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2018/04/20

リーダーと、マネジャーは違うとは言っても同じマインドでできるほうがいいに越したことはない。それぞれが別人格になってしまうと、なんかよくわかんなくなってくる。自分の中で実務をやらなくちゃいけない部分もあるけど、ある意味で手を出してはいけない領域というものもある。そこまで自分でやってしまったらマネジメントにはならないよ、という。

やっぱり「プロジェクトマネジメント」的な発想というのは必要だよな、と改めて思う。(プロジェクト)リーダーとしてマネジメントを行う、というか。リーダーとしての地位を絶対に確保する、というか。しょせん、事務屋の役割ってそういうことなんじゃないかな。自分としては、もう少し偉ぶってもいいのかもしれないと、思う。けど、それって自分のマネジメントスタイルなのかどうかってまた難しい。リーダーは別に偉ぶってなくてもいい。そういうやり方だってあるはず。

まだまだ模索中。


菊原智明『営業1年目の教科書』

を、読みました。

初心忘るべからず、とはいえ、初心がわからない自分にとっては全く未知の世界なので、とにかく「教科書」をと思っていたら本屋で目にして買いました。営業マンの基本を説いた本って意外にないです。ぼくがこれまで読んだ中では『なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか』という逆張りの本くらいで、なかなか全体感を網羅した正攻法がなく困っていました。ここに書いてあることは、適度に現代という時代にも即しているし、いつの時代も変わらない部分もしっかり押さえています。まさに不易流行。これが全部できている人は少ない。むしろ、これが出来ている人は、室長とか部長にちゃんとなっているなあと、しみじみ思います。


2018/04/18

雨。焦らないこと。焦らなければ、もうそれだけでいいような気がする。基本的に間違いを起こしてはならない。そして、みんながエクセルで計算できるようになった現代において、間違うというのは、はっきり言って時間をかけなかったということでしかない。間違わないことを至上とするのであれば、人を待たせておくべきだ。「間に合わないものは仕方がない」。それは、人間のできる仕事ではなかったということだ。それを悔やんだって仕方がない。つまり、僕たちは常に一定のスピードで歩くべきなのだ。走っては休み、走っては休みしたって意味がない。健やかに、その脚で、持続可能な速さであるき続けることが一番大事だし、それだけでいいのだ。それだけでいいのだ。


森田正馬『神経質問答』

を、読みました。

最近、仕事のあまりの忙しさから、本も読めないし、土日は体力温存、あるいは回復にほとんどすべてを費やしてしまうため、だんだんブログを書く、というライフワークからさえも遠ざかりつつあります。それでも、子供の成長は日々、楽しいものだし、仕事は、本当に毎週のように新しい「事件」が起きてそれをマネージするのでへとへとになります。それ以外のことがなかなかできず、あるいは、それが故に、ある一言の言葉でドスンと落ち込んでしまったりすることが多く、気持ちの切り替えもなかなか最近はうまく行きません。会社で年をとるというのは、とにかく、日々、責任が重くなっていくということで、年長になったからといって、楽になるということは一切ありません。これが定年まで続く…、と思うと、やはり、人生を楽しむ方に気持ちをシフトさせたいとも思うし、あるいは、こうやって高校生の時から折に触れては読み返している森田療法も時々身にしみます。三十代も後半に入ると、本当に、村上春樹の「プールサイド」じゃないけど、残り時間のほうが短いんだな、という気がしてきます。あと何冊本が読めるんだろう。あと、どれくらいの仕事を自分はしていくんだろう。そう思うと、滅入ることのほうが多いですが、もう少し、そういうフレッシュな、今しか言い表せない気持ちとかも、どんなに眠くてもやっぱり言葉にして残しておきたいな、と思いなおす、今日このごろです。


夢の島

たぶん、25年ぶりくらい。第五福竜丸も、3.11の後ではまた意味合いにもう一層加わった感じ。
それにしてもオリンピックやら整備やらで遊べるところがほとんどなくなっていた! 事前にわかっていれば……。


