このサイトについて

このサイトは管理人の「自己表現」ではなく「自己変革」を主旨としている。
「ゼロ」でないことを大前提とするこの傲慢さを、まずは愛したいと思う。

2003年夏に前身であるCapacity of “STYLE”を立ち上げたとき、ぼくはそれを必然と感じていた。もしもその予感が正しかったのならば、もう一度だけ始まりであり終わりであるようなこの場所[サイト]を発展的解消の第一歩とすることにも、いくばくかの意味があるのだろう。

「過去とは克服されべきなにかであってはならない」
もしもあなたがそう考えているのなら、ぼくはあなたになんらかのヒントを与えることができるだろう。そしてあなたもまた、ぼくに大切ななにかを教えることができるだろう。大事なのは、このことが実際に可能であるということだ。

極めて個人的な出来事に対する感情的な言葉たちが飛沫を上げる中に、一つの問題について考える手法としてしゃぶりつくされた「小説」のようなものが、ここには横たわっている。異様な空間だと、正直思う。けれど冒頭に誇らかに掲げたソンタグ女史の言葉に忠実なるべく、ぼくの「アテンション」がどこをさまよいどこに向かおうとしているのかをしっかりと見届けるためには必要な処置なのだろう。これをダイナミズムと呼ぶことも辞さず、贅言と寡黙との間に真実が存在することを信じて。

もしかしたらあなたはぼく個人とは全く関係の無いキーワード検索によってこのページにたどり着いたかも知れない(多くの場合、そうだろう)。けれど少しだけ他のページも覗いていって欲しい。繰り返しになるが、そのキーワードを巡るぼく個人の言葉の広がりが、何かのヒントになる可能性もゼロではないのだから。