乗り越えたり

今日は所休日なのです。雨ですねー。

昨日でなんとか今月の山が終わり、三連休ということもあって久しぶりに飲み過ぎてしまった。毎度毎度担いで部屋まで送ってくれる後輩よ、ごめんよ……。

三ヶ月に一度くらいはホントたち悪い酔い方をしてしまうのが学生の頃から直りゃーしません。ちびちびと小さいコップで飲みながら訥々と深い話が出来るような大人に早くなりたいもんだ……来月は招待されている結婚式が二つもあるので飲み過ぎないように気をつけます(なんとレベルの低い心懸けだ!)

来週は割と講師関係が多いのでその予習でもだらだらこの三日はやるつもりです。


今週しんどいです。

最近、テキトーな発言で裏目に出まくってますわ。追われまくってるとついつい早く済ませてしまいたくってその場しのぎのことばかり言ってあとで倍返しを食らう……時間無いときは待ってもらおう。時間無いときは時間無いですってちゃんと言おう。

ていうか、最近、思うんですが

かけるべき時間をかける

というのが、マイテーマになっていまして。こう、生きる上でも仕事する上でも。なかなかそれが実践できないのがつらいです。


いくえみ綾『潔く柔く』人物相関図

あまりに暇すぎたので『潔く柔く』の人物相関図を描きました。頭がこんぐらがっている人は参照してください。ダブルクリックで大きくなると思います。

一、南朋高校系列(梶間、赤沢、柿之内、安養寺)
20091008_3083943

二、東高校系列(カンナ、真山、亜衣、千家)
20091008_3083944

以下、疑問点
・梶間君はどこの大学に行ったのか? 赤沢と一緒?
・柿之内姉の名字が桜場に変わっている→子供を産んだ結婚相手はまだマンガには登場していない
・A大学は短大併設校ということはわかるがMデザインは系列校という設定? 赤沢が福沢を「先生」と呼んでいるのがよくわからない。
・笹塚一恵が亜衣の落とし物を拾ってあげるシーンがあるので同じ大学に進学している? その意図は? 笹塚一恵の大学生時代のお話しが無いのはフリだろうか? 真山と笹塚一恵は今のところ無関係になっているが。。。
・古屋がアフロを切ってしまった話には続きがあるのか?

コミックしか読んでいないので何とも言えないのですが、このあたり、要注意ポイントです。

《追記》

その後、10巻までの相関図もアップロードしています。参照方。


岩本ナオ『Yesterday, Yes a day』

Yesterday、Yes a day (フラワーコミックス)
Yesterday、Yes a day (フラワーコミックス)
岩本 ナオ

あー、なんかこういうのは好きですね。

絵柄があまりに素朴すぎて取っ付きづらいところはあるのですが昨今の少女漫画はどんどん「王道」を外してくる。これは、田舎の高校生の物語。幼なじみの男の子が東京から転校してくるんですが、これまた男子校にいたせいでめちゃめちゃ女の子に弱い。このあたりが大学に入りたての頃の自分を彷彿とさせるので読んでいてかたはらいたいのなんのって。

このマンガの素晴らしいところは、ありがちな都会と田舎の二元論、あるいは田舎を闇雲に否定する若い人達、といった図式が全然無いところ。むしろそんなわかりやすさは一切考慮されていない。そんなつまらない図式でドラマを生み出そうとする魂胆は微塵も感じられない。

狭い人間関係の中でそれぞれが自足し助け合っている。そのことが当たり前のように描かれている。それがいいとか悪いとかというお話しではなく、ただそういう人間関係がある。「ある」「存在する」人間関係をそのままに描いているマンガってなかなか無いと思う。

非常に、お薦めです。


飯塚朝美「クロスフェーダーの曖昧な光」

以前のエントリーでも紹介しました飯塚朝美さんが新潮新人賞を取られたようです。

新潮 2008年 11月号 [雑誌]
新潮 2008年 11月号 [雑誌]
新潮社

未読ですが『金閣寺』をモチーフにやはり宗教をテーマとした作品のようです。選評は概してあまり好意的ではありませんが、まあ新人賞の選評で手放しで褒めるということもありませんから。着実に歩を進めていっている作者に、あらためて、頭の下がる思い。


秋のマイ芸術祭

昨日は芸術の秋ツアー。

まずは出光美術館。

20091008_3083942

松園、波山といった出光の得意とする作家の展覧会。まあ、出光に行っていると何度も目にするものも多かったのですが、富岡鉄斎なんかあらためてまとまった数を見ることが出来てなかなかよかったです。

併設で最近大人気の仙厓さんもやっていました。「指月布袋画賛」「一円相画賛」も見てきたぞ! 仙厓さんは絵もいいのですが、字もいいのでつくづく見入ってしまった。

つづいて新宿テアトルへ。

「アキレスと亀」、見てきました。

これは北野武による「地獄変」ですね。といっても、(予告編の雰囲気に反して)主人公の画家は孤高の天才では決してないところがたけし的といえばそうです。

少年時代、青年時代、壮年時代の画家の変遷を丁寧に描いていきます。前半はかなりお涙ちょうだい的に進んでいきますが、武が出てくると一転してコメディーになっていきます。画商の一言一句に影響を受けすぎて翻弄されている姿は場内からも笑い声が。けれどちゃんと最後は落とすべき所に落としていきます。ここからはちょっと笑えないな、というところへの展開の仕方がさすが、という感じ。二時間があっという間でした。

一方で、とにかく人が死にまくる映画です。このあたりを北野武の死生観! みたいに語りたがる人がいそうで──これはあまり深読みしてもしょうがないんじゃないか、という気もするのですが。メインはやっぱり狂気と正常の狭間、みたいなところにあると思います、この映画は。そしてそれは芸術において、「本物」とはなんなのかという問題にもオーバーラップしています。

北野映画の重要なモチーフとして「変な大人」というのは確実にあって、「変な大人」と「子ども」の親和性に、正常な大人たちが「それはおかしい」と切り込んでいく、あるいは「あいつはしょうがねえな」という理解者の登場によって涙を誘う、というパターンがあると思います。今回の作品はクライマックスでついに「狂気」が「狂気」として描かれてるところに新しさがあるんじゃないのか。それも、自らの生命を滅ぼしかねない狂気として。そんな風に思いました。

さて、映画館を出て渋谷へ。

podcastでおなじみのクラモチ先生がライブイベントをやるというので会社の同期陣と見て参りました。

こういうところへは初めて行ったのですが、大音量の音楽に身をゆだねるのもいいもんですね。出演者もけっこう働きながらたまーにバンドやってますみたいな感じの人が多くて、そういう人を目の当たりにするだけでもなかなかの刺激になりました。

この詳細はきっと次回のラジオで本人が語ってくれることでしょう。

そのあと軽く飲んで幕張の同期社宅に泊めてもらう。んで海浜幕張から出ている高速バスでさっき帰ってきました。バスの乗客はぼく一人でしたよ…。

そんな感じの秋の一日でした。