このことについて考え続けている。まとまった自分なりの答えが出たらちゃんと書きたいとは思っているのだけど、なかなか形にならない。でも、彼女の言う「大人になるキャンペーン」に自分も参加したい、しよう、するしかないと思う。そしてどういう形で参加するかを要は、ずーっと考えているわけだ。

明治は遠くなりにけりって、言っている場合ではない(今書いている短編の連作がまさに……)。「ちょーっと待てよ、ぼくはもう三十なんだぜえっ」ってミスチルが歌っていた。そんなの聞いて笑っている場合ではない。「同年代の友人たちが家族を築いていく」中で、あんたはなにを選択しなにを人生の指針とし、仕事以外でなにを歴史に残していくのか、いけるのか、いけないのか!?

あああ、そう言えばこの前の結婚式の話を書かなきゃと思っている。親族としては初めてだったので、久しぶりに会った祖父の変わりっぷりとか、ひそかになんかほんと泣けてくることばっかりだったんで。世代を交代して行かなくちゃならない世代になっちまったってことよ。でも男は子ども産めない代わりに作品残すってだれが言ったんだっけ?

そして冒頭の「気まぐれロボット」を見てそのあまりに円谷プロ的世界にげらげら笑ったのが、唯一この三連休で笑った出来事でした。このクライシス、書くことで自分を救うという原点に立ち戻って、もうとにかく読んでないで書け書け書け書け!


【小説】御茶ノ水橋…6

六 パラソルが低すぎて

 九月後半の三浦半島はお世辞にも行楽地とは言い難い。海水浴客はとっくに東京の日常へ帰って行った。地元の商店街も地元の客だけを相手にする日常に帰って行く。少し肌寒くなってきた風にレストランののぼりがはためいている。電車に揺られているときは気がつかなかったけれど、空には雲一つ無く、太陽は丸裸の光をぼくたち七人に投げかけてきていた。
「バスは四十分後に出るって」
 改札を出て荷物の点検をしたり座っていた腰を伸ばしたりしていると、はやばやと小林は駅前にあった小さな観光案内所でバスの時刻表を見て戻ってきた。
「それだったら歩いていった方が良くない?」
 ぼくの横で原田美絵は煙草に火をつけながら、四十分も待たされるのがあたかも小林のせいであるかのような口ぶりで言う。
「歩いていける距離なの?」
「ねえー、地図だれか持ってない?」
「小林っ、もっかい聞いてこい!」
 みなが勝手なことを言い合うがだれも動こうとしない。二時間の電車はずっと座っていてもそれなりに疲れるのだ。
「まあいいじゃない、とりあえず写真取りながら歩こうよ。そこの道路渡ったらすぐ海が見えるよ」
 と言いながらシャッター音を一つ響かせたのは明日香だった。その音を聞くとなんとなくみんな気持ちが引き締まる。カメラの話をされると、だれも反論しなくなる。腐っても写真部だ。ぼくも鞄の中から入学の時から使い続けているニコンを取り出すと、ファインダーを覗いている明日香の姿をフィルムに収める。しばりあげた後ろ髪からほつれたように垂れている横髪が、きれいに写っているといい。
 明日香の言うとおり、駅前からでは建物にさえぎられていてわからなかったのだけれどロータリーから外へ続くバスの通うであろう道路を進むと、すぐに海岸に沿って走る幹線道路に合流した。一気に風が強くなる。そして、わざわざ名のある海水浴場まで歩いて行かなくても、堤防の上を走るその道路を海側に降りればすぐに砂浜が広がっているのだった。
「海だ……」
「海だねえ……」
 ぼくたちはすでに重い荷物を歩いて運ぶ必要を考えなくなっていた。日ざしは強く、海は青く、「ぼくたちは若かった」とでも言う他ない。そういう形容が似合う最後の時間だった。ぼくたちは今にも錆で崩れてしまいそうな鉄の螺旋階段を下りると、上に着ていたティーシャツを脱ぎながら大げさなくらいの奇声を発して波に飛び込んでいった。
 一通り男同士の戯れに決着がつくと、ぼくたち男四人はおよそ波打ち際から二十メートルほどの地点にぷかぷかと浮かびながら浜辺の様子をうかがった。
「あいつらなにやってんだ。早く来ればいいのになあ」
 見れば明日香たちは小林の買ってきたパラソルを組み立てるのに四苦八苦しているようだった。美絵はぼくたちが浜辺を向いているのに気がついて大きく手を振った。口を大きく開けてこっちに向かって何か言っているらしいが、波の音が大きくてよく聞こえない。
「あいつ拾ってくれたかな」
 小林がぼそりと言う。
「なにを?」
「いや、途中でカメラバッグ放り投げて来ちゃったからさ。さっき砂浜で」
「そういう気が利くのは美絵よりは明日香だな」
 ある意味でこの男も美絵の声が全然届いていないのだなと、ぼくは思った。なあ小林、彼女たちの最後の夏休みを誰かのものにしちゃダメなんだよ。もうそれは、だれのものでもないんだよ。共有されるべき人類の財産みたいなものなんだよ。
「あっ、でも柿崎、今日はそういう話題なしな」
 そう言うと小林はざぶんと海に潜り込んで岸に向かってものすごい速さで泳ぎだした。不意をつかれて残された三人も反射的に追いかける。早く泳ぐことは得意ではない。水が耳に当たってごぼごぼと大きな音を立てる。ぼくは岸に着くまでの数分間、小林の言葉を頭の中で反芻する。泳いでいると一つのことを繰り返し考え続けるのが不思議と楽だった。
 岸に上がると、パラソルは砂浜に刺さっていちおう立っていた。「いちおう」と言ったのは、それが地上五十センチの高さに傘を開いていたからだ。
「錆びた折りたたみ傘みたいに、どんなに力を入れても柄が伸びてくれないのよ」
 相変わらず二の腕に筋肉がたくましい明子が言う。普通だったらこういうとき濡れそぼった四人の誰かが腕を伸ばすのだろうけど、残念ながらぼくたちは全体力をかけて泳いできたばかりだった。
「どうしたの? そんなに全力で泳いでくるなんて」
 一人がどうと砂浜に倒れ込む。あおむけのままもぞもぞと砂浜の上を背中を使って移動し、頭だけをパラソルの中につっこんだ。それを見てぼくたちも真似をした。身体を乾かしながら太陽のまぶしさから逃れるには確かに良い方法だった。そして明日香たちもおもしろがってパラソルの中に頭だけをつっこんできた。
「俺、赤い部分の下にいるから拷問みたいなんだけど」
「おまえ心理学科なんだからちょうどいいじゃん、実験と思えよ」
 笑い声がナイロンのドームの中でやけに大きく響いた。
「なんかこうやってると修学旅行の夜みたいだね」
 明日香が言う。
 じゃあ順番に好きな人の名前を言っていこうか、とぼくは冗談を言おうかと思ったけれど、冗談にならないような気がしたのでやめておくことにした。