キオ・スターク『知らない人に出会う』

ミランダ・ジュライっぽいアプローチだな、と思っていたらその名前が本書にも出てきたのでびっくりした。

コミュニケーション全盛の時代だからこそ、たぶんいま40代くらいの彼女たちの目には、それ以前の素朴な時代とのGAPとあるいは変わらないものとがよく分かるのかもしれない。他の著作は邦訳なし。ちょっと興味ある。


イヤホン新調

なんわからんが今使っているソニーのカナル型が、別にイヤーピースを替えたわけでもないのに耳の穴からポロポロこぼれ落ちるようになってしまい、これはもしかして耳の穴の老化によって潤いが失われてしまったのではないかと。しかしお店に行っても今は殆どカナル型で、色々試したけどどれもやっぱりぽろぽろ落っこちてしまい困っていたところ、オーテクのこれがうまくフィットしてしっから耳にくっついてくれたため買いました(自分で貼っといてなんだが、ビ○クカメラよりアマゾンのほうが千円以上安いってどういうことだ、返してくれ……)。

なんか低音重視のイヤホンみたいなんですが、たしかにずっと聞いていると疲れます。ドンシャリというよりはドンドンという感じ。しばらくはエージングして、耳ならしをしていきたいと思います。アマゾンのレビューを見てみると断線しやすいみたいです。オーテクは、前に持っていたノイズキャンセルも一年くらいで断線した覚えがあります。気をつけて使います。


2017年

何と言っても長らくいた職場から異動になって社外の人とたくさん会うようになりました。最初のうちは、スーツの着方やら乾杯の仕方やら国際線の乗り方やらわからないことだらけではあったのですが、なんとか大きな失敗なくやってこれています。これもなにも超保守的な自分の性格がなせるわざなんでしょうが、見よう見まねの一年だったので、来年はもう少しアウトプットに軸足を置いて、守りから攻めに転じていきたいと思います。が、まあそんなに急に人は変われるものでもないでしょうから、人の助けも借りながら、なんとかやっていきたいなあ、来年も、一介の営業マンとして。

戌年ということで、歳男なんですよね。もう二十代ではないし、三十代と言うにはもう四十代に近いし。もう少し自分なりの「スピード感」を生きていく基準にしていってもいいのかなと思っています。せかせかと焦ってもなにも生まないし。諦めるべきこともたくさんあるのでしょうが、その分新しく考えなければならないこともあるし、自分の人生で、そんなことが起こるなんて思っても見なかった嬉しいことや楽しいこともあるのもまたこれは事実で。

というこで、あなたにおかれましてもまた、来年がよいものでありますように。


リリー・フランキー『東京タワー』

ここに出てくる幾つかのエピソードは、すでに氏のコラムやエッセーで何度か面白おかしく描かれています。でも、その背景にはこんなストーリーがあったのだなと、もちろんこれは小説なんですが、感じ入ってしまいます。

たまたまですが、ぼくも西東京に長く住んでいたし、方南町は一年くらい(それも割りと遅れてきた多感な頃に)住んでいたし、北九州の感じも何度か足を運んだことがあるのでなんとなくわかる。なにより、2001年の、雪と桜の花が舞い散ったときのことはぼくもよく覚えている。氏とは20年近く歳が違うけれど、描く景色は一直線に心に入ってくる。あの頃、リリー・フランキーはこんなことを考えていたのか、全然知らなかった、『文藝』はあの頃よく読んでいたのだけれど。

この一冊、長編と言っていいと思いますが、本当によく書ききったものだと思います。変な言い方になりますが。よくここまで記憶を頼りに描ききったものだと思います。ここにどんな小説的技巧があるかわかりませんが、ころっと騙されてしまえばいいと思います。最後まで明かされない伏線もありますが、それも抱えて人は死んでいくものだし、それを詮索してもしょうがないのだと思う。それは、その人を目の前にして聞けることではないのだから、それはもうわからないままにしておくしかないのでしょう。