みなとみらいの本屋

くちぶえカタログ
くちぶえカタログ
松浦 弥太郎

親戚の結婚式に横浜まで行った。先週のことだ。横浜駅は相変わらずどこか工事中である。東横線は桜木町行きしか知らなかったぼくも初めてみなとみらい線に乗った。なんのことはない、車体も東横線そのままだった。

みなとみらい駅に立つとなつかしい青い看板がすぐに目に入ってきた。Book1stだ。親族の集合時間には未だ早かったのでその小さな店内に足を踏み入れた。

本屋の品揃えというのはその立地を確かに意識している。みなとみらいに本を買いに来る人なんてどんな人だろうか。横浜で仕事をしながら休日は買い物に来るアッパーミドルな未婚女性といったところか。

書架には松浦弥太郎が正面を向いて並べられていた。よしもとばななほど求道的ではないけれど、かえって具体的なウェイ・オブ・ライフを伝えてくれる。でも「DEAN & DELUCA」のトートバッグを持っている男の子はどうもね、という誰かさんの声も頭の中に聞こえてくる。自意識過剰気味に、生活を送る。そういうのを吸収したい人が来店するのかな。良い意味でも悪い意味でも。

コミックの棚には岩本ナオの全巻がこれまた正面を向いている。amazonで漁るようにしか本を買えない地方在住者にとってすれば、その中でアンテナに引っかかった作家の本がこうやって都会の、もっとも多くの人の目にさらされる場所に陣取っているのを見るのは少しだけ勇気づけられる。「そんだけ本読んでいるんだから、あんたのその価値観とか取捨選択の基準にそろそろ自信持ちなよ」と焼き肉を食べながら言ってくれたと同期の言葉も思い出す。

レジに行くとアルバイトかと思うような女性の胸に「店長」のプレートが留められていた。この書店がどういうチェーンマネジメントの下にあるのか知らないけれど、もし品揃えを独自に裁量しているのだったらもう一度訪れたい方寸である。


岩本ナオの地元観

雨無村役場産業課兼観光係 1 (1) (フラワーコミックス)
雨無村役場産業課兼観光係 1 (1) (フラワーコミックス)
岩本 ナオ

やはり、上手い。

東京の大学を出た主人公の銀一郎は地元の戻ってきて村役場に就職する。観光名所も名物土産も若い人達もいない田舎で、その日常は進んでいく。数少ない仲間との微妙な距離感、あるいは置いてきた「東京」との距離感。

ロマンチックラブイデオロギーに毒されていない結婚観がまだまだ生きている「地方」での恋愛を描くと、こんなになるのかという驚きが、むしろこれはぼくがいま同じような「地方」に住んでいる中で「それがむしろあたりまえなのか」という気づきにもつながる。

『Yesterday, Yes a day』(これはほんとに表紙にだまされる)と言い、岩本ナオの描く「地方」は間違いなく少女漫画の範疇を見えたリアルさを持っているし、そして日本にいるこの漫画の読者にとって、むしろ都会よりもここに描かれた日常の方が「日常」なのではないか? だって、東京ってほんのほんの一部でしかないわけだ。

望むべくは、「地元としての東京」「地方としての東京」を描いた作品って何かないかな? ということ。下北的・中央線的な上京物語はもう食傷なのだ。そういえば最近魚喃キリコをめっきり読まなくなったのもそのせいかもしれない。岩本ナオの描く当たり前さの新鮮さ、それに続くのは……やっぱり浅野いにおか?

そんな意味でも青木淳悟の『このあいだ東京でね』は無上に面白かった。
このあいだ東京でね
このあいだ東京でね
青木 淳悟

あるいはNHKの特集「沸騰都市」。考えるネタはたくさんある……。


【小説】御茶ノ水橋…5

五 池袋の理由

 最初レストランに入ったときには気づいていたのだけれど、今日の範子はだいぶ不機嫌そうだった。ここに来る途中で美絵に会ってしまったのが良くなかった。あの人は気を使ってなのかわざとなのか知らないけれど、いきなり交差点の向こう側に現れるとこっちに気づいて大きな手を振って来るのだ。それも十年ぶりに合う友達に対するみたいに。わかっている。彼女の感情表現が普通の人間よりも三倍くらい大げさなのはわかっている。それにしても、タイミングが悪すぎた。だって今日は範子と仲直りをするために誘ったのだし、美絵とはもう一年も前に別れているのだ。はっきり言って写真部で毎日のように会っている美絵と、他学部聴講で週に一度の「メディアリテラシー」でしか会えない範子とでは今のぼくにとっては重みがぜんぜん違う。そして悲しいことに(ぼくのうぬぼれかもしれないけれど)範子はそれと全く同じことの反対をきっとぼくに当てはめたりしているのだ。
「写真ってそんなに面白いの?」
 いや、まず注文だけ先にしない? と、上着を脱ぎながらぼくは思う。今日は首から一眼レフは提げていない。鞄の中に安いデジタルカメラだけが入っている。
「写真の話は今日はいいじゃない。ぼくがしゃべると長いし」
 そう言いながらぼくはテーブルの下からメニューの大きな冊子を取り出す。そして少し考えてから向きをひっくり返すと、範子の前に広げる。
「なに食べる?」
「ピザ」
 まるで最初から決まっていたかのように彼女は言う。ぼくは店員を呼んでピザを三枚とコーヒーを二つ頼んだ。飲み物はドリンクバー形式だったが、無理を言って持ってこさせた。ぼくは別にコーヒーやコーラやサイダーを何杯も飲みたいわけではない。ただ、コーヒーを一杯飲みたいだけなのだ。そして、今の範子は絶対にただ飲み物を取りに行くことのためだけに立ち上がるとは思えなかった。
 そうして、ぼくたちはやっとお互いがお互いのことを考える準備につくのだ。池袋駅の宝くじ売り場で待ち合わせてから三十分は経過している。
「今日はどうする?」
「どうするって? なにか話があったんじゃなかったの?」
 確かにぼくたちは一昨日の夜、電話越しに喧嘩をした。どうして喧嘩をしたのか一晩寝てしまったら忘れてしまうくらい些細なことだった。けれどなんとなくどちらからも次の電話をかけられず、そして結局喧嘩をする前に会う約束していた今日になってしまったのだ。
「うん。おとといのこと、もう少し言葉を尽くそうと思ったんだけど。でも、君の顔を見たらどうでもよくなったんだ。だから君の話を聞こうかなと、思うんだけど」
「私は最初から話なんて無い」
 範子の爪には珍しくマニキュアが塗られていた。それも、本当にただ赤いだけのマニキュアだ。ぼくは彼女の指先を見つめながら、今日のこれからのことを考える。
「でもさあ、ねえ、池袋で夏って言ったらどこよ?」
「うーん、水族館?」
 けれど夏は、まだ始まる気配を見せていなかった。レストランの外は、六月の雨が音もなく霧のように舞っている。ぼくが「水族館」と答えたのは貧弱な連想によるものだった。そこは美絵と初めて二人で出かけたときに訪れた場所であり、その日も確かこんな天気だった。一年も持たない恋愛ばかりしているぼくにとっては、春に出会い夏に燃え上がり秋に別れるというパターンを繰り返すだけで、そのおかげで季節毎の気分というのが明確に備わっていた。梅雨空を見上げているときはいつでも心の中に共有されざる真っ赤な感情が、生まれたばかりの横溢せる力で支配しようとしていた。それはとても孤独な季節だ。そして、言い忘れていたかもしれないが範子とぼくとは恋人という間柄ではなかった。
「じゃあ、ピザ食べたら、行こっか」
 不思議なくらい範子は素直だった。池袋を待ち合わせ場所に指定してきたのは彼女の方だった。彼女はマンボウなんて見たくないのかもしれなかった。本当はスクロヴァチェフスキの振るうブラームスを芸劇で堪能したかったのかもしれない。あるいはキンカ堂で正規のスワロフスキービーズを買い求めたかったのかもしれない。そして、あるいは彼女が初めてつきあった男と初めて出かけたのがこの街なのかもしれない、などとぼくは我ながら自虐的なことまで考えてしまうのだった